第16話:真実を語るにはまずハンカチとティッシュのご用意を…
時は少し遡る―――
「今日も良い天気ねー!」
女は、青空の下で布団を広げた。
「毎日毎日こう良い天気だったら洗濯物も早く乾いて助かるのに」
女は額に流れる汗を拭い取り空を見上げた。雲1つ無い良い天気。
「ルナお母様!」
声と共に扉が勢い良く開いた。そこに居たのは、年の頃20代で肩まで伸びた綺麗な金髪の女性だった。
「おはようプリムちゃん」
女――ルナは、女性――プリムに話しかける。
この2人は、もう長い事この小さな家に住んでいる様だった。
「夜中に、ソフィアから置き手紙が置いてあって『子供が産まれたから今日にでも顔を見せに行きます』って書いてあったの!」
プリムは、置き手紙らしき葉っぱをルナの前に突き出した。葉っぱの真ん中には、言葉なのかシワなのか良く分からないが、確かに何か書かれている気がした。何故、この字が読めたのかは解らないが、プリムが言うのだから疑う事も無く聞き入れる。
「あらそう!遂に私にも孫が出来るのね」
ルナは嬉しそうに笑った。ソフィアの相手は、もちろん狼。産まれてくる子供も狼。子供だから子犬に見られるかもしれない。周りから見たら、家庭用ペットに見られるだろう。だが、ルナにとって見ればソフィアも大事な娘。例えそれが、人間で無くてもルナにしてみれば大事な家族なのだ。
「ルナお母様、嬉しそう」
プリムは笑った。
「これでランドも戻ってきてプリムちゃんと結ばれてくれれば言う事は無いんだけどね」
ルナは、言ってから自分の中で後悔した。
“ランドが戻ってくる”そんな事は有り得なかった。彼は、自分にだけ話してくれた。
“もう助からない”“先に死んでしまいゴメン”と――ランドは、他の皆には旅に出るとしか言わなかった。だけど、ランドはこの世には居ない。
目の前が霞む。ランドの事を思い出すと、いつも涙が出てしまう。
ルナはプリムに気づかれない様に涙を拭き取ると元気良く話しかけた。
「今日はご馳走を作らなきゃね!」
プリムは頷くと、家の中に戻っていく。
ルナも家に入りかけたが、立ち止まり振り返る。
ランドが居なくなってから、3年の月日が流れた。生きていれば、20歳くらいだろう。
この国を救い、この国を守った。今でも悪党は居るけども、昔よりかは酷く無い。聖なる狼“クルシス”の息子であり“魂”を持つ人間。
そして、私の息子――
家の中からプリムの呼ぶ声が聞こえ少し驚いてしまったが、返事を返すと家の中に入って行った。
静けさが辺りを包み、町は沈黙を得ていた。
その町の中にある寂れたBARの扉には『本日貸し切り』の札がカタカタと風で揺られていた。
「ソフィアちゃんも大人になったね!こんな可愛い子供まで出来ちゃって!」
カウンターの中には、少し白髪が混じったBARの主人が床に寝転ぶ白い狼に話しかけた。
その白い狼の回りには、茶色と白の子犬が3匹いてパタパタと走り回っている。その隣には、茶色の狼も寝転んでいた。
BARの机の上には、ルナの手作り料理が並んでいて、プリムやルナが料理を囲む様に座っていた。
「ソフィアちゃん、良い人(狼)見つけたわね!」
ルナの言葉にソフィアは頷いた。隣にいた茶色の狼がガウッと鳴く。
それに対して白い狼――ソフィアは、返事を返す。
「やっぱり旦那さんは、喋れないんだ」
プリムが呟いた。
「当たり前でしょ?私だって喋れないもん」
ソフィアの言葉が頭の中に響いた。
「嘘っ!?これって喋ってんじゃ無いの?」
「これは、聖なる狼だけに携わる能力なの!私だって、人間の姿にならなければ喋る事なんて出来ないんだから」
ソフィアはため息をつく仕草をする。
旦那が再度鳴いた。
「旦那さんが、何か言ってるよ!ソフィア通訳してよ」
「ルナ母さんの手料理が美味しいってさ」
ソフィアの言葉が伝わる。
「一応、私も手伝ったんだけど」
「あの焦げた物体?あんなのは料理と呼ばないって言ってる」
ソフィアの言葉がカチンと頭に来る。
「今、旦那さん一言も言ってない(吠えてない)じゃない!」
「私には聞こえたの!彼が考えてる事をそのまま口にしただけ!」
ソフィアはプリムに対して牙を向けた。
「まあまあ、プリムちゃんもソフィアちゃんも喧嘩しないで楽しくいこうよ。ところで、ランドちゃんは今一体ドコにいるんだろうね」
険悪なムードを変えようと、主人は話を切り替えた。
「ランドの事だったら、ルナお母様に聞くのが一番よね?」
プリムはルナを見た。
「そうそう!お兄ちゃんが今ドコに居るのか知ってるのはルナ母さんだけだもんね?」
ソフィアもルナに視線を向けた。2人とも真実を知らない。もちろん、BARの主人も知らない。
ルナは、一度顔を伏せ考えこんだ。そして顔を上げる。
「そうね…もう話しても良いかな。今、ランドがドコに居るのか」
今までとは違って静かに話す。
「今、ランドは旅に出てるの。とても遠い所にね」
「それはもう聞いたー!その続きが知ーりーたーいーの!」
ソフィアが追い打ちをかける。
少し沈黙が流れルナは真実を語る。
「ランドは、もう居ないの。あの戦いの後に、命を落としたの」
2人は理解出来ていない顔をしていたので分かりやすく説明をする。
「人間が“魂”を体に宿すギリギリの個数が2個までなのね?キッシュを倒すには自分の体にキッシュが宿した“魂”を体に封じ込めたの」
「でも…ランドは、それを宿しても“魂”は2個じゃ――」
プリムは途中で言葉を止めた。今まで、金色の狼の姿しか見ていなかったから勘違いをしていたが、ランドはもう1つ“魂”を宿していた。
残虐性と攻撃的な“魂”を持つランドとソフィアのお兄さんの“魂”を――
それにキッシュも2個の“魂”を宿していたハズ…プリムは手で口を押さえた。
「ランドは、計4個の“魂”を体に宿して私達の前から姿を消したの――ずっとずっと内緒にしてくれって約束してたんだけど、ゴメンなさい!もう無理だったよ」
ルナは顔を伏せて泣き出した。
「嘘――ランドが…」
プリムは席を立ちふらふらと歩き出す。
「お兄ちゃんが――嘘だよね?ね?ねぇ!」
ソフィアは獣人化をするとルナに近寄る。
「ゴメンね!ゴメンね!みんな黙っててゴメンね!」
「なんで黙ってたのよ!私が“魂”を宿せば良かったのに!アンタら人間が代わりに死ねば――」
「ガオゥゥッ!!」
牙を立てふらふらとルナに近づくソフィアに対して、茶色の狼は吠える。
ソフィアは振り返り狼を見た。
「何でそんな事が言えるのよ!アナタは、私のお兄ちゃんの事を知らないでしょ!」
「ガウッ!ガウゥゥッ!」
「解んないわよ!信じられない!人間なんか…」
「グルルルル…」
茶色の狼はソフィアに牙を向け、それから無邪気に遊ぶ子供達を見た。
「でも――でも!」
茶色の狼は、子供達から視線を離しまたソフィアを見ると静かに鳴いた。
「そうだよね――ゴメンね」
茶色の狼は、分かってくれたかと言わんばかりにまた寝転ぶ。
「ゴメンなさい。ルナ母さん。私、ヒドイ事を言った」
反省するソフィアの頭をルナは軽く撫でた。
「本当に良い旦那さんを見つけたわね」
「うん。何で怒ってるのか分からないけど、静まらないと明日からご飯はネズミとウサギにするって言われちゃった」
ソフィアの言葉を聞かなきゃ良かったと、BARの主人は後悔した。それと同時に、そんな事で収まるとは、やはりソフィアは狼なんだなと再度理解する。
それは、ルナにとっても同じ事だったと思う。ただ、それは人間と狼の違いと言う事で、後はみんな同じなんだなと言うことだ。人を想う気持ちも誰かを想う気持ちも変わりは無いんだなとルナは思った。
ただ、問題なのは狼では無く人間の方だった。ふらふらと歩き店のはじっこで座り込むプリムに近寄った。
「私…“魂”を宿してないんだから、私が宿せばランドは助かったのに」
ブツブツと同じことを繰り返すプリム。ルナはそっと話しかけた。
「そんな事をしても、誰も喜ばないわよ。むしろ、ランドだってそんな事をされたらきっとプリムちゃんを嫌いになっちゃうかも」
「でも!」
「ランドは、とても幸せな時間を過ごしてたと思うの。毎日毎日、あの子が笑ってない日を見た事がある?」
「…無いわ」
「あの子は、人間に裏切られたのにも関わらず私達を信じてくれた。人間を信じてくれた。そして最後は、そんな人間達を守る為に自らの命をかけて戦ってくれた」
ルナはプリムの頭を撫でた。旦那さんのイビキが聞こえる。
「これ以上の幸せは無いんじゃ無い?あの子は、クルシスさんにとっても私にとっても自慢して良い最高の息子だと思うわ」
「………」
プリムは何も言わなかった。――いや、言えなかった。
ふいに、扉のドアを叩く音が聞こえた。BARの主人は、涙を拭くと扉を開ける。
「お客さん悪いけど今日は店じまいなんだ」
そう言うが、扉を叩いた人物が店の中に倒れこんで来た。
倒れこんで来たのは、若い男性――少年だろうか――2人が入ってきた。