#03 ふしぎちゃん
前日は真面目すぎる彼女で、献血ルームに入って腕を差し出して帰ってくると、瞼が食い込むくらいの目瞑りをまだ続けていたり、献血デートを終えて家へ帰っていると、僕に深々と九十度以上のお辞儀を突然やりだし、感謝の言葉を早口で500文字くらいスラスラと出し続けていたりしていた。
一度寝て起きると新たな性格へと変わってしまうという、変な体質のようなものを持った彼女は、今日、朝起きたらアルマジロみたくなっていて、最近ハマっているものは、深夜にやっているビジネス番組のオープニングでハーフモデルが言っている、番組タイトルの独特のイントネーションくらいだが、それくらい独特さがある姿だった。
前の朝のことは、あまり覚えていない性格だが、たぶん彼女はベッドの上で正座をしていたと記憶していて、今日は柔らかいベッドではなく、硬い床にアルマジロ風に丸まって張り付いていて、顔は見えないし、膝は辛そうだし、少し心配になった。
話しかけると、黙っていたことが嘘のように、急にペラペラと喋り始めて、喋り始めたかと思うと、言葉の途中で一時停止したり、言葉の一音や二音だけ、とてつもない爆音を発したりと、なんだか『アセトアルデヒドは汗とあれ出るほどヤバいってよ』って聞いたときと同じ不安が脳を包んだ。
彼女は反対を向いて僕と喋っていて、一度も僕の方を見て来ないのに、僕が移動すると、背中をそれに対応するように僕の方向にずっと向け続けていて、もしかして、『背中に目が付いてるんじゃね?と言わせたら、何か貰えるゲーム』をしているんじゃないかと思わせてくるくらい、独特だった。
ジーパンの上にパンツを穿き始めたり、ラブラドールレトリバーという言葉を言うみたいに『アブラ通ししたレバー』と言えば絶対にモテると思うけどそんな状況無いからな、と言ってきたりと、彼女は変人そのもので、今日は気をてらうキャラクターか何かだろうなと思った。
いつもより声が高くて、のっぺりした喋り方がやけに耳に引っ付いてきて、『タブレットにSDカードを入れようとしたら跳ね返って飛んできてしまい、左腕の袖にあった少しの隙間から、洋服内に入り込んでしまって、これは針に糸を通すより難しいな』と思ったことがあったが、その[ソデジャンピングSDガード]よりも、今の彼女の方が難易度は高い気がする。
「ツインテールは女子の可愛さを111.11倍くらいにすると思うし、可愛いのカワを⇒【川】、可愛いのイイを⇒【11】にすると、[川11]になるから、なんか合ってる気がするよね?」みたいに言ってきたり、床から生まれたとか言い出したから、お姉さんが作成した彼女のキャラクター研究ノートを見なくても、不思議ちゃんキャラだとすぐに分かった。
[ほっと一息]というものは、一本のほうとうを切らずに一気に食べる[ほうとう一気]をする友人から解放されたみたいな状態を言うのだろうと思っていて、不思議ちゃんはいいキャラなのか悪いキャラなのか分からないがたぶん、その【ほうとう一気】を見続けるくらい、かなりの労力使うということは確かだ。
前日は特に失態を起こさなかったから、いいキャラだと思っていても大丈夫だろうけど、【現在放送中の連続ドラマを深夜ですぐに再放送しているのをよく見かけるが、途中で突然再放送を休止したときがあったから、最後まで責任をもって放送してと言いたい】のと同じくらい、彼女を普通に戻してくれと言いたい。
焼きたて、むきたて、さばきたてなどが一番美味しい、すぐが一番おいしいと世間でも言うし、僕も思っているから、今、立ったり座ったりしている彼女を堪能しないでいつ堪能するの?みたいな心を持ちながら、いいキャラになる確率は多いはずだから、もっと楽しくなるように祈ろうと思う。
元日しかやらない、本当に元日に必要なものが何でも揃う正月専用コンビニがあったらいいのになと思うみたいに、毎日キャラクターが変わる彼女対策グッズ専用コンビニも、何処かに出来てくれないかな、みたいに思っていた矢先、穴が掘れるくらいの速さで立ったまま、その場で回り始めた彼女がいた。
こんな彼女が、部屋の中だけでもヤバイのに、外に行ったらもうどうなってしまうのか想像も付かず、厄介だから部屋に留めておこうと思うが、もしも立ったまま回っている彼女のスピードが何倍かになって、落とし穴を求めている人の需要がひとつでもあったなら、外に出すことは許可したい。
急に止まったかと思うと、『序盤にジョバンニが犯人だと言ってしまう推理小説があったら流し読みしたいな』ということを、ニュース番組で元犯罪者が語るシーンの加工された声みたいな声で言い始めて、おまけに、外にダンゴムシを探しに行きたいと言い出した。
僕の友達は「日付が古いけどな。九日の買わないで、ここの買おうかな」みたいなことを僕が言ったら、『九日<ここのか>』と『ここの買おう』がゴチャゴチャになったらしく、かなりパニックになっていたが、今の僕はその友達側の心持ちで、あの最初の方に彼女がしていた姿は、アルマジロではなくてダンゴムシだったのかと、今更納得した。
立ったり座ったりしたり、立ったままぐるぐる回ったり、急に変な喋り方になったりという行動については、ダンゴムシ要素はそれほど感じられないが、不思議ちゃんが作り上げたダンゴムシの世界観にしたらもう納得で、彼女がしているこのキャラクターは、たぶんダンゴムシの妖精的な立ち位置なのだろうと思う。