#32 探偵④
ひとりで家を出てすぐに電柱に隠れて、家から出てきた彼女がえっ?えっ?と大声を発した後、地団駄みたいなことをやっていて、怒らせたなと思ったけど、その場で仁王立ちされて、こっちも動けなくなった、その直後が今である。
家の方向を一瞬、振り返った彼女を見て、絶対音感があっても音痴な場合があるから、絶対音感よりも、運動神経よりも、その色を見ただけで、絵の具を混ぜ合わせて、瞬時にその色と全く同じ色を作り出せる能力の、絶対色感がほしいと思っている僕は、普通の運動神経で一気に走った。
一回も振り返らずに全力疾走したが、見つかってしまうかどうかよりも、占いのラッキーフードの欄に、もやしがあることは何回かあったけど、ついに今日、豆もやしが来てしまったことが頭に、豆もやしのように生えていて、それに悩んでいた。
彼女は気付かずに、諦めて部屋に帰ったっぽかったけど、万が一、彼女がたった今、壁を透かして見られる能力を手に入れたとしたなら、ヤバイので、最新の細心の注意をしながら慎重に動いた。
今まで逃げるということは一度もしなかったし、顔に10個以上のほくろがある女性に惹かれる僕が、自分の顔にも10個以上のほくろが欲しいなと思っていることを改めて考えることなんてそんななかったから、いつもと違う自分に驚いている。
選択肢のあるクイズは、答えを見つけようとするのではなく、間違った選択肢を作り上げるまでの、出題者の思考回路を辿っていくのみだけど、僕は、彼女の思考回路を辿っていくことばかりに気を取られすぎていたり、ずっと一緒にいることが当たり前になっていたみたいだ。
少しの罪悪感が芽生えてきて、微妙な距離のやや遠くめの場所だけど、やや近くもあるようなそんな場所で、彼女の髪の毛一本まで見てやるかみたいな感じで、また出てくるかもしれない玄関外あたりを凝視した。
今、僕が自由研究をするとしたら、ヨーグルトにどのようなジャムの乗せ方をしたら、最小限のジャムでも、しっかりと味を感じることが出来るのかを研究すると思うが、少しの罪悪感をさらに増幅させたのは、再び出てきた彼女が、そのヨーグルトの疑問にもがき苦しんでいるときの僕のような顔で、真下を見ながら出てきたからだった。
戻ってあげようと思ったけど、彼女は拳を強く握っていて、怒っているかもしれないな、心から怒っているかもしれないな、心の底から怒っているかもしれないな、心の奥底から怒っているかもしれないな、みたいなことを思ったり、思わなかったり思ったりした。
美女という言葉があって、美男という言葉があるのだから、美人と書き表すときには、男女関係なく美しい人を示している、だけれども、世間的には、美人=美女になっているのは、如何なものだろうかと、みんなは思っていないことは確実だけど、彼女が今怒っていることも確実だろう。
歯並びがいい人にずっと憧れてきたけど、今は髪質がいい人に憧れつつあるな、と思うことなく、帰ったらなに食べよう、と思うことなく、特にオドケることなく、このまま家に普通に帰ることが、一番彼女の心を和らげるだろう。
でも、帰ってしまったとしたなら、僕の心がもたない気がしていて、どれだけもたないかというと、電化製品系プラスチックパキリ恐怖症の僕の前で、電化製品系プラスチックを優しく扱わずに、思いっきりパキリとされたときくらい、もたないなと感じている。
だけど、まあるい靴に包まれていて、決して尖った靴には分類されないような、そんな爪先を、僕は家の中の部屋の中の、彼女の中の心の中の、奥の奥の奥の奥の奥の奥の方に向けていた。
女性は【褒める】【寄り添う】【好きと言う】が一番だろうと思っていて、この3つがあればいいのだと思いながら、ただいまと言って家に帰って、彼女に近付くと、彼女は彼女側から抱き付いてきて、それはもう学生時代に少し体験した、ラグビーのタックル以上に振動がきた。
探偵キャラである前に、彼女は僕のことが好きなんだ、探偵キャラである前に、彼女は僕のことが好きなんだ、探偵キャラである前に、彼女は僕のことが好きなんだ、という言葉を脳にある複雑なコースを走らせて、馴染ませていった。
彼女と抱き付いていると、耳元で「尾行が上手くいかなかったな」と、彼女はため息と一緒に吐き出してきて、僕がここにはいないような行動や言動をしていて、僕は今ここに存在しているのかさえ分からなくなっていた、みたいな感じだ。




