第10話 旅立ちの準備
※本作では異世界「神域」と、元の世界「地球」それぞれの視聴者コメントを区別するため、以下の形式で表記しています。
- 『地球のコメント』…地球の動画配信プラットフォームでの視聴者の反応
- {神域のコメント}…神域における神族・精霊・転生者などの視聴者による反応
配信活動は両世界に同時発信中!それぞれのリアクションもお楽しみください!
──朝の柔らかな光が、マイハウスのリビングを優しく包み込む。
透明なカーテン越しに差し込む陽光が、木製の床に淡い模様を描き、室内に心地よい静けさをもたらしていた。テーブルの上には香ばしいパン、ハーブの香るスープ、果物の盛られた皿──そして空中に浮かぶ、ホログラム投影の《視影水晶》。
「んぅ……ふぁぁ……」
アルマノルティアが片手であくびを噛み殺しつつ、ローブの紐を片手で結びながら現れる。髪はまだ寝癖でふわふわしていて、魔導端末を手元に浮かべたまま、寝ぼけた足取りでテーブルについた。
「おはようございます、真斗様っ……コメント、ものすごい数来てますよ〜……!」
「……おはよ。寝起き早々テンション高いな、お前」
真斗は笑いながら、湯気の立つパンを手に取り、ちぎって口に運ぶ。
「ふふ、だってすごいんですもん……見てください」
アルは指先をすっと動かすと、空中に映し出されたホログラムのスクリーンが拡大され、昨夜のライブ配信に届いた大量のコメントが、帯のように横へと流れ出した。
地『すっごく感動した!』
神{また見たい、この世界、美しすぎる}
異『次の旅、どこ行くの?教えてくれよ!』
「昨日の街の映像が特に人気ですね。アオゲニストの夜景に反応してる人、すごく多いです」
「そりゃまあ……俺たちの初ライブだったもんな」
真斗は腕を組み、画面に見入る。
そこには、熱のこもった文字列と共に、拍手や歓喜の絵文字、時折現れる手書き風の応援コメントが混じっていた。中には感極まったような泣き顔スタンプや、詩のような言葉を送る者もいた。
「『映像がこんなに心に響くなんて思わなかった』『もっとこの世界のこと、知りたい』『真斗さん、ありがとう』……」
「……すげぇな」
「ね? 視聴者さんたちの想い、ちゃんと“届いて”るんですよ」
アルが微笑みながら、スクリーンの一角を指先で示す。そこには、ある宿屋からの短いコメントが浮かんでいた。
地『また配信してね! 今度は家族みんなで観るよ!』
「……ああ、こういうのは、効くな」
真斗はコーヒーのカップを手に取り、ゆっくりと息を吐いた。
冷静でいるつもりでも、胸の奥があたたかくなっているのが自分でも分かった。
「俺のやってることが……誰かの“日常”に入り込んでんだな」
「はい。だからこそ、次も絶対に成功させましょうね、真斗様!」
アルはすっと背筋を伸ばし、気合い十分の表情で頷いた。
「……旅をして、撮って、届ける。シンプルだけど、やっぱこれが俺のやることだな」
真斗はゆっくりと立ち上がり、奥の編集室に向けて歩き出す。
──この映像が、今日も誰かの心に火を灯すと信じて。
彼の旅は、まだ始まったばかりだ。
──朝食を終えた真斗は、マイハウスの奥――書斎兼作戦室として使っている部屋へと足を運んでいた。
ドアを開けると、部屋の中心には魔導式の立体投影台があり、ホログラムの地図がゆっくりと回転している。その周囲には、アルが調べ物に使った書籍やスクロールが、几帳面に並べられていた。
空間の中心で、青白く輝く遺跡の座標が浮かび上がる。
「これが……《星降る遺跡・リュミナライト》のエリアマップか」
真斗が目を細めて地図を覗き込むと、アルが分厚い文献を抱えて隣に立ち、説明を始める。
「はい。場所はアオゲニストの南西、“光霧の境界”を越えた先にある丘陵地帯です。
天候が変わりやすく、気流も不安定なため、これまで本格的な調査は行われていないんです」
「なるほどな……それだけに、撮れ高は期待できそうだな」
「実はこの遺跡、古代神代期の“星見の施設”だったという説があるんです。
壁面に刻まれた魔導文字は“星の動きを記す術式”だとされていて、学術的にも貴重な遺跡なんですよ」
「星の観測遺跡……?」
真斗が顎に手を当て、ホログラムに表示された石造りの円形構造をじっと見つめる。
「一部の魔導史研究者は、“神々と星々を繋ぐ門”として建造されたものだとも考えているみたいです」
「……それってさ、まさに“今の俺たち”の活動じゃねぇか」
真斗が不敵に笑う。
配信──それは、世界を繋ぐ門。
言葉ではなく、“映像”という手段で、誰かの心と誰かの時間を交差させる。
「次の企画、決まったな。“星が降る遺跡を攻略”──旅の配信に、新しいジャンル“探索と神話の謎解き”ってやつを足してやろう」
「素敵です……っ! しかもまだ未踏の区画も多くて、撮影しながらのリアルな進行もきっと喜ばれます」
アルの目がキラキラと輝き、拳をぎゅっと握りしめる。
「探検系、映像美、神域遺跡の伝承……視聴者さんの心、絶対つかめます!」
「よし、じゃあ配信告知出すぞ」
真斗は立体地図のリュミナライトの座標に指をかざし、ピンを打ち込む。
同時に端末が起動し、配信用の新しいイベントページを生成する。
《タイトル:星が降る遺跡を攻略──リュミナライト神話と失われた星の門》
#探検系配信 #神域考古録 #未知の景色を届けたい #星と信仰の遺跡
そして、チャンネル名のバナーが淡く光る。
《異世界気ままに配信旅》
その一行には、“風景を、想いを、気ままに──でも真剣に”届けるという、真斗の信念が静かに込められていた。
「よし、準備が整い次第、出発だな」
「はい! じゃあ準備しないとですね!道中で使う魔導テントと……あっ、お弁当の準備もしておきますね!」
「……なんでそこだけ急に日常系なんだよ」
「だってお腹空いたらテンション落ちちゃいますし。旅の基本は“食と映像”、ですよ?」
真斗は思わず苦笑しながら、資料の束をまとめて立ち上がる。
──映像で世界を歩く。謎と光を伝える、新たな冒険が、もうすぐ始まる。
──リュミナライト行きが決まり、準備を整える真斗とアル。
〈マイハウス〉の倉庫では、旅用の装備や撮影道具の整理が始まっていた。
「アル、予備の映像水晶と録音精霊、持ったか?」
「はいっ! あと予備バッテリー、非常食のジャムパン、ライト源石3本と……」
「……ジャムパン?」
「真斗様、昨日“またあれ食べたい”って言ってたじゃないですかっ!」
「……言ったけどさ、今から遺跡探索なんだけど?」
準備をしながらも、どこか賑やかな空気が流れている。
しかしこの旅は、いつもより少し“特別”な意味を持っていた。
──街での動画投稿・ライブ配信を通して、アオゲニストの人々との距離は確実に縮まり始めていた。
***
昼前、真斗とアルは街へと降りていた。
冒険者ギルドで旅の通行証を発行してもらった帰り、真斗は露店通りに立ち寄る。
「おっ、真斗様じゃねぇか。今日はどこに出かけるんだ?」
声をかけてきたのは、果実酒屋の初老の店主だった。配信をきっかけに彼の店の紹介動画もバズり、少しだけ行列ができるようになったという。
「南西の遺跡、《リュミナライト》ってとこ。配信の新作、撮りに行く」
「おぉ……あの星の降る遺跡か。若い頃に一度行ったが、空気が異様に澄んでいてな。神様が降りてきそうな雰囲気だったぞ」
「へぇ……貴重な情報、助かる」
果実酒と一緒に、彼が差し出してくれたのは、小さな保存用フルーツ。旅に役立てと、無言で袋に入れてくれた。
***
その後も、道具屋の少女が「録画用の外部レンズが新入荷しましたよ!」と駆け寄ってきたり、配信を観ていた少年が自作の“真斗の似顔絵”を見せてくれたりと、街には確かな“温度”があった。
「……こうして応援してもらえるの、なんかくすぐったいな」
「真斗様がちゃんと、この街に“何か”を届けたからですよ」
「……だといいけどな」
視聴者がいて、見てくれる人がいて、応援してくれる誰かがいる。
それだけで、旅の意味が変わってくる。
──ふと、真斗は視影水晶に映るアーカイブ映像に目を落とす。
画面には、アオゲニストの広場で《街頭スクリーン》を見上げる子供たちの姿。
楽しそうに笑っている、あの瞬間。
「よし……あいつらが“また観たい”って思える映像、撮りに行くか」
真斗が背負ったカメラケースを軽く叩いた。
「アル、準備はいいか?」
「はいっ! 全霊でサポートします、異世界配信者様っ!」
ふたりは視線を交わすと、街の出口へと歩き出す。
──次なる舞台、“星降る遺跡”へ。
──街を発ち、南西へと進むこと数時間。
馬車も通らぬ山道を抜け、木々が疎らになりはじめた頃。
やがて視界が開け、真斗とアルはゆるやかな丘陵地帯へと足を踏み入れていた。
遠く風の音が低く唸り、空は高く、広かった。
「……このあたり、空が近くて気持ちいいな」
真斗が深呼吸するように空を見上げる。
「風も乾いてて、歩きやすいですねっ。魔力の揺らぎも少ないですし、気候は安定してそうです」
アルは地面に手をかざし、周囲の魔素を確認して頷いた。
周囲には風に揺れる草原が広がり、遠くには岩肌が露出した丘。
その先、夕陽に溶けるように浮かぶのは、どこか異質な“影”――
「あれが、《星降る遺跡・リュミナライト》……か」
地平線の先、まるで星の名残が降り積もったような、淡く光る石造りの構造体。
それは確かに、“この世界のどこにもない”雰囲気を放っていた。
「空、見てください。あれ……」
アルが足を止め、指を差す。
そこには、青空の中に微細な光の粒が――瞬いていた。
まるで、空に溶け残った星屑が、時間を忘れて漂っているかのように。
「……これが、“星降る”って名前の由来か?」
「はい。遺跡周辺は時空の層が不安定になっていて、“星の名残”が漂うと伝えられてます。
直接的な害はないんですが、魔物が干渉を受けて異常行動を起こすことがあるんです」
真斗は歩みを止め、視線を周囲へ向けた。
乾いた風に乗って、どこか不穏な――濁った気配が、わずかに混じっている。
「……アル、あれ。岩陰の向こう……なんか動いてないか?」
真斗が警戒するように声を潜め、岩場の向こうを指差す。
アルが瞬時に魔力測定視を起動し、視線を鋭くする。
「反応確認。三体……距離、百二十。動きが慎重、隠密行動中。
これは……ただの魔物じゃありません、“哨戒部隊”です。人型……もしくは知能を持った魔物の可能性あり」
「なるほどな。じゃあこれは、“ちょっとした出会い”じゃ済まねぇな」
真斗は苦笑しながらも、目を細めた。
──だがそれは、配信者にとって“最高の素材”でもある。
「……せっかくの“探索回”だ。ロマンもスリルも、視聴者に全部届けてやる」
真斗が手首の装具を操作し、《世界撮影》の記録モードを起動。
カメラの魔法陣が薄く発光し、視界が静かに切り替わる。
「サブカメラ展開しますっ!」
アルが指を鳴らすと、複数の浮遊カメラ水晶が空中に起動、ぐるりと周囲に散っていく。
──そのとき。
遠方から乾いた咆哮が大地を揺らした。
「っ、来るぞ!」
空気が張り詰める。風が逆巻き、足元の草がざわめいた。
岩場の向こうから、複数の獣影が疾走してくる。
地を蹴る蹄の音、咆哮、金属の摩擦音まで混じる異質な動き――
「“迎撃班”か……!」
真斗が右手で剣の柄を引き抜きながら、左手でカメラアングルを調整する。
「いくぞ、アル。これは“旅のトラブル”じゃない。“旅の山場”だ!」
「はいっ! 真斗様、私はカメラに集中します! 撮影しながら後方支援も行きます!」
──映像が記録するのは、ただの景色ではない。
旅の熱。現地の危険。そして、それに立ち向かう人間の姿。
それが、《異世界気ままに配信旅》という物語の“本質”だった。
──数度の戦闘と、慎重な進軍を経て。
陽が傾き始めた頃、真斗とアルはようやく《星降る遺跡・リュミナライト》の正面に辿り着いた。
「……ここが、目的地か」
静かに吐き出された真斗の言葉に、空気が震えた気がした。
目前に広がるのは、長い時を経て苔むした石の階段。そして、その上部に口を開けるアーチ型の門。
無数の星を刻んだ石壁は、陽光の名残を受けてほのかに光っていた。
けれどその輝き以上に、空気そのものが違う。
「なんだろうな……時間が止まってるみたいだ」
そう呟く真斗の足元で、乾いた土がわずかに軋む。
風の音さえ、ここでは異質な旋律に聞こえた。
アルがそっと彼の隣に立ち、目を細めながら言う。
「ここは、星と語る場所なんです。神話の時代、この遺跡は“天と地が繋がる門”と呼ばれていました」
その声は、どこか懐かしさすら感じさせるほど、優しかった。
真斗が顔を上げると、夜空がすでに動き出していた。
空には無数の星々が瞬き始め、淡い光がまるで呼吸をするように揺れていた。
やがて。
「……え、今の……」
一本の光が、天を割るように走った。
「流れ星……?」
その直後、さらにもう一本。三本、四本……無数の光の筋が夜空を横断し、遺跡の真上で交差していく。
「な、なんだこれ……流星群?」
「はいっ。ここでは、夜が深まるほどに空が“降って”くるんです。遺跡と星が呼応して」
アルが胸に手を当てて、まるで願い事でもするように天を見上げた。
その光景は、まさに神話。
幻想としか思えないその現実が、目の前で静かに紡がれていく。
遺跡の石壁に刻まれた星図の文様が、流星の光を浴びて淡く、優しく揺れていた。
それはまるで、生きているかのように、空と対話しているかのように。
「……これは、俺たちだけじゃもったいないな」
真斗がぽつりと呟いたその声には、畏敬の念が滲んでいた。
「これが……この世界に眠る、“本当の景色”なんだな」
彼はそっとポーチから《世界撮影》の魔導具を取り出し、レンズを空へと向けた。
カチリ、と小さな音がして、魔導機器が起動する。
「撮るぞ。全部――この空も、この静けさも、ぜんぶ残してやる」
「はいっ! セッティング、すぐ終わらせます!」
アルが急ぎ三脚魔導具を立て、魔力光量のバランスを調整する。
丘の上の風向きを読み、光の反射位置を何度もチェックしていた。
「角度、完璧です! “空と遺跡の融合”、ちゃんと届くと思います!」
真斗はその様子を見ながら、改めて星空を眺めた。
「配信って、こんなものまで届けられるのか……」
その声に、アルがそっと隣に並んで言った。
「この瞬間を……“世界に贈りましょう”」
「この星と、この遺跡の魅力……ぜんぶ、映し出してやるよ」
そして、魔導ライトがふわりと灯る。
《世界撮影》の魔法陣が空中に浮かび上がり、準備完了のシグナルを告げた。
風が一瞬止み、代わりに静かなざわめきが空から降り注いでくる。
それはまるで、星の鼓動。
──カメラが、回り始めた。
まだ配信は始まっていない。
けれどこの静けさは、確かに“始まり”を告げていた。
星降る門の前で、旅の配信は次なる物語を迎えようとしていた。
次回、神秘の遺跡探索編へ――
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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