17話 はじめての街
街に着いた頃には、既に夕暮れ前だった。
特に問題なく街に着くことが出来て良かった。
街の名前は、レイモスというらしい。
やる事としては……冒険者ギルドに行って街からの手紙を渡して、肉屋のおっちゃんの注文書を渡すんだっけか。
その前に宿を探した方が良さそうだ。
すぐ用事が済むか分からないし。
あ、しまった肉屋のおっちゃんの注文書、誰に渡せば良いんだろうか。
「ねぇ、この注文書、どこに持っていけば良いのかな?」
「え!? 分からないよ……」
ティアが知っているわけ無いか。
どうしたものか。
いきなり躓いてしまったぞ。
「宿も探したいしな。まず冒険者ギルド行っていろいろ聞けば良いんじゃないか?」
「おぉ」
ヘリオス兄に言われてはっとした。
そうだ、その通りだ。
「さすが兄さんだよ! それでいこう!」
兄さんは照れているのか、足早に先へと進みだした。
「兄さん。冒険者ギルドの場所分かるの?」
「分からない」
「そうだよね、門番の人に聞こうか」
そうして俺達は、冒険者ギルドの場所が分かった。
冒険者ギルドは中央区にあるらしい。
そういった主要施設は中央区に集まっているとの事だ。
この街の地図も欲しいけど、売ってたりするのだろうか。
◇
そうして俺達は冒険者ギルドにやって来た。
恐る恐るドアを開ける。
そこには屈強な冒険者達がおり、一瞬こちらを一瞥したようだが、大して興味も無さそうに、各々、自分の用事を済ませているようだった。
俺はカウンターにいる、受付嬢らしき人達を見つけ、その中でも物腰が優しそうな雰囲気を持つ、お姉さんに声を掛ける。
「あの、すいません」
「あら。かわいらしい冒険者さんたちね」
「えっと、僕達おつかいでここに来て、この手紙を渡すように頼まれたのですが」
そう言って、依頼の手紙を受付嬢に渡した。
「エストルスの村からの嘆願書ね、ギルド長に確認するから少し待っていて」
へぇ、俺の住んでる街ってエストルスって言うんだ。
住所とか気にしてなかったから、今まで知らなかった。
住所とかあるか知らないけれど。
「おまたせ。こっちよ。着いてきて」
言われたとおり、お姉さんの後を追うと、一つの部屋に通された。
6人ほど座れる椅子と、大きめの机がある部屋だ。
「エストルスって結構遠いわよね、大変だったんじゃない? お菓子でも食べてて待っててちょうだい」
そう言われて、温かい紅茶のようなものと、焼き菓子をそれぞれ用意してもらった。
疲れていた身体に丁度良い。
二人とも、とても嬉しそうだ。
しばらく経った頃だろうか、ドアをノックする音と共に、爽やかなイケメンの耳鳴がお兄さんが現れた。
きっと、種族で言えばエルフだと思う。
「待たせたね。私がギルド長のバルトロメだよ。わざわざ遠いところから有難う。これが返事の手紙だ」
俺は、渡された手紙を受け取る。
「君たちは小さいののにとても優秀だね。是非、冒険者ギルドに登録してほしいものだよ」
褒められた。
しかし、優秀? そうなのだろうか。
この世界ではこのくらいのお使いは普通らしいけど。
「子供でも登録出来るんですか?」
「出来るよ。年齢制限はないからね。仕事さえ出来れば大歓迎だよ」
「登録、したほうが良いいのかな」
兄さんとティアの方を見たら、二人とも、どこかポカーンとしており、何がなんだかといった様子だった。
「良いことは。そうだね、一番はお金が稼げることかな。冒険者を生業にしている人は多いよ。立派な職業と言っても過言ではないね」
「おかげでこの国の経済も回っているからね」
「あとはランクが高いと、国からの依頼を貰えるようになったりして、国直属の騎士として雇ってもらえる事もあるかな。そうなったら、よほどのことがない限り、定期的に仕事がもらえるし、保証もあるから年を取っても、多くを望まなければ普通に暮らせるよ」
国から雇って貰う形になるのか。
そうなったら、冒険者よりかは安定するだろうしな。
その事も視野に入れておくべきなんだろうか。
「ランクが高いと信用が上がって、特別なサービスが受けやすくなるね。
例えば、ランクが高くないと入れない施設があるんだ。
高級志向の宿屋、食事処。あとは図書施設と言った所かな」
高級志向の施設か。
利用できるようになれば、暮らしも快適になりそうだ。
図書施設、これは是非活用したい。
情報が増えるって、損することは無いだろうし。
「なるほど。便利そうですね」
二人を確認した。まだ、表情は変わらず、話について来れないようだった。
世間の事はまだまだ分からないことだらけだろう。
二人には、早く一人前になって欲しい。
経験を積ませて、育てていこう。
「登録したら困る事……そうだ、強制される事ってあったりします?」
バルトロメは少し目を見開き、驚いたような顔をしたように見えた。
表情はにこやかしようと努めているように見えたが、それは仕事だからだろう。
こちらが子供だからといって、馬鹿にするようには見えず、隙きを見せないようにしているようだ。
誇れるほどではないが、俺は、多少であるが人生経験を積んでいる。
いや生前だから「積んでいたか」か。
騙されることだけは無いよう、気を付けなければ。
「ギルドからの依頼がある程度かな。
と言っても絶対強制ではないから、理由があれば断れるよ。
強制してしまって、この街の人材が減るほうが困るからね」
「冒険者っていうのは自由気質な人が多いから、無理強いしてしまうと、すぐ他の街に行ってしまうんだ」
確かにな、命の危険もあるだろうし、そうなるのは必然だろう。
「そうだね、他に登録する理由といったら……」
バルトロメは少し考えるように視線を上にそらしている。
「登録しないと、冒険者ギルドから依頼が受けれ無いて事くらいだろうか」
「なるほど」
「登録はいつでも出来るから、気が向いた時に来ると良いよ」
話が終わったのか、バルトロメは紅茶を啜った。
「あ、そうだ。僕等の街の肉屋の店主から、注文書を渡すよう頼まれているんですが、どこに持って行けばいいですか」
「きっと調理ギルドだね」
「わかりました。それと、僕達、宿を探してるんですけど良い所ってあります?」
「それならあそこが良い。リゼットに案内させよう」
ギルド長は机に合った、きれいに輝いている小さな鈴を鳴らした。
ちりんと響く音がなった後、先程の受付嬢のお姉さんがやって来た。
「どうされましたか?」
「この子達を、羊の歌声亭まで連れて行ってほしいんだ。
今日はそのまま帰っていいよ」
「そうですか、分かりました」
「宿泊費は、手紙を配達した依頼料って事で処理しておくれ」
「畏まりました」
お姉さんは綺麗な姿勢のままお辞儀をしていた。
訓練されているような物腰だ。
しかも、どこか逞しさを感じる。
「じゃあ、私はここで失礼するね。また来てくれる事を信じているよ」
ギルド長は椅子から立ち上がると、俺達に笑顔で軽く頷き、部屋を後にした。
バルトロメから、好ましい印象を受ける。
立ち振舞が良いからだろう。上手いと表現するのが正しいのだろうか。
でも、上品さって訓練しないと出来ないようにならないだろうし、純粋に尊敬する。
しかも、部下を気遣える素晴らしい上司だ。
見る限り、清々しいほどホワイトだ、実に羨ましい。
「あなた達、行くわよ」
そうして俺達は、リゼットに案内され宿屋に向かう事になった。
◇
リゼットは、饒舌では無さそうだ。
ただ、無言で歩く時間が多く、その空気に耐えることが出来ず、なるべく話そうと努力するものの、手応えは感じない。
何かした情報を得られると良いのだけれど。
何を聞こうか。
こっちは子供だ。多少あざとくても問題ないだろう。
「ギルド長はいい人そうですね」
「そうね、基本的にはね」
含みのある言葉だ。
何か思う所でもあるのだろうか。
「良い人よ。職員の事を考えてくれるしね」
出来た人なんだろう。
人当たりはとても良かった。
「あなた達、街に来るのは初めてかしら?」
「はい」
「だったら、精霊の加護は受けてないのよね」
「加護ですか? 受けてませんよ。初めて聞きました」
ちらっとケット・シーをみる。
何の事だか、よく分からないといった表情だ。
「冒険者になるんだったら受けといた方が良いわ。
向いてる職業も分かるし、能力も上がって出来ることも増える。
時間があったら神殿に行って、儀式を受けなさい」
それは便利そうだ。
受けておいて損はないだろうし、時間を見つけて受けておくべきだろう。
「神殿ですか。どこにあるんですかね」
「あの丘の上ね」
リゼットは、腕を上げて、真っ直ぐではなく、少しばかり上空へ向けて指を差した。
その指は、街から少し外れた所にある丘の上を指していた。
その丘の上には、神聖さを主張した「ここは神殿です」とあからさまな建物があった。
絶対あそこだ。まごうことなき神殿だ。
「詳しいことは、神殿に行った時に直接聞きなさい」
「分かりました」
そのごは他愛のない話をしながら、しばらく歩いた。
目的の場所に着いたらしい。
羊が、前足、後ろ足を、ばっと広げた。なんともポップな看板が軒先に掛けられている。
絶対ここが羊の歌声亭だろ。
古民家をおしゃれにリフォームしたような外観で、内装は木材を使っているため温かみがある。
趣の良い宿屋だ。
俺たちは、リゼットは引き連れられ店内に入る。
一階は広々としており、食事スペースも兼ねているのだろう、机と椅子が幾つか設置されている。
奥から、店の店主だろう筋骨隆々のおじちゃんが出てきた。
店主というよりも、冒険者と表現した方が正しいような風貌をしている。
「ダリル、お客様を連れてきたわよ」
「なんだ! リゼットじゃないか!」
おじちゃんは、拡声器を通したのかと勘違いするほどの大きな声で、快活に答えている。
おかげで目が冷めたけれど、俺はおっちゃんの近くに居たから耳が痛い。
リゼットはいつもの事だと思っているような表情で、何か話しているようだった。
うしろの二人は、相変わらずポカーンとしている。
今日はいろいろな事があって、脳の処理が追いついていないのだろう。
はやく休ませてあげないと。
二人の話が終わったのか、おっちゃんはこちらを見て眉を上げた。
「おっ、これはまた可愛い冒険者達だな」
「まだ冒険者じゃないわ。お使いでエストルスの村から来たのよ」
一応ながらではあるが、俺達は剣をひっさげており、胸当を付けている。
不格好ながら冒険者に見えたのだろう。
しかし、「まだ」って。
俺達が冒険者になるのが決まっているかのような表現だ。
「3人で良いんだよな。部屋一緒か?」
「はい、3人です。部屋は――」
そうだ、ティアと一緒の部屋にするのはどうなんだろうか。
あいては年頃の女の子だしな。色々とあるだろうし。
「どうしようか。ティアは、部屋別々にするべきかな」
「うーん」
小首をかしげているティアは迷っているように見えた。
遠慮せずに一人の部屋を取って良いのだけれど。
「一緒でいいよ。二人が心配だし」
「それじゃ、一泊、一人大銅貨5枚だ」
この国の貨幣は、10枚ごとに、一つ上の価値のある貨幣と釣り合うようになっている。
銅貨10枚で、大銅貨1枚。
大銅貨10で、銀貨1枚といった具合だ。
なので、今回3人で合計大銅貨15枚となり、結果、銀貨1枚と大銅貨5枚となる。
肉屋のおっちゃんがそう言っていた。
「今回の宿泊費は冒険者ギルドが持ちます、いつもの方法で」
「あいよ。飯は夜と朝の分があるからな。食べてもいいし食べなくても良い。俺がいる時にだったら、好きな時に頼んでくれて構わないぜ」
2食付くのはとても助かる。
街の事を知らないから、この宿で済ませることが出来れば手間がかからない。
メニューはなんだろうか、楽しみだ。
「あなた達。今日はゆっくり休むのよ」
「はい、リゼットさん。ありがとうございました。あと宿泊費も出してもらっちゃって」
「いいのいいの、どうせ経費で払うんだから」
そうなのだろうが、お金を出してもらったんだ。
浮いた分のお金で観光も出来るだろうし、本当に助かる。
「じゃあまた」
リゼットさんは、俺達に手を降って宿を出ていった。
「お前ら、部屋はこっちだ」
◇
宿泊部屋は、簡素な木製のベッドとクローゼット。
テーブル一つに、椅子が人数分。
それと冬に使うのだろうか、暖炉があった。
「いろいろあって楽しかったけど疲れたなー」
ティアは背伸びをしている。
「セリニス、マッサージしてくれよ」
「後でしてあげるよ」
ヘリオス兄はベットに寝転がっている。
今にも寝てしまいそうだ。
「ほんと、今日はいろいろあったねー。いろんな風景も見れたし、冒険者ギルドでいろんな話も聞けたし。冒険者、良いなー、わたしなりたいなー」
「そうなんだ」
「色んな所に行って、いろんな事が出来そうだからねー。剣術だってもっと上手くなりたいからね!」
冒険者。
独り立ちするなら、どこに行っても稼げる方法があれば困る事も無いだろうし、興味はある。
けれど、不安な事も多い。
お金を稼ぐ方法、一つの方法と考えるのであれは良いのかもしれないけれど、危険は付き物あろう。
「そっか――強くなりたいんだ」
力をつける事。それはは悪い事ではない事であると理解できる。
間違っている事では無いと思う。
「神殿に行くと強くなれるような事を言ってたし、近い内行ってみようか」
「精霊の加護ってものだよね。どんな事するんだろうねー」
強くなれるなら、この街に居る間に行かないとだ。
次は、何時来られるか分からないから。
「明日は調理ギルドに行って、手紙渡した後時間あったら神殿に行ってみようか」
だとしたら、あと1泊は必要か。
明後日あたり。街に帰る事になるのかな。
「そうだね。今日は疲れたしご飯食べたら早く寝ようよ」
誰かの寝息が聞こえる。
兄さんだ、寝てしまったのか。
「夕飯はちょっと待とうか、兄さん寝ちゃったし」
「そうだね」
俺達は少し休んだ後、兄さんを起こして夕飯にした。
メニューはシチューとパン、鶏肉の様な物のソテーだった。
普段、あまり食べないような味だったため、二人は食事に夢中になっていた。
料理か。村に居た頃は、だいたい同じメニューになっていたし、品目増やせると良いかな。
調理ギルドへ行ったら何かいい食材とはあるかもしれない。
そんな事を考えなが横になっていたら、俺はいつの間にか寝てしまっていた。