#14 寡黙
彼女が属していたその時その時のキャラクターに満足して、もう彼女がそのキャラクターでの未練がなくなり、もうすることが何にもなくなってしまった場合、翌日には他のキャラになることが多いが、今回はどうなるのか、心配で夜も朝も昼も寝られなくなりそうだ、と思って寝て起きたのが今だ。
朝起きたら、周りは怖いほどの静寂に包まれていて、どれだけ怖いかというと、僕にはワキの肉がなくて、空洞ができてしまっていて、もしワキを上向けて広げて水道水を勢いよく当てたなら、お玉に水道水を勢いよく当てるみたいに、全方向に勢いよく飛び散ると思うのだが、それくらいだ。
脳に残る昨日の彼女の余韻も、逆に静けさを増やしくれていて、【『沢山の元気を貰いました』と聞こえても、『沢山の現金を貰いました』の可能性があるから、その人がお金好きかを事前に調べるのもいいかもしれない】みたいなことを思ったり出来る僕だが、今は何も出来なかった。
周りを見渡すと、彼女は普通にいて、いつもの彼女の動きをしていて、『君は羊と馬のようにしている群馬の女だ』みたいに思うこともなく、普通の普通より普通みたいに、普通のことばかり考える普通の僕がいた。
可愛いと思う顔と、好きと思う顔は、少し違う僕も、彼女の顔は可愛くて可愛くて好き、と素直に思えていたほどの美人で、いつもは見つめる僕に、誰も傷つけないような言葉を投げてくれる彼女だけど、今、彼女と目があったが、彼女は僕に何も言わなかった。
昨日はあんなに声を出していたから、昨日はあんなにあんなにあんなにあんなに声を出していたから、もう本当に本当に本当に本当に本当に、かなりの声を出していたから、その反動で声が出せない、というものならまだマシで、それが一番いいなと思った。
なんでも略したい性格だから、STARTとSTOPや、PUSHやPULLなど、対義語関係にある言葉の頭文字が同じだと【アッ】となる彼女で、こんな今の状況では【アッ】さえも言わないなんておかしくて、これはやはりキャラとしての無口なのだろう。
始発の山手線に乗ったはいいが、すぐ寝てしまい、終電で起こされるまで気付かず、一日中ぐるぐる回っていた人が、もしもこの世に存在するのならば、その人は、寝ながらにして最安値で一番距離を移動した人となるだろうけど、しっかりとした目力のなかで、彼女は軽く会釈をするだけで、【何も喋らずに一番心情を誰かに伝えた人】になる余地は十分にある気がした。
僕が朝御飯の話を振っても、それに答えず、[液体ではないのに、カラダがあたたまる食べ物ってなんだ?っていつも思うけど、無いよな]という疑問の答えについて載っているかもしれないような、本を読んでいた。
喋らないだけならいいが、口はしっかりと動かしているようで、もう声が聞こえているのか分からないレベルで、[人の丸まった背中が猫背なら、猫のピンと伸びた背中は人背と呼ぶのだろう]という洒落た言葉も、今は考えられないほどだ。
[トートロジーはトートロジーである]という、【 同じ言葉の無意味な繰り返し】みたいな意味のことわざがあってもいいだろうと思っていて、彼女のこの目力の強さが、無意味な力強さでない限りは、このキャラは人見知りではなさそうだなと感じた。
特技とは人口の何パーセントの人が不可能なものを呼ぶのか、その明確な基準を定めてもらいたいと思っているのだけれど、何をしていいか戸惑っている今、急に彼女が目の前に置いた紙袋の中身が、ハンバーガーだと思った僕の答えが当たりなら、これは立派な特技になるだろうか。
開けていくと、それはハンバーガーショップのハンバーガーで、段々とハンバーガーが露わになっていって、【お茶碗一杯の御飯のなかの御飯粒の数を、一箸ごとに毎日予想して、御飯粒感覚を養っていきたいと願っている僕】にとっては、これがパンで少しガッカリした。
THE暗記教科のテストでしか高得点を取って来なかったから、正直、文章は得意ではなくて、会話も得な方ではなく好きな方でもなかったが、今の彼女と会話が全然成立しなくて、今までどれだけ楽だったかを思い知らされて、会話が少し好きかもと思い始めていた。
でも、これはこれで楽かもしれない、これはこれで楽かもしれない、これはこれで楽かもしれないと思っていたら、【楽】という漢字に妙に呑み込まれてしまって、左右対称のようで左右対称ではない、あのカタチにグングン引き寄せられた。
無口だが、僕があまり好まない肉系ではなく、魚のバーガーもあって嬉しかったし、よく見るとそれは、パンのくくりに分けられるバンズではく、ご飯粒の数を辛うじて数えられそうなライスをバンズに見立てたライスのバーガーで、ほんの少し嬉しかった。




