プロローグ・勇者王様から辺境への出向を命じられる。
勇者、それは世界でただ一人魔王を倒す者。
勇者、それは世界中の王から認められたもの。
勇者、それは魔王を倒すべき選ばれた存在。
勇者、それは困難に立ち向かい打ち勝つ者。
勇者、それは伝説に名を残す者。
なんて思っていた日が俺にもありました。
勇者になるために小さな時から修行をさせられ、友達も作らず、恋愛もせず、ただ一途に魔王を倒すためだけに生きてきた。
世界中から強い武器、防具を集めた。
世界中を回って強い仲間を集めた。
世界中のタンスをあけ、時に壺を割りすごい道具を集めた。
そして、準備が整い、いざ魔王討伐へとなったそんなある日。
一人の名も無き村人が魔王を倒してしまった。
「いやーちょっと畑さ穴掘ってたら、地下洞窟におこっちまってよ。探検してみたら魔王だって名乗るおっさんいんだもん。オラもびっくりしちまったよ。強かったかって?うんだ。弱くはながったな。死闘?そんなもんじゃねぇよ。フルボッコだかんよ。えっオラの名前?そんなの恥ずかしいから村人Aにしといてくれよ」
こうして魔王は倒され世界に平和が訪れた。
ただ一人勇者の心を除いて。
世界からの期待の目は、魔王が討伐されると蔑みの目へと変わった。
どこへでかけるにしても街の人間の目が自分を笑っているようで怖くなり城へひきこもるようになった。
そんなある日のこと王から呼び出され謁見の間にくるように言われた。
俺の心の中は穏やかではなかった。
(まさか部屋にひきこもっていることがばれたのか)
何を言われるのか不安の中謁見の間へ通される。
部屋の中には赤い絨毯が敷き詰められ、一段高くなったところに豪華に装飾のほどこされた玉座がしつらえてあった。
「勇者コノモよ。よく参った。この度は魔王討伐残念であったな」
玉座には白髭の恰幅のいい人の良さそうなおじさんがいた。
モロピノクニの国王、ピロ・リスターバクテである。
「最近はどうしておる?あまり部屋からでてはいないようだが」
「最近は部屋で訓練をしております」
もちろん部屋で訓練などしていないがその場を作ろっておく。
「そうか。そうか。それはいいことだな。それで今回魔王討伐が行われ勇者としての役割は終わったわけだ。そこで新しい任務を与えたいと思うんだが、次の二つどっちがいいかの?
1つは海の幸食べ放題の断崖絶壁での魔物から村を守る勇者としての任務。
もう1つは、山の中で山菜、魔物肉食べ放題、狩り放題コースで辺境の地でのスローライフだ」
結局どちらも人目につけたくないというのがヒシヒシと伝わってきた。
王様の口元はにこやかに笑っているがまるでゴミを見るような目で俺を見ていた。
確かに魔王は討伐できなかった。
今までの準備もすべて無駄だった。
でも、だからと言ってこんな扱いひどすぎる。
「今までずっと勇者として頑張ってきたコノモにもゆっくりして欲しいのだ。さぁどっちがいいのだ?」
昔、世間には詐欺師という騙す人間がいるというのを勇者学の一環で習った。
その時言われたのが、確かダブルバインドという手法だ。
もうすでに行く前提で話が進んでいる。
王様の横には大臣のランデがいた。
智将と呼ばれ今回の魔王の討伐の指揮をとっていた。
「勇者よ。王様からの褒美どちらを選ぶんだ?」
そう静かにランデは聞いてくる。
これはもうこの王都からでていけということだろう。
海の幸と辺境で魔物肉なら魔物肉の方が好きだ。
「わかりました。辺境の地へ行かせて頂きます」
王様の顔が満面の笑みになる。
どうせこのままここにいても引きこもって生活をするならば辺境の地で新たに人生をやり直した方がいい。勇者の肩書も捨ててただのいち冒険者としてやっていこう。
「そうか。そうか。辺境の地には勇者が行くからと盛大な祭りをするように伝えておくからな」
「……いや、それだけはやめて頂けると」
俺が今なんで引きこもっていたのかを王様は知っていたはずだ。
わざわざ恥をかかせる必要がないだろ。
王様の目はいたずらっこのように目をキラキラさせていた。
「魔王も倒せなかった勇者など誰も相手にはしてくれません」
「それもそうじゃの」
あっさり否定されるとそれはそれで心にグサッと刺さるものがある。
どうせ勇者なんて魔王を倒せなければ存在意味がない。
平和な世の中じゃただの暴力装置でしかないくらい俺だってうすうす気がついている。
でも、だからと言っていきなり辺境の地へ送られるのも酷い話だ。
「勇者には悪いがの。魔王討伐をかかげていたのに村人に倒されたとあっては今までの予算など色々問題があるんだ。魔王対策をしていたのに魔王がたいしたことありませんでしたじゃ国民も納得せんしの。それに勇者にタンスや壺を割られたって苦情もきているんだ」
反論のしようもない。
いいアイテムが壺やタンスにあると俺に教えた大臣のランデは遠い目をして助けてくれるつもりはないらしい。
「わかりました。その任務謹んでお受けいたします」
「勇者コノモよ! よくぞ決断をした。そなたの仲間たちは別々の場所でそれぞれ特別な任務をすることになっている。そなたも遅れずに任務地へ向かうがいい。ランデよ」
そうランデに王が指示すると小さな革袋を持ってきた。
「本来なら沢山の資金を渡してやりたいのだがな。我が国は今タンスの修理と壺の修理で……」
「もう大丈夫です。王様」
「そうか。わかってくれるか。全部で金貨10枚はある。旅費の足しにはなるはずだ」
俺は一礼をして革袋をとるとそのまま部屋からでた。
もう誰も俺を知らない辺境へ行ってオークでも狩って毎日焼き肉三昧でもしよう。
そしてちょっと地味な村娘と結婚して子供は5人は欲しいな。
何もないけど幸せな家庭。
そうだ。もう魔王もいないしこれからは俺の幸せな未来が待っているんだ。
よし! 待ってろよ俺の第二の人生!
そうして新しい生活が始まろうとしていた。
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