『#26 ぶりっこ②』
今は彼女がぶりっこキャラになってノートの『否定せずにノッて、褒めてあげて』に従い、これからはイラッとくる行動でも、理解に苦しむ言動でも、普段の彼女とはかけ離れたことを実行したとしても、そのレールの上を走って、褒めて褒めて褒めて、もう褒めることしか出来ないくらいの、身体になるくらいにまでなろうと、心に決めた直後である。
もう覚悟はできたと思っていたが怖すぎて怖すぎて、スマホで『あ行』の『う』を打ったつもりが、下の位置にある『た行』の『つ』を打ってしまっていて、一瞬だけ『つ』が『う』に見えたりしてしまって、押し方は一緒でも下に少しズレるだけで、『う』から上の点が消えた『つ』になるんだなと思ったということも、頭から抜けそうになるほどだった。
彼女がピンクの服を着るように言ってきて、ピンクは着たことがなくて、かろうじてピンクよりの赤い服なら着たことがあるな、とか、スニーカーの紐だけならピンクもあったな、とか、色々考えていたけど、彼女はピンクを部屋中から探し出して、どっさり抱えて持ってきた。
僕がピンクのトレーナーに着替えて待っていると、彼女はピンクの上下で出てきて、その後、鏡でぶりっこの練習をしていて、僕は意識しないで自分で作詞作曲した自分でも知らない曲を口ずさんでいるときがあって、いい曲だなと思うときがあるのだけど、その時に僕がした顔みたいな顔を、彼女が今しながら向かってきた。
そして、これでもかというような、最小限のちょこちょこ歩きで近づいてくると、僕の顔の真正面で少し控えめのほっぺ膨らましをやってきて、僕にまでほっぺ膨らましを要求してきて、ほっぺの耐久性をかなり心配するほどのことを彼女はずっと平気でやっていたんだと、かなり驚いた。
眠れば違うキャラに変わる彼女なので、今が今までで一番彼女を眠らせたいと思ったかもしれなくて、でもでも、寝てから起きるまでは、その前のキャラが続くみたいだから、夢の中と現実が一体となって、睡眠中にほっぺ膨らましをされたとしたなら、もう耐えられないだろう。
今まで何人もの彼女のキャラに出会ってきたが、今が一番普段の彼女と対極かもしれなくて、本来の彼女の良さも消えていて、テレビアニメの副音声に、声優がアニメキャラを演じながらそのアニメを見て語り合っているようなものがあったら面白いなとか、最近は思っていたけど、今はそれが面白いかどうかも分からないような麻痺に陥っていた。
こっちまでキャラを要求されることが辛かったけど、僕の愛車のフロントガラスに出るウォッシャー液の勢いはかなり強すぎて、ある日後ろを通った人が『つめたっ』と言っていて、どうやらウォッシャー液がその通行人にかかってしまったらしく、その通行人より、今の僕は辛くはない人間だろう。
仲はいいが、まるで彼女とペアルックみたいで嫌で、オバケ屋敷怖いと言っていても、オバケ屋敷[でオバケ役の煽りにムカついてムカついて殴ってしまいそうで]怖いということもあるから、嫌といっても百パーセントの完全なる嫌ではないことは確かである。
お出掛けするなよ、外にピンクで出掛けたらその時点で終わりだ、みたいに思っていたけど、外に行くと言い出していて、体調がかなり悪いと体調に頭が行って、考えすぎなくて済むけど、少し悪いくらいだとかなりアイデアが溢れすぎて、アイデアのことばかり降ってきてしまう僕も、流石にいつもと違う雰囲気に浸ってしまっていた。
お出掛けすると言っていたが、またさらに待たさてしまい、さらにもっともっと装飾品やら、小物類やらをプラスして、洗練されたぶりっこになっていて、余計に外に出たくないなと感じて、インドアがこんなに恋しくなったのは初めてかもしれない。
彼女が行きたかった場所というのは、フォトスポットで、家から歩いて行けるらしいそれは、10年生きた人から20年生きた人の間の人間を中心としたティーンだか、ディーンだか、そんな名称のついた人ばかりの空間で、僕たちの他には、ピンクバカップルは絶対いないだろう。
こんなスポット知らなかったけど、家のすぐ近くにあって、行くまでの時間が短かいから、すれ違う人数は最小限に抑えることが出来るのでよくて、僕には好きになってもらわないと、好きになれない時期もあったが、嫌いになってもらわなくても、嫌いになることが沢山ある僕は、彼女に対して、嫌いの一歩手前に行ったりもした。
特にくっつくこともなく、ぶりっこの特徴としては、変な歩き方くらいしか、ここ10分は無かったけど、思い出したかのように、顔という風船に、思いきり空気を入れて、ほっぺたを膨らませて、彼女風船を作ったりし始めて、手繋ぎではなく腕組みも開始していた。
外の空気に触れて数分たった時、心は穏やかだったけど、やっぱり道行く人が増え出すと、こっちを見る人しかいなくて、扇風機を片付けたあとの部屋は一回りくらい広くなったように感じることと、これは少し似ていると思うが、ぶりっこの彼女と一緒に歩く世間は、いつもより狭く感じた。
僕が僕ではないような気がしていて、200mlのミニ紙パックジュースの飲みかけのストローの口に刺す栓が欲しいだとか、耳鼻咽頭科をジビイントゥーと呼んでみたいなとか、強盗トラブルネガティブキャンペーン開始するかな、とか、意味不明ないつも脳内では考えないようなものとか、いつもと少し違うものが、チャリンチャリンと溢れてきた。




