#76 ミュージカル⑤
しっかりとしたドレスで、♪外に飛び出さない?と彼女が言い、♪うんそうしよう~、と僕が言って、外に出たが、彼女の目が泳ぎまくっていて、一番有名な洋服の激安チェーンにきて、彼女は勢いだけでドレスなんか着てきちゃったけど、視線があまりにも冷ややかで、激安普通ファッションを求めてしまっていたみたいで、普通の黒い服を買って、着替えたのが今である。
語らない歌わない彼女は美しい、そう思ってしまって、そう思ってしまってしまったけど、いつでも彼女は美しい、いつでも彼女は美しい、そう僕が奥底の奥底の心では、思っていることは確実で、ミュージカル風にしているときの彼女は、鈍いけど鈍いなりに、鈍く光っていると解釈した。
普通で、黒い服で、無口で、大人しくて、目立たない彼女と歩く道は、静かで静かで静かで静かで静かで、静かというか、平穏で平穏で平穏で平穏で平穏で、起伏なくて起伏なくて、フツークロフクムクチーの彼女は、彼女らしくはなかった。
洋服屋さんで買ったら大きな袋に入れたドレスを抱えながら、僕は歩いているが、小さい頃に運動会でやった、大玉転がしよりも、大変で大変で体力を使って、色んな僕の中の成分を消費するけど、楽しさはあまりないという、最悪の競技だ。
カラオケに行きたいと、彼女は普通の小声で言ってきて、ミュージカルでも、歌わない部分は、普通に台詞を言ったりするし、そんな普通の普通のところなんて、沢山あるのだから、ハッキリ大声で言って欲しかったと思っていて、ハッキリ言って欲しかったと、思っている。
もはや、普通を通り越して、フトゥーで、フトゥーも通り越して、フテュイユーになっていて、フテュイユーってなんだ?と我に返ってしまって、我に帰ってしまって、改めて考えたら、変だなと思ってしまって、とにかくプロ意識を、彼女には持っていて欲しかった。
カラオケボックスに着くと、そこはコスプレ衣装満載店で、ミュージカルを愛しているキャラの彼女に、ピッタリの場所で、彼女が、ボックスという名の部屋のドアの、透明な部分から覗く、僅かな視線に敏感でない人間なら、ミュージカルに暴れてくれるだろう。
密室なら、彼女のミュージカル魂が羽ばたいてゆくだろうとは思ったが、僕がポテトやら、ポテトやら、ポテトやらポテトやら、ポテトやらポテトやらポテトやらを、頼んでしまったから、そんなものを頼んでしまったから、この部屋に店員さんが必ず来てしまうし、いつ来るか分からないしで、そんな店員さんに、彼女は怯えてしまった。
これは人見知りミュージカルキャラだろう、これは人見知りミュージカルキャラだろう、これは人見知りミュージカルキャラだろう、と口に出して言ってしまった訳もなく、これは人見知りミュージカルキャラだろう、と脳内でただただ思っただけだ。
僕は普通に、アニソンを歌ったのだが、ここでいうアニソンは、アニバーサリーソングでも、アニキソングでも、アニマル村長のことでもなく、アニメソングのことで、今歌っているのは、兄貴系アニメソングで、とにかくかっこいいやつだ。
彼女は、ミュージカルソングを探しているっぽくて、小さな端末を持って、ペンでツンツンしていて、今の彼女は、人見知りミュージカルキャラであり、端末ツンツン女な訳だが、端末にのめり込みすぎている、端末魔でもあるけれど、その端末魔から、断末魔という言葉を思い出してしまい、あああ、と思った。
僕の歌に乗ることなく、探していて、3揺れどころか、1揺れさえもしていなくて、シャキシャキピンピンが過ぎていて、もう肘から手前の全ての、彼女の肉体は、マネキンかそれ以上か、みたいに思うほどで、はあ、となった。
家にいるときは、振り付けもあったのに、あんなに踊ったり踊ったり、胸に手を当てたり離したり、胸に手を当てたり離したり、胸に手を当てたり離さなかったり、してたのに、やっぱり外は、家とは違うということだろう。
さっきまでは、シャキッとしていたのに、いつの間にか、カタカナの『フ』みたいになっていて、このままカタカナの『コ』になっていく予感はないが、なんだか、アルファベッドの『Z』になってゆく予感だけは、少しだけあった。
僕が歌い終わると、彼女はドアの透明を気にしながら、マイクを持ったのだが、カラオケボックスは、密室密室というけれど、彼女が怯えを持っているということは、かなりオープンな空間ということになり、つまりどういうことかというと、ここはカラオケボックスではなく、なんか他のなんかということだ。
彼女は、演歌を歌い始めたのだが、視線は画面ではなく、ドアに向いていて、その姿は、ミュージカルとはかけ離れていて、僕はミュージカルみたいなため息が出てしまって、彼女は完全に空回りしているなと感じ、カラオケのカラは、空回りのカラだなと思った。




