#28 ぶりっこ④
フォトスポットでそこら辺のお姉さんに撮影を頼んで、ポーズを決めた彼女だったが、舌を出した狂気な顔に加えて、手をパーにして空に掲げるという、変な格好も披露していて、かなり怖かったときから、少し経った夕方が今だ。
彼女は下を向きながら、ぶりっこってなんだ?ぶりっこってなんだ?ねえ、ぶりっこってなんだ?ぶりっこって一体なんなんだ?ぶりっこってどういう定義のもとに決まったものなんだ?ねえ、ぶりっこってどういう定義のもとに決まったものなんだよ?とずっと繰り返しブツブツ言っていた。
僕はオムライスとかハンバーグとかそういう感じの、子供が好きそうな、これが定番の洋食だ!みたいな感じの食べ物が好きなのだが、たぶん今の彼女は、養殖というか、ぶりっこにしてよという、どこかからかの指令によって作り上げられたぶりっこなのかもしれない。
無理してぶりっこしてくださいと脳に命令されているキャラなのか、無理してぶりっこしてくださいと脳に命令されているキャラなのか、これは特殊だな、これは特殊だな、とは思ったが、【赤いものを掬ってご飯にかけている映像を見たときに、勝手に辛いものだと思い込んでしまっていたが、それはイクラだった】くらいの軽い特殊くらいだろう。
僕が何か食べようかと彼女に聞くと、『ん?』と彼女は言ってきて、それは自然なカワイイぶりっこに聞こえたのだが、それが自然であるという根拠もなく、自分の彼女だから、大目にみたのではと思う人もいるだろうけど、もし間違っていたら【道玄坂で土下座か?道玄坂で土下座か?】みたいなヤジなら言われてもいいくらい、あの返事は自然だった。
事故があったときに、ニュースで『病院に搬送されましたが、軽傷です。』みたいに言う時があるけど、定石を弁えた上で言うと、『ましたが』を使うのは、それまで述べたことの逆のことを言う場合で、悪いことの後ろに『ましたが』を入れた場合は、そのあとは普通はいいことを言わないとだから、『病院に搬送されました』は救いのある事柄の言葉だから、普通は『病院に搬送されまして、軽傷です』と言うのが普通だと思うのですけど、みなさんはどう思いますか?、と脳にいる小さな大勢の僕たちに話し掛けていると、夕食の食べたいジャンルに彼女は魚介系と言ってきた。
たぶんぶりっこをやっているから魚のブリが頭から離れないのだろうな、ぶりっこをどうにかやらなければという強い意思から、魚のブリが頭に浮かんでブリが食べたくなったに違いないなと、今思ったのだけれど、そんなことを思ったから、こっちまでブリが食べたくなってしまった。
ブリブリブリブリブリブリ、ブリブリブリブリブリブリ、ブリブリブリブリブリブリ、と一定の空白をもちながら、彼女は言って歩いているが、これが本当のぶりっこかと聞かれれば、本当のぶりっこかもしれないが、本当のぶりっこではないかもしれない。
明らかに最初のキャラと違うぶりっこキャラがここに存在していて、年の瀬にシンクの水溜まりがあって、その形がニコちゃんマークになっていた出来事があったが、その出来事と同じくらい彼女のキャラの変化は、不思議で仕方がなかった。
少し目を離したときはあったけど、ずっとそばにいたよな、とか、自分のまばたきが一分を超えたことがあったっけな、とか、ボーッとするという世界のなかに迷い込んでしまっていたかなとか、思っちゃったりしていたが、たぶん、それらはない。
まさか出掛ける前の着替えのときに一瞬寝てキャラが微妙に変わったのかとか思ったけど、アイスクリームを食べたあとに飲む冷水は常温水になるみたいな、化学的現象が彼女に、何かしらのカタチで降り掛かったと思うのが妥当だろう。
いや、どんなにぶりっこの種類が変わろうとも、どんなに誰かが「雑誌をめくる行為って窓の開いていない部屋に思った以上の風を吹かせるよね」と言ったとしても、彼女のぶりっこの方向の大軸は変わってないんだよなと、思ったら、ついつい頷きを繰り返していた。
海鮮のお店に着いて、跳ねる鮮魚並みに喜ぶ彼女を見て、こっちも跳ねる鮮魚並みに喜ぶこともあってはいいことで、無くはないことだけれど、こっちは冷静を装うことなく、普通に冷静な目で彼女を見ていて、その先の海鮮丼を見据えていた。
海鮮のお店なのに、席に通されて、椅子に座るか座らないかの時にもう、鶏唐揚げ定食を彼女は頼んでいて、海鮮のお店なのに唐揚げ定食を頼むんかい!海鮮のお店なのに唐揚げ定食を頼むんかい!と頭のなかで思って、バシバシバシバシ頭のなかで突っ込んでいた。
食べたがっていたブリは何処に行った、と思ったりしていて、背中の真ん中あたりの皮膚はたぶん一度も自分で触ったことのない人が少なからずいるだろうと前に思ったが、ブリは何処に行った?と頭で言った人は僕だけなのではないだろうか。
運ばれてきた鶏唐揚げを、口に思いっきり頬張った彼女は、人為的に膨らませたぶりっこの頬膨らませの時よりも、どんなきっかけで出来たどんな頬膨らませよりも可愛くて、可愛くて可愛くてかなり可愛かったという事実は、間違いのないことだ。




