#35 嘘つき③
【私はカラオケの最新の採点の機械で、百点取ったことがある】と彼女が言い出したけど、カラオケに行く前に行きたいところがあると言われて、そこは激辛ラーメンのお店で、もしかしたら喉を潰そうとしているのかもしれないと思ってからが、今である。
百点を出せないことが嘘にならないように、激辛を食べにきたに違いないと、誰もが思いがちな予想をしてしまっているが、僕はそんな平凡な予想しかできない、一年に一回は、一日中、目を瞑りながら生活したいな、みたいに思うことがある、普通の人間なのだ。
考えようとしながら文章を書いたことがなくて、自然と沸いてきた言葉を紙にメモするだけの人生を歩んできた、そんな僕は、彼女と一緒に赤い店内に入り、赤い椅子に座り、赤いメニューを開いたところだが、赤いTシャツを着た店員さんの胸に付いた名札に【赤井】と書いてあって、もう驚くしかなかった。
アイデアというものは、花のようなもので、すぐにメモしてあげないと枯れて消滅していってしまうんだ、そう思いながらも、彼女のことを出来るだけ考えるようにしていると、なんの躊躇もなく、レッドラーメンを彼女は注文していた。
嘘つきキャラだと確定した、と思っているが、もし嘘つきキャラだとしても、度胸がありすぎるだなと思っていて、もしこれが嘘つきキャラでも、もしこれが嘘つきキャラではなくても、彼女の頭がどうにかなってしまっていて、かなり変で、かなり変なことは、もう決まっているのだ。
嘘つきキャラなら、ツラいことは避けるはずだけど、ツラいことを避けないということは、激辛好きが覚醒したか、特殊我慢能力が身に付いたか、本来持っていたけど隠れていた、ドM遺伝子が顔を覗かせたかだろうと思う。
レッドラーメンは、この世で一番辛いと言われている唐辛子を使っているらしくて、喉が渇いたから、冷蔵庫に飲み物を取りに行ったが、何もなくて、タバスコしか冷蔵庫に見当たらなくて、仕方なくタバスコをラッパ飲みしたとしても、このレッドラーメンの辛さには、到底及ばないほどだろう。
嘘つきキャラに、何個ものやりすぎキャラがプラスされているようで、彼女が心配になってきたのだが、僕にも最近、嘘のような本当の出来事が起こってしまって、それが【雨の日にスーパーマーケッ卜に行ったとき、キャベツ選びに夢中で、足の近くにあった黄色い『足元にご注意ください』と書かれた、スベることを注意する立て掛け看板的なものに気付かず、ぶつかってコケてしまって、『足元にご注意ください』に足元を取られるカタチになってしまった】という出来事である。
これからカラオケで、百点を取りに行くことを忘れかけていたけど、これからカラオケに行くと考えただけで、呼吸の仕方で体調は全く変わるな、と考えたときや、寒いときに平熱が高くなる人結構いるよな、と考えたときのような、少しのムズムズを感じた。
カラオケという歌を歌う場所が、これから用意されているというのに、殺人的な辛さと触れあってしまい、殺人的な辛さとバッティングしてしまい、カラオケに行く前にもう、空っぽの桶に入るハメになるかもしれない状況になってしまっている。
彼女は殺人的な辛さのものを食べ、殺人的な辛さのものと触れあい、感じあい、混じりあい、打ち解けあい、絡みあった、だけど全然辛くないと言っていて、殺人的な辛さのものを食べ、殺人的な辛さのものと触れあい、感じあい、混じりあい、打ち解けあい、絡みあった人間のリアクションとしては間違っていると思った。
彼女は水も極力飲まないようにしていたが、明らかに辛そうで、汗が凄くて、ドバドバ汗が出ているようで、不織布マスクという言葉を、五線譜マスクと言い間違えた、いつの日かの僕の冷や汗の量と、同じくらいだろうと感じた。
黄色の洋服を好んで着たことなんてなくて、黄色の洋服を着た人を見たら、二度見三度見はくだらないだろうと思っていて、毎日黄色しか着ない、黄色を極めようとしている人は、どこ目指してるの?と少し思うことがあるが、今の彼女が、どこを目指しているのか分からなくなって、怖くなった。
こんなハチャメチャなことも明日になれば忘れてしまう、こんなハチャメチャなことも明日になれば、無かったことのようになってしまう、それこそが、キャラがコロコロと変わってしまう、この症状の悲しいところだ。
彼女は、舌をずっと出して犬みたいにしているのに、辛くないと嘘を言っていて、舌を出して苦しそうにしている人に、何の異変もないなんて思えるはずがなく、舌を出す異常さはかなり知っているので、見てられなかった。
彼女は食べ終えると、一流アーティストが歌う前にやっていそうな、高音の発生練習をしていて、喉は潰そうとしたものの、歌うことには本気なんだなって思って、ずっと本当の今のキャラを見つけられないまま、僕はもがき続けるしかなかった。




