12話 やるきになる
両親と別れる前日。
旅立つ両親が家にいる事の出来る、最後の日の晩のことだ。
「ヘリオス、セリニス。渡したいものがある。父さんと、母さんからプレゼントだ」
そう言って父親は、鉄で出来ているであろうショートソードと、
革で出来た胸当ての様なものをプレゼントしてくれた。
「自分の身を護るための道具を渡す。これは大事なモノを護るために使うものだ。間違っても、他人に暴力を振るう為に使ってはいけないぞ」
渡されたショートソードを持ってみる。
うわ。本物の剣だ。
恐る恐る、鞘から剣を抜き手に持ってみた。
実物を持ってみると、その重みと、鋭利な金属の物騒な雰囲気に呑まれそうになってしまう。
前世で、包丁やナイフといった小型の刃物は日常的に触っていたのだが、
ここまで大きいとおっかなびっくりだ。
この位のサイズだと、簡単に人とか殺せてしまだろうし。
俺が剣を持った感想としては、強くなった気分というよりも、恐怖に似たような感情が湧いてくるといった所だ。
ちらっとヘリオス兄を見ると、
この前、両親が家を出る話を聞いたときのように、めそめそするような様子はなく。
何かを決めたかのような表情をしている。
兄は、剣に怯える様な性格ではないようだ。
あれだけ剣術が好きであれば、剣が怖いなんて感じ無いものなのだろうか。
「あまり、危ない事はしないでちょうだいね」
「分かった」
「うん」
母親は、とても心配そうな表情をしている。
そりゃあ、この年齢の子供を置いて家を出るなんて、不安でしかないだろう。
こういう時は、どんな言葉をかければ良いのだろうか。
俺は、気の利いた言葉も浮かばす、ずっと黙っている。
その日は、母親の作った温かい料理と、父親の優しさに触れ、
しばしの間の幸せな時間を過ごした。
◇
両親が出発する日だ。
俺たち兄弟と装備を整えた両親と一緒に、村の出口に向かう。
その道中、あまり会話する事もなく、あっという間に村の出口に着いてしまった。
「アレックスはまだ来てないな」
ティアの父親も、今日この村を出る事になっている。
父親同様、国家騎士なるものに属しているのだろう。
「何度も言うようだけれど、ちゃんと毎日ごはん食べるのよ。
お風呂もちゃんと入って。歯もちゃんと磨いて。それから…」
「大丈夫だよ。母さん」
俺は、実家出た時に見送ってくれた、
生前の母親を思い出しながらも、そう答えた。
「よし!さっさと問題を片付けて返ってくるぞ!」
「そうよね!ちょっとの間の別れだけど、元気で待っててちょうだいね」
父親の、いつもの調子の良さに救われたのか、
母親も少しは気が軽くなったようだ。
ほんと良い夫婦だと思う。
「すまない。待たせてしまった」
「おう。待ってたぞ」
そこに、ティアの家族達がやって来た。
この前来ていた騎士達も一緒だ。
ぽてぽてとティアが俺の隣に来た。
いつもより表情が暗い気がするな。
そりゃそうだ、父親が戦争に行くなんて納得のできる話ではない。
思春期の子供に与える影響は、どの位のものなのだろうか。
俺は、精神年齢が子供ではないから、ある程度は受け入れることが出来るが、
ヘリオス兄とティアはまだ子供だ。
どのくらい心に負担がかかっているかなんて想像がつかない。
多少ではあるが、心の支えになることは出来るだろうか。
話を聞いてあげる事しか出来ないのだろうか。
俺は、ヘリオス兄とティアの顔を見ながら、そんな事を考えていた。
「準備は出来ただろうか」
騎士の長らしき人物が皆に問いかけた。
神妙な面持ちで頷く両親達。
俺はどこか気が抜けた表情でずっと眺めていた。
「じゃあ行って来るな!すぐ帰るから待っていてくれ!」
そういって、父親は俺たちをぎゅっと抱きしめた。
ほどよく鍛えられた男の胸板だ、がっしりしている。
力強くあり息苦しい包容ではあったが、とても安心した気持ちになれる。
「いい子にして待っていてね」
そういって母親も俺達をぎゅっと抱きしめる。
母親の優しさが肌を通して直で伝わってくるようだ。
生前の母親の記憶が蘇り、愛おしい思いが溢れてきた。
なにか、鼻にツンとくるものを感じ、
ちょっと泣きそうになってしまったがそこは堪えた。
悲しい別れになるのは辛いだろうからね。笑顔で見送ろう。
「まかせてよ!ねぇ、兄さん!」
「あぁ!心配しないでいいよ!」
そんな俺達の言葉に、笑顔で答える両親。
少しは安心してくれただろうか。
ティア達も別れの挨拶が済んだようだ。
「では、出発する」
名残惜しそうに俺たちを見ながら町を出て行く両親。
俺達は、その後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。
「行っちゃったね」
「そうだね」
気づけば、俺とヘリオス兄の間にいるティアが、俺達の手を握っていた。
明日から何をしようか。
考えないといけないんだろうな。
家族の事。
戦争の事。
世界の事。
魔法の事。
少しばかり、いや、かなり平和ボケしていたのかもしれない。
自暴自棄になっていたが、前世で死んでしまった事は、それが原因の一つだろう。
前世にはあまり未練はないが、この世界では違う。
守りたい家族がいる。ティアとその家族もいる。
俺はこの世界の大切な人達を守るために、全力を尽くしたい。
もう、前世のように後悔はしたくないんだ。
そんな事を考えながらも、
今日は、いつもより強く感じる疲労がとても心地悪く。
早めに休むことにした。