5話 剣のくんれん
ヘリオス兄は3歳にもなると、日常生活レベルでは特に不便なく動けるようになっていた。
この世界は、子供をあまり子供扱いしないのが、一人立ちを促しているのだろう。
あと、ヘリオス兄だけではないのだろうが、子供というものは、好奇心のが赴くまま行動し、聞いてくる事が一役買っているのんだと思う。
その際は、事細かく、真摯に教えてあげれば、ある程度の事は納得し理解してくれるのだ。
理解するまでは時間がかかってしまうのだけど。
俺は暇だから、気長に相手をしている。
この世界の常識に関わることは、俺に尋ねるのは勘弁してくれって思う時もあるのだが、生前の知識がある俺は、この世界の常識を鑑みてなるべく答えるようにしている。
だが、こうであろうと憶測で教えるものの、分からないことは分からない。
それに、間違った常識を教えてはいけないと考えている。
なので、その都度、ヘリオス兄の手を引っ張って、両親の元へ行き、分からないことや、知らないことを聞くようにしていた。
話を聞きに行ったとき、ヘリオス兄は困ったような、ぽかーんとするような表情になる時がある。
こういう時は大体、両親がヘリオス兄へ上手く教えて上げることが出来ず、ヘリオス兄が全く理解できていないときだ。
その場合は、部屋へ戻ってから、親からもらった情報を元に、兄の質問に対して答えられる限り答えるようにした。
細かく突き詰めると、間違っている部分もあるのだろうが、たかが、日常生活レベルの話だ。
生前の、複雑な社会の仕組みやルール、道具も特にないので、大した齟齬は起こらないと思う。
ヘリオス兄は半泣きになりながらも、真剣に話を聞き、話し、理解しようとする真面目な子だ。
可愛く愛おしい気持ちになる。
俺は、この子に英才教育をほどこすのだ。
将来はどの様な子供に育つのだろうか。
とても楽しみだ。
これが親心というのだろうか。
どちらかと言うと、親戚のおじちゃんのお節介だろうか。
どちらにせよ、ヘリオス兄は可愛いからいくらでも構ってあげたくなる。
◇
「セリニス。けんのれんしゅうしたい」
俺は魔力の操作の練習を中断し、頭の上に乗っているケット・シーに、降りるよう合図した。
しかし、ケット・シーの降りる気配は全くしない。
仕方なく、その状態のままヘリオス兄の方を向いて頷き、立ち上がった。
ヘリオス兄と俺は、ここ1年ほど毎日、日課になっている剣を使う訓練をしている。
訓練と言っても、子供のお遊び程度で大した事はしていない。
2歳になった頃から始めたちゃんばら遊びを、飽きもせず、今までほぼ毎日行っている。
この世界には娯楽がないゆえの、子供の遊びなのかもしれない。
(魔力を使っての実験をしたいんだけどな)
そんな事を考えつつ、訓練に使っている、父親が作ってくれた木剣をもって庭に向かう。
この木剣だが、子供と言えど、当たりどころが悪いと怪我をすると思ったので、衝撃を軽くするために布を巻き、改良を行った。
これも両親が気を使うべきじゃないのかと思ったけど、伝えるのは面倒だったので、自分で行った
俺とヘリオス兄は、剣術の訓練をするために表へ出る。
玄関をあけたしゅんかん、ふわっと、心地よい空気が全身を撫でる。
その空気ゆっくりと吸い肺を一杯に満たし、ゆっくりと吐き出す。
この世界の空気爽やかで、とても美味しい。
自然も豊かで、少し遠くを見える小さな丘や、山は、草木によって鮮やかな緑で飾られている。
放浪中によった、フランスにある平原の田舎の村を思い出した。
家は密集しておらず、ぽつ、ぽつと間隔を空けて建っている。
ぽこっ、ぱこっ。
子供の遊びだ、流石に鋭い音は鳴らない。
そんな、訓練ならぬちゃんばら遊びを行っている傍らでは、ケット・シーが、丸まっ他状態で寝転び、眠たそうに薄目でこちらを見ながら、日向ぼっこをしている。
しかし、ここ1年そんな感じで続けてはいたものの、ここ最近は物足りなさが否めない。
もっと剣に詳しい人がいればな、しっかりとした形で身になると思うんだけどな。
俺は生前、剣を扱う武道を習っていたわけでもないから詳しい事は知らないから、これ以上、何をしたら良いのか全くわからない。
毎日、ただただ、ヘリオス兄の振るう剣を自分の剣で捌いているだけだ。
(主様。あの女の子、また来てますよ)
もう、脳に直接響くような感覚は随分慣れた。
特別驚くこともないし、ただ会話をしている感覚に近い。
剣の訓練をしながらも、女の子を探す。
俺も慣れたものだ、この程度のお遊びなら、余裕を持って捌けるため、同時に他へ意識を向ける事が出来る。
なんだろう、格闘ゲームをしながら、雑談が出来るようになった感覚と言うのだろうか。
そして、一通り辺りを見渡し、とある木の陰に視線を渡した時だった。
そこには、少し歳が上くらいだろうか、木の陰から半身を乗り出し、女の子がこちらを見ていた。
「あら、いらっしゃい」
洗濯物を干していた母親も気付いたのか、女の子に声を掛ける。
「おばさん、こんにちわ」
女の子はそう言いながら、木の陰から出ててお辞儀をした。
礼儀正しい子だ。
髪の色は、金髪よりのややブラウンがかった、ポニーテールがよく似合う、元気そうな女の子だ。
すらっとした感じで可憐ではあるのだが、ラフな格好からは、良く外で遊んでいるんだろうなと感じさせる雰囲気が見え隠れし、健康的な印象を受ける。
とにかく可愛らしい女の子だ。
生前たまに街中で見かける、外国人家族の女の子のようだ。
その女の子は近所の子らしい。
ここ最近、俺とヘリオス兄が剣を訓練をする時間を見計らったのように家に来て、いつも変わらず木の陰から覗いているのだ。
隠れているのだろうが、ひょっこひょっこと揺れるポニーテールの自己主張が激しいため、また来ているんだなとすぐ気づく。
女の子に気付いた俺とヘリオス兄は、剣の訓練をを止めて女の子が居る方を見る。
「またきてる」
ヘリオス兄を見て俺は頷いた。
いつもは気にせず、そのまま剣の訓練を続けるのだが、マンネリした状況を変えたかったので、物は試しだと思い、女の子に声を掛けてみた。
「どうしたの? 一緒に遊びたいの?」
「……うん」
女の子は、少し間を空け、頷いた。
俺達は女の子を交えて、剣の訓練を行うことになった。
いや、驚いた。
なんとその女の子、ヘリオス兄より腕が達者だ、踏み込みの力強さと素早さ、剣速、攻撃手段、全てヘリオス兄を凌駕している。
ヘリオス兄ときたら、口を開けてポカーンとしており、何が何だかといった様子だ。
俺はしばらく受けに回っていたのだが、どうしても攻撃を捌ききれなくなり、体制を崩しそうになることが多くなってきた。
このまま、一方的になぶられ続けるのは、あまり面白くないなと思い、少しばかりだが、魔力を集めて身体強化を行い、運動能力を上げた。
やってしまった。
女の子が斜めに振り下ろした際に出来た、一瞬の隙きに体が勝手に反応してしまい、後ろに飛び避けつつやや強めに剣を振り上げてしまった。
切り上げた剣は直撃はしなかったものの、女の子が振り下ろした、剣を持つ腕の上腕を軽くなで、頬を軽くかすめた。
女の子は少しばかり硬直してしまったが、少しして目に力が宿った。
彼女の闘争心の火に油を注いでしまったようだ。
攻撃の勢いが増す。
先程とはうって変わり、剣を振るう速さとが増し、手数が増えた。
「うわっ、ちょ、怖っ。そろそろ終わりに!」
物凄く怖い。
びゅんびゅんと顔をかすめる木剣の、空気を裂く音が恐怖心を煽るのだ。
女の子は意地になったのか、なかなか止めてくれない。
なかなか止めようとしない攻撃を、しばらく必死に攻撃を往なしながらも交わしていたのだが我慢が出来なくなった。
そして、やってしまった。
魔力を込めて、女の子にぶつけてしまったのだ。
その際、強風が発生し、軽く後ろに吹き飛ぶ女の子。
怪我はしなかったようだが、泥だらけになってしまった。
これはまずい、泣かせてしまう、と思ったのだが、その女の子は強いのか、驚いた表情で目を白黒させてこちらを見てるだけだ。
(主様。大人げないですね)
ケット・シーの言葉が心に突き刺さる。
俺は今3歳児だそんな事を言わないで欲しい。
精神年齢は考慮しない欲しいんだけれど。
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