6話 おふろ
俺は今、風呂に浸かっているのだが、ひとりでは無い。
例の女の子と一緒にお風呂場にいるのだ。
風呂というのは、一人、静かで、豊かでなくてはならないのにも関わらずだ。
一人でお風呂に入る信用を得るために、どれだけ苦労したと思っているのか。
それにも関わらずだ。
俺は決死て故意でこの状況を作り出したわけではなく、不備はない、万事オールオッケーだ。不可抗力だ。
決して、ラッキースケベだなどと考えては居ない。
良し、いろんな意味でオールオッケーだ。
俺は自分の胸の前で拳を握った。
神様、幻神様ありがとう。
俺はあなたを一生崇め続けたいと思います。
さておき、なぜその女の子と二人で風呂に入っているのか。
俺が泥だらけにさせてしまった女の子と、バランスを崩し、転んでしまったせいで土汚れまみれになった俺を、母親が無理やり風呂へ押し込まれたからだ。
その女の子はというと、泥で汚れた身体を綺麗にするため、
湯船に浸かっている俺の隣で、身体を洗っている。
(主様。あまりじろじろ見ないでください。温厚な私でも怒る事はあるのです)
(はい)
ケット・シーはそう言うと、桶の中でぐでんとリラックスしはじめた。
ちくしょう、保護者がいるとか聞いていないぞ。
せっかく神様が与えてくださったこの機会を、みすみす逃しては男が廃る。
可憐な少女が目の前に、しかも裸体でいるというのに、鑑賞する権利すら与えられないなんて。
俺の行為は美術を愛でる芸術家のそれだ。
問題はなど何もない。正当な権利だ。
別に、率先して少女を愛する人種な訳では無い。嫌いではないが。
決して我欲の為に鑑賞するのではないのだ、少しくらい良いじゃないか。
あまりじろじろ見ていると、ケット・シーに何をされるのか分からないので、他のことを考えよう。
ヘリオス兄は何をしているんだろうか。
風呂に入るのを嫌がってたからな。
遊び足りないと思う。まだ剣を振り回しているのだろう。
と、そんな事を考えていると、女の子に声を掛けられた。
「ねぇ、キミ。名前はなんていうの?」
身体を洗い終わった女の子は、ぽちゃんと湯船の中へ入ってきた。
この家の風呂は木製で、しっかりとしている。
子供2,3人程度ならゆっくりつかれるほどのサイズだ。
「……セリニス」
なんだろう、すごく緊張する。
そのためか、返事もぶっきらぼうになってしまった。
「セリニスって言うんだ、私は、アスティアナよろしくね」
「うん、よろしく……」
名前はアスティアナというらしい。
しかし、アスティアナは恥ずかしげもなく、堂々としている。
「アスティアナはさ」
「ティアでいいよ」
呼びやすくなった。
「ティアは男の子とお風呂に入っても大丈夫なの?」
「え、男の子と言っても、ほんと小さいこどもでしょ。特に気にする必要ないと思うけど」
うーん、そうなのだろうか。
そんなものなのだろうか。
「そんなことより、セリニスって強いんだ、びっくりした!」
「そ、そうなのかな」
「わたしの友達だって、まともに打ち合える子なんていないんだ。掠ったくらいだけど、わたしに当てるなんて結構凄いんだよ」
いや、ごめんなさい。
身体強化で、ずるをしていたのだけどね。
「ティアもすごいよ。同じくらいの年で女の子なのに、あんなに動けるなんて」
「む。これでも10歳なのよ」
「あ、そうなんだ……」
ちょっとむくれたティアだったが、
少しして何かを思いついたようにこちらを見た。
「今度うちに来てよ。剣の訓練もできるよ!」
「え」
「嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど」
「じゃあ決まりだね!」
決まってしまった。
でも、俺、家から出られるのだろか。
「で、でも、家から出たことないし、母さんがなんて言うか」
「あとで、おばさんに聞いてあげる」
ものすごい行動力だ。
為す術無く、あっという間に外堀を埋められてしまうであろう。
「わ、分かった。母さんが良いって言ったらね」
「ふふふー。楽しみだなー」
「その時は、兄さんも連れて行くよ」
「……分かった」
なんだったんだろう、今の間は。
「そう言えば、魔法使ってたよね。なんで詠唱なしでも出来るの?」
「えいしょう……?」
そう言ってケット・シーを見る。
彼女は、あっ、まずい、というような表情になり、目をそらした。
あいつ…忘れていやがったな。
「魔法って、詠唱しなくても出来るんじゃないの?」
「出来ないよ。そんなの聞いたことない」
そんな馬鹿な。
今まで、ほとんど部屋に篭っていたし、外にも出ていなかったし、誰かが魔法を使っているところなんて見たことなかったから、魔法を使うのに詠唱が必要なんて知らなかった。
それに、俺は魔力を操作する事にしか頭が回らなかったし、その訓練しかしてこなかった。魔法が使えたのは、偶然の発見と言うか、たまたま出来ただけなんだと思う。
「わたし、エルフの血が混ざってるけど、そんな事できないよ」
「エルフ?」
「うん、エルフ。エルフは魔法を使うことが得意なんだって」
ファンタジー系の物語によく登場する、あのエルフか。
良く分からない世界に来てしまったものだと、つくづく思う。
「ティアも魔法をつかえるの?」
「んー、ほんのちょっとだけ。あんまり得意じゃないんだよねー」
そう言いながら、ティアは身体を口の辺りまで湯船に沈め、
ぶくぶくと息を吐いた。
「ふぅ。それにあんまりエルフっぽくないんだよ。耳の形が少し変わってるくらいだし。ほら、こんな感じ」
そういって、垂れた髪を耳にかけ、みせてくれた。
ほんとだ、言われないと気にしなかったが、耳の先端が少し尖ってる。
なんとなく手をのばし、触ってみた。
彼女は拒絶するわけでもなく、触らせてくれる。
「ほえー」
エルフか、凄いな。
本当に居るんだ。
どういう作りになってんだろ。
遺伝子レベルで決まってるだけなのかな。
といろいろ考えつつ、気づいたら俺は長いこと触っていたようだった。
「……っん」
そんな声出さないでほしい、物凄くドキッとしてしまった。
そして、なにかこうふつふつとは…こないな。
流石にまだ3歳だし。
「あ、ごめん。すごく珍しくて」
「大丈夫。気にしないで」
彼女はあまり細かい事を気にするような性格では無いのだろう、あっけらかんとした表情でこちらを見ていた。
「セリニスは風魔法が得意なんだね、すごい力でびっくりした」
「え、風魔法なんて使ってたっけ」
「使ってたよ。あの風で私飛んじゃったんだから」
あれ、風魔法だったんだ。
ちらっとケット・シーを見ると、頷いて合図してくれた。
とっさに魔力を前方に押し飛ばしただけなんだけどな。
ためた魔力を前方へ押し出す、そうすると風が起こる。
不思議だ。
そんな事を考えていると、ティアに声を掛けられた。
「どうしたの?」
「ちょっと考え事を」
「ふーん」
ティアは少し深呼吸をして、ざばっと湯船から上がった。
俺はつい凝視してしまう。
「じゃあ。おばさんには後で聞いておくね」
ティアはそう言うと、風呂場を出ていくのであった。
(主様。見すぎですよ)
(はい、ごめんなさい)
その後、ティアは俺を家へ招くと母親に話し、何の問題もなく了承されていた。
3歳で外を歩き回るのは普通なのだろうか。
生前、親戚の子は、4才前後でお使いをしていたが、大抵、泣いて戻ってくるか、出たらすぐ遊び出すかで、まともにお使いを成功させた試しがないかった記憶がある。
あれはお使いと言って良いのだろうか。
みていたこっちははらはらして気が気ではなかった。
この世界は、車も走っている訳でもないし、人もそんな居ない。
そこまで気にする必要は無いのだろうが、何も起こらない保証は無いだろうに。
俺が周りに気を配ればいい話か。
精神年齢で言うと、おじちゃんだからね。
君たち子供を守ってあげようではないか。
今回、家から出ることを許されて、なんだかんだ楽しみではある。
どっかの龍が閃くような、秘伝の奥義とか教えてもらえるのだろうか。
日本男児としては刀を持つのは憧れてしまうよな。
この世界にも似たような武器があったら良いのに。
しかし、とても良いタイミングで剣術の訓練の話が舞い込んできた。
ここ最近のマンネリを解消できて、さらに腕に磨きを掛けられるだろう。
変な癖が付く前に、ヘリオス兄が正しい剣の扱い方を覚えるのは、きっといい話だと思う。
俺も頑張って訓練してみよう。
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つたない文章でアレですが、引き続き頑張ろうって気になります。
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