#16 筋肉バカ
ライスバーガーを食べ終わると、テーブルの下辺りからもう一個の紙袋を出してきて、僕がもういいよみたいに言うと、渾身の『えっ?』を浴びせられて、こちらも咄嗟に言葉が出てしまったが、えっ?とはならず、えっ?の上の『はっ?』が出てしまい、必死で抑えたという、彼女が寡黙キャラだった日の翌日が今だ。
ミシミシという軋む音で目が覚めたのだが、ベッドが軋んだりとかではなく、軋みそうもない床が軋んでいて、パニックになりすぎて、何も関係ない[家のガラスとかけまして、下北とときます、その心はどちらもハントウメイでしょう]という謎の謎かけが浮かんでしまった。
彼女は普通の腕立て伏せではなく、手叩き腕立て伏せをしていて、面倒くさがりなので、料理はついついハサミとレンジだけで執り行おうとしてしまう僕には、到底続けることの出来ないであろう、腕立て伏せをさらに難易度を上げて執り行っていた。
その後もソファに足を乗っけて腹筋をしていたり、独特の手の動きと共にスクワット運動みたいなものをしていて、このスクワットを彼女が学校の目立つ場所でしたとしたら、ワッと盛り上がって、スクールがワッとなる⇒スクールワッと⇒スクワット、みたいな感じになるだろう。
スクワットをした後、再び腹筋を始めた彼女の手には、あの一番厚い辞書が抱えられていて、この状況を辞書で調べても載ってはいないと思わせてくれるくらいの特殊な光景が目の前にはあって、一気にお腹が空いてきて、空くワッと、といった感じになってきた。
僕には一切気がつかず、彼女は黙々と筋肉トレーニングという名の筋肉トレーニングを続けていて、筋肉トレーニングのなかでも最高の筋肉トレーニングをしていて、『現代版の水戸黄門がいたら、格さん拡散してください!』みたいに言うだろうな、という僕の予想の次にそれはしっくり来たのだが、彼女はまさに筋肉バカだと思った。
彼女のキャラをまとめたノートを見ても、筋肉キャラなんて何も載っていなかったし、【雨男や晴れ男のように虹を空に発生させてしまい、雨男と晴れ男を兼ね備えていて、天気雨の状態が頻繁に発生する『虹男』に僕はなりたい】と思っているのに、なる方法はあの分厚い辞書でさえ全く載っていない。
やっと僕に気が付いた彼女は、腕立て伏せをしている私の上に座ってくれと言ってきて、その姿は、よくテレビで見る筋肉バカと呼ばれている人たちとほとんど一緒の姿をしていて、僕は覚めても覚めても夢だったみたいなことはざらだが、今のこの夢のような現実はずっと覚めることはないだろう。
筋肉がある方ではないから、急に筋トレをやって彼女が怪我をしないか心配になったが、5秒間ウトウトしているくらいだと思っていたのに10分も経っていたことなんてザラだから、何事も心配していたらキリがないということにしておこう。
彼女が何のために鍛えているかはよく分からないが、何のために鍛えていても、別に僕の生活には支障がないなとか考えていて、彼女が僕を守るとかは言うはずもないし、勝手に鍛えて勝手に鍛えて勝手に鍛えてくれ!といった感じだ。
小さい大仏キーホルダーは重いが、胸ポケットに入れて銃弾から守ってくれたからいいや、みたいに感じるのと同じで、筋トレはキツいけど、その付いた筋肉が危険から守ってくれればそれでいいや、みたいな感じだろうし、キャラを越えてしっかりと筋肉が付いているしいい。
最近は彼女のキャラがヤバくて、彼女の綺麗な肌とか肌とか肌とか肌とか肌とか肌とか、全然見られてなくて、全然彼女の二の腕を見る機会も減ったけど、【水はコーヒーやお茶よりもトイレが近くならないと聞いていたのに、めちゃくちゃトイレに通った】そんな怒りを通り越すくらいの興味を二の腕に注いでいた。
親の七光りというと、親の力で有名になった俳優などを思い浮かべるが、親の名前が奈々と光という場合もあるだろうし、それと同じくらいの確率で、少し前からもう、彼女の腕はかなりのムキムキだったという可能性もあるだろう。
彼女の部屋にあるカレンダーの僕の誕生日の欄に『誕生日』とは書かずに『ケーキ』とだけ書かれていたら、僕が彼女と付き合うことはなかっただろうというのは、ほぼ確実なことだが、今日は以前に比べて、彼女が僕に興味を持っていないというのも確実だ。
僕が全ての音楽情報を、土曜日の昼前にやっていた、CD売り上げをカウントダウンしていく番組だけで、まかなっていた時代も昔はあったのだから、筋肉しか考えてない彼女から、毎晩、愛が貰えない時代がこの先ずっとずっとずっと続いたとしても普通のことだろうと思っている。
歌の歌詞が一番染みる時って、独特な間のあるメロディに乗ったときだよなとか、AB型は心のなかのA型とB型が仲違いを起こす生き物だからなとか、極力、五十音は少なめに使いたい派だけど、たまに五十音全部を使いたい派の時もあるよなとか、今はただ彼女の補助をするだけでいいから、色々なことが考えられて充実していて、今日はずっとトレーニング補助員のままでいいと思っている。




