#33 嘘つき
探偵キャラになった彼女が、僕の隠れるというシンプルな行為に振り回されて、なんやかんやあって、なんやかんやてんやわんやあって、彼女と抱き付いていると、耳元で尾行が上手くいかなかったなあ、みたいな言葉とため息をつかれた次の日の朝が、今だ。
朝起きたら、私は女優よ、私は女優なのよ、私は美しき女優なのよ、などと色々な修飾語を女優の前に付け加えながら、バレエみたいなことをしていて、僕の就職後のなんかモヤモヤした気持ちみたいなものと、同じものが溢れてきた。
女性は写真によって様々な顔になって、同じ雰囲気の顔があまりなくて、本当にこれは同じ人なのかと思うときがあるけど、彼女は顔だけじゃなくて、全ての面において、これは同じ人なのかと思うときがあるから、普通の女優さんなら自ら女優と名乗ることはないな、とか普通に思ったりしている。
自分で自分を称賛したり、持ち上げたり、そんなことはしてもいいとは思うけど、言っても【私は美しい】くらいなものだろうし、僕が自分で自分を称賛したいものといえば、一枚の写真を貰えれば、それで一日中妄想できるほど、想像力はいい方で、どんな写真でもいけることくらいだからな。
ごきげんよう、と言いながら、フライパンから目玉焼きを移そうとしている、彼女の姿は美しかったのだけれど、カーテンは普通に閉めるとヒダが均等にならないから、手での微調整を時間かけてやってしまう、僕の中に眠る美には勝てないだろう。
彼女は突然、昔、ミスコンテストでグランプリを獲得したことがあるのだと言ってきたのだが、ゴミ箱に普通にコップを捨てていたり、いつもフライパンで焦がしがちの彼女には、失敗という意味のミスの類いしか、思い浮かばなかった。
実際の彼女は、ずっと過ごしてきたなかで、そういう話がなかったから、グランプリを取ったことはないと思うので、そういうキャラだろう、そうは思ってみたものの、カタカナのなかには略語が隠れている場合があるので、ないと言い切ることはできない。
今回の彼女のキャラは、美をずっと求めている、美意識高い系のキャラだろうと思っていて、【くしゃみが何でこんなに止まらないのかって思うことが、年に二回くらいはあるよね】と鼻頭を掻きながら、言ってくる彼女は今はいない。
興味があったので、どんなミスコンでグランプリになったのか聞いてみたのだが、どんなミスコンでもいいとは思っていて、たぶん彼女は、あざといの上の、めざといの上の、わざとらしいくらいだろうから、ミスわざとらしいのグランプリくらいになっていたのなら許せる。
僕が質問すると、その質問の語尾からずっと静寂が流れて、あれっ?今って地球の時間流れてる?、あれっ?今って地球の音量にミュートかかってる?、みたいに一瞬だけ思ってしまうほどで、本当に何も喋らなかった。
忘れキャラで、忘れたのかと思ってもう一度聞いてみたけど、忘れている確率なんて高いか低いかのどっちかだろうなと思っていて、そんなことよりも、【忘】という漢字の真ん中辺りにある、あのなんとも言えない、丸みのある角がなんだかとっても好きだ。
色々考えた挙げ句、彼女は、忘れてないし、と言ってきたのだが、それを10秒に1回定期的に言ってきて、時計の秒針の音がたまに木魚に聞こえることがある僕だけど、その10秒の時間は、それよりも怖いものだと思った。
【ううううう、うそじゃないし】と彼女が何度も繰り返し言ってきて、その【う】のなんとも言えないウネリと、なんとも言えない裏返りと、言葉の切れのよさで、すぐに【ここここ、ここここ、これは嘘かもしれぬ】と思うことが出来ていた。
嘘じゃないしの前に、ウが三個以上ついたら綺麗な嘘だ、彼女がウを四個も連ねたということは、相当な綺麗な嘘ということだ、そう思ったのだが、それよりも、口+虚と表す、【嘘】という漢字の分かりやすさに驚いてしまった。
私、昨日のことは今日には覚えていないみたいな人じゃない?と、強く彼女が僕に言ってきて、飛べるのに道路を走っている鳥が、いとおしくていとおしくて、もしも生まれ変われるなら、その鳥に生まれ変わりたくて、生まれ変わったなら、思う存分走り回りたいと、ついつい思ったりしてしまって、現実から逃げるしかなかった。
昨日のことを覚えていない人というのは、毎日キャラが変わる彼女の特性だから、嘘ではないと思っていて、でも、今が複雑さを含んだ嘘つきキャラであるという確信に、近いものは得られた気がして、時間が出来たら、なんか嘘という言葉を辞書で調べてみようかなと思った。




