登校
──チュンチュン。
小鳥のさえずりと、心地よいそよ風。
気持ちのいい目覚めの朝だ。
「おはよー!」
朝からテンションの高い我が妹、みさき。
「どうしたんだ? 朝からテンションが高いぞ」
「いやぁそれがね、昨晩の話なんだけど、あのマンガタイトル『ラブリーマイエンジェルみなせたん』のアニメ化が発表されたの! 3月が待ち遠しい!」
なんだ、またアニメの話か。
「私、日直だからそろそろ行かなきゃ。遅刻しないようにね!!」
朝から騒がしい……。
せっかくの気持ちのいい目覚めの朝が台無しだ。
「あら、おはよう」
「おぉ、かずと。身体の調子はどうだ?」
1階に降りてリビングに顔を出してみると、俺の父と母の姿がそこにはあった。
「あ、あぁ、まだ身体が重い気がするけど、元気だよ」
「そうか。卒業試験、頑張れよ」
………………?
「まぁ、お前のことだから余裕だろうけどな」
とうとう父までもアニメ脳になってしまったか。
今日の朝食は目玉焼きにウインナー、サラダにご飯、そして味噌汁だ。
うっ、サラダに俺の嫌いなトマトが入っている……。
俺はサラダに入っていたトマトだけを残して食べた。
「トマト食べないの?」
母が指摘する。
「どうしてトマトを入れるんだよ」
「何を言ってるの。アナタがトマトを好きだからでしょ?」
母も何を言っている。俺はトマトが嫌いだ。
なんだかおかしい。
妹も、父も母も何を言っているんだ。
「まぁ、今日はトマトを食べたくないって気分なのね。そろそろ学校に行かなきゃじゃない?」
あっ、そうだった。
はやく着替えなきゃ。
自分の部屋に急いで戻り、壁にかけられていた制服を慣れた手つきで着ていく。
「最後にネクタイを結んでっと……あれ、ネクタイってこんな色だっけ?」
俺の記憶にあるネクタイの色は確か、赤色だったはず……。
それはさておき、早く行かなきゃ遅刻だ。
「いってきまーす!」
父と母に一言、大きな声で家をあとにした。
まだ1月なのにもう暖かい。
今日の目覚めが良かったのはこの気候のせいだろうか。
まるで12月のあの寒さが嘘のようだった。
それにしても、周りを見てみると同じ制服の奴らがチラホラといるが、ネクタイの色が青色だったり緑だったりとある。学年で色分けをされていたっけか。
でも、俺と同じ白色のネクタイをつけたやつが誰1人としていないのだが……。
もしかして俺、ネクタイを間違えた……!?
でも、壁にかけてあった制服と一緒にこの白色のネクタイがあったからこれで合ってると思う……これで合ってると思いたい……!
「よっ!」
ふと、後ろから肩を叩かれ振り返ってみると──
「あれ、凌太じゃん」
凌太は昔からの幼なじみ。
家は少し離れているけれど、親どうしが仲良かったため、小さい頃からよく近くの公園で一緒に遊んでいた。
「お前、もう身体は大丈夫なのか?」
「まだ少し重い感じがするけど、とくに問題はないよ」
「そうかそうか。ならいいんだ。それより入院生活はどうだったんだ? 可愛いナースさんが看病してくれたのか?」
「それはない。っていうか、可愛い人がナースさんだったら男の病人はみんな高血圧になっちゃって大変だろ」
「ははっ、そうだな」
それからしばらく、凌太と昔話をしながら学校を目指して歩く。
小さい頃、公園で犬に吠えられておしっこを漏らしたことや、中学の時、女の子に俺と凌太はできていると噂が出回っていたことや(決してそんなことはないのだが)、高校入学時に自己紹介で噛みまくってネタにされたこと。
2人で色々と過去を振り返っていた。
こうして振り返ってみると、凌太との思い出がたくさんある。
今となってはどれも楽しい思い出だった。
「去年の大晦日、お前と一緒に初日の出を見ればよかったな……凌太も誘って山に登れば、あんなことにはならなかったのかな」
高校生活最後の大晦日も、凌太と一緒に思い出を作ればよかったと後悔する。
「何を言ってるんだ?」
凌太は俺の顔をジーッと見て、不思議そうな顔をしている。
「どこかで頭をぶつけでもしたのか?」
「お前こそ何を言ってるんだよ。俺は山で遭難して、でも無事かえってきたんじゃねぇか。」
そう、思い出作りにと1人、山に登って初日の出を見に行ったんだ。
「冬休みに入る前、模擬試験があって、誰だか分からない何者かによってお前は気絶させられたんだよ」
──はっ?
俺も思わず、凌太の頭を疑ってしまった。
「そしてそのまま、数時間経っても意識を戻すことなかったこら、お前は入院することになったんだろうが」
どいつもこいつも頭がパラレルしてやがる。
そんなことを話しているうちに学校に着いてしまった。
凌太の話していたことは最後までわからなかったが、この世界が間違っているのか。
俺はその光景を目の当たりにする。
俺の通う高校には確かに噴水があった。しかし、その噴水から湧き出る水が竜やら虎やらと様々な姿になり、あちこちで同じ制服を着た生徒達が空を飛んだり、口では簡単に説明もできない謎の光を手から出して、飛び交ったりと、目の前の光景の情報処理が追いつかなかった。
「なんだこれ…………」
「なんだこれって……本当にどこかで頭をぶつけただろ」
そして屋上からは、幕が垂れ下がっていた。
その幕にはこう書かれていた。
~魔法学校卒業試験まで残り50日~