#75 ミュージカル④
彼女は落ち込み、《ネガティブ自問自答系短調ミュージカルモード》に入ってしまって、床にぺたっと座って、落ち込んで、♪外の世界はキラキラしているんだろうな~、みたいに歌ってきて、僕は外の世界の妖精のように、『外の世界に羽ばたいてみない?』と言ってあげると、彼女が笑った、そのあとが今である。
彼女は、外出の着替えに行ったので、ミュージカルも休憩となり、こちらは特にそのまま家を出られるから、本当の劇の合間休憩みたいに、トイレに行ったり、水分補給をしたりして、彼女を待って待って、待っていた。
彼女は、自分の部屋に、着替えをしに行ったのだが、そこから歌う声が漏れてきて、一人でも歌うんかーい、と突っ込んでいて、プロ意識高いなー、とも突っ込んだが、もちろん、頭のなかだけで突っ込んでいて、もちろん、ミュージカル調でもなんでもない、一般的な関東の漫才師風で突っ込んでいた。
ひとりミュージカルの言葉は、聞き取れないけど、メロディー的には、引き込まれて、口ずさもうと思ったら、口ずさんでしまうくらいの、いいメロディーで、ミュージカルヒロインのような彼女が、どんな外出着をチョイスするか、気になったが、もう、そのメロディーに呑まれていた。
出てきた彼女が、ドレス風で、ドレス風というか、しっかりとしたドレスで、引きずらないようなドレスではなく、引きずるようなしっかりとしたドレスで、目立つ赤ではないけれど、それなりに目立つピンクで、これからの野外ミュージカルが思いやられる。
ヒロインにいそうな感じで、ヒロインにいそうな感じだなと思ったが、どの作品の、どのヒロインかと聞かれたら、出てこなくて、ヒロインというよりも、脇役に見えてきて、だがしかし、その具体的なキャラクター名は、出てこなかった。
♪外に飛び出さない?と彼女が言い、♪うんそうしよう~、と僕が言って、勢いよく外に出たはいいが、彼女はだんまりで、動きも少なく、元気もまったくうかがえず、真面目中の真面目の歩き方をしていて、100人に【この彼女の顔、ひきつってますか?】と聞いたらら、99人は【ひきつってます】と答えるくらいの顔をしていた。
初めて家から出る、大学生みたいな感じもあって、全然ミュージカルじゃなかった安心感はあったが、ドレスを着て、無口でシャキッとして、普通に街を歩くのも、まあまあ恥ずかしくて、これから大通りに行くから、これからどうなるか、心配で心配で仕方ない。
彼女の目が泳ぎまくっていて、どのくらい泳いでいるかというと、一番長い海峡を渡るくらいの、そんな感じの勢いある感じで、意識しても出来ないほどに、かなりかなりかなり、泳ぎまくっていた。
♪ここの洋服屋さん寄ろう~、と言ってきた彼女がここにはいて、ここの洋服屋さん寄りたいのか、ここの洋服屋さん寄りたいのね、ここは洋服屋さんっぽくはないけど、歴とした洋服屋さんなのね、と思いながら、彼女の意思に合わせることにした。
でも、誰にも聞こえないくらいの声で、その彼女のミュージカル調の歌声は、僕にしか聞こえないくらいの音量で、小さいな、僕にしか聞こえないくらいの音量だな、と思いながら、ウィーンと開く扉から、入っていった。
中に入ると、そこは一番有名な激安チェーンで、外観変えた?、前とは雰囲気が全然違う感じだなと思ったが、いま、違う感じという言葉から、あることを思い出してしまい、それは、壁掛け時計の《壁》という漢字と、完璧すぎる性格の《璧》という漢字は、違う漢字ということだ。
ここには、特にミュージカル衣装はないだろうし、ミュージカル好きがバージョンアップ出来るようなものは何もなく、ミュージカル好きとしては、何の足しにもならなそうだが、庶民に戻るなら、絶好の場所だ。
もしかすると、着替えたいのかもしれないと、思っちゃっていて、彼女は勢いだけでドレスなんか着てきちゃったけど、視線があまりにも冷ややかで、激安普通ファッションを求めてしまっている、自分に気が付いてしまったのだろう。
室内では気付かなかったけど、意外に外に出たら恥ずかしい、みたいなことはよくあることだから、仕方がないことで、室内という漢字を見たとき、《室》という漢字よりも、《内》という漢字の方が、中に住めそうだな、みたいに考えてしまっていた。
彼女が試着したのは、黒いインナー、黒いアウター、黒いスカート、黒いシューズなどなどで、脳内そろばんに依頼したところ、全部合わせても一万円しなくて、消費税入れても、4桁プライスで、心配は着替えた後の、かさばりドレスの抱え歩き方だけだ。




