第4話:これって今までのリピートなの?
「ちょっとどうしたの?その顔は!?」
同じクラスの仲の良い女の子はパメラの顔を見るなり聞いてきた。
朝の教室、人がまばらに入って来ておりパメラは自分の席につきながらも顔を一生懸命に拭いていた。
「起こしに行ったら、気持ち良さそうに寝てたから、マジックで顔に落書きしてやろうかなって思ったのに、逆にやられたの!」
「はっ?」
同級生の女の子は首を傾げた。答えを聞いたのだが、あまりにも意味不明な答えが返ってきた為だ。
「何であのタイミングで起きるのよ!って言うか、寝てたらもしくも起きてる時に顔に落書きされたの初めてよ!」
パメラは半泣きになりながらも、必至に顔を拭いている。さながら、同級生には何も意味が分からなかった。
教室には段々と人が入ってくると、皆が各々の席へと着いた。同級生も時間を見るなり、軽く手を振り席に着く。
しばらくすると、この教室の担任だろうか大人の女性が入ってきた。
「皆さんおはようございます」
教卓に着き挨拶をする。
「いきなりですけど、今日から新しい先生がやってきます」
その言葉の後に、教室のドアが開く。最初に顔を出したのは、パメラの祖母であり学校の理事長でもある婆さん。その後に、ランドは続いて入ってきた。教室の中が一気にざわめき出す。
「今まで治療術学を担当していた理事長から、コチラの若い先生になります」
そう言うと、担任の先生はランドを教卓に案内した。
「あ──どうも。良く分からないけど治療術ってのを教える事になったランドです」
皆の印象はどう思ったんだろう──パメラは、ランドの挨拶を見ながら気になった。
服装は、汚ならしいボロボロの服で髪も腰まで伸び先の方を汚い布で止めているだけのこの男を──。
「皆さん静かにしてください!ランド先生は、治療術の他に魂学も教えるつもりです。何か質問がある方は手を挙げて答えてください」
先生の言葉にクラスの大半が手を挙げた。
先生が1人の女子を指さすと女子は立ち上がり質問をする。
「ランド先生は、歳はいくつですか?」
その質問にランドは指を折り数え出す。彼には、誕生日と言う日が存在しない。その為か、森を追われた時くらいから数えないと自分の歳は分からないのだ。
「17〜8歳くらいだと思う──」
その答えにまたクラスはざわめき出した。それもそのはず、自分達と同い歳の先生なのだから。
「彼女居ますか?」
「結婚してますか?」
等、色々と質問をされ分からないと答えるとチャイムが鳴った。
「質問タイムはここまでにして、後は授業をしながら色々と聞いてくださいね」
担任はそう言うと、ランドを促して教室の外へ連れ出した。
教室は、ワイワイキャーキャーと騒ぎ出す。
「パメラ!どうしたんだろね!急に、男の先生を雇うなんて」
同級生の女の子は、パメラの元に駆け寄ってきた。
「さ──さぁ…私にも分かんないかも」
「そうなの?でさぁ、私今悩んでるんだよね」
急に話を切り替えて話題を振る同級生にパメラは相槌をついた。
「私ね、魂学に転向しようと思うんだけど──」
「な──何で?魂なんて必要無いって言ってたじゃん!」
何でと言う問いは、愚問であった。理由は1つしか無いのだから。
「だって、魂はここ最近はスゴいじゃん!やっぱり、ほら必要だと思うし!クラスのほとんどの子達は、皆言ってるし!」
パメラは周りを見回した。クラスの大半の人達は、魂学の転向を決めているようだった。
「辞めなよ!魂学なんて──ほら、寝暗な子しか居ないし、必要無いって!」
「ううん。必要よ!魂は必要だって!絶対!」
「そりゃあパメラは元々、魂学選考してるから良いけど、きっと必要になるときがあるからっ!」
そんなもんか?パメラは思った。あまりにも、魂学を甘く見ている同級生にパメラはため息をついた。
選考授業は、通常授業が終わった後に自由に参加不参加が出来る。参加するためには、あらかじめ担当の先生に申し出るのだが、今日に限っては何十人もの先生達が受付を担当した。
放課後になり、魂学の教室に噂を聞き付けた全校生徒は集まり魂学を教わりたいと言うので、急遽錆びた小さい教室から大講堂に教室を移した。
この学校は、治療術師を目指すクラスの他にも、何も能力を持たず普通に学業を勉める生徒もいる。治療術師を目指す生徒達は、若干他の生徒より不思議な力を持っていた。その為か、治療術師クラスと普通学業クラスは仲が良くなかったのだが、今集まっている中ではそう言った形跡は見られなかった。
授業が始まる鐘が鳴ると、今まで騒がしかった教室はシンと静かになる。
講堂のドアが開き、理事長とランドが顔を覗かせた。
「おぉ…凄い人じゃの」
婆さんは声を出した。ランドは緊張しているのかただ頷くだけだった。
「今から、魂学を始めるぞ」
そして、ランドを教卓に案内をする。
「婆さん…俺、何すれば良いんだ?」
ランドは隣で入れ歯をカタカタさせてる理事長に聞いた。
「ランド殿が魂を手に入れた経緯や、今まで会った魂を紹介してくれればええよ」
ランドは頷くと、何百人と集まった生徒に語り出した。
「まず、俺の魂は母さん──クルシスランドで聖なる狼と言われたクルシスの魂を宿してる」
一部の生徒にざわめきが聞こえた。
「その狼は、俺の母親でもあるんだ」
そう言うとランドは獣人化をする。今までのランドの姿は無くなり、金色の狼の姿が現れた。
一部の生徒から息を飲む声が聞こえる。多分、普通学業の生徒だろう。こう言った事に慣れていないのか──。
「これが、俺が宿した魂だ」
隣で理事長が拝む姿が見えた。ランドは軽く無視をする。
「俺にはもう1つ魂を宿している──この赤い眼は、兄さんの眼なんだ」
ランドは顔を上げ、眼を指さすと1人の生徒が手を挙げ立ち上がる。
「魂は、1つの体に1つ以上の魂を宿せるんですか?」
「ああ、ただ3つ以上の魂を体に宿すと体はくち果ててしまうんだ」
そう答えると、話を戻した。
「俺が宿した時、俺は人間に殺されそうになっていた。そんな俺を守る様に、母と兄が殺され俺の中に魂が宿った」
生徒達は真剣に話を聞いているようだった。
「俺は、逃げる様に森を出て1人の人間に救われた。だが、俺の心には人間に対する復讐心しか無かった。それでも、その人間は俺を受け入れてくれた──それが、今の母さんなんだ」
ランドは、ひと息ついてからまた話しだす。
「俺の母親と兄さんを殺したのは今の母さんの旦那だった。俺は知らずに、その男を殺していた。しかし、母さんは俺を恨まなかったけど母さんの息子達──今の兄さん達なんだけど、父親を殺したのは俺だと知ると、俺を誘きだして殺そうとしてきた。俺の中で、人間を恨むと言う復讐心で俺は兄貴達を殺そうとしたんだ」
ランドは顔を上げた。天井につり下がっているライトが、明るすぎて眩しく感じた。
「だけど、俺の爪が兄貴達を貫く前に母さんが兄貴達を守り餌食になってしまった」
ランドは左手で右手を貫いた。血しぶきが上がり、生徒達は騒ぎ出した。理事長や他の先生達が、騒ぎを止める。
「だけど、その時に俺の中で母さんの魂が騒いだんだ。皆も知ってると思うが、聖なる狼の能力──傷を癒す力だ」
ランドの目が青く光り、血でダラダラになった左手の傷が癒えていく。
大半の生徒達から歓声があがった。それは、治療術には無い自分の傷を癒す行為だったのだから。
「俺はこの力で母さんを治し、兄さん達からも信頼を得た」
丁度、話が終わった頃に授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
ランドは獣人化を解くと頭を下げた。
講堂の中の全員と言う訳では無いが、ほとんどの生徒は拍手をした──のだが、やはり大半の生徒は話の斬新さにあまり聞き取れていない様だった。しかし、その大半の拍手の中で一番大きな拍手をしていたのは他でも無い、隣にいた理事長だった。
「婆さん──こんな感じで良かったのか?」
ランドは小さな声で理事長に聞いた。
「ええ──ええんじゃ!こうゆう話を今の子供達に聞かせるのが一番なんじゃ」
"今の"子供達にランドは入らないのか───少し疑問に思ったが、再び拍手に頭を下げて教室を出ていった。
後に残った生徒達に、他の先生が呼び掛けている声が聞こえた。
「今の話を聞いて、これでも魂に興味を持ったと言う人は残りなさい!明日もずっとこんな感じで授業が進められて行きますが、話に付いて行けない又は意味が分からないと言った人はこの授業を受けて欲しくありません!彼目的なども認められませんので、今すぐ教室から出ていって下さい」
そんな先生の声が廊下に木霊する。ランドは思った。
やはり、普通に人間と生活をしていた彼女達は今の話は信じられないのだろうか──いや、信じ様としても中々信じられない話だ。無理も無いさ──。
ランドは、前を歩いている理事長に話しかけた。
「俺の話は、本当に為になる話なのかな──この後の話になると残酷な話になってくるけど──大丈夫かな」
理事長は足を止めランドの方へ振り返った。
「ランド殿が獣人化をした時に、数名の生徒が引きつった表情をした事が気になっておるんじゃな?」
理事長の言葉は、ランドの意を得ていた。まさにその通りである。
「心配なさるな。あの者達は、一般学生と言ってな何も能力を持たぬ者達なのじゃ。今までに、魂が何たらと言った経験が無い生徒なんじゃ──だから、先程のランド殿の変身に驚いてしまっただけじゃ。能力を持った特別生徒達は、慣れておるし全然構うことは無いぞ」
ランドは無言で頷いた。とにかく、あと半年もこの授業と言うか話を続けなければならない──。
「そうそう──ランド殿!今日と明日と明後日、魂学をやって頂いてその次の次の次の日まで治療術学をやって頂くんで、よろしくお願いするぞ」
理事長は笑いながら言うが、口を大きく開けたのがいけなかったのか、入れ歯が不気味にカタカタといつまでも鳴っていた。