第1話:犬のウ※コは持ち帰ろう
「婆ちゃん!婆ちゃん!大変だよぉ〜!」
少年は大声で叫びながら雨漏りしそうな古びた家へ駆け込んだ。
「おやおや…トマテ。何が大変なんだい?」
その声を聞いてか、部屋の奥から100歳は越えてるのかシワクチャの婆さんが顔を出した。
「婆ちゃん!大変なんだよ!クルシス公園の砂場から、犬のフン…じゃなくて人間が出てきたんだ!」
少年──トマテは、息を切らしながら答えた。
「あの、クルシスランドの土を持ってきて砂を引き積めただけの砂場から、犬のフン以外に人間が出てきたとな…」
「そうなんだよ!しかも、体中傷だらけで犬のフンなのか血と砂が固まっただけなのかしらないけど、とりあえずスゴい事になってるんだよ!」
それは、人間の形をした犬のフンなのか…
それとも、この100歳を越える婆さんの心臓を止める為の悪戯なのか…
その真意は子供だけが知っているはず──孫が嘘をつく訳は無いと言う予測を立て、婆さんは砂場へと足を向けた。
砂場の方は、何人もの大人達が騒いでいた。孫のトマテの話を聞いて飛んで来たのであろうか、砂場の前で声を張り上げて騒いでいる。
婆さんは杖をつきながら砂場へ歩いていき、回りの野次馬を退かしながら砂場に目を向けた。
確かに孫の言う事は本当であった。砂場から、体が半分ほど出ていてうつ伏せに倒れている。
彼の体についているのは、恐らく犬のフンでは無く血と砂の塊──婆さんは、回りの大人達に指示を出した。
とりあえず、この砂場から出さなくてはいけないと思ったからだ。大人達は彼の体を取り出すと、急いで婆さんの家へと運んでいった。
婆さんも、続いて家へと運ばれる。歩くよりも、運ばれた方が早いからだ。
婆さんは、砂場から出た男を部屋に寝かせると服を脱がさせだした。
男の体は、とても酷い事になっていた。体中に傷があるのと、何故か体のあちらこちらに小さなヒビが入っていた。
婆さんは、気に止めたがそれよりも傷口に固まった砂を取る事が先決だったので誰か人手を呼ぶことにした。とても、この砂は一人じゃ取りきれないと感じたのだ。
「おーい!悪いが、パメラを連れてきてくれ」
婆さんは、部屋の外で待機していた大人達に声をかけた。
しばらく部屋で待っていると、婆さんの居る部屋の障子を開ける女が入ってきた。
女は、まだ17〜8歳くらいの若々しい風陰気を漂わせ、少し期限が悪いのかしかめっ面で部屋の中へと入ってきた。
「婆ちゃん何よ!私、今から友達と遊びに行こうか悩んでいたのよ!いきなり呼び出して…一体、何なの──キャー!」
女──パメラは、部屋の真ん中の方に視線を移すと叫び声を上げた。
「ななななななんで!男の人が裸で寝てるのよ!」
顔を真っ赤にさせ心臓を押さえている。とにかく、彼女にこの光景は目の毒だったらしい。
「ちょいっと、お前さんにも手伝って欲しくてな」
婆さんは、ニコリと笑いながらパメラに話しかけた。
「お前さんは、治療術を習ってるじゃろ?ちょっと力を貸してくれや」
治療術とは──人の傷を癒すこの国の技法で、特別な訓練を行えば誰でも使うことが出来るのだ。
「えっ?だからって、いきなり実践?無理だってそんなの」
パメラは、寝ている男をあまり見ないように目を伏せている。
「まぁ、1つの勉強だと思って気軽るにやって欲しいんじゃ」
婆さんがそう言うと、濡れたタオルをパメラに渡した。パメラは、そのタオルを何に使うんだと聞くと、婆さんは体を拭いてくれと頼んだ。
「パメラは下半身の方を頼…」
婆さんの言葉が終わるか終わらないかの所で、パメラは叫んだ。
「やるなら、私が上半身でしょ?見てみ!ほら、どう見ても彼と同い年じゃん!思春期は大変なんだから、せめて上半身をやらせて下さい」
言葉の最後の方は、かなり丁寧に直すと婆さんの返答も聞かずに上半身を拭き出した。
「ほっほっ、そんな事じゃまだまだ彼氏を作ると言うのは無理そうじゃな」
婆さんの茶化す声を聞き流しながら、男の体についている血と砂の塊を取っていく。
体には小さい傷から大きな傷もあった。パメラは体を拭きながら思った。
どうして、この人は自分と同年代なのにこんな傷を作るのだろう。時には、不自然に塞がっている傷もあった。
パメラは、一旦手を止めて傷を見た。酷い傷なのだが、無理矢理治した後がいくつもある。
どんな人がこんな荒い治療をしたのだろうか…。どれもこれも、ただ止血をする為に傷を塞いだ様にしか見えない。
今はそれよりも、この血と砂の塊を取りこの人の傷を癒す事が先決だ。そう思い、またパメラは手を動かした。
「よし…こんなもんでええじゃろ」
婆さんは、タオルを青年の上に置いた。
「パメラや、早ようこの人の傷を癒してやってくれ…っと、ほほぅ流石にワシの孫じゃ。やることが早いのぉー傷が治って行くぞい」
青年の体は、青く弱い光を帯ながら傷は段々と塞がっていった。
「婆ちゃん!これ、私じゃ無い!」
パメラは両手を顔の前に持っていき何もやっていないと言う仕草を見せた。
「なんと…、この方は無意識に自分の傷を癒しておるのか」
婆さんは驚き入れ歯を落としそうになったが、素早い左手の動きによって危機を免れた。
「でも…治療術師は!」
パメラはあまりの出来事に取り乱している。
「自分で自分の傷を癒す事は出来ないんじゃが…何故、この人は自分の傷を癒しているんじゃ?」
それは、誰に聞いてると言うわけでは無いのだが、自分に問いかける。
「不思議…何て優しい光なんだろう。まるで、母が子供を守るかの様な綺麗な光だわ」
パメラは青年を包んでいる光に触れてみた。光は、ほのかに暖かみを感じている。
「そうじゃの、これは治療術より高度な術かもしれんが…それは、この青年が起きてから聞こうでは無いか」
婆さんは、大きな掛け布団を持ってくると青年の上にかけた。
「明日になれば気付くじゃろ。今日は、ゆっくり休めやな」
婆さんは、独り言の様にポツリと呟くと部屋を出ていった。
1人残ったパメラは、青年の顔を見た。だいぶ傷も癒えて来たのか、寝顔も穏やかになってきている。
パメラはずっと青年の顔を眺めていた。血と砂の塊の量からして、かなりの出血だったのだろう。自分と同年代の彼は一体どんな生活を送っていたのだろうか。
色々と考えているうちに、パメラは睡魔に襲われそのまま熟睡をしてしまっていた。
そして…夜が明ける