第8話 湖への旅路で釣り配信??
※本作では異世界「神域」と、元の世界「地球」それぞれの視聴者コメントを区別するため、以下の形式で表記しています。
- 『地球のコメント』…地球の動画配信プラットフォームでの視聴者の反応
- {神域のコメント}…神域における神族・精霊・転生者などの視聴者による反応
配信活動は両世界に同時発信中!それぞれのリアクションもお楽しみください!
最果ての都市アオゲニストを出発し、真斗たちは“月霧湖”と呼ばれる美しい湖を目指していた。
旅路は草原から丘陵地帯へと変わり、やがて、風が奏でるように鳴る魔力風車が並ぶ谷間へと入っていく。
「この風、心地いいな……」
真斗がつぶやいたその横で、アルは小さな魔法装置を取り出していた。
魔力測定のルーンが淡く光り、データが小さな魔晶盤に記録されていく。
「このあたり、風の属性がとても濃いですね。きっと《風魔道具》の研究者が喜ぶ土地です」
「配信にもピッタリだな」
真斗は手首の《ワールドキャプチャ》を起動しながら、もう一つの起動ボタンを押す。
《配信開始:地球&神域モード》
『お、今日も来たな!異世界旅配信!』
『風車の景色がやばい……ドローンで撮ったみたい』
{この谷の風、懐かしいな……神代の空気だ}
{風精霊が今も棲んでおる。いい場所だぞ}
配信画面には風車の間を抜ける3人の姿が映し出され、そのコメント欄は、地球と神域、両方の視聴者で埋め尽くされていた。
と──その時だった。
「……あれ、何か聞こえる」
アルが立ち止まり、耳をすます。
草むらの先、かすかな鳴き声のような音が響く。真斗が近づいていくと、そこには、淡い金色の毛並みをもつ、小さな四足の生き物が震えていた。
「これは……」
「幻獣、です。古代種……今ではほとんど姿を見せない幻の存在です!」
その小さな体は、何かに襲われたのか傷だらけで、魔力の流れも不安定になっていた。
「おいおい、マジかよ……」
真斗はすぐさまアルに指示し、治癒魔法を使用。
オルフェンもそっと近寄り、驚いたように小さな声を漏らす。
「……まだ、子供だな。だがこれは、間違いない。高位幻獣……」
『なにそれ、超レアモブ!?』
『伝説級の幻獣の子供!?マジで出会えるの!?』
{ルミナ・フォーン……神域でも祝福の象徴とされる存在だぞ}
{出会っただけで運気が上がるとされていた神獣……!}
治癒が終わると、子幻獣は真斗の足元に擦り寄り、丸まって眠り始めた。
「……こいつ、俺たちを信頼してるのか?」
「間違いありません、真斗様。あなたの“気”に反応したのだと思います」
ほんのひと時、草原に静寂が戻る。
風の音、風車の回転音、そして子幻獣の小さな寝息──
真斗は小さく笑った。
「……旅って、いいな」
彼のその一言に、配信の視聴者たちからも、さまざまなコメントが溢れていた。
『こっちまで癒されたわ……』
『異世界でもこういう出会いあるんだな』
{これはもう、運命としか言いようがない}
{旅とは出会い。良い記録になったな、代行者よ}
そして──
幻獣との出会いで信仰ポイントが急上昇。
ワールドキャプチャに映された真斗たちの姿は、静かに旅の先へと進んでいく。
次なる目的地──幻想の湖“月霧湖”を目指して。
月霧湖を目前に控えた真斗たちは、湖畔近くの小さな村に立ち寄っていた。
道端には石造りの街路と、木製の看板が軒を連ね、村の中心には「月影釣具店」と書かれた年季の入った看板が揺れている。屋根の上には魚の骨を模した風見鶏がくるくると回っていた。
「……こじんまりしてるけど、趣があるな」
「ここが、この地域で一番評判の釣具屋です。月霧湖で“伝説の魚”を狙うなら、ここ以外ありえませんよ!」
アルが胸を張る。
ギィィィ……
木製の扉を開くと、中には年老いた男性が背中を丸めて座っていた。腰には工具ベルト、背後の壁には色とりどりの魔導釣竿や、魔石の入った餌箱、異素材のラインが整然と並んでいる。
「……見慣れねぇ顔だな。旅人か?」
「ああ、配信者をやっててな。今日はこの湖で“釣り企画”をやろうと思ってるんだ」
「釣り企画、だと? ふん、面白ぇ……この村じゃまだ“娯楽”ってもんが根付いてねぇ。なら一発、見せてやれよ」
男の名は【ガラン爺】。元は王都の魔導技師だったが、趣味が高じて釣具専門の職人になった変わり者だ。
「オルフェン、お前釣りは初めてか?」
「……興味はある。だが、竿で魚を獲るなど……牙で仕留める方が早いだろう?」
「いやいや、オルフェンさんよ……釣りってのは“戦い”だぜ?魚との知恵比べ、読み合い、そして引き際の駆け引き……」
「む……戦いとなれば、話は別だな」
ニヤリと笑うオルフェンに、ガラン爺が何かを思い出したように奥から一本の釣竿を持ってきた。
「コイツは“雷針のミストルティン”。魔導回路で雷の属性を蓄積できる竿だ。魚の動きに合わせて電撃を走らせ、瞬時に痺れさせる……使いこなせればな」
「え、めっちゃカッコいいんだけど!?」
『雷属性釣竿!?マジか!!』
『異世界ガジェット紹介コーナー来たなこれ』
『釣竿がエンチャントされてるって発想が神』
『オルフェンに電気属性!?ヤバい画しか浮かばねぇ』
{この時代に雷霊の導管を応用するとは……面白い爺だな}
{釣竿というより、半ば神器に近いぞこれは}
アルは別の棚から“魔力餌”と呼ばれる怪しげな緑色のルアーを手に取る。
「これは《マナ・グロウワーム》といって、水中で発光する特殊素材で作られています。暗い湖底でも魚を誘える高級餌ですね!」
真斗が餌の値札を見て、思わずのけぞった。
「……おいおい、これ一本で銀貨5枚!?高っ! 普通に高級焼肉コースいけるって!」
隣でアルがコホンと小さく咳払いをしながら、すっと解説モードに入った。
「そういえば、真斗様。地球の皆様に向けて、改めてこの世界の通貨についてご説明しておきますね!」
彼女は指を一本立てて、にこにこと話し始める。
「この世界では主に、《銅貨》《銀貨》《金貨》《白金貨》の四種が使われておりまして──」
•銅貨1枚:屋台のパンや軽食1食分(地球換算で約100~200円)
•銀貨1枚:一般的な宿1泊分、または定食1食分(地球換算で約1500~2000円)
•金貨1枚:高級装備や高ランク宿、魔導具の購入(約1万~2万円)
•白金貨1枚:貴族クラスの財貨。家が建つほど(50万~100万円以上)
「つまり、銀貨5枚ってことは……日本円にして、ざっと1万円前後になります!」
「餌に一万円!?」
真斗は思わず額を押さえる。
「高っけえ……でもまあ、伝説の魚釣って地球と神域両方でバズれば元は取れるか……?」
アルが頷く。
「その発想が配信者ですね!さすが真斗様!」
「致し方無しの出費か…」
「真斗様、地球で言えば“高級ルアーセット”です!演出のためです、ここはケチらず!」
結局、雷属性の釣竿、魔力餌セット、浮力調整可能な“浮遊ウキ”、仕掛けを収納する《魔力バックパック》などを購入。
「おう、これ持って伝説の魚釣ってこい。“ルナスケイル”だろ?」
「知ってるのか?」
「20年前、ワシも挑んだことがあってな……一本釣りのロマンよ。誰も釣ったことはねぇがな」
ガラン爺の目が、どこか少年のように輝いていた。
『ルナスケイル!?伝説の魚キタ!!』
『BGM変えろ、BGM!テンション爆上げだ!』
{ついに来たか……あの湖に眠る幻獣級の魚}
{地神の加護を受けたという湖主か……配信が滾ってきたぞ}
「よし、オルフェン。準備は整ったな?」
「ふっ……俺の腕前、見せてやるぞ、“配信者”」
真斗は肩に釣竿を担ぎ、振り返ってカメラに向かってウインクする。
「伝説を釣り上げに行くぜ──異世界の“バズ”ってやつ、見せてやるよ」
その一言と共に、画面がフェードアウト。
次回の“幻想の湖”での大勝負に向けて、配信は次のステージへと進んでいく──。
日が傾きはじめた頃、真斗たちは目的地の湖──《月霧湖》に辿り着いた。
「……すっげぇな、ここ」
目の前に広がるのは、まるで“絵画”のような幻想風景だった。
湖面は限りなく透明で、空の色と二つの太陽を完璧に映している。
しかしそれだけでは終わらない。
水面に立ち込める霧は、淡い月光のような銀の輝きを宿し、ゆらゆらと風に揺れている。
風が吹けば草花が静かに揺れ、遠くからは水鳥の鳴き声が微かに聞こえてくる。
「これが……月霧湖。名前の通り、月の霧が漂ってるようだな」
アルがうっとりとした表情で言葉を紡いだ。
「この湖は魔力の流れが特殊で、月霧と呼ばれる魔素が絶えず発生しています。魚や水草も希少種ばかりなんです。特に、奥の方に生息する伝説級の魚──いつか見られたら奇跡だとまで言われてます」
「つまり、配信ネタとしても超アタリってことか」
真斗は笑いながら手首の《世界撮影〈ワールドキャプチャ〉》を起動し、地球と神域の双方へ撮影を開始。
『ここ……本当に現実?』
『透明度やばすぎてCGにしか見えん』
『異世界ナショジオじゃん!』
『釣り開始きたああああ!』
{この静けさ、神域にも通じる清らかさだ}
{湖に棲まう精霊たちも、彼の存在を歓迎しているようだな}
「さて、準備するか」
真斗は購入した魔導釣竿を取り出した。
エネルギーを蓄えるクリスタルが内蔵され、釣り糸には魔力を通す細工が施されている。
「餌よし、リールよし、魔力センサー起動──よし。やってみっか!」
「真斗様、がんばってください!」
「俺は……この辺りで見張りつつ見守っていよう。何かあればすぐ飛び込む」
オルフェンは巨大な岩にどかっと腰を下ろし、鋭い目で湖を見張る体勢に入った。
真斗はキャストのフォームを構え──
「せいっ!」
シュルルル……!
投げ込まれた釣り糸が、静かな水面に吸い込まれるように落ちていく。
「あー……いいな、こういうの。のんびりってやつだ」
彼は小声で呟きながら、湖の景色を視界に収める。
その姿をアルがカメラで捉えていた。
『今のアングル超癒された』
『釣りしながら語る異世界生活、優勝すぎる』
『まなとの声って、なんか落ち着くんだよな』
『BGMもいいな……静かに流れる時間が心地いい』
「異世界ってさ、バトルも魔法も面白いけど──こういう静かな瞬間こそ、伝えたいと思うんだよな」
真斗はぼそっとカメラに語りかける。
「俺が配信を通して伝えたいのは、“この世界の美しさ”なんだ。驚きも、感動も、ちゃんとある世界だってこと」
ピクリとも動かない浮き。
しかし、焦りや苛立ちは感じられない。
まるで、釣れない時間そのものを味わうように、真斗は静かに釣り糸を見つめていた。
「……釣れないな」
「それが釣りです、真斗様」
アルが笑って言う。
『釣れない時間が最高なんだよ』
『このまま一生配信しててほしいレベル』
『……にしても、魚影すらねぇな』
『ルナスケイルとか本当にいるのか?』
{ふふ、辛抱こそ熟練者の証だ}
{試練の先に、宝は眠っているものよ}
だがその時──
湖の水面が、静かに揺れた。
(ん……?)
真斗が水面に目を凝らした瞬間、浮きが“わずかに”沈んだ。
「……きたか?」
風の音、霧の流れ、遠くの鳥の声──そのすべてが一瞬だけ止まったような感覚が辺りを包み込む。
そして──
「……来るぞ!」
彼の手に伝わる、重たい引き。
次の瞬間、湖の底から巨大な“魚影”が浮上してきたのだった。
浮きが一気に水中に引き込まれた。
「うおっ! 本当に来た!?」
真斗が釣り竿を力いっぱい引くと同時に、水面が爆発したかのように跳ね上がる。
濃い霧の向こうから姿を現したそれは、ただの魚ではなかった。
「な、なんだ……あのデカさ……!」
現れたのは、まるで月の光を鱗に閉じ込めたような巨大魚。
全長は優に五メートルを超え、鏡のように光を反射する銀白の鱗が全身を覆っている。
長いヒレは滑空する翼のように広がり、その動き一つで湖面が波打つほどの威圧感。
「ルナスケイル……っ! まさか本当に姿を現すなんて……!」
アルの声が震える。
神域でも“幻想種”とされ、記録にしか残されていない伝説の魚──それが今、真斗の釣り糸を咥えているのだ。
「負けらんねぇな……っ!」
真斗は釣竿に魔力を流し込む。
魔導リールのエンチャントが起動し、竿全体が青白い輝きを帯びた。
『なんだこれ!?でっけえええ!!』
『え、あれマジで釣るの!?』
『アニメのラスボスだろコレ!』
『魔導釣竿の本気……見せてくれ!』
{……あの魚影、まさしく“月喰い”ルナスケイル。我らが神域ですら、完全な記録はない}
{彼は今……伝説と向き合っている。これぞ“旅の意味”だ}
針に掛かったルナスケイルは暴れ狂い、湖全体が揺れるような激しいうねりを生む。
一瞬でも手を緩めれば、竿ごと湖に引き込まれるような圧倒的な力。
「真斗様っ、耐えてください!支援魔法、詠唱入ります!」
アルが詠唱を開始。彼女の手のひらから放たれる淡い光が、釣竿全体を包み込む。
「【魔導強化:雷結晶導】──魔力の循環を促進させます!」
「ナイスアシストっ!」
雷の魔力が竿の内部を走り、巻き上げる力が一段階上昇。
だが、それでもなおルナスケイルの力は圧倒的だった。
「……くっ、オルフェン! 悪い、力貸してくれ!」
「言われるまでもない!」
オルフェンが身を翻し、水面へと跳躍。
着水と同時に水飛沫が爆ぜ、湖の中央へ一直線に泳ぎ出す。
「ルナスケイルよ、俺が相手だ!」
水中でのオルフェンの動きは、まるで巨大な狼が水の中を自在に駆けるようだった。
彼は魚の進行方向に回り込み、真正面から“体当たり”を食らわせる。
ズドォォンッ!!
水柱が上がり、魚の動きが一瞬鈍る。
「今だ、真斗様っ!!」
「うおおおおおおおっ!!」
真斗は魔力をさらに釣竿へ流し込む。
魔導リールが甲高い音を立てながら一気に糸を巻き取り、魚体が水面からゆっくりと浮かび上がる。
「創造魔法──【補助具:浮力支援ネット】!」
彼の叫びと同時に、湖面に魔力で編まれた巨大な網が出現。
ルナスケイルがその網に絡まり、逃げ道を塞がれる。
「最後だああああああっ!!!」
全身の筋力と魔力を爆発させ、真斗が釣竿を引き切る──
ググッ……ビキィィッ……
竿が軋み、空気が震え、世界が止まったかのような一瞬の後──
──ドシャァァァアアアッ!!
湖面から引き上げられたルナスケイルの巨体が、岸辺に激しく叩きつけられた。
「……っ、やった……! 釣ったぞ……!」
真斗が釣竿を支えながら膝をついた瞬間、コメント欄は爆発したように流れ続ける。
『やっっっっったああああああ!!!』
『これは神回確定!!!』
『世界記録の釣りじゃん!?!?』
『伝説級モンスター釣り上げるとか、どんなゲームだよ!?』
{見事……本当に見事だ。これが、映す者の魂か}
{神代以来の釣果よ。もはや“記録”ではなく“歴史”だ}
オルフェンがずぶ濡れのまま岸に戻ってきて、どかっと腰を下ろす。
「……フン。お前の方が、いい仕事をしたな。次は俺が勝つ」
「いや、俺一人じゃ無理だった。ありがとな、オルフェン」
「礼などいらん。だが……誇っていい。これは、称えるに値する一撃だった」
二人が見つめる先には、静かに横たわるルナスケイルの神々しい姿。
銀の鱗に月光が宿り、まるで星の化身がこの世に舞い降りたかのようだった。
そして、真斗はカメラに向かってひとこと。
「これが、“異世界の夜”の獲物だ──最高の一匹、いただいたぜ」
静かな湖畔に、月霧がやさしく揺れていた。
「ふぅ……とんでもねぇヤツだったな、マジで……」
月霧湖の静けさの中、焚き火がパチパチと音を立てていた。
真斗は薪を足しながら、今しがたの“伝説との死闘”の余韻に包まれていた。
アルは小さく拍手をしながら、目を潤ませて言った。
「真斗様……お疲れ様でした。あの魚を本当に釣り上げるなんて……あれは、まさに奇跡です……!」
「奇跡も、地道な努力と……あとオルフェンの突撃があってこそ、だな」
「……ふん。礼はいいと言ったはずだ」
そう言いつつも、オルフェンの口元にはごく僅かな誇らしげな笑みが浮かんでいた。
銀鱗に月を映す巨大な魚──ルナスケイルは、今は穏やかに横たわっている。
その姿には、戦いを超えた神聖さすら宿っていた。
「……さて。こいつ、食ってみるか」
真斗はすっかり慣れた手つきで《創造魔法:調理器具生成》を唱える。
まな板、包丁、調味料ラック、鍋、スモーカーに至るまで、調理場が一式出現。
「真斗様、私もサポートしますねっ!魔力で鮮度維持のフィールドを展開しておきます!」
「オルフェン。捌くなら、頭と内臓の位置は……」
「心配無用だ。骨格は“幻魚”種と似ている。……俺が解体しよう」
「マジか。じゃあ任せた」
銀鱗の巨体は、オルフェンの手によって鮮やかに解体されていく。
骨と身が美しく分かれ、真斗が受け取った切り身は、淡く輝く銀白色。
まるで“月の光”そのものが凝縮されたかのようだった。
「……こいつを、焼く。シンプルに。それが一番だ」
《完璧主義ノ料理》が発動し、真斗の手が自動的に動き出す。
魔力火でゆっくりと火加減を調整し、香草を加えたバターで表面を香ばしく焼き上げていく。
パチ……ジュウウ……
香りが立ち上がるその瞬間、空気が変わった。
ルナスケイルの肉から発せられる芳香は、ただの“美味そう”ではない。
それは“神聖さ”を伴うような、食欲と畏敬を同時に呼び起こす香りだった。
『うわああああ!!香りが画面越しに届きそう!!』
『ルナスケイルってこんな美味そうなの!?』
『まじで異世界行かせてくれ!!』
『異世界グルメ旅番組やってくれ!』
{これは……記録せねば。神域でも“味”の記録は貴重なのだ}
{食すことで得られる祝福とは……面白い。非常に面白いぞ、配信者}
「さて、焼けたぞ。……実食、いきますか」
真斗は一切れを口へと運ぶ。
──
「……っ!!」
一瞬、何かが脳を駆け抜けた。
うまい、という言葉では足りない。
味覚の全てに“浄化”されたかのような衝撃が走り、全身の細胞が歓喜に震えていた。
「……これは……反則だろ……」
「真斗様? ど、どうですか……?」
「食ってみろよ。言葉、いらねぇから」
恐る恐る口に運んだアルの目が、一瞬で見開かれる。
「な……なにこれ……こんな、優しいのに、力強くて……!」
「わふっ!」
オルフェンも加わり、三人の箸が止まらなくなる。
香草焼き、炙り、刺身風、バターソテー、スモーク──次々に調理しながら食べ進める。
そして、アルがある事実に気づいた。
「……っ! 真斗様! この魚、食べたあとに身体能力が……っ、上がってます!」
「マジか……」
確認すると、確かにステータス欄に【月光加護(短時間)】というバフが表示されていた。
「戦闘でも配信でも活躍するってか……なんて優等生なんだよ、ルナスケイル……」
『ゲームに実装して!!』
『ルナスケイル味覚バフ、公式にならんか?』
『異世界の食材ランキング第1位、決定』
──
夜は深まり、焚き火の灯りが月霧湖を柔らかく照らしていた。
「……じゃあ、そろそろ戻るか。アオゲニストへ」
「はい!街では、配信インフラの設置申請もありますしね!」
「あぁ……ルナスケイルの映像と味。これは、あの街にも伝えなきゃいけねぇな」
オルフェンは魚の骨を咥えながら、口元でニッと笑った。
「映像と料理……それが、この世界での“戦”ってわけか。面白い」
こうして真斗たちは、戦利品と記録を手に、再び都市へと歩き出す。
静かに揺れる湖面に、彼らの背中を映しながら──
異世界での“旅と伝達”の旅路は、またひとつ、新たな一歩を刻みはじめた。
月霧湖からの帰還は、静かで穏やかな道のりだった。
満腹と達成感に包まれた真斗たちは、あえて派手な話もせず、心地よい疲労と共にアオゲニストへ戻ってきた。
夕暮れ、街の石畳を踏む足音が三つ。
「……なあ、アル。俺、考えたんだ」
真斗は背負った《視影水晶》の設置用ケースを軽く叩きながら口を開いた。
「今、配信って俺のスキルだし、武器でもある。でもそれだけじゃ、ただ映して終わりだろ?」
「……はい、確かに。映すことは記録でもありますが、届けなければ意味がありません」
「そう。だから、“残す”んだよ。俺らが見て、撮って、感じたこの世界の魅力を──街の人にも、伝えられるように」
オルフェンが小さく鼻を鳴らした。
「ふん、確かに。ルナスケイルとの戦い……あれを映像で振り返れたら、俺だって燃える。……それに、街の奴らにも“俺たちの誇り”を知らしめられるな」
「街中に《視影水晶》を配って、広場に《街頭スクリーン》を設置して。毎週定期で、俺らの冒険や日常を流す。異世界の暮らしを、異世界の人にも“可視化”するんだ」
「……まさに、“娯楽革命”ですねっ!」
アルが胸の前で両手を握り、力強く頷く。
「それで、誰に話を通せばいい? この街の“メディア”を管轄してるのは──」
「“情報ギルド”です。主に文書、魔法通信、記録媒体、書物管理、映像魔晶の取引まで担っていて……」
「ふむ。なら、そこへ行こう。明日、朝イチで」
──
翌朝。真斗たちは、アオゲニスト中央区にある《情報ギルド本部》へと足を運んだ。
巨大な水晶柱と魔導盤が整然と並ぶ館内は、学者や記録魔導士らしき人々で賑わっている。
受付に立った真斗は、堂々と名乗った。
「天ノ風 真斗|。異世界配信者だ。……映像と記録を通じて、この街の文化を未来に繋げたい。“視影水晶”と“スクリーン設置”の許可を求めに来た」
受付嬢の眼鏡がキラーンと光った。
「異世界……?それはまた珍しい立場ですね。内容を詳しく伺っても?」
こうして真斗は、アルの補助も受けつつ、配信システムの構造や世界撮影の仕組み、《地球》と《神域》の反応、そして今後の計画──《映像を通じた文化普及》について詳細にプレゼンした。
その熱意は、記録魔導士たちの心に確実に届いていた。
「……確かに、これほど強力な“娯楽媒体”は前例がありません」
「文字のない者でも楽しめ、街の歴史や情報を広く伝える力を持っている……」
「何より、地球という異界と繋がるという価値は……計り知れない!」
協議の末、ギルドは“暫定導入”として以下のプロジェクトを認可した。
・《視影水晶》の貸与配布(一般住民用)
・《街頭スクリーン》1機の設置(広場東側)
・《真斗配信局・アオゲニスト支部》の設立(情報ギルド内に小規模オフィス)
「……マジか。通ったのか」
「はい!しかも、これは実質的な“番組放映権の取得”に等しいものです!」
オルフェンも満足げに腕を組む。
「よし、じゃあ決まりだな。“この街に、俺たちの文化を根付かせる”ってやつを──始めよう」
──配信は、旅を届ける。
旅は、文化を繋げる。
文化は、未来を変える──。
そして、それを伝える“語り部”こそが、今この世界で最も新しく、最も自由な職業──
《異世界動画配信者》なのだ。
こうして、アオゲニストに“最初のスクリーン”が灯された。
それは、この世界における「映像の夜明け」でもあった。
つづく──。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
誤字脱字等があればコメント頂ければ幸いです。
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