4話 魔力の実験
以前、魔力の話を聞いた時から、約半年が経った。
肉体的にはハイハイが出来るようになる頃合いらしい。
らしいというのは、もう一人の赤子の様子を観察しているから分かった事だ。
以前、ケット・シーに、「早く外に行きましょうよ! この世界の事、いろいろと案内したいんですよっ!主様といろんなことしたいんです。さぁ! 成長促進で走れるくらいの肉体になってください!」
さぁ! と言う、ケット・シーの勢いに負けて、少しばかり無茶をして魔力にて体の成長を促したのだ。
そしたら、かなり早い段階でハイハイが出来るようになり、立ち歩きが出来るようになった。
しかしだ、年齢として分不相応な動きをするのも如何なものだろうと思い、兄弟の成長を観察し、成長度合いを合わせることにしたのだ。
その結果、半年くらいでハイハイが解禁されたのだ。
そうそう、もう一人の赤子は、双子の兄だった。
名前をヘリオスと言うらしい。
俺は生前、自分の子供が居なかった。
だから、赤子の夜泣きがここまで精神的に辛いとは思わなかった。
赤子は泣くの当然で、それが仕事でもある。
だから文句を言うつもりは無いのだが、ほぼ毎晩泣かれると結構しんどい。
ノイローゼになってもおかしくないなって思う。
この上、景気が悪い時、俗に言うブラック企業にはまともに育児休暇が無かったり、心無い言葉を浴びせられたりしたらしい。
そんなヤツが、ぶん殴っていいと思う。
親って大変だったんだな……
と、今更ながら、生前、世話をしてもらった事を心から感謝する。
逆に、俺は泣かなすぎて、心配されてしまっているので、兄の真似をし、嘘泣きをしてみたりしている。
精神年齢と身体が一致しない日常ににとても疲労を感じる。
(主様って演技下手ですねぇ)
俺は演技の才能なんて微塵も無いんだ。
クラスの出し物の時、その演技力のなさにバイクの役なんて演らされた。
「エンジンがないと動かないじゃん。ただ動けばいいだけだから大丈夫」じゃない。
俺は男であるから単気筒ではあるが、その前に人間だ。
水1リットルだけで数十キロも走れたりするわけが無い。
あれは演劇なんて高尚なものじゃない。
コントだ。
学生のノリってほんと怖い。
◇
赤子の日常というのは寝るか、食事をするか。
その程度しかやる事がなく暇で暇でしょうがない。
だから、魔術について理解を深めようと思った。
(ケット・シー)
(はいはい、何でしょうか)
暖炉の前でうとうとしていたケット・シーはのっそりと起き上がり、猫らしい背伸びをした後、欠伸をしながら、ふよふよと浮いてこちらにやってきた。
(魔術の事、いろいろ知りたいんだ)
(はいは、魔術ですね。何から話しましょうか。どんな事が聞きたいですか?)
聞きたい事と言っても、これと言って聞きたい事は浮かばない。
(何が出来るか分からないしなあ。お手軽に出来る事って無い?)
(そうですね、部屋の中で魔術を使うのは怖いですからね)
ケット・シーは片手を顎に当てて、うんうんと唸っている。
(属性魔法以外で、無属性でなにか出来る事と言いますと……)
しばらくの間、ケット・シーは考えている。
しかし、いいアイデアは浮かんでは来ないようで、前転をするように、空中でくるくると回り続けている。
ふよふよ浮いているケット・シーをしばらく見ていてピンときた。
(ケット・シーが浮いているのは魔法を使ってるから?)
妖精は大概浮いているものだし、当たり前の事ではあると思うのだが一応聞いてみた。
空を飛ぶのは夢ではあったし、生前読んだマンガでも気の力で飛んでいたし?
魔法使いって箒で空飛ぶのは定番じゃん?
(うぅん、どうなんでしょうか。確かに魔力を集めた上で飛んでいるので、魔法だと思うのですが、
物心ついた時にはもう飛んでましたしね。感覚で飛んでいますよ)
感覚か。
体に染み付いた動きって、具体的に説明するのは難しかったりする。
自転車を漕げるようになる為の方法と動きを、一から厳密に説明せよと言われても上手く出来る自信はない。物心ついたときには扱えるようになっていたしな。
(飛ぶ時って、意識している事とかないの?)
(そうですね。自分よ、浮けー! と考えていますよ。魔力をぐっと持ち上げる感覚なのでしょうか)
たしかに感覚的な回答だ。
これでは全く分からない。
取り敢えず、言われたとおりに魔力をぐっと持ち上げる要領で試しみた。
確かに、力を込めた瞬間は、身体が持ち上がるような感覚はあったが、持ち上げ終わった後は、いつも通りの状態に戻ってしまった。
何が違うんだろうか。
浮くってことは、重力が無いって事って考えても良いのだろうか。
宇宙空間では、とくに意識せずにも浮くのはそういう事だろうし……
そもそも、重力を感じない状態にする?
いや違うな、この世界の星の上にいる間は物理的に不可能だろうし。
重力に抵抗している状態にする? 何か近い気がする。
てことは魔力を下に向けて放つ?
でも、魔力を上に持ち上げたら浮く感覚があったしなぁ。
引っ張られる感覚じゃなくて、持ち上げる感覚なんだろうか。
ぐっと魔力を持ち上げてみる。
やっぱりだ、この時に一瞬身体が持ち上がる気がする。
よく分からない。
でも、一つだけ分かった事がある。
それは魔力で物体に干渉出来るということだ。
生前の知識でいうと、念力に近いのだろうか。
結局、空は飛べ無いんだけれど。
とりあえず、魔力の実験は続けようと思う。
1歳
歩く事が解禁された。
よちよち歩きではあるが、行動範囲が広がるのは嬉しい。
ヘリオス兄さん、順調に育ってくれてありがとう。
兄さんは好奇心旺盛なんだろう、目につく物全て掴んでは投げ、持ち上げてはひっくり返す。
油断したら、すぐ物を口に入れるから全く目が離せない。
一挙一動に、本当ハラハラする。
なので、俺は一日中兄さんの監視と世話を行っている。
幼児が幼児の世話をする、これいかに。
2歳
兄さんはこの頃になると、危なっかしくあるのだが、だいぶ走れるようになっていた。
そして、たどたどしいものの、ある程度喋るようになっていた。
俺は、日常会話程度なら、大人と変わらないほど流暢に話す事は既に出来るのだが、兄さんを真似て片言で話すようにしている。
むしろ、普段は話さないようにしている。
ボロが出るのが怖い。
なぜだか兄さんは、暇があれば俺を木の棒で叩こうとしてくるようになった。
家庭内暴力だ。
だが、小さな子どもが振り下ろす木の棒なんて大したことは無く、そういう時は、俺も木の棒をもって軽くあしらうだけだ。
ただ、何が楽しいのか、兄さんは疲れ果てるまで止めようとしない。
長い時には、小一時間ほど続くので、止めてほしいと両親に目で訴えかけるのだが、まったく取り合ってもらえない。
むしろ微笑ましく眺めているだけだ。
おとうさーん、あなたの子供が暴力を振るっていますよー。
この世界の育児は、放置と言うか、子供任せというか、
子供への干渉は、過度な行わないようだ。
あと、一番笑ったのは、兄の排泄の時だった、
あるとき急に俺を指差しから「ちんちん、出る」とほざいたのだ。
俺はそんな卑猥な名前ではないし、フルチンでもないぞ、と思いながらも、ずっと、ちんちんちんちん言っている兄をどうしたのか見ていると、急にあそこを両手で押さえて、ぷるぷる震えだしたのだった。
はっ! トイレか!
とひらめき、兄をトイレにつれて行き、
ヘリオス膀胱決壊事件を未然に防ぐことに成功するのだった。
しかし、誰だそんな言葉覚えさせやがったやつは。
あっ、俺だ。
そんな感じで、俺たちは生まれて3年目を向かえようとしていた。
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