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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

根暗な僕と笑顔の彼女

作者: 田中勇道

 僕はよく無愛想だと言われる。感情表現が下手で笑うことすらロクにできない。対して月乃つきのはいつも笑顔でネガティブなことはほとんど言わない。僕とは対照的な性格だ。

 だけど不思議と僕と月乃は仲が良く喧嘩したことは一度もない。そんな彼女の口癖は――


「ゆうちゃんは結婚とか考えてないの?」

「月乃、それ毎回言ってるよね。あとその呼び名どうにかできない?」


 彼女がいるのは僕の自宅マンション、今まで一人暮らしをしていたが一年前から同棲している。

 月乃との出会いは四年前、高校生になってすぐのときだった。彼女と同じクラスになりお互い一目ぼれ。僕はルックスに自信はなかったけど月乃は気に入ってくれた。それから付き合い始め大学も同じところを選んだ。学部こそ違うが充実した学生生活を送っている。

 ちなみに『ゆうちゃん』とは僕の名前の『優太ゆうた』から取ったあだ名だ。子どもじゃないんだからそろそろ名前で呼んでほしい。


「僕たちはまだ大学生だしそんな急ぐ必要ないだろ。それに、式を挙げるのにもお金がかかる」

「そうだけどさ…」

「僕は月乃といられるだけでも十分だよ。君はどう?」


 ちょっとくさかったかな。月乃は目を丸くして僕を見ると「私も」と言って僕に微笑みかけた。

 

 ある日の休日、僕は月乃とデートの約束をした。とは言っても実際は二人で一緒に街をぶらつくだけだ。

 月乃はファッションには興味がなくいつも白のTシャツにジーパンで出かけている。夏は汗で服が透けて目のやり場に困ったものだ。

 

「ゆうちゃん、まずはどこ行く?」

「月乃の行きたいところでいいよ。あ、遠いところはなしで」

「えー? せっかくのデートなんだし遠いところ行こうよ」


 僕は面倒だと思いつつも仕方なく了承した。月乃にはどうしても逆らえない。別に弱みを握られているわけではないのだが彼女は機嫌を損ねると直るまで時間がかかる。

 一緒に歩き始めて二十分、目の前にあったのは大きな公園だった。周りを見渡すと親子やカップル連れで賑わっている。


「月乃、ここで一旦休まないか? ずっと歩いてたから足が疲れた」

「ゆうちゃん体力ないなぁ、…分かった。少しだけね」


 僕と月乃は近くのブランコに座り足をピンと伸ばした。自分が運動不足であることを改めて痛感した。

 今日は雲一つない晴天で絶好のお出かけ日和。…と、いきなり月乃が僕の腰をくすぐりだした。


「ちょっ…月乃、くすぐったい」

「ゆうちゃん、今笑った!」

「そりゃ笑うよ。何でそんなことするんだ」

「いつも暗い顔してるから」


 だからと言って別にくすぐる必要はないだろう。こういう子どもっぽいところも彼女の特徴だ。


「私はゆうちゃんの笑ってる姿が見たいの、少し口角を上げるだけでも気分が変わるから」

「そんな単純なものなのか?」


 月乃はこともなげに頷いた。…今度やってみようかな。

 僕たちは公園を出るとカラオケ、喫茶店、ショッピングモールなどあらゆるところを行き来した。家に帰って来たのは午後十時、朝出たのが九時だったから半日以上も外に出ていたのか。


「ゆうちゃん、今日は楽しかったね」

「ああ…明日はゆっくり休むよ」


 月乃は疲れた様子を一切見せずまだ動けるぞと目で訴えている。僕はもうそろそろ寝たい…。ただ、こんな日も悪くはない。毎日は勘弁だけど…。

 

 翌日、昨日の疲れがまだ響いているのか僕は寝惚け眼の状態で朝食を取っていた。


「ゆうちゃん、はい、あーん」

「大丈夫だよ。自分で食べれるから」

「もー、ゆうちゃん冷たい! だから女の子にモテないんだぞ」


 僕は思わずむせてしまった。朝から何を言いだすのやら…。


「べ、別にいいよ。モテようなんて思ってないし」

「ふーん、でもそんなに冷たくされたら私、愛想尽かしちゃうかも」


 やはり月乃には逆らえない。僕は恐怖すら覚えた。

 

「ふふ、冗談冗談。私はゆうちゃん一筋だから」

「…ありがとう」

「どういたしまして」


 僕は自然と笑みがこぼれ、それにつられるように月乃も笑った。


 それから一年、大学三年になった僕たちは本格的に就職活動を始めた。この時からだった。僕と月乃の距離が離れていったのは――。


「ゆうちゃん、今度の日曜久しぶりにデートでもしない?」

「ごめん、もう少し後でいいかな。インターンもあるし」

「でも…」

「でもじゃない。今は大事な時期なんだ。デートはいつでもできるだろ」

 

 辛辣しんらつだとは思ったが僕は早く内定を決めて両親、そして月乃を安心させたい、その気持ちが強かった。

 

 それからまた一年、ほかの学生が次々と内定を決めていく中、僕はなかなか内定がもらえず苛立ちを隠せずにいた。


「ねぇ、ゆうちゃん、少し休んだら?」

「放っておいてくれないか、休んでる暇なんてないよ。時間がもったいない」

 

 月乃は何も言わず僕から目を逸らした。彼女の笑顔もこの頃から見ることが減り、毎日のように言っていた『結婚』の二文字も聞かなくなった。そして冬休みに入ったある日、月乃が買い物で外に出ていたときに"あれ"が起こった。

 いつもなら一時間ほどで帰ってくるはずなのに二時間経っても月乃が戻ってこない。どこかに寄っているのだろうか。彼女の携帯に連絡を入れても繋がらないので僕は居ても立っても居られず外に出て月乃を探しに出た。彼女が行くスーパーまでは歩いて十分もかからない。向かっている途中で人だかりが見えた。しかも警察までいる。嫌な予感が頭をよぎったが僕はかぶりを振った。そんなことあるわけない。

 現場まで行くと車のブレーキ痕と血がわずかに見えた。事故のようだ。僕は心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。


「あ、あの…ここで何が遭ったんですか」


 僕は近くにいる中年の男性に訊いた。どうか杞憂きゆうであってほしい。


「若い女性が車にかれたらしい。それ以上のことは知らない」


 息が荒くなる。若い女性…それだけではまだ月乃と断定できない。僕は一旦自宅に戻りネットやテレビで事故の情報を調べたが有益な情報は得られなかった。さすがに起こってすぐでは分からないか。手段が尽き途方に暮れていると僕の携帯のバイブが鳴った。番号を見ると月乃の妹の理穂りほからだった。


「もしもし」


 電話口の理穂はひっくひっくとしゃくり上げている。僕が何度か名前を呼ぶが理穂は答えない。


「理穂どうした。何も言わないと分からないぞ」

「お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…」

「月乃が…どうした?」


 また息が荒くなる。違っていてくれ。杞憂であってくれ。


「く…車に…轢かれた」


 僕は倒れそうになった。本当に月乃が…。僕は電話口で大泣きしている理穂からなんとか月乃のいる病院を訊きだし大急ぎで向かった。病院に着くと病室の中で理穂がまだ泣いている。実の姉が命の危険にあるのだから泣くなと言う方が無理か。月乃の状態はかなり深刻で全身を強く打って危篤状態。僕は一縷いちるの望みをかけて月乃の回復をずっと祈り続けた。


「僕は君とまだやりたいことがたくさんあるんだ。目が覚めたらまたデートしよう」


 月乃はピクリともしない。涙がこみ上げてきそうになったが僕はそれを抑えた。理穂は泣き疲れたのか僕の肩に頭を乗せてスヤスヤと寝ている。

 次の日もまた次の日も僕はほとんど寝ずに彼女に声をかけたが反応はない。

 

 そして事故が起きてから三日後、月乃は――息を引き取った。

 

 奇跡なんてそう都合よくは起こらない。まあ奇跡が何度も起きたらそれはもう奇跡とは言えるのかいささか怪しい。葬式では月乃と僕の両親、理穂、大学の親友などが葬列してみな涙を流していたが僕は不思議と出なかった。彼女が死んだことにまだ実感がわかない。

 

 彼女がこの世を去ってから一ヶ月、冬休みもとっくに終わり僕は就職活動を再開した。昨日内定をもらえたが正直嬉しくはなかった。月乃がいなくなってから僕は『嬉しい』という感情を失っていた。

 卒業式を二週間後に控えた休日、僕は二年前に月乃と行った思い出の公園にやってきた。外観は当時と変わらず周りを見渡すと子ども達が無邪気に遊んでいる。


「月乃…」


 僕は彼女と一緒に座ったブランコを見て名前を呟いた。そこには誰もいない。

 

「月乃…戻ってきてくれないか。また一緒にここに来よう」


 誰もいないのに僕は何を言っているのか。気が狂ったのかと自分でも思ってしまう。僕はふらふらとした足取りでブランコに座った。

 日が暮れかけ子どもたちが家に帰っていく中、ひとり僕に近づいてくる人物――理穂だ。

 

「となり座っていい?」


僕が無言で頷くと理穂はゆっくりとブランコに座った。それから長い沈黙。


「あの」


 同時に声を上げたので僕は理穂に先を促した。


「この公園にはよく来るの?」

「いや、ここに来るのは二年ぶり。前は月乃と一緒に来た」

「お姉ちゃんと…」


 理穂は肩を震わせ大きく息を吐いた。涙をこらえているのだろう。


「…お姉ちゃんってポンコツだよね」


 僕は彼女の言っている意味が分からなかった。突然何を。


「いつもへらへらしてるし、体力はあるくせに勉強はダメダメ」

「おい理穂…」

「出かける時だっていつもTシャツだしホント、ファッションセンスなさすぎ。ダサいったらありゃしない」

「いい加減に…」


 僕は耐えきれずに理穂の胸倉を掴んだがすぐに手が離れた。理穂の表情が歪んでいる。


「でも…あの笑顔見せられるとなぜか許せちゃうんだよね」


 理穂はそう言うと手で顔を覆いぼろぼろと泣きだした。


「なんで…なんで死んじったの? 何も悪い事してないのにおかしいよ…」


 僕は一瞬戸惑ったが彼女の背中をさすり泣き止むのを待った。さっきの辛辣な言葉は涙をこらえるためにわざと言ったのだろう。理穂は泣き止むと真っ先に僕に謝った。


「ごめん、私…最低なこと言っちゃった…」

「謝らなくていい、悪気があったわけじゃないのは分かったから」


 気付くと日は完全に暮れ夜になっていた。そういえば理穂とここまで長くいるのは初めてかもしれない。同じ高校には通ってたけど学年が違うから会う機会はあまりなかった。それはそうと。


「さて、そろそろ帰るか」

「え、もう?」

「もうって…今何時だと思ってるんだ。七時は余裕で過ぎてるよ」

「そっか」


 理穂の目はまだうるんでいて月乃の名を出せばまた泣き出すかもしれない。


「なんなら一緒に帰る? 途中まで送ってくよ」

「…うん、ありがと」


 月乃以外の子に感謝されるのは何年ぶりだろう。理穂は立ち上がると僕の横に立ち笑顔で歩きだした。


「急にどうした。良い事でもあったのか?」

「ううん、お姉ちゃんの真似しただけ。でもやっぱりお姉ちゃんみたいに上手く笑えない」

「そんなこと言ったら僕なんか…」

 

『私はゆうちゃんの笑ってる姿が見たいの』


 二年前、月乃がこの公園で僕に言った言葉を思い出した。笑ってる姿はあまり見せれられなかったな。理穂が心配そうな顔で覗き込んできたので僕は笑ってごまかした。一緒に歩き始めて十分、理穂の自宅が見えてきた。


「ここまででいいかな。あとは大丈夫だよね」

「大丈夫…またね『ゆうちゃん』」


 そのあだ名で呼ばれるとは思っていなかった。だがそれ以上に僕は理穂の顔を見て驚いた。作りものではない自然な笑顔、その姿は月乃と瓜二つだ。


「ああ…またな」


 なぜかは分からないけど理穂を見ると月乃と一緒にいたときの記憶が蘇ってくる。理穂の姿が見えなくなると僕は今まで抑えていた感情が吹っ切れ大粒の涙が流れた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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