back then 昔、あの頃
1 今
東京。日曜の午後。ガラス張りの喫茶店。私は大通りに面したカウンター席に座って「つかさ、髪伸びたなぁ。」と思いながら小学校4年生の娘つかさの話を聞いていた。つかさは自分の中途半端な長さの前髪を小さな白い耳の後ろに挟もうと指をはしらせていた。
つかさ「でね、だから、ママ、雪ちゃん笑っちゃうんだよ・・・」
薫「えっ。」
思わず、息を飲んで目を見張った。何度何度もその小さな生き物のような耳に触れるつかさの華奢な指を見ていた私の目が、ふと、右数センチ先に焦点をずらし、あの子の姿を捕らえ、何年ぶりかにその子の名前をが自分の口から出てくるのを聞いた。
薫「美咲ちゃん。」
つかさ「何? ママ、美咲ちゃんって」
通りの向こう側で小さな女の子と手をつなぎ、誰かを待っている風に歩道に立つ女性。林美咲。道行く人が皆振り返る。人目を引く母と娘。一般的なこの年齢の母親のイメージとはかなり異なるが、その女の子の顔立ちからだけでなく、その子に注ぐ視線からして明らかに彼女がその女の子の母親であるのがわかる。先のとがった踵の高いブーツを履きメンソールを挟んでいる指先は赤く長い。長いまっすぐな黒髪を止めている額の上のサングラスはどこかに置き忘れても構わないような安物ではない。
彼女たちの前にタクシーが停まり、身なりの良い初老の男性が降り立つ。彼女たちの表情が更に一層明るくなる。輪を作るかのようにその老人の手も取る。はしゃいでピョンピョン跳ねながらつないだ手をスイングする小さな女の子。一つはお母さんと、もう一つはお父さんとなのか。それともおじいさん?
つかさ「ねえ、ママ、美咲ちゃんって誰?」
林美咲は前かがみだった体をゆっくりと起こし、頭を持ち上げ、道路の反対側にいる私を見つけた。胸を張って私のほうをきちんと向いて微笑んだ。私は彼女の周辺の色が鮮やかになる感覚を思い出した。そして林美咲は、幼い頃当時の私たち仲間内で流行った手話、「右手で左胸右胸の順でトントン」をした。
薫「そっか。ハハハ。」
それを見て私は噴き出し笑いながらも、同じ手話で返した。私も右手を左胸と右胸にトントンと置き、その後顎を2度撫でた。
つかさ「なにそれ、ママ?」
薫「『大丈夫。幸せ。』・・・大丈夫、ハッピーだよって意味なの、手話で。」
つかさ「手話?ママ、手話できたの。美咲ちゃんって誰?耳が聞こえないの?」
薫「美咲ちゃんはね、ママの友達。ママが君くらいだった頃の。耳が聞こえないわけじゃないけど、私たちの間でよくやったの。」
つかさ「えっ、どこ?どの人? いいの、追いかけないで。」
薫「いいの。」
つかさ「どの人、あの小さいスキップしてる女の子と手をつないでる人?」
薫「うん、そう、あの後ろ姿もかっこいい子。」
つかさ「かっこいい子って、ママ。追っかけたら。」
薫「そうね・・・でも、いいの、大丈夫って言ってたから。」
つかさ「あっ、横向いたよ。笑った。綺麗な人だね。」
薫「うん、すっごく綺麗でかっこいい子なの。」
つかさ「ふ~~ん。」
私は3人の後ろ姿が人ごみに飲まれて見えなくなるまでずっと見ていた。美咲ちゃんもお母さんになっていたんだ。小さい女の子がいるんだ。。。私たちと一緒。
薫「あのね、つかさ。毎年夏休みに行く海の家あるでしょ。。。
2 美咲
ぐんぐん伸びる新芽。青空に映えるこいのぼり。ピンクレディーの人気は数年前の勢いを失くしたものの、それでもまだ、私の小学校の一部の女子たちは新曲「ピンクタイフーン」の振り付けの練習に燃えていた。『機動戦士ガンダム』の放送が始まり、資生堂は「ナツコ」を発売、新ヒット食品『パイの実』にパクつくそんな1979年の初夏、転勤族の私たち家族は海辺の小さな街で暮らしていた。当時4年生だった私は、その短い人生ですでに何度も引っ越し転校を経験しウンザリし、かなりナーバスな女の子だった。でも、海がある町は初めてで、窓際の海が見える自分の席が気に入っていた。そしてあの日、私は生まれて初めて私以外の転校生に出会った。
先生「はい、では、紹介しま~す。入って来て。誰も嚙みついたりしないわよ。」
下を向いて入ってきた子がこっちを向いたその瞬間、クラス全員の呼吸が止まった。
先生「今日からこのクラスの仲間になる。林美咲さんですっ。みんな、仲良くね~っ。じゃ、一言。」
美咲「。。。えっと、林美咲です。よろしくお願いします。」
林美咲は目が覚めるほど綺麗で現実離れしていた。まっすぐなセミロングの黒髪が「よろしくお願いします」のお辞儀と同時に前に落ちて広がり、また細面の顔を縁取るように戻った。テレビに出ているアイドルや歌手や女優なんて一切問題でなく、この時点の私の短い人生の中で見たどの女の子より綺麗な子だった。いや、あれからずいぶん長く生きているが、林美咲より綺麗な女の子はこれまで見たことが無い。おそらくこれからも。
先生「じゃ、あそこ、窓側の一番後ろ。松本さんの後ろに座って。松本さん、頼んだわよ~。はい、じゃぁ、みんな、今日も元気よく明るく行きましょう。日直さん、お願いします。」
人差し指を突然私の方に向け、そんなにチャキチャキとサザエさんみたいに「頼んだわよ~」って、えっ、私?先生。。。いつも母に注意されている猫背気味の姿勢が瞬時でシャンっとお手本の姿勢になった。頼むと言われても、何を。どう。先生、目、見えてる???クラス全員あの子の息を飲む綺麗さに動揺しているじゃない。「き、起立・・・」日直、声上ずってる。。。
だから、私の真剣に困っている、というかビビっているのが明らかに顔に出ていたんだと思う。私の横を通り過ぎる時、林美咲は私を見ずに小声で「頼まれないでいいから」と言って私の後ろの席に着いた。私はそれを聞いて、ホッとしたと同時に沈んだ。自己嫌悪の穴を30メートルくらい掘って落ちた。でも、この「頼まれないでいいから」発言は、隣に座っているバカ山下と、聞こえるはずがないであろう3列離れたところの関根さんにも聞かれていて、次の休み時間からいじられる理由となる。教室の前の方でコソコソ、廊下側でコソコソと始まり、給食の時間までに「自分のことを自分で綺麗だと思ってお高く留まってる」「美人だけど陰険」「顔は良いけど性格悪い」というイメージがクラスの大部分で出来上がっていた。
私はちょっと責任を感じながらも、そういうのに果敢に立ち向かえる性格ではないし、かと言って私が席から離れたら美咲ちゃんが一人ぽっちでポツンと教室の窓際最後列に位置して座っている図になってしまうので休み時間も給食の後も私は席を離れようにも離れられずにいた。せめてこれが私にできる精一杯の行動。友ちゃん、実花ちゃん来てよ~。早く~。
3 友恵 実花
半年前は私も転校生。4年生の終わり。2月。この世の終わりのような1年で一番寒く暗い季節。転勤族家庭の私にとって、憶えているだけで、赤ちゃんの時にも引っ越ししてるけど、これが4回目の引っ越しで、3つ目の小学校だった。私にとって転校は地獄。あの後も東京の大学に入って一人暮らしを始めるまで何度と繰り返した。何度やっても慣れない。イジメにあったとかそういうんじゃないけど、新しい学校で「自分の場所」と言えるところ、いや、それは贅沢、「大丈夫、やっていけそう」と思えるようになるまで真剣につらい。でも、ここ、海が見える学校への転校は恵まれていた。すぐに仲良しが2人できた。友達。居場所。奇跡的。友ちゃんと実花ちゃん。花フリークの母のおかげ。
夕暮れ時。花屋の店先。
薫の母「フリージア、いい香りですね。」
花屋「そうでしょう。フリージアは色付きもいいけど、私は個人的にこの白いのが好きなんですよね。」
その夕方帰ってきて、コーヒーマグに入ったフリージアが置いてあるテーブルで、いただきものの太巻きを食べながらその日「色白ふっくらマシュマロ親子」と「しっかり者のえんぴつお姉ちゃん」に会ったと母は話し始めた。母の人間描写はいつも視覚的で適確。
実花「ママはなんでも白がいいんでしょ。」
花屋「ま、そうなんだけどね。白い花っていいでしょ。いらっしゃいませ。フリージア、リボン付けましょうか。」
薫の母「あ~、いえ、先週引っ越してきたばかりで、まだ家中段ボールだらけだし、花瓶がどこにあるかも探さなくちゃいけないんですけど、でもなんかお花がないと息苦しくて。ここでこうして息させてもらってるんです。すみません。」
花屋「引っ越し大変ですね。いくらでも息して行ってくださいな。うちの娘のクラスに転校生が来たって言ってだけど、お客さんのお子さんかしら。4年生ですか。ねえ、ちょっと実花。」
薫の母「ええ、4年生です。」
あんまり実花ちゃんとお母さんがマシュマロ親子で似てて可愛らしいし、と言って母はクスクス思い出し笑いをしながら続けた。
花屋「ねえ、実花、あんたのクラスに転校生が来たって言ってなかった?」
実花「隣のクラス。もう、ママ娘の話聞いてないんだから~。あ~、似てますね。立ってるかんじが。」
薫の母「えっ、立ってるかんじが似てる?薫と?立ち方が?」
実花「うん、なんとなく。こう立ってるかんじが。」
と言って実花ちゃんは両手を前で揃えて、首をほんの少しだけ横に傾げたんだと母は言った。
実花「あっ、友ちゃんっ!。ねえねえ、立ってるかんじが似てるよね、先週隣のクラスに入ってきたあの長~い三つ編みの転校生と。お母さんなんだって。」
小学4年生にしては随分背が高い女の子が手に白いプラスティックの買い物袋を提げて現れる。
友恵「あ、2組の転校生のお母さん?こんばんは。」ペコリ。
薫の母「こんばんは。」
友恵「立ってるかんじ?か、わかんないけど、雰囲気が松本さんかな。あっ、実花ちゃんのおばさん、これ、うちのお母さんが。余り物でよかったらって。早めに食べてって言ってたよ。」
花屋(実花の母)「ありがとう、友ちゃん。いつも悪いわね。助かるわ。松本さんっておっしゃるの?一つもらって行きません?この友ちゃんも同じ4年生なんですよ。そこの魚屋さんのよくできた娘さん。」
友ちゃんは照れてちょっと居心地悪そうに下向いたところが可愛かったそうだ。
残り物だと言うけれど、太巻きは中のシイタケは噛んだ時にジュワっと出る煮汁が美味しくて嬉しくて、和やかな気持ちで母の話を聞いていた。私は母の話を聞くのが好きだ。今でも。
薫「うん、よく見かける二人だと思う。いつも二人で一緒に帰ってるの。本当にお花屋さんと魚屋さんだったんだ。」
友ちゃんと実花ちゃんはいつも二人一緒で、いつもよく笑っていた。隣のクラスだけど、帰る方向が私と同じで、私はいつも二人の後を付いていくように一人で帰宅していた。
薫「ふ~ん、色白ふっくらマシュマロちゃんとしっかり者えんぴつお姉ちゃんのコンビか。」
4 3人組
翌日の朝。学校の下駄箱で。バタバタバタっと威勢のいい足音が近づいてきて、「またうるさい男子だ、嫌だなぁ」と思って振り向いたら実花ちゃんと友ちゃんだった。息を切らせハアハア言わせて駆け込んできて私の前でへたり込んだ。
実花「松本さ~ん、おはよっ。昨日お母さんがうちのお店に来たよ。おもしろいね。息させてくださいだって。」
薫「ごめん。」
実花「え~全然謝らなくていいよ。お花買ってくれたし。でも、ちょっとあたしも今息させて~。朝から走っちゃったよ。は~っ。」
友恵「実花ちゃん、あれくらい走っただけで無様。松本さん、残り物でおなかこわさなかった。賞味期限ぎりぎりだったからさ。」
薫「大丈夫。しいたけ美味しかった。」
友恵「でしょ~、私もあのしいたけは美味しいと思うんだ。汁がジュワっと出るよね」
実花「しいたけ?私柴漬け巻いたやつが好き。」
友恵「実花ちゃんはそっちだったんだ。柴漬けも美味しいよね。」
実花「松本さんも今日一緒に帰ろっ」
薫「うん!」
誘ってもらえてものすごくうれしかった。こうして私たち仲良し3人組になった。というか、よそから来た私を実花ちゃん友ちゃんは気持ちよく受け入れてくれたわけだけど。それでも、私には3人でいることが、あまりに自然なことで当然であるようで、これまでの私の人生に友ちゃんと実花ちゃんが存在していなかったことが不思議に思えた。カチッとパズルがあったような感じがした。
実花「これからはキャンディーズができる~、イエ~イ。」
友恵「あ~よかった。ピンクレディーの振り付けの特訓から解放される~。」
実花ちゃんは見えないマイクを両手で胸の前で握りしめた。
実花「あたし蘭ちゃんがいい~。蘭ちゃんやらせて~。蘭ちゃんカットだし~。いいでしょ~。では、行きます。解散コンサート再現フィルム。」
友恵「甘かった。。。松本さん、薫ちゃんって呼んでいい?」
薫「うん。」
実花「はい、友ちゃん『ごめんなさい』。薫ちゃん『許してください』。で、あたしはこう言うの。『普通の女の子にもどりたい。』。そして、ほら、みんな一斉に『本当に私たちは、幸せでした。』♫ もうすぐ春ですね~。」
実花「薫ちゃん、手はこうよ、こう。」と言ってキャンディーズの振りを教えてくれた。
色白ふっくらマシュマロちゃんとしっかり者のえんぴつお姉さん、私は何なんだろ。
5 花屋 魚屋 ?屋
それまでの学校での友達は、友達と言える友達でもなかったのだが、みんな私と同じサラリーマン家庭で母親はみな専業主婦だった。だから実花ちゃん友ちゃんの家に遊びに行くとその生活の違いに驚いた。「こういうおうちもあるんだぁ」と。とても新鮮で楽しかった。二人とも大家族。私の家と言えば、私と母と父3人きり。父は仕事で常に忙しく不在で、実質私と母の二人きり母子家庭のようなものだった。転勤が多いのと、それまで私が小さかったこともあり、母は仕事に就かずいつも家にいた。私が学校に行っている間、母は人形を作った。うちには母の作った人形が何体も飾ってあった。そして、気が向いたらケーキやらクッキーやら焼いてくれた。
花屋の島田。島田実花。お花屋さんの実花ちゃんの家は、お父さんとお母さんと保育園の妹が一人がいて、おばあちゃんとおじいちゃんも一緒に暮らしていた。お店はおばあちゃんのお父さん、実花ちゃんのひいおじいさんが戦争から帰ってきて「もう綺麗なものしか見ない」と意を決めて始めたお店。そこで雇われていたおじいちゃんが一人娘だったおばあちゃんと結婚して二人で店を継いで、そのまたそこで雇われていた実花ちゃんのお父さんが実花ちゃんのお母さんと結婚して今にいたるそうだ。色白ふっくらマシュマロDNAはこのおばあちゃんからきている。でも最近このおばあちゃんがボケてきて心配なんだという。「1人でどこかに行って、迷子になっちゃうの。」と実花ちゃんが泣いていた。私もおじいちゃんがおばあちゃんの手を引いて帰っていくのを何度か見た。おばあちゃんはいつもちょっとおかしな格好していて、靴を履いていないとか、ネグリジェを着ているとか、でもいつも無邪気に笑っていて楽しそうで、おじいちゃんの辛そうな表情と対照的だった。
魚沢。沢口友恵。魚屋さん(兼野菜、お菓子屋。小さいスーパーに近い)の友ちゃんちは野球部とインベーダーゲーム命の中学生のお兄ちゃんが一人とガンダム大好き1年生と幼稚園の弟が二人、その他に住み込みで働いている若い男の人が二人がいて、マンガの肝っ玉母ちゃんそのままってかんじの友ちゃんのお母さんはいつもお客さんの相手、プラスお腹をすかせた男たちのご飯やら洗濯やらでてんてこ舞いしていた。2階の洗濯物干し台にはいつ行ってもものすごい量の洗濯物が干してあって、友ちゃんは「恥ずかしいなぁ」と言ったけど、私はその大小様々なパンツを初めて目にした時にはパンツにはこんなにいろんなサイズがあるのかと驚き社会勉強になった。友ちゃんのお父さんは背が高く体が厚くて、黒い車のタイヤみたいなエプロンと黒い長靴を履いていて、私たちを見るといつも「うん」うなずいてくれた。あれが「おかえり」とか「よく来たね」とか「またおいで」とかなんだと思う。威圧感というより、暖かいかんじでいつもうれしい気持ちになった。
実花ちゃんと友ちゃんの二人にとってもうちは新鮮だったようだ。お母さんが人形を作ってたり、パンやクッキーを焼くというもの信じられなかったらしい。
薫の家の玄関先。無数の人形が飾ってある空間。焼き菓子の匂い。
薫の母「いらっしゃい。今クッキー焼いてるの。出来たらあとで部屋に持って行くわね。」
実花ちゃんと友ちゃん、二人で顔を見合わせて、口を「うそ」と動かした。そして大きな声で
友&実花「ありがとうございます」と言ってペコリと頭を下げた。
薫の母「二人とも元気が良くて礼儀正しいわ~。感心しちゃう。」
と言いながらキッチンに向かう母を見て、また二人で顔を見合わせると小声で、
友恵「クッキー焼いてるって~。マンガのお母さんみたい~」
実花「可愛いお人魚がたくさんあるね~」
薫「うん、全部お母さんが作ったの。」
友恵「え~すっご~い。」
実花「マジ~。」
実花「見てこのインテリア。もう私溜息。ス・テ・キ。は~。」
友恵「静か~。そして家が片付いてる~。うちの散らかり様といったら半端じゃないからね」
実花「本当にあったのね~こういうおうち。」
友恵「ホームドラマのようだ。」
実花「すっごくステキ~。そしてこの手作りクッキーの匂い、たまらない~。」
コメントが止まらない。実況中継。玄関入って2階の私の部屋にたどり着くまでに何度「きゃーうっそー」と発したか。もう、実花ちゃん、友ちゃん・・・。
母がお盆に紅茶とクッキーとカップケーキを乗せて私の部屋にノックして入ってきた時の盛り上がりようと言ったら、
実花「きゃーうそっ~。ノック~?!」
友恵「うちのお母さん、ノックなんてものは知らないと思う。」
実花「うわ~これもステキ~。マジ~」
友恵「なにこれ~可愛い~!」
薫の母「はい、どうぞ。お口に合うといいんだけど。」
友恵「はい、もちろん合います、いただきま~す。」
実花「焼きたてクッキーなんて生まれて初めてかも。ホントにかじっちゃうよ。いいのっ?」
友恵「すごいね、薫ちゃんちって~。」
実花「この紅茶のコップとお皿とこのケーキとケーキのお皿と小さいフォークと、全部がお姫様みたい~。」
母はその二人の反応に噴き出してしまいそうになるのをこらえながら、
薫の母「そんなに喜んでもらえてうれしいわ。ゆっくりしていってね。」
実花と友「は~い。」
二人の盛り上がりが一時収まったから、さて食べようと思って、ふと「このカップケーキもうちのお母さんが作ったんだよ」と言ったら、また、言わなきゃよかったかもと思うほどの盛り上がり。これで盛り上がり第何弾だろ。
友恵「うっそ~!すっごーい、ケーキってケーキ屋さんで誕生日に買うものだよ。」
実花「なにこれ~、美味しい。」
友恵「薫ちゃん、こんなすごいおやつ毎日食べてるの?」
薫「いや、毎日じゃないけど、・・・」
下から「ケーキもクッキーももっとあるわよ~」と声がして、
実花&友「やった~、ありがとうございます~」とすかさず二人が答えた。
薫「も~、お母さん下で耳ダンボにしてるな~」
実花「花屋 、魚屋、そして ケーキ屋さん登場!」
私たちは3人で大笑いした。
6 こっくりさんの祟り
休み時間、下校の時間、二人はいつも隣のクラスの私を迎えに来てくれた。どういうわけか、実花ちゃんたちのクラスは私のクラスより早く終わるのだ。私がとろいだけなのかもしれないが。
放課後は部活がある木曜日以外、大抵誰かのうちに上がり込みマンガを読んだり、アイドルの真似してドリフの早口言葉やってふざけたり、ただただしゃべったり。。。何を話していたのか全く覚えていないが、とにかく話すことがいくらでもあった。あの頃一体何をあんなに話していたのだろう。
友ちゃんちにはオカルト系や超能力関係の本やマンガがたくさんあった。全部お兄ちゃんのだと言っていたけど、友ちゃんもそういうのは嫌いじゃなくて、こっくりさんをやりたがった。最近話題になってる口裂け女のことはバカにしながらいつも新情報を教えてくれた。
友恵「三角山にでるんだって。うちの弟たちは本気で信じてるよ。」
実花「うちの梨花も信じて怖がってる~。」
実花ちゃんの家に行くと歌謡曲を聞いて歌って踊った。お店にはいつもその時流行りの歌が流れていて、カセットテープが山ほどあった。こっそり覗かしてもらった実花ちゃんのお父さんとお母さんの部屋には立派なステレオがあって、レコードの量が尋常じゃなかった。実花ちゃん黒柳徹子と友ちゃん久米宏で紹介すると、実花ちゃんのお父さんもふざけて調子に乗って、お店のホウキをマイクになんでも歌ってくれた。西城秀樹が好きで、その昔真剣に歌手になりたかったそうだ。「傷だらけのローラ」の声がひっくり返るところが上手だった。
4年生が終わって春休みになった。私たちは火曜日と木曜日以外は毎日3人で一緒に遊んだ。火曜と木曜は二人とも店を手伝う日とされていたから。私は火曜日ピアノに行って、木曜日は母と焼き菓子を作るようになった。春休み中私たちは毎日「5年生では同じクラスになりますように」と祈った。こっくりさんにも聞いてみた。
友恵「こっくりさん、私たちは同じクラスになるでしょうか」
私たちの指を乗せた十円玉は「はい」のほうにすっと動いた。
友恵・実花・薫「やったーっ」
友恵「じゃ、もう一つもう一つ。これ重要。」友ちゃんは深く深呼吸をした。
友恵「担任は上条先生でしょうか。」
また十円玉は「はい」のほうに向かった。私たちは「やった~」とジャンプして叫んで、隣の部屋にいた友ちゃんのお兄ちゃんが「うるせー」と怒鳴った。うっかり指を離した拍子にか、十円は床に転がり落ち友ちゃんのベッドの下に転がった。
薫「あっ、指離しちゃまずかったんじゃっ。。。」
小心者の私は焦り怖くなった。「こっくりさんの祟り」という言葉が即頭に落ちてきて打ちのめされた。ひー、ど~しよ~。
実花「でもしょうがないよ~、うれしかったんだから。こっくりさんが私たち一緒にクラスになれるうえに担任が上条先生だなんてって言うんだもん。」
友恵「こうやってまた乗せてたら大丈夫よ。こっくりさんごめんなさ~い。3人一緒のクラスで、担任はあのハンサム熱血上条先生でヨ・ロ・シ・クっ。」
さすが友ちゃん。あそこまで軽いと祟りがビックリしてどっかに行くね。薫、回復。ふ~っ。
この友ちゃんが大ファンの上条先生は学校中の人気者だった。実花ちゃんは上条先生を見かけると必ず当時の人気ドラマ「熱中時代」のテーマソング「♫僕の先生は~、フィーバー」を歌った。このみんなのアイドル上条先生は手話ができた。耳が不自由な弟さんがいるそうだ。クラスの教え子たちにも手話を伝授していた。
「耳が聞こえないだけで他はなんだってできるんだ。俺より頭良いし、野球だって俺より上手いし。耳が聞こえないなんてたいしたことないんだぞ。俺たち手で何でも話すしよっ。」
上条先生がやっているからという理由だけでみんなが手話に興味った。手話はカッコいいものだった。そんな上条先生の口癖というか手話癖は「大丈夫。幸せ。」だった。右手で左胸右胸の順でトントンとやるのが「大丈夫」。右手で目に見えない顎ひげを引っ張るように2回撫でるのが「幸せ」。この仕草がおかしくて、正しい手話をやっていたかは疑問だが、あっという間に全校生徒に広まった。そして私たちは事あるごとに「大丈夫。幸せ。」と別名「トントン撫ぜ撫ぜ」をやった。あのバカ山下でさえも手話に興味を持って、給食配膳中に何か用があってうちのクラスに入ってきた上条先生に聞いた。
バカ山下「よー先生、『もっとくれ』って手話でどうやんだ?」
上条先生「『もっと』は、こうだ。」
バカ山下「両手は使えね~ぞ。給食落っこっちまうよ~。」
先生というよりお兄ちゃんみたいだった。休み時間に生徒たちと一緒にドッジボールをしたり、校長先生のお咎めがあるまで放課後は駄菓子で一緒に買い食いしたりしていた。甘いマスクと西城秀樹みたいな長めの髪。そして若さとその纏うポジティブな空気は無敵で、小学生だけじゃなくお母さんたちをもメロメロにしていた。本人はそんなつもり全くなかったと思うけど。私は友ちゃんのお店で目がハートのお母さんたちにあっという間に囲まれる上条先生を何度と目撃していた。
あの日こっくりさんは5年生のクラス変えで私たち3人は同じクラスになり担任は上条先生になると予言したけれど、こっくりさんの予言はあっさりはずれた。
5年生初日、私はまず「さ」友ちゃんの名前を見つけて、「し」実花ちゃんの名前を見つけて、そのまま左を見ていき、「ま」で私の名前があることを期待したが、何度見直しても1組に私の名前は無かった。私の名前は2組にあった。2人はこれが祟りだというが、こっくりさんに失礼だった私たちへの仕返しだったのかもとも話し合った。友ちゃんがこっくりさんに真剣にお願いしたハンサム熱血上条先生もハズレて、友ちゃんたちの担任はベテランおばあちゃん先生だった。私の担任は大学出たての初々しい丸山先生だった。友ちゃんの担任とは経歴だけでなく、外見もキャピキャピ度も全てが対照的で、上条先生の女の子バージョンという感じだった。
友恵「こっくりさんを恨んでやる~」
薫「こっくりさんを恨むなんて。おっかないこと止めて。」
友恵「でも6年はそのまま持ち上がりだから、この組替えが最後のチャンスだったんだよ~。あ~あ」
実花「友ちゃんは部活で会えるんだからい~じゃん。放送部のあたしは接点ゼロ。こうなったらインタビューかな。お~、あたし賢い。そうだ、追跡インタビューで行こうっ。」
友恵「薫ちゃんは今年も手芸部?」
薫「うん。」
こうして私たちは70年代の最後の年、風が強くてせっかく咲いた桜の花びらが雪のように舞い散っていたあの日に3人とも5年生になった。3人同じクラスになれなかったけど、私は毎日が楽しかった。ここに最後のパズルピース美咲ちゃんが加わって、3人が4人になり、私たち4人のあの忘れらない夏が来る。パズル完成までにはもうしばらくかかるんだけど。
7 美咲 (続き)
林美咲。初めて目にした私以外の転校生。ゴールデンウィークが終わって、緑が初々しさを失くし、いよいよ夏が来るぞって挑戦的な陽射しの朝、美咲ちゃんが転校して来た。
薫「でも私が席から離れたら、林さんが一人でポツンになっちゃうよ。」
帰り道で友ちゃんと実花ちゃんに話した。
実花「綺麗だよね。可愛いんじゃなくて、綺麗なの。あの新しい転校生。」
友恵「芸能人みたい。」
実花「ナウい服着てて、それがまた似合ってるのよ。」
友恵「うん、コマーシャルとか出てそうだよね」
実花「シャンプーのコマーシャルとか。スローモーションでこうやって。」
実花ちゃんは頭を横に振ってみせた。でも、現実はスローモーションじゃないから、ちょっと犬っぽかった。ゴメン、実花ちゃん。
実花「キューティクルがちがうのよ、キューティクルが。」
友恵「そうキューティクル。それとか、ジュースを飲んで『あ~っ』て横顔のアップ。」
二人でまた盛り上がってる。
薫「ね~、ちゃんと聞いてる?だから、私、席立てないよ。」
友恵「『松本さん頼むわね』って先生に言われたのに、林さんがみんなにシカとされてて、責任感じちゃうんでしょ。」
実花「でも『頼まれなくていいから』って言ったんでしょ。」
薫「でもそれは私に気を使ってそう言ってくれたかんじがするの。私がひえ~って顔してたからよ」
友恵「薫ちゃんのひえ~ね。」
薫「もう友ちゃん。」
友恵「はいはい。ごめん。」
薫「もう二人はあのクラスにいないからあの空気がわかんないのよ。みんなから距離置かれちゃっててなんていうの、えっと、孤立?孤立してるのよ。バカ山下は『頼まれなくていいからだってよ~』とかバカでかい声で言うし、関根さんはちらちら見ながらコソコソ他の女子になんか言っててものすご~く嫌な感じだし。」
友恵「バカ山下はね、昔一時『オレはあばれはっちゃくだ』とか言って大勘違いしてたけど、あれは本当にバカなのよ。」
実花「私、関根さんがうちのクラスの青木さんにコソコソやってるの見たよ。」
友恵「あの二人中悪いくせに、そういうことになると団結したりするのよね。綺麗な子に嫉妬するタイプ。」
実花「似てるのよね。」
友恵「そう、似た者ど同士。」
薫「関根さんなんて、3列も離れたところに座ってて、林さんが言ったことなんか絶対に聞こえないはずなのに『私もこの耳で聞いた』なんて言ってるの。私のとこに来て、林さんにチラッと目を向けて『松本さん、気を付けてね』なんて言うし。」
実花「こんなかんじ?『松本さん、気を付けてね』」
薫「実花ちゃ~ん。もうっ。」
実花「メンゴメンゴ。」
薫「でも似てる。」
実花「孤立度、高まるかな。」
友恵「学年全体とか。」
薫「え~そんな~。」
孤立度は着実に高まって行った。
8 女子団結 関根化
翌日。1時間目終了。クラスはいつものそれぞれの仲良しでグループ化。関根さんとその手下がコソコソやり始めるのを意識しながら、私は曇っていない眼鏡をはずして時間をかけて拭いてみたり、存在しない消しゴムのカスをノートから払ってみたり、すでに針のようにとがっている鉛筆をさらに削ってみたりと、できるだけ時間をかけて片づけしているふりをしているところにや~っと(実際は2分くらいだったのだろうけど)実花ちゃんと友ちゃんが来てくれた。遅いよ~。
実花「薫ちゃん、今日はさ、帰りにうち来ない。」
薫「うん、行く。」
実花「お父さんがさ、すっごいステレオ買ったの」
友恵「昨日の晩、電気屋さんと二人で大掛かりで家に入れたんでしょ。」
実花「そうよ、閉まってる電気屋さん開けて買ってきたの。執念よ。」
薫「実花ちゃんのお父さん音楽好きだもんね。」
実花「音楽好きとかじゃないの、もう。病気ね。アンプがなんとかいつまでも言ってるの。お母さん根負け。お母さんの『矢沢』をかけてくれるならオーケーってお許しが出たから、気が変わる前に昨日の晩そのままもう閉まった電気屋さんのシャッターバンバンやったのよ。」
友恵「その電気屋さんがうちに来てあんなの運ばされて腰痛がもどったってうちの店でお母さんに愚痴ってたよ。」
実花「でもね、ホント音が全然違うの」
林さんを意識しながらも、私たち(実花ちゃんと友ちゃんの二人は)はいつもの調子でベラベラしゃべってた。
カタン
と椅子の音がしたかと思うと、林さんがスッと立ち上がって廊下に出て行った。そのとき教室にいた誰もが目で追っていたと思う。林さんが出た後、すかさず関根さんの一言。「なんか嫌なかんじ~。」何が嫌な感じよ。も~っ。
友恵「あたしたちがうるさかったとか?」
薫「違うと思う。」
実花「トイレかな。」
友恵「それにしても、関根さんたち・・・」
コソコソやってるかと思ったら、手下を連れて廊下に出た。追跡?は~っ、やれやれ。
友恵「薫ちゃんの言ってたことがわかったわ。」
薫「でしょ、嫌な感じなのはあっちよね。」
実花「なんなのあれ。」
2時間目の後も、3時間目の後も、実花ちゃんと友ちゃんが来てくれた。でも、美咲ちゃんは一人で教室を出て行って、ベルが鳴ったらどこからか帰ってきて席についた。そしてそのパターンが定着した。美咲ちゃんが一人でどこで何をしているのかは謎だけど、とにかく、私は「私が席を離れたら美咲ちゃんが教室の隅でポツンと独りぼっちになっちゃうかも」の責任から解放され、悪いなと思いつつも正直かなりホッとしていた。しかし、この間も関根さんとその手下たちは「自分が美人だと自負して鼻にかけてる」イメージを確固たるものにするため「落とした消しゴムを拾ってあげたら、ブスがうつるからこの消しゴムは使えないと言われた」とか「6年生の川島くんに言い寄ってるのよ見た」とかデマをばらまき着実にシンパを増やしていったようだった。次の週、私は廊下で美咲ちゃんが通り過ぎると同時にコソコソ関根さん化する女子たちを目の当たりにし、唖然とした。
9 友ちゃんが上履きを忘れたから
3人だった私たちが4人になったのはそれから2週間くらい経った土曜の半日授業の帰り道。美咲ちゃんが実花ちゃんを守ってくれたことがきっかけ。正義の味方みたいに。
友恵「あっ、やばっ。みんな上履き持った?」
実花「持ったよ、ほら。」
実花ちゃんと私は上履き袋を持ち上げた。
友恵「どうしちゃったんだろ、あたし。お母さんに今朝今日は持って帰って洗いなさいって言われたんだよね。先週忘れて洗ってないから。」
実花「しっかり者の友ちゃんが珍しいね。」
友恵「猿もね、たまには木から落ちるのよ」
薫「待ってるよ」
友恵「ごめん、すぐ戻るから」
そんなわけで私と実花ちゃんは二人で校門で待っていた。そしたらバカ山下たちが来て、なんか嫌なかんじだったから、目を合わさないようして無視してたんだけど、やっぱり始めた。
山下「花屋の白豚、相変わらずデブだな」
実花「うるさいな~」
薫「ひどい。実花ちゃんに謝って。」
山下「『実花ちゃんに謝って』うるせ~お前は黙ってろ。」
山下子分A「ダイエットしろよ」
実花「大きなお世話よ。早く帰んなさいよ。」
山下「ぶーぶー」
実花「失礼ね~」
山下子「『失礼ね~』って痩せてから言え、デブ。」
薫「実花ちゃんに謝まりなさいよ。」
同じことを繰り返して言うことしかできない自分が歯がゆかった。ごめん実花ちゃん。。。山下達はなかなか行こうとせずウロウロしてた。やだよ~。早く行ってよ~。
山下「お前んちの白豚ばあちゃんなんとかしろよな~。また迷子になってたってうちの親が言ってたぞ。」
何それ、それを言いたかったわけ。だからいつまでもウロウロしてたわけ。ひどい。自分のことを言われていた時にはまだ余裕があったけど、おばあちゃんのこと言われた実花ちゃんは青ざめて立ちすくんでいた。
山下「ちゃんと豚小屋に入れとけよっ。」
山下子分B「首に縄でもくくっとけっ。」
山下「裸でしなびたおっぱいブラブラさせて3丁目フラついてんとこお巡りに捕まってたってよ。
山下子分A「入れ歯も無くしてたって話だぞっ。」
凍り付く実花ちゃん。それはなんでもひどすぎる。実花ちゃんは何も言わずた涙目でただただそこに立っていた。
薫「ひどい、そんなこと言わなくてもいいじゃない。」
山下「事実を言って何が悪い。」
山下子分A「そーだ、事実だ。」
薫「謝って。謝ってよ。実花ちゃんに謝ってよ」
私は無力だった。山下たちは私を真似て「謝って、謝ってよ~」と繰り返した。オウムのように。それがさらに実花ちゃんを侮辱しているようで申し訳なかった。ごめん実花ちゃん。ごめんね。
バーン、ドサッ
美咲「謝りなさいよ。」
次の瞬間、山下が地面に転がっていた。
山下「痛ってーなぁ、何すんだよ」
美咲ちゃんがどこからか来て、山下を突き飛ばしたのだ。気が付いたら山下が立っていた所から2メートルくらい離れた地面に転がってた。いつもは細くてただの切れ目みたいな山下の目が見開いていて、初めて山下の目の白目のところを見た。
美咲「謝りなさいって言ってるのよ。言っていい事といけない事があるのも知らないの。バカだとは思ってたけど。」
山下「うるせーなー。お前に関係ね~だろ~。」
山下子分A「なにすかしてんだよ」
山下子分B「引っ込んでろよ。」
ひいていた子分たちがやや持ち直した。
山下「お高く止まってるだけじゃなくて、今度は正義の味方気取りかよ。」
土を払いながらゆっくり起き上がって、美咲ちゃんににじり寄った。
山下「かっこつけんじゃねーよ。みんなにシカトされてるくせに。」
美咲「お高く止まってるつもりもかっこつけてるつもりも全く無いけど、あんたたちみたいにバカに染まるくらいなら一人でいたほうがいいと思ってるわよ。わかってるんでしょ、自分たちがバカだって。それともそれもわからないくらい救いようのない本当のバカなの。」
山下をまっすぐ見たまま全然怯まない美咲ちゃん。山下は図体がデカいと思っていたけど、美咲ちゃんと目の高さがほぼ同じだった。美咲ちゃん、怖い。本気で怒っていた。綺麗な人が怒ると、真剣に怖いんだとその時に知った。空気が変わった。
美咲「謝りなさいよ。」
山下「やだね」と口ではまだ言うけど、さっきほど強気でないのが表情からわかる。声に動揺が現れている。
美咲「謝るわよ。」
山下「なんでだよ~。」
美咲「救いようのない本当のバカじゃなってことを証明するために。」
山下は下唇を噛んでしばらく美咲ちゃんを見たまま黙ってた。そして、目をそらして、
山下「ふん、悪かったな。」
と言って立ち去った。子分もゾロゾロ付いて行った。
薫「うそ。。。」
実花ちゃんも私も、驚いた。まさか、あのバカ山下が謝るとは思いもしなかった。いつの間にか友ちゃんが上履き袋を手に持って近くに立っていた。
友恵「わ~、林さん、やるね~。すごいよ。」
美咲ちゃんが何も言わずに行こうとしてるのを見て、実花ちゃんがあわててお礼を言った。
実花「待って林さん、ありがと。」
美咲「別に、いいよ。」
私も何か言いたかった。お礼はもちろん、何か、でも何を言っていいのかわからず、口から出た言葉は「一緒に帰ろ」だった。
薫「林さん、一緒に帰ろ。」
実花「うん、一緒に帰りたい。そうだっ!今日は私がパピコ2本の日!一本林さんにあげる。」
友恵「それは名案。あたしたちね、土曜日は海岸通りのタバコ屋でパピコ買って食べる日って決めてるんだ。買い食い、本当はいけないんだけど、いいのいいの、たまには息抜きが必要よ。」
実花「特に今日なんて!」
3人で顔を見合わせて、うん、とうなずいた。
実花「ね、一緒に行こう。」
友恵「こっちこっち。」
そう言って友ちゃんが先頭を切って、実花ちゃんが美咲ちゃんの背中を押して、私が続いて、4人で一緒に一気に海岸通りまでの坂道を駆けて下った。海がどんどん近くなって私たちの目の前に大きく青く広がっていった。
10 パピコ
由美かおるのアース製薬のポスターが貼ってある寂れたタバコ屋。私はそのポスターをできるだけ見ないようにしていた。由美かおると目を合わせたくなかった。なんとなくあの挑発的なポーズと表情が居心地悪くさせるから、私はいつもその隣の「今日も元気だタバコがうまい」のポスターに目を向けるようにしていた。でもそのポスターは保健室の前に貼ってある喫煙者の肺と正常者の肺の写真を思い出させて気分が滅入った。だから毎回パピコを手にするたび救われた気がした。救世主パピコ。
実花「はい、200円ね。」
売店「お客にこんなこというのもなんだけどね~、あんたたち小学生が毎週買い食いしてていいの?」
友恵「やばいよね。学校の先生に見つかったら。」
実花「売ってるおばちゃんもやばいかもなぁ。」
友恵「内緒にしてくれるでしょ。ありがとね。」
売店「あんたたちはも~っ。お母さんに言いつけるよ~。」
実花「お母さんはもう知ってま~す。」
友恵「ありがとね~、おばあちゃん。」
防波堤に座って海を見ながらパピコを食べた。甘酸っぱい。
実花「はい、行くよ林さん、そっち持って。」
パピコは気持ちよく二つに分かれた。
実花「おいしいね~。」
友恵「いつもはね、順番で一人が2本食べてたんだよね。」
実花「うん、でもこれからは4人で4本、丁度いいね。」
薫「私たちはバカじゃないからいいでしょ。」
友恵「バカだけど、ああいうバカじゃないのよね。」
美咲「うん、知ってる。」
初めて美咲ちゃんが口をきいた。
友恵「うん、知ってるって、私たちがああいうバカじゃないけどやっぱりバカってこと?」
実花「私たちはやっぱりバカだ~。」
4人で噴き出した。
美咲「パピコ、ありがと。美味しい。」
友恵「うん、パピコは最高!」
実花「あたし、小さい時このホワイトサマーってホワイト様だと思ってたんだよ。」
友恵「あ~っ?」パピコが口に入ったまま。
実花「ほら、手紙で宛名に書く何々様の様。ホワイト様。バッカでしょ」
みんなでゲラゲラ笑った。こうして、3人が4人になった。パピコはいつもと同じ味のはずなんだけど、3人で食べるパピコと4人で食べるパピコの味は違う感じがした。
実花「でもさ~、美咲ちゃん、かっこよかったね。」
美咲「もう、止めてよ~」
友恵「もうあたしなんて、びっくりして焦ったわよ~。上履き取りに戻って玄関出たら、あんたたち山下達に囲まれてるじゃない。で、山下ぶっ飛ぶしっ。駆けつけたら美咲ちゃんがおっかない顔して謝りなさいよってやってるじゃない。あれはすごかった。」
美咲「もう、ほんとうに止めてよ~。私そんなにおっかない顔してた。」
薫「うん、怖かったよ。」
友恵「うん、あれは半端じゃない怖さの顔だったな。」
実花「山下の顔、固まってたね。」
友恵「あいつらみんなマジでビビってたな。」
薫「そう、ビビってた。」
美咲「もういいから。」
友恵「でも笑う~、あのデカい山下がふっ飛んだ時、あたし突然思いっきりダッシュしたから脇腹つって、それでもㇷ゚って思わず吹き出しちゃったよ。」
実花「うん、すごかった。突然どっからか来て、ドーンって。山下は転がってるし、一瞬何が起こったのがわからなかったもん。」
薫「正義の味方ここに参上ってかんじだったよ。」
美咲「もう本当に止めてよ~」
実花「山下って保育園からあんなかんじなんだよね。お兄ちゃんがいるからって威張ってるの。」
友恵「どう関係があるわけ。」
薫「でもお兄ちゃん連れてきたりしないよね。中学生だよね。」
実花「こっちにだって、中学生のお兄ちゃんはいるよね、友ちゃん。」
友恵「いや~、うちのお兄ちゃんは全くその辺頼りにならないと思うけど。ま、バカ山下がバカ兄貴を連れて来たら、その時はその時よ。」
薫「さすが友ちゃん。」
実花「そうよっ。その時はその時よ。」
薫「家、こっちだよね。よく、帰り見かけるもん。」
美咲「うん」
薫「今日の午後ね、お昼食べた後、友ちゃんちに集まって一緒にマンガ読むんだよ。美咲ちゃんもおいでよ。ねっ。」
友恵「うちそこの魚屋。魚くさいの気にならなかったら来ない?パナップもあるよ。」
実花「やった~パナップ。新しい味でたんだよね~。」
友恵「今日予定ある。」
美咲「別に特にないけど。。。」
実花「今日ダメなら明日は?うちでカラオケ一緒に歌おうよ~。」
実花「美咲ちゃんって日曜日何やってるの?」
美咲「え。。。別に何も」
ちょっとちょっと、なんか詮索しているみたいじゃない、実花ちゃんがそういうつもりじゃないのは私はわかってるけど、美咲ちゃんはまだ。。。
薫「実花ちゃん、私たちだって特に何かすごいことやってるわけじゃないじゃない。。。」
実花「いや、綺麗な子は何かあるのかなと思って。」
あ~また、実花ちゃん。美咲ちゃんはあんまり綺麗綺麗って言われるの好きじゃないかも。。。
美咲「何もたしたことはしてないよ。綺麗じゃないし。」
実花「美咲ちゃん、綺麗だよ。ね~」
友恵「うん、綺麗。だから女子の反感を買う。特に関根さんみたいのから。」
友ちゃん、適確、でももうそっちに話を持って行かないほうが。。。ヒヤヒヤ、アタフタ。。。
薫「綺麗だけど、お高くなんて止まってないし、普通の子よ。私たちと一緒にパピコ食べてくれたし」必死でフォローを考える私。
実花「うん、そうだよね。」
友恵「そして、強い。」友ちゃんがポパイみたいに両腕をあげた。
実花「美しく、強い。かっこよかった~」実花ちゃんうっとり。実花ちゃん、もういいから。。。
美咲「図書館に行くの。」
美咲ちゃんが聞こえるか聞こえないかってくらい小さい声で言った。えっ、図書館。
友恵「えっ、図書館?」私の頭の中の言葉を友ちゃんが音声で。
美咲「うん、隣町の。」
実花「あの高台の新しいとこ?」
美咲「うん、おにぎり持って歩いていくの」
友恵「え~歩いてって結構遠いよね」
美咲「歩くの好きだし、一日長いし、本はたくさんあるし、好きなの、図書館。」
薫「本が好きなんだ。」
美咲「うん、本、大好き。」
薫「私も本読むの好き」美咲ちゃんと共通点があってなんかうれしくなった。
実花「私、本はあんまりだけど、おにぎり持ってってのは好きかな。」というのは実花ちゃん。そして、友ちゃんの一声、
友恵「じゃ、明日はみんなで隣町の図書館に決定!」
実花「イエーい」
薫「自転車で海沿い行こうよ。」
友恵「いいね~。」
美咲「でも、ごめん、私自転車持ってない。」
友恵「じゃ、美咲ちゃんはうちのお母さんの自転車借りたらいいよ。」
美咲「いいの?」
友恵「全然オッケー。」
実花「問題な~し」
友恵「じゃさ、明日の朝、お弁当持ってうちに自転車で十時にでどう?」
薫&実花「賛成~!」
「♫君の瞳は一万ボルト、地上に降りた最後の天使~♪」
と歌いながらその日は帰った。美咲ちゃんのことを歌ってるみたいと思った。
家に帰って母に聞いた。
薫「お母さん、ジャンヌダルクってだれ?」
薫の母「ジャンヌダルク?なあに突然。」
薫「君の瞳は一万ボルトの歌にでてくるじゃない。二十世紀のジャンヌダルクよ~って。」
薫の母「あ~、ジャンヌダルクって昔フランスの王様を助けた若い女の子じゃなかったかな?」
薫「へ~、救世主。やっぱり二十世紀のジャンヌダルクだ。」
薫の母「え~なぁに?」
そして母にその日の大事件の話をした。
母は「花屋魚屋ケーキ屋さん、そして本屋さん出現。」と言ってうれしそうにしていた。
11 本屋
魚の匂い。シャッターか上がる威勢のいい音。家を早めに出たつもりだったが、私が友ちゃんちに着いたら、もう三人ともそろって自転車にまたがってお店の前に並んでいた。
薫「おはよう」
友恵「10時だよ~っ、全員集合!」
実花「ババンババンバンバン。」
友恵「アーイヤイヤ。」
薫「ごめん、待たせて。」
実花「全然待ってないよ~、じゃ、イエ~イ、レッツゴー~。」
海沿いの道をひたすらまっすぐ東へ。頬に当たる潮風が気持ちよかった。キラキラ光る波もその波の音も私たちの味方で私たちを応援してくれているように思えた。朝のニュースでは梅雨に入ったと言っていたが、空は果てしなく高く青く何かの予感があった。
友恵「ここまっすぐだよね」
美咲「うん、で、スカイラークの角を左」
友恵「オッケー」
髪が風になびいている美咲ちゃんの横顔。何度も見てしまう。
実花「とうちゃーく」
美咲「自転車だとあっという間だ~。」
実花「私ここ初めて。」
友子「私も。」
薫「新しくて綺麗だね」
美咲「裏庭が好きなの」
図書館の中は天井が吹き抜けで自然の光にあふれていた。奥の方で小さな子供がキャッキャ言っているのが聞こえた。
美咲「あっちは絵本とか小さい子のコーナー。可愛らしい家具がたくさんあるの。キノコの形の椅子とか。見てみる。」
実花「見る~。」
友恵「メルヘ~ン。」
実花「持って帰りたい~。」
薫「うん。壁の絵も素敵だね」
美咲「うん、地元の絵描きさんらしいよ。定期的に変わるみたい。」
美咲ちゃんは本当にたくさん本を読んでいた。最近読んで一番気に入っている本は「森の少女ローエラ」だって言っていた。私は聞いたことが無かった。スエーデンの本だそうだ。スエーデンの本を読んでるなんて。
薫「うちのお母さんに、美咲ちゃんは本が大好きなんだよって話したら、花屋魚屋ケーキ屋さん、そして本屋さん出現って言ってたよ。」
美咲「本当に本屋だったらよかったな」と美咲ちゃんは遠くを見ながら言った。なぜか寂しそうだった。
そうして美咲ちゃんは少しだけ自分の身の上を話してくれた。生まれたのはここではない遠くの海の近くだということ。お父さんは「岬」と名付けたかったけどお母さんの強い要望で字は「美咲」になったということ。そしてそのお父さんは2年生の時に出て行ってしまって、それ以来パブでホステスをしているお母さんと二人暮らしなんだということ。この街に来たのは美咲ちゃんのお母さんが偶然テレビで見て、美咲ちゃんが生まれた港町にちょっと似ていて気に入ったからということだった。。。。
図書館からの帰りは太陽に向かって自転車をこいだ。眩しかった。手を目の前にかざしても、それでもまだ眩しかった。私の前を行く美咲ちゃんの後ろ姿も。
実花「みんな~、『太陽にほえろ』~」
実花ちゃんのその掛け声で私たちは犬になった。狂犬4頭。バカみたいに、本当に気が狂ったかのように吠えまっくった。大声を張り上げた。あんなに思いっきり吠えたのはあれが初めてで最後だ。商店街が見えてくるころには、私たちはみんな喉が痛くて声が枯れて、それでも笑いが止まらなかった。
実花「じゃ、ボス今日はこれで。」
美咲「お~。お疲れ、ゴリさん。」
実花「え~あたし、ゴリさん。ジーパン刑事がい~。」
薫「あたしはボン、友ちゃんはやっぱり落としの山さんだよね。」
友恵「あたしは甘いマスクの殿下でしょ~が。」
友ちゃん実花ちゃんに会ってからというもの、私の喉も脇腹も鍛えらてきてはいたが、この日の喉と脇腹の痛みはそれまでのギネスを超えていた。そして、この日は美咲ちゃんも私たちと一緒に記録を塗り替え最新記録を出した記念すべく1日だった。私は美咲ちゃんが私たち3人と同じ種類の「バカ」だったという意外な事実に心の底から喜んだ。
薫「は~、喉痛い~。じゃ明日ね。」
実花「うん、学校でね~。」
美咲「自転車ありがと。じゃあね。」
4人共「バイバ~イ。」
友ちゃんちのお店の前で嫌な感じのおばさんがこっちを見てジロジロしてた。関根さんのおばさん版みたい。ファンデーションを皺に貯めた醜い顔。贅肉が付きすぎた重そうな体。ひび割れた踵。
嫌なおばさんA「魚活さん、お宅の友ちゃん、あの子とは付き合わせないほうがいいわよ。」
嫌なおばさんB「そうよ~なんか、あの子の母親、連れ込んでるみたいなの、男を。ね~。」
12 口裂け女
休み時間。校庭でドッジボールする子供たち。蝉の声。梅雨が明け、休み時間にゴム跳びをしていると木陰でもすぐに汗ばんだ。すぐそこまで来ている夏休みを、みんな毎日カウントダウンして待ちわびていた。誰かが私たちのそんな思いを渡り廊下の壁に「夏休みまで残すはあと○日だ~っ!」と毎日チョークでデカデカのビジュアル化してくれていた。いたずら書きは校則違反。バレたらどんな罰なんだろう。
実花「薫ちゃんの番だよ。腿だよね。」
薫「うん。高いな~。じゃ、行きま~す。グーパーグーチョキ~、あ~またダメ~」
ゴム跳びもピンクレディーの振り付けの練習と並ぶあの頃の小学生女子の流行り事の一つ。一部の女子は情熱をかけて熱心にゴム跳びをやっていた。私たち4人はしゃべってケタケタ笑ってばかりいるからちっとも上達しないでいたのだが。
実花「昨日うちの妹が真剣におびえちゃって、お父さんに三角山の方に配達に行くなって泣き叫んでるの。」
美咲「配達とかあるんだ。」
実花「たまにね、病院にとかさ。」
美咲「あっそっか。患者さんにお見舞いね。」
実花「うん。三上病院って三角山の坂登って行くじゃない。」
友恵「あ~、なるほど。だから配達に行かないでってなるんだ。」
薫「なんか今、低学年ですごいことになってみたいだよね。」
友恵「卓也は『オレはポマードって言って走って逃げるからセーフだ』とか言ってたよ」
薫「なぁに、それ、ポマードって」
実花「あっうちのお客さんも言ってた。よくわかんないけど、口裂け女はポマードって言葉が嫌いなんだって」
友恵「『私キレイって言われたら、ビビらないで、普通ですって言ったらいいんだ』ってお兄ちゃんまで言ってっから卓也たち益々本気にするんだよね。」
実花「私、キレイ」マスクを取る振りをして私の方を向いた。
薫「や~だ~実花ちゃん。」
私たち高学年はもうサンタクロースを信じないのと同じように、口裂け女なんて作り話でウソだとバカにして笑っていたが、友ちゃんや実花ちゃんの弟妹たちや私の学校の低学年の子たちにとっては作り話ではなく現実で恐ろしいものだった。校長が朝礼で口裂け女の話はウソだから信じないようにと言ったのがまた逆効果で、その日三角山方面に住む低学年の子たちは一人で下校するのを怯え怖がり泣き出し、担任がわざわざまとめて送っていったりした。
私は随分後になって知ったのが、この口裂け女の話は私たちの小さな街だけでなく、当時日本全国で社会現象となっていたらしい。あまりに怯え怖がる小さなをなだめるためにテレビニュースで口裂け女は実在しないデマであると報道したそうだ。
友恵「無駄なのにね~。」
ご苦労様なことに、教頭先生が誰かが毎日書いている渡り廊下の「夏休みまで残すはあと9日だ~っ!」をホースで流しながらたわしでゴシゴシ消していた。
実花「明日も誰かが「夏休みまで残すはあと8日だ~っ!」って書くほうにパピコ50本賭けてもいい。」
美咲「うん、誰だか知らないけど、私はその子にパピコ50本あげたい。」
薫「あたしも~。」
友恵「マジっ?実はあたしって言ったらどうする?」
実花美咲薫「うそ~っ」
友恵「し~らない。」
友ちゃんはいたずらな目をしてニヤッと笑っただけでこの件に関してはもう一切何も言わなかった。でも〝あの顔〟が語っていた。お店の物を内緒で盗って食べてる友ちゃんのお兄ちゃんも、大量に採ってきたバッタや蝶をお店の中で一斉に放した二人の弟くんだちも〝あの顔〟をして「知らね~」と言っていた。
13 夏休み始まる
待ちに待った夏休みが始まった。どこに行ってもセミたちが毎日一生懸命セミの仕事をしていた。友ちゃんちに行くと、弟くんたちが嬉しそうににんまりしながらカブト虫を見せてくれた。その数は行くたびに増えていた。実花ちゃんちのに行くと、その夏「燃えろいい女」が1日5千回くらいかかっていたいて、実花ちゃんは「ママ、最近世良公則と浮気中なの。」と言った。うちでは丁度その頃母が作っていた私たち4人がモデルの人形たちが仕上がり、母はこの4人の人形に色違いのサマードレスを着せた。その人形の私たちも心持日焼けしたように見えた。
春休み同様、私たちは友ちゃんと実花ちゃんのお店の手伝いの日、火木以外、一緒につるんだ。春休みと違うのは美咲ちゃんが加わって4人になったこと。友ちゃんは「つるむ」って言葉を好んでよく使った。ちょっと悪い感じがして私は好きだった。
つるむ場所はほとんど毎回友ちゃんちか実花ちゃんち。うちには母がいつもいたから、うちではたまにクッキーを焼いたりする以外集まらなかった。美咲ちゃんがどんなところに住んでいるのかみんな興味あったけど、美咲ちゃんのアパートには私たち誰一人一度も行ったことが無かった。美咲ちゃんは狭いし、夜ホステスをしてるお母さんが昼間は寝ていると言っていたし。それに、結局のところ、私たち4人は、大人の目からほったらかし状態になれるところ、すなわち友ちゃんちの2階の洗濯物干し台、もしくは実花ちゃんちの板の間のお仏壇の部屋がお気に入りだった。
14 水泳教室 東京 将来
水泳教室の帰り道、また私は美咲ちゃんを見ていた。美咲ちゃんは顔に張り付く濡れた髪を細い指で取り、髪を片側にまとめてギュッと絞った。落ちた水がアスファルトに黒く奇妙な形を作った。美咲ちゃんの足の爪が赤くキラキラ笑っていた。
実花「薫ちゃんの班の先生ってかっこいい~。目がハート、ウフっ。」
友恵「名前なんて言うの」
薫「磯崎正治って言ってたよ。東京の体育大に行ってるんだって。」
実花「東京か。私もいつか東京に行ってアナウンサーの学校に行くよ~」
美咲「そ~なんだ~。実花ちゃん。すごい。もう具体的に決まってるんだ。」
友恵「目指せベストテンの司会だよね。」
実花「うん。とっとちゃんの座を奪うっ!」
友恵「ごっめ~ん徹子ちゃん。」
薫「実花ちゃんなら本当にやっちゃいそうだよね。」
実花「オ~イェ~。でも、その前に痩せる~。」
美咲「実花ちゃん痩せなくてもそのままですごく可愛いよ。ね。」
友恵「あたしもずっとそう言ってんの。」
薫「うん、実花ちゃんは今のままがいいよ、マシュマロちゃん。」
実花「そういってもらえて嬉しい。でもあたしはちょっとやせて水着審査もパス!」
美咲「アナウンサーって水着審査あるの?」
実花「あっても不思議じゃないでしょ。だから~私もまさはるのグループだったらよかったのに~。泳ぐのがんばるって気になるじゃない。」
友恵「いや、あいつはむっつりスケベだと思う。美咲ちゃんのことじーっと見てたよ。」
実花「美咲ちゃんのことはみんな見るよ。だって超綺麗だもん。足のマニュケアもかっこいい。あたしも帰ったらやろっと。」
美咲「やめてよ~。これはお母さんが昨日の夜いいって言うのに塗っちゃったの。帰ったらもうとる。ね、パピコ食べてこ。コーヒー味の。」
薫「パピコ賛成!」
実花「ちょっぴりほろ苦いコーヒー味。お・と・な。」
美咲「大人って、コーヒー味も十分甘いよ。ね、昨日の『欽どこ』見た~?」
美咲ちゃんはいつものように話題を逸らしたけど、ペンキが禿げあちこちタイルの欠けた私たちの小学校のプールサイドで美咲ちゃんの存在は誰の目にも普通の日常からかけ離れたものに映った。バービー人形がなぜが河童の宴会に参加しているようなかんじだった。他の女子全員と全く同じあの恥ずかしい学校の紺のワンピースの水着を着ていても、と言うより、あのみっともない水着が美咲ちゃんの綺麗さをさらに引き立たたせていた。
15 パン教室
私の家でのパン作り。テーブルを囲って立つエプロン姿の私たち4人。張り切っていていつも以上にテンションの高い母。
友恵・実花・美咲「よろしくお願いしま~す。」みんなペコリ。
薫の母親「みんなお行儀がいいこと。じゃ、まずは・・・・・・」
小麦を量ったり、イーストの支度したり、混ぜたり格闘すること30分。見事、粉だらけ。
実花「膨らんだかなぁ」
薫の母「いいかんじよ~。じゃ次は空気抜きして、『カラスのパン屋さん』よ。好きな形に変身させてね。」
友恵「よっしゃ~っ」
ペッタンペッタン、コネコネコネ。。。またまた格闘。
美咲「難しい。なんの形にしようかな。」
実花「うん、考えちゃうな~。」
薫「なにそれ、友ちゃん、お魚?!」
友恵「すみませんね、想像力が乏しくて。」
実花「じゃ私もお花に変えよっと。」
友恵「いいよ変えなくて。」
美咲「じゃ、私は本の形にする。」
薫「じゃあ私はケーキ?!ケーキパン?!」
そして1時間後、いい匂いで焼きたてのお花・お魚・本・ケーキの形をしたパンたちがキッチンテーブルに並んだ。私たちはその出来に満足だった。友ちゃんの魚型パンと、実花ちゃんのお花型パンと美咲ちゃんの本が開いた形のパンの3つはともかく、私のケーキの形をしているパンはあまりに不細工で正体不明の代物だった。それでも私はもったいなくて食べられなくて、その夏カビが生えて母に捨てられるまで私の部屋の窓際に飾ってあった。
16 海水浴 海の家 かき氷
実花「パピコもいいけど、やっぱ海水浴はこれよね」
美咲「様式美」
友恵「様式何?ま、なんでもいいけど、美咲ちゃんがイチゴミルクってのは意外。」
美咲「そう?」
実花「私は個人的にイチゴミルク味以外のかき氷って理解できない。」
薫「実花ちゃんにはイチゴミルクがよく似合うよ。」
実花「ウフ、そうでしょ。『幸せ。』」
実花ちゃんはうっとり満足そうに手話の「幸せ」顎を2回撫ぜた。
友恵「あたしはブルーハワイ似合ってる?」
薫「うん。カッコいい。」
実花「ベロ見せて。いっせいのせっ。」
友恵・実花・美咲「べ~っ」
薫「わーっ、バッチリ青と赤だ~。」
実花「薫ちゃんも見せてよ」
薫 ペロっ。
実花「ウエッ、汚い」
薫「ヒド~イ」
実花「ゴメン。でも宇治金時なんてうちのおばあちゃんだよ。」
薫「好きなんだもん。」
実花「白玉一個ちょうだ~い。」
薫「嫌よ、汚いって言ったから。」
実花「ちょうだいよ~。」
薫「やだよ~。」
実花「ケチ~っ」
17 夏休みの宿題見せっこ会 読書感想文
夏休みの真ん中、丁度半分に分ける日。「夏休みも後半突入だし、もうそろそろこの辺りで宿題に手を付け始めよう」ということで実花ちゃんちのお仏壇の部屋に集合した。なんか面白いつくりをした半地下にある部屋だ。一つの壁の上の方が窓になっていて、それと反対側に大きなお仏壇が置いてあった。床は板の間で大きな座卓が置いてあった。その座卓に私たちは宿題のプリントを広げた。
薫「実花ちゃん、ダレてないで、ここは実花ちゃん担当だからね~」
実花「もう無理、完璧脳みそ溶けてる。休憩にしよう」
友恵「さっき休憩したばっかでしょ。」
美咲「そんなに脳みそ溶けるほど暑いかな~。この部屋涼しいと思う。」
実花「それは雰囲気がでしょ~。」
友恵「確かにそれはあるかもしれないけど、この板の間ってひやっとしてていいよね。」
実花「あ~、みんな読書感想文書いた?」
薫「うん、若草物語。」
美咲「私は小公女。」
実花「なんか2人とも世界名作劇場ね~。私たちなんてまだ本読んでもいな~い。あ~。」
友恵「失礼ね。一緒にしないでよ。」
実花「えっ、うそ、友ちゃんもう書いたの?」 ガバッと起き上がる実花ちゃん。
友恵「当然。人間、経験から学ぶのよ。読書感想文で泣くのは去年までの私。」
実花「うっそ~。私だけ?」
薫「あ~あ。実花ちゃん。算数の宿題は写せるけど、読書感想文は丸写しってわけにはいかないよ。早く読みなさい。」
実花「早く読みなさいって言ってもね~。友ちゃんは何ていう本読んだのよ~。」
友恵「恐怖の心霊写真集」
実花「はっ、なにそれ。」
薫「そんなのいいの?ダメでしょ」
実花「だよね。写真集なんて魚沢のちらしと一緒じゃない。」
友恵「失礼ね~。うちのちらしのどこがいけないのよ~。それに写真集よ、ちらしとは違うわよ~。たくさん読むところもあるんだから。美咲ちゃん言ってやって。」
美咲「えっ、あたしに振るの? ま、読んだんならいいんじゃない。本は本だよね。」
友恵「ほら、本は本よ。こんなに分厚いんだから。」
実花「こんなに分厚いって言ったって、写真でしょ。やっぱそれはルール違反。」
美咲「先生、写真集はダメとは言ってなかったよ。」
友恵「そ~よ。うちの先生だって写真集はルール違反ですなんて言ってなかったじゃない。」
美咲「解釈の仕方の問題かな。」
友恵「そうそう解釈の問題よ。」
実花「じゃ、あたし「明星」で読書感想文書く~」
友恵「明星は本ではない。あれは雑誌。」
実花「なによえらそ~に。ふん。あ~、あたし、大丈夫じゃない、幸せじゃない~。」
薫「あっそうだ、あれは、実花ちゃん。お母さんが矢沢永吉の「成り上がり」読んで熱くなってるって言ってたじゃない。」
実花「そうだ、その手があった。矢沢だ。イエー。『大丈夫。幸せ~。』」
こうして友ちゃんと実花ちゃんはベテランおばあちゃん先生も舌を巻くお騒がせコンビとなり、職員室で益々名を上げていった。
18 夏祭りの計画 浴衣
入道雲。風になびく洗濯物。友ちゃんちの干し台は空に近かった。そこから見える大きな大きな雲はドラえもんでのび太君たちがみんなで走り回っているような濃い白の雲で、目を閉じると私も雲に乗っているような気分になれた。私たちは雲の上でよくスイカを食べた。その頃のスイカにはまだ種があった。私たちは友ちゃんちの裏庭にプップっとスイカの種を吹いた。この種から芽が出ていたら友ちゃんちの裏庭一帯は立派なスイカ畑になるねと話したが、あれだけ撒いたのに芽が出たという話は聞いたことがない。
友恵「ね~みんなお祭りの夜、浴衣で集合ね。」
薫「えっ、みんな浴衣で行くの?」
実花「当然よっ。」
美咲「暑くない?」
友恵「はっきり言って、暑い。歩けない。でも様式美でしょ、美咲ちゃん。」
美咲「うん、かな。でも、うち浴衣ないと思う。お母さんに聞いてみるけど。」
薫「あたしも浴衣なんて持ってないよ。幼稚園の時に着たの覚えてるけどあんなのもうちっちゃいし。」
友恵「この街じゃ、夏祭りと言えば浴衣姿がお約束なのよ。」
実花「あたしと梨花、新しい浴衣買ってもらったの。」
友恵「あたしも。薫ちゃん私のお下がりでよかったら着る?美咲ちゃんには短いと思うけど、薫ちゃんなら大丈夫かも。美咲ちゃん、うちのお母さんの借りる?」
実花「うちのママも浴衣何枚も持ってるよ。」
友恵「うん、大丈夫。浴衣はなんとか調達できるよ。え~、それでは~、エヘン、発表します。」
友ちゃんはスイカの種を地面にプップっ吹くのを一時停止して重大発表をした。何?私たちは顔を見合わせた。
友恵「お祭りの晩うちにお泊りしていいってうちのお母さんのお許しが出ました~っ!」
実花・美咲・薫「やった~っ!」
薫「すっごい!」
美咲「楽しみ!」
実花「おばさ~ん、ありがとう。」
全員「ありがと~」
私たちはジャンプして奇声を上げて喜んだ。物干し台の床がドンドンギシギシ鳴っても構わずに跳ねた。友ちゃんのお兄ちゃんが「うるせー、床が抜けるぞ~」と怒鳴った。これが雲だったら地面に落ちてるかなぁと思いながら。私は跳ねるのを止めなかった。
19 二人乗り
友ちゃんと実花ちゃんはお店の手伝いで忙しそうだけど、私はただ一人で家でダラダラとすごす時があった。そんな時、私は「美咲ちゃんはどうしているんだろう」とよく思った。そして、本やマンガを読むのにもテレビを見るのにも飽きて、自転車に乗って一人で海岸通りをふらふらしに行った午後、同じく一人で海を見ている美咲ちゃんを見つけた。
薫「わっ」
タバコ屋で買ったパピコを持ってこっそり後ろから近付いた。わっと驚かせて二人で大笑いするつもりでいたのだが、振り返った美咲ちゃんの目は赤かった。
薫「ビックリし。。。どうしたの?」
美咲「なんでもない。ビックリしたよ。」
なんでもなくないでしょ。。。でも聞いてほしくないオーラが痛々しいほど出ている。
薫「パピコ半分こしよ。今タバコ屋で買ってきたの。一緒に食べようと思って。そっち持って引っ張って。はい。」
美咲「ありがと。」
パピコが気持ちよく2つに分かれた。いつもありがと、パピコ。パピコのおかげで気まずい雰囲気が少し和んだ。私たちは何も言わず海を見ながらパピコを食べた。
美咲「あのね、私弟がいるんだ。」
薫「えっ。弟?!美咲ちゃんは私みたいに一人っ子じゃないの?」
美咲「2つ下の弟がいて、お父さんと一緒にいるの。」
何と言っていいのかわからなかった。
薫「弟に会いたくて泣いてたの。」
美咲「ううん。そうじゃないと思う。どうして泣いたんだろ。わかんないや。」
その後もしばらく海を眺めていたが、突然美咲ちゃんが私の自転車にまた上がって、「二人乗りしよっ」と言い出した。
美咲「薫ちゃん、後ろ。」
美咲ちゃんはそう言って頭で自転車の荷台を指した。その仕草がものすごく中学生とか高校生がやるみたいで格好良くてボーっとしてたら、美咲ちゃんに「早くっ」とまた促された。私が後ろに乗ってお腹に手をまわした瞬間、美咲ちゃんは地面を蹴った。美咲ちゃんのお腹は細くて柔らかくて温かかった。
美咲「ちゃんと捕まっててね~。落ちないでよ~。」
薫「大丈夫~。幸せ~。」美咲ちゃんにしがみついて、手話じゃなく口で言った。
美咲「ははは」
私たちは海岸通りを思いっきりビュンビュン走った。海の匂いを思いっきり胸いっぱい吸い込んだ。どこまでも行けそうな気がした。見たことがない景色が広がってきても美咲ちゃんは自転車を止めなかった。息が上がって自転車を止めた時にはこの世の果てまで来たような気がした。
薫「こんな方まで私来たことないよ。」
美咲「うん、知らない風景。」
美咲ちゃんはそう言って「大丈夫、幸せ」の手話をした。私も同じ手話で返した。波の音だけ聞きながらマーマレード色の空に飲み込まれていった。
薫「じゃ、今度は私がこぐから美咲ちゃん後ろね。乗って。行くよ。」
馴染みの商店街の灯りを目にした時には、なぜが懐かしい感じがして、「ただいま。しばらく会わなかったね。元気だった?」って聞きたい気分がした。不思議だ。
美咲「薫ちゃん大丈夫、ここから一人で?あたしそこだから。」
私たちは美咲ちゃんのアパートが見える角で立ち止まった。
薫「大丈夫。上り坂だから自転車押していかなきゃなのがちょっとめんどくさいけど、そんなに遠くないし。」
その時、美咲ちゃんのアパートから男の人が出てきた。はっきり聞き取れないが、その人が何か言って、その声に振り向いた美咲ちゃんがちょっと焦った様子で私に言った。
美咲「薫ちゃん、もう暗いから早く行ったほうがいいよ。ほらっ」
薫「うん。じゃ明日。友ちゃんちに6時だよ。」
男の人と女の人がじゃれあってる。
美咲「うん、ほら薫ちゃん。行って。」
薫「あ、うん。じゃあね。バイバイ」
何かに動揺しているような、これまでに見たことのない美咲ちゃんだった。その時は、何か急いでいるのかなぁと思った。
20 夏祭りの支度 美咲
美咲のアパート。もみ消した煙草でいっぱいの灰皿。ウイスキーの空き瓶。西日が射しこむ子供の情操教育に気を使ったとはお世辞にも言えない空間。煙草をくわえ、浴衣を美咲に着せてやる母親。白地に紺の花模様の浴衣に草色の帯。
美咲「なんか、すごく地味だよね。」
美咲の母親「あんたは、このくらい地味なほうがいいんだよ。」
三面鏡の前に座る美咲の長い黒髪を結ってやる。
美咲「お母さん、上手。手慣れている感じ。」
美咲の母親「まあね。」
テレビの上の色あせた造花を手に取り、美咲の耳の横に挿してやる。
美咲の母「ちょっと違うか。」
と言ってその花を床に投げ捨ててしまうが、美咲が拾いまた髪に挿す。母親の意外な面を見て驚く美咲。この慣れない距離感をやや恥ずかしく感じ、同時にものとてつもなくうれしく思う。
21 夏祭りの支度 薫
母はその晩お世話になるからこのくらいと言って朝から海苔巻きやら唐揚げやら作っていた。それらを詰めたお重を抱えて一緒に友ちゃんちまで歩いて行った。
薫の母「薫、歯ブラシ持った?」
薫「持ったよ。」
薫の母「お泊り会なんて初めてだね。」
薫「うん。お母さんも花火見に行ったらいいのに。」
薫の母「お父さんが今晩は早く帰れるかもしれないって言ってたから、もしかしたらね。」
薫「あっ、だからか。」
薫の母「うん?ま、期待しないで待ってる。」
期待しないと言いながらも母は期待していたと思う。母は珍しく口紅つけていた。
22 夏祭りの支度 友子と実花
実花ちゃんの妹「薫ちゃんが来たよ~」
小さい浴衣を着た実花ちゃんの妹がピョンピョン跳ねながら出迎えてくれた。友ちゃんちの店先に実花ちゃんのお母さんとおばあちゃんまで来ていた。
友恵実花「お~、薫ちゃん~。」
友ちゃんも実花ちゃんももうすでに自分色の浴衣を着て下駄も履いていた。手には団扇も。準備万端。
薫の母親「今日はすみません。いつもお世話になっているのに、今日はお泊りもさせていただけるって、よろしくお願いします。」
友恵の母親「雑魚寝で申し訳ないんだけどね。ま、興奮しすぎて今晩寝ないと思うわ、あの子たち。」
友恵「これなんだけど、薫ちゃんのサイズだと思う。ね~、お母さん。」
友ちゃんが黄色い花柄の浴衣を持って出てきた。
薫の母「あらステキ。本当にすみません。浴衣までお借りしちゃって。」
友恵の母「いいのよ~。」
薫の母「薫、よかったわね。」
薫「うん。早く着たい。」
嬉しくてはち切れそうっていうのはこういういうのを言うんだと思った。
23 ジャジャーン
友子の母親「あんたたち~、美咲ちゃんが来たよ~。」
友子・実花・薫「は~い。」
その時私たちは二階の友ちゃんのお母さんたちの部屋にいた。三面鏡の前でいろんなポーズをとってふざけていた。美咲ちゃんが来たと聞いて下へ急いだが、浴衣で歩きにくくいつものようにバタバタバタっと一気に階段を駆け下りれなかった。転びそうになりながら下に着くと浴衣姿の美咲ちゃんが俯き加減で立っていた。ドキッとした。
実花「うっわ~、美咲ちゃん、キレ~」
美咲「すごく地味なんだけど、これしかなかった。お母さんのなんだ。」
友恵「大人っぽくてよく似合うよ。モデルみたい。」
美咲「いやそんなこと全然ないけど。」
薫「髪上げてるところ見るの初めて。」
額と耳を露にしている美咲ちゃんは知らない人のようで、手の届かないところに行ってしまったようで、少し私を不安な気持ちにさせたけど、いつものごとく、実花ちゃんのコミックリリーフに救われた。
美咲「とっても実花ちゃんらしい浴衣だね。」
実花「よくぞ気づいてくれました。この柄、可愛いでしょ。」実花ちゃん、右の袖を持ち上げて愛嬌よくクルリンと回転。
美咲「ホント、イチゴ柄の浴衣なんて初めて見たよ。」
友恵「もっのすごく実花ちゃんだよね。」
実花「私のために作られたんだと思う。どう」また明星に出ているアイドルたちのようなポーズ。
薫「うん。本当に可愛いよ。」と、相槌をかろうじてついたものの、まだ私は美咲ちゃんの浴衣姿に少し動揺していた。
実花「ありがと~。ウフ、あたしたちみんな可愛い。友ちゃんもこれおニューよね。」
友恵「背が伸びちゃってさ。前のはもうツンツルテンだから新しいの買ってもらったんだ。」
美咲「ブルーハワイっぽいね。」
友恵「でしょっ。」
友ちゃんのお母さんがお財布のがま口を開けながら出てきた。
友恵の母親「あんたたち、神社でお参りしてから遊びなよ。ほらみんな手出して。」
友ちゃんのお母さんは「ご縁があるように」と言って5円玉を私たちみんなの手の平の上に乗せてくれた。私はその時もまだぼーっとしていて意味もなく5円玉を見つめた。友ちゃんが腕を回してきて目が覚めたようにハッとなった。
友恵「はい、みんな~、記念撮影だよ~っ。」
24 夏祭り 記念撮影 神社の鳥居でモデルごっこ
友恵の母親「ほら、あんたたち、いい顔して、はい、チーズ。」
友恵実花美咲薫「はい、チーズ」
友恵の母親「じゃ、行ってらっしゃ~い。気を付けるんだよ~。離れちゃダメだよ。みんなで一緒にいるんだよ~。わかった~?」
友ちゃんちの店先で写真を撮ってもらってから夏祭りに出かけた。友ちゃんのお母さんの声がだんだん小さく遠くなっていった。もう辺りが薄暗かった。家や木のシルエットが浮き上がり、神社の鎮守の森の辺りだけがマジックスペルにかかったように赤い光を発していた。あの中にみんなと一緒に入っていくんだと思う心が震えた。遅れをとらないようしっかり付いて行こうと走った。
薫「待って~。」
友恵「薫ちゃん遅い、早く~」
美咲「あの神社の辺り、ボーっと赤くて結界が張ってあるみたい。」
実花「結界?」
美咲「魔法がかかってる特別な空間。悪いものから守られてる場所って言うのかな?」
友恵「お~なんかオカルトっぽくて好き~。じゃ、いざ、結界の中へ~。薫ちゃん迷子にならないでね~。」
美咲ちゃんの浴衣の袖をつかまえた。引っ張られて美咲ちゃんは振り向くと笑って手を差し出した。
美咲「ほら。」
美咲ちゃんの手を取った瞬間、私は結界に入った。
神社の赤い鳥居のところまで差し掛かると、大きなカメラを持った男の人たちが私たちの方を見て指さした。そして近づいてきた。町の広報の人だった。市民だよりに載せたいからと私たちの写真を撮ってもいいかと聞いた。私たちは、特に実花ちゃんは大喜びで「もっちろん。こんなポーズどうですか~。」とノリノリになっていた。広報の人は「4人で並んで~」「君たちは背が高いから後ろで、君たちは前ね~」「この木の下で撮ってみよう」とかなんとか、ああしてこうしてといろいろ注文をつけた。実花ちゃんと友ちゃんは「私たちモデルみた~い」と、とても得意げでものすごく楽しんでいた。広報の人が私たちの写真を撮っている間、ちょっと離れたところで関根さんがじーっと見ていた。それに気が付いていて実花ちゃんと友ちゃんはさらに「ふふん」と鼻高々といい気分になっていた。私も少しいい気になっていたと思う。美咲ちゃんはどう思っていたのだろう。いつもみたいに私たちと一緒にキャッキャしながら言われるままポーズ撮ったり立ち位置変えたりしていたけど。。。
私たちのその夜の写真は夏祭りのポスターとして以後数年使われることとなる。でも、笑っちゃうのが、当然フォーカスは美咲ちゃんになっていて、私たち3人はぼやけていた。
夏休み中飽きることなくいつも一緒にいたけど、夜にみんなと一緒、しかも大人の監視の目から解放されて夜〝 つるむ 〟なんてことはこれまでになかったから、あのお祭りの晩の私たちはこれまでになく盛り上がっていた。浴衣がまとわり付いて暑かったせいもあったし、夏祭りというイベント性というのもあったと思う。そして、あの赤い光を放つ結界に足を踏み入れたせいだったのかもしれない。とにかくあの晩私たちは異常に気が高ぶっていた。慣れない下駄を履いて、鼻緒のところが擦り剝けて痛いのに全く気が付かないほどはしゃいで笑った。足の親指と人差し指の間がヒリヒリすると感じ始めたのはその夜友ちゃんの家で布団に入ってからだった。
25 金魚すくい
赤い提灯。所狭しと並ぶ屋台。醬油の焼ける匂い。みんな思わず目をつぶって深呼吸。
友恵「この匂い、たまらない~。」
実花「あたしぺっこぺこよ。みんな何から行く?」
どこに行っても人の目は美咲ちゃんに向けられていた。本人はそんな視線には慣れているのか、全く気にする様子もなく、私たち他3人と同じようにトウモロコシにかぶりつき、射的に燃え、自分で垂らした水あめを踏んづけて下駄をベタベタにしたりとらしくないドジを踏んでいた。
友恵「金魚すくいしよっ。」
実花「友ちゃん、すっごい上手いんだよね。」
美咲「え~、あたしは・・・薫ちゃんやりなよ。私はパスかな。」
薫「美咲ちゃんやらないの?」
美咲「・・・あたし、こんな小さくて綺麗なの、ちゃんと飼う自信ない。」
実花「大丈夫だよ。友ちゃんちに養子に出せば。私は毎年そうしてるよ。」
友恵「そう、うちの水槽は養子金魚でいっぱい。」
薫「肝っ玉友ちゃん母ちゃんに全部任せとけば『大丈夫・幸せ』だね。私もそうしよっ。」
美咲「そ~お? じゃあたしもやろっかな。」
達人友ちゃんは普通の平凡な金魚だけでなく、三毛の三色金魚、黒い出目金、しっぽがフリフリの金魚と、次から次へとヒョイヒョイすくってコレクションを増やしていった。実花ちゃんは2匹、美咲ちゃんも2匹採った。ドンくさい私はポンをすぐにやぶいてしまった。それでも破けていないところで1匹だけかろうじて採れた。最初は私も私のビニール袋に入れてもらったが、たった一匹で寂しそうだから、美咲ちゃんの袋に一緒に入れてもらった。
薫「あたしの金魚、1人ぽっちで寂しそうだから美咲ちゃんの袋に一緒に入れて。」
美咲「うん、いいよ。」
綿あめの順番を待っている間、私の金魚を美咲ちゃんの袋に入れ替えた。
美咲「もう寂しくないよ。」
薫「よかったね、金魚くん。」
ドーン。花火の大きな音でみんな一斉に空を見上げた。花火は次から次へと空いっぱいに広がり、一瞬で消えた。真っ黒い空に戻ってしまうと寂しい気持ちになるから、黒い空に戻る前に次の花火が上がっていてほしかった。ずっと永遠に見ていたかった。でも、しばらく私たちを魅了した後、空は真っ黒に戻ってしまう。もう次の花火は上がらない。
実花「あーあ、終わっちゃった。」
美咲「綺麗だったね~。」
薫「もっと見てたかった。」
友恵「もうそろそろ帰ろっか。第2弾。お泊り会。」
実花「たこ焼き買って帰って後で食べようっ」
友恵・美咲・薫「賛成~!」
花火は終わってしまったが、私たちの大イベントはまだ続いた。金魚、ヨーヨー、お面、たこ焼き、綿あめ、数多くの戦利品を手に帰途。結界から無事帰還。結界は、美咲ちゃんが言う「悪いものから守られている場所」なのだから何事もなく無事に帰れるのは当然のことのようだが、私は、ある意味、私たちはあの晩あそこで何かと戦っていたような気がして仕方がない。
26 お泊り みんなでお風呂 大人たちの口論
私たちの帰りを暖かく迎える友ちゃんちのお店の光。誇らしげに戦利品を高く掲げる4人の少女戦士?
友恵「ただいま~」
実花美咲薫「お邪魔しま~す。」
友子の母「おかえり~。あ~あ~、またたくさん金魚を連れて帰ってきたもんだ。お風呂に入っちゃいな。シッカロール脱衣所に持っていっておいたよ。そんで2階クーラー入れな。」
狭い脱衣所で4人浴衣を脱ぐ。恥ずかしくてもじもじしたり、前をタオルで隠したり、発育がいい美咲ちゃんを意識したり、でもそんなのはほんの一瞬で吹っ飛んで、すぐに泡合戦。「キャーっ。」そしてみんなタオルを頭にのせて「♫いい湯だな」を大合唱。
友恵「みんなでお風呂なんて6月の移動教室以来。」
実花「あの時美咲ちゃん来なかったんだよね。」
友恵「具合悪かったんだっけ。」
美咲「うん。今日は来れてよかった。」
友恵・実花・薫「うん、よかった。」
お風呂上りに三ツ矢サイダーで乾杯。
4人「かんぱ~い」
実花「あ~クーラー気持ちいい。」
私たちが採ってきた金魚たちは友ちゃんちの水槽で前からいた金魚たちと特に問題もなくヒラヒラしていた。ここには関根さんのような金魚はいないようだ。よかった。
友恵「この金魚、美咲ちゃんっぽくない?」
美咲「そう?私は実花ちゃんっぽいと思うけど。」
実花「え~どれどれ。う~ん。やっぱそれは美咲ちゃんかな。あたしはこの子かな。」
薫「あたしはどれ?」
突然、友ちゃんのお父さんのものすごい怒鳴り声が外の下の方からして、私たちは体が凍結した。
友恵の父親「出てけ~。子供には何の罪もねーんだ。」
私たちは顔を見合せ、窓にダッシュした。窓を開けて下を見ると、またあの関根さんのおばさん版たちで、二人はヒソヒソを何か耳打ちしながら友ちゃんのお店から離れていくところだった。
友恵の母親「そうだよ、奥さん。大きなお世話ってもんだよ。」
関根さんのおばさん版客A「お客に向かってなんて口。」
関根さんのおばさん版客B「ほんとにま~。人が心配して言ってあげてるのに。」
友恵の父親「さっさと帰れ~っ。」
いつも明るい友ちゃんのお母さんの声に憤りが聞こえる。また友ちゃんのお父さんが声を張り上げ私たちは再度ビクつき顔を見合わせた。
実花「何?」
友恵「うわ~っ、お父さんかなり頭に血が上ってるよ、あれ。」
友ちゃんのお母さんが上の私たちに気が付いた。
友恵の母「あんたたち布団敷いたの~。」
友恵「やばっ、今敷くとこ~。」と言い終わらないうちに友ちゃんは窓を閉めた。
あんなに怒っている友ちゃんのお母さんとお父さんを見て私たちはなんとなくしんみりしていたがテレビの「戦車が怖くて赤いきつねが食えるか~」のコマーシャルでまだスイッチが入り、線香花火をすることにした。
薫「大丈夫、ここでやって~。これ木だよ。」トントンとドアをノックするように床を叩いた。
実花「バケツの水も用意したし大丈夫よ。」
美咲「あたし、線香花火って好き。なんとなく悲しいんだけど、好き。」
友恵「派手さは無いんだけど、他の花火と違って、線香花火の火っていいんだよね。それに、こういう場所でもコッソリできるしさ。」
そう言って友ちゃんは物干し台にテキパキ支度してくれた。バケツの水、ろうそく、マッチ、蚊取り線香、そしてパピコ。外は蒸し暑かった。遠くに赤く光る鎮守の森の結界が見えた。結界の中より、ここの方がずっと安全に感じた。膨らみかけた月と無数の星が守ってくれる。3人の戦友とパピコも。
友恵「お母さんたちが『ウイークエンダー』見てる間はセーフ。今のうちやろっ」
誰が一番最後まで線香花火の玉を落とさないでいられるか競い合った。小さい時、生きているかのように微妙に動くオレンジ色の玉が宝物のようで思わずつまんで指に火傷をしたことがあると話したら、みんなも同じようなことをしていた。 実花ちゃんは落ちた瞬間掌で受け止めようとして火傷した。友ちゃんは落ちたのを拾ってまたくっつけようとして火傷した。美咲ちゃんだけはそんなおバカな火傷経験は無く、鮮やかなオレンジ色の光が鈍くなり小さくなり地面に落ちても黒く消えるまでずーっと見続けるのが好きだと言っていた。誰が宝物を落とさないでいられるかの競争は美咲ちゃんの独り勝ちだった。
27 夏休み最後の日 海水浴計画
夏祭りの夜が終わってしまうと、なんとなく気が抜けた。2度目の宿題見せっこ会でもなんかみんな気分が乗らず早々と解散した。
実花「最後にパーッと盛り上がろ~っ。」
ようやく読書感想文を書き終えた実花ちゃんはものすごく張り切って夏休み最後の日に海水浴を計画した。しかし、その当日はいつもより早く来た台風のせいで中止となった。電話での実花ちゃんの声はドヨーンと暗く、実花ちゃんらしくなかったが、私もがっかりした。
薫「もしもし、うん、わかった。残念だけど。この雨と風じゃ無理だよね。私、たどり着けないよ。」
実花「せっかくがんばって感想文書き上げたのに、も~。」
薫「やっぱり、あの矢沢永吉の『成り上がり』で感想文書いたの?」
実花「そ~よ。本当にいいアイデアありがとね、薫ちゃん。薫ちゃんのおかげよ。」
実花ちゃんは本当に矢沢永吉の本を読んだようだった。電話で延々と本から実花ちゃんの頭に入って実花ちゃんになった矢沢永吉の言葉を語ってくれた。アイドル一辺倒だった実花ちゃんが15パーセントくらい矢沢になっていたと思う。『自分で飯を食う。』とか『誇りを持つ。』だとか、私は実花ちゃんのその熱い語りを受話器越しに台風をバックグラウンドに聞いた。
28 2学期開始 運動会の練習 読書感想文の後日談
2学期初日。快晴。台風が通り去って雲一つない青い空。でも、そんな天気とは裏腹に私たちの気分は何かパッとしないまま新学期が始まった。涼しい秋は遥か遠く、9月はまだまだ蒸し暑くて私たちはダレていた。
実花「あたし、不完全燃焼~。」
友恵「まぁまぁそう気を落とさないで、次は運動会があるさ。」
実花「あたしが走るの嫌いなの知ってるでしょ~。運動会、嫌~。」
薫「友ちゃんは走るの得意だもんね。」
美咲「リレーの選手。運動会の主役だね。」
薫「実花ちゃんだって放送委員で輝けるんじゃないの?」
実花「6年がいいとこ全部持って行くのよ。ふんっ。」
5年生女子が出場する種目は4つ。組体操、騎馬戦、徒競走100メートル走、全校生参加の大玉送り。これに加えて友ちゃんはリレーがあった。体育の時間は毎回運動会の練習に費やされた。学年全体の練習も何度と繰り返された。熱血上条先生は更に燃えていた。相変わらず手話も使いながら朝礼台の上から熱く指揮をとっていた。ベテランおばあちゃん先生はすっかり若手の丸山先生と上条先生に任せて、一人木陰で部外者のようにのんびりくつろいでいた。私も一緒に涼んでいたかった。
夏休みが終わって間もなく、友ちゃんは担任のおばあちゃん先生に職員室に呼ばれた。
友恵「でも先生写真集はダメって言いいませんでしたよ~」
友恵の担任「それは確かにそうだけど、でも沢口さん、読書感想文だから読書が目的なのよ。」
友恵「読みました~。作文には書かなかったけど、もう一つ心超怖いエピソード付き心霊写真があったんなんだから。先生聞きたい?あのね。。。」
友恵の担任「結構です。30年間小学校で教えているけれど、心霊写真集の読書感想文書いてきた生徒なんてあなたが初めてよ。島田さんの矢沢永吉といい、あなたといい。ビックリしちゃうわ~。」
友恵「新人類なんです。」
友恵の担任「。。。別の本を読んで書き直してきなさいと言おうと思ったけど、今回はもういいわ。本当に長生きしてみるものね。新人類にも会えるし。」
友恵「先生、明日この本持ってくるね。貸してあげる。」
友恵の担任「はいはい。ありがと。」
友恵「もういい、先生?」
友恵の担任「もういいわよ。」
友恵「じゃ、失礼しました~。」ペコリ
職員室を出ようとした友ちゃんの耳に「林」という名前が聞こえた。途端ダンボになって止まった。そして持っていた読書感想文を床に落とした。わざと。もちろん。
丸山先生「そうなの、本当らしいわ。」
上条先生「林は母親が何をしているかわかってるんでしょうかね。」
丸山先生「わかっているでしょう。」
上条先生「こんな多感な年ごろに。。。僕たち教師に何ができるんでしょうか。こういう場合。」
丸山先生「私、お母さんに会いに行ってこようかと思っているんです。」
上条先生「自宅に行っちゃいますか~。」
丸山先生「私が口を挟むことではないとは思うのですが、このまま何もしないっていうのは私できないくて。出しゃばりすぎでしょうか。」
上条先生「う~ん。気持ちわかりますけど、難しいですね~。」
友ちゃんはしゃがんで床に落ちて広がった原稿用紙をゆっくりと集めながら先生たちの会話を聞いていた。
29 運動会当日
西城秀樹のヤングマン(YMCA)の替え歌に続き、「赤組~。ファイト~一発~。」と赤組応援団が音頭を取っていた。
放送委員「次は6年男子棒倒しです。みなさん元気よく応援してあげてください。」
薫「実花ちゃん気合入ってるね~。声が生き生き。」
美咲「6年がこれやってる間、〝一任〟されることになったんだって。」
クラスも運動会の組も違うということもあり、この日私と美咲ちゃんは友ちゃんと実花ちゃんの姿をほとんど見ていなかった。お弁当の時間になって私と美咲ちゃんは二人の様子を見に行ってみた。
薫「実花ちゃん、アナウンサー上手だよ~。」
美咲「うん、明るい声に励まされる。」
実花「ありがとよ~、二人とも。でもあたし、今日は柄にもなくかなり緊張してるの。」
薫「大丈夫、幸せ」
実花・美咲「だねっ」私たち3人は顔を見合わせて「大丈夫・幸せ」の手話をした。
美咲「友ちゃんは?」
実花「さっきここに顔出して、これからリレーの練習に行ってくるって言ってた。低学年にバトンタッチの最終仕込みだって。」
薫「わ~すごっ。」
実花「友ちゃんも今日は柄にもなくちょっと緊張してるみたい。」
美咲「あたし、友ちゃんは白組で敵だけど、友ちゃんに勝ってほしい。」
薫「あたしも。」
実花「大丈夫、友ちゃんは勝つよ。速いもん。」
友ちゃんの足は事実速かった。伝説となる素質があった。
30 紅白リレー
校舎の屋上で係りの生徒たちが得点板の数字をまた変えていた。白351。赤369。接戦。最後の紅白リレーで白の逆転勝ちは十分ありえた。でも私ははっきり言って勝ち負けなんかどうでもよかった。暑くも寒くもなく、トンボが呑気に飛んでいて、隣には美咲ちゃんがいて、実花ちゃん声がスピーカーから聞こえていて、遠くに友ちゃんが校庭の端っこで小さい子にバトンタッチの指導をしているのが見えて、私の世界は平和そのものだった。
放送委員「次は最終種目、紅白リレーです。」
美咲「いよいよだね。」
薫「うん。私がお腹痛くなってきたよ~。」
バーン
4人の1年生が真剣な顔をして走っている。歯を噛みしめて、腕を思いっきり振って。お決まりのあの音楽が鳴っている。オッフェンバックの天国と地獄。
薫「えっ、これって実花ちゃん?」
美咲「リレーの中継にいきなり抜擢?」
そんなことは一言も言っていなかったのに、リレーの中継をしているのは確かに実花ちゃんの声だった。
実花「あ~っ、3年生白組バトンを落としてしまいました。態勢立て直し次の走者目指して走ります~お~次は4年生渡瀬クン、ということはまだまだわかりませんね~。4年生渡瀬勉くんはあの伝説の卒業生渡瀬隆の弟。必ずやこの差を縮めて追いついてくれることでしょう。お~、赤組青鉢巻きスムーズなバトンタッチです。このまま1位の座をキープできるでしょうか。」
美咲「のってるね~実花ちゃん。」
薫「徳光さんにも久米宏にも勝ってるよ。実花ちゃんすご~い。」
美咲「いつかは本当にベストテンの司会かもね~。夢かなえちゃうんだろうな。」
薫「実花ちゃ~ん、ここからじゃ見えないけど輝いてる~。今の君はキラキラに光って~。♪」
薫「あ~、もうすぐ友ちゃんの番~。私お腹が痛い~。」
美咲「友ちゃんなら大丈夫。」
実花「渡瀬くん5年生沢口さんに綺麗なバトンタッチーっ。渡瀬クンのおかげで白組黄色鉢巻きと赤組青鉢巻き宮崎さんとの差はかなり縮まっています。2メートルほどでしょうか。さ~このまま赤組青鉢巻き逃げ切れるか~。」
私も美咲ちゃんも居てもたってもいられず椅子に立って叫んだ。
薫「友ちゃ~ん。」
美咲「抜ける~」
薫「美咲ちゃん、差が縮まってるよね。あたしの目じゃないよね。」
美咲「絶対、縮まってるよ。うん。」
薫「行け~友ちゃん。」
美咲「行け~あとちょっと~っ」
バカ山下「お前ら、赤組が白組応援してどうすんだよっ。バカ野郎っ。」
周りの赤組からヒンシュクを買ってたけど美咲ちゃんは冷たくチラッと見ただけで黙殺。美咲ちゃんがそうしてるから私も。友ちゃんの応援に更に熱が入った。
美咲「行け~友ちゃ~ん。」
友ちゃんは、次の走者5年男子にバトンタッチする瞬間には1位に追いついていた。
美咲「やった~友ちゃん。」
薫「すっご~い、友ちゃん。」
実花「うお~っ、やった~友ちゃん、いえっ、沢口、宮崎に追いついた、両者見事なバトンタッチです~。さ~どうなるか~。うお~、沢口に続く5年三浦白組黄色鉢巻き先頭に立ちました~。逆転です~。」
その後ものすごい接戦が続き観衆を沸かせたのだか、結局、アンカーの6年男子でまた赤組が白組を抜き、最終的にその年の運動会は赤組の勝ちに終わった。
友恵「あ~あ、あたしががんばってあげたのにさ~、また抜かれちゃうんだからな~。」
帰り道、友ちゃんと実花ちゃんの二人はものすごくいい顔して笑っていた。二人のおかげで私もすっきりとしたいい気分だった。美咲ちゃんの表情も晴れ晴れしていた。私たちはみんなでパピコで乾杯した。
31 口裂け女 再び
教室の片隅にたむろする男子。バカ山下と手下がまたバカな話をしていると思ってい無視していたが、あまりの声の大きさに聞きたくなくても聞こえてきて来た。
バカ山下「ばっかじゃね~の~。」
山下子分A「ほんとにいたんだってよ。」
山下子分B「白い服着て立ってんだと~。」
バカ山下「『私きれ~』がか~?」マスクをとる振り。
山下子分A「ほんとだってば」
実花「何あれ、まだやってんの?」
美咲「もうあの話はすっかり冷えたと思ったのに。」
友恵「白い服着た女が出たんだって。」
美咲「どこに。」
友恵「三角山のふもと。」
実花「出たっ、三角山。」
薫「誰か見たの?」
友恵「誰だか知らないけど、誰かが見たんだって。卓也がどっかで聞いてきて、耕平と二人昨日の夜ビビってたよ。」
美咲「ふ~ん」
友ちゃんの顔がいたずらな表情になり、変なことを言い出した。
友恵「ね、今日みんなで見に行ってみよっか。」
実花「見に行くって、口裂け女?」
友恵「そう、口裂け女。」
実花美咲薫「・・・・」
友恵「え~、もしかして怖いの~?」
実花「いや、そうじゃないけど。」
友恵「もしかして信じてる?」
美咲「信じてるわけじゃないけど。」
実花「行く~?」
友恵美咲「行こうっ!」
私はあまり乗り気じゃなかったんだけど、行くことになってしまった。
放課後いつものように友ちゃんちに集合。二人乗りして自転車2台で行くことに決定。もし追いかけられたとしても自転車なら逃げ切れるということで。
夏休みの頃とは違い、日が短くなってきていた。
薫「なんか、あたしちょっと怖くなってきた~。」
美咲「大丈夫だよ、薫ちゃん。みんな一緒だから」
薫「うん。」
実花「ちょろっと見に行くだけだから暗くなる前に帰れるよ。」
友恵「この時間に行くのが大切なんだよ。夕暮れ時に出るんだって。」
実花「友ちゃんなのそれ、カメラ持って行くの?」
友恵「うん。心霊写真撮れるかと思って。」
美咲「口裂け女は心霊現象とは違うんじゃないの?」
友恵「ま、いーからいーから。一石二鳥ってやつよ」
薫「でも、もし本当に白い服の人がいたらどうするの?」
友恵「こっちから『私キレイ』って言ったら何て言うかな~」
くだらないことをしゃべってるうちに三角山の坂下に近づいてきた。
「えっ?!」
「うそっ。」
本当にいた。白いワンピースの女の人。足がふらついて、道路標識の棒に細い腕を絡めた。
薫「やだ~っ、行こっ」
友恵「大丈夫だよ。ちょっと見ていこう」
美咲「行こうっ。お願い。」
友恵「もう美咲ちゃんまで~。怖くなった?」
その時、黒い車が私たちの横を通り過ぎて坂の下でスピードを落とし白い服の女のところで停車した。ドライバーが身を乗り出して話しかけてる。
友恵「あの車の人も口裂け女見に来たのかな。」
実花「車止めて話しかけるってどういうこと?」
友恵「勇気ある行動と言いたいけど、車ってのはズルいね。」
美咲「お願い、みんな、行こうっ。」
美咲ちゃんの声が叫びに近く、あまりに切実なんで私たち3人は何事かと美咲ちゃんを見た。
白いワンピースの女「あら~美咲。あれ私の娘。」
白いワンピースの女がこっちを向いて、よろめく体制をまた道路標識の棒に手を伸ばして直した。
車の男「可愛い顔してんじゃん。」
白いワンピースの女「私に似たのよ~。じゃ~ね~美咲~。」
えっ?一瞬理解できなかった。「あれ、私の娘」って?! あの人は美咲ちゃんのお母さんってこと?! 白いワンピースの女は決して誠実な人とは言えなさそうな男が運転する黒い車の助手席に乗り込んで一緒に行ってしまった。突き出した手をヒラヒラさせて。爪が赤い蝶のようだった。
美咲ちゃんは何も言わず走っていった。自転車が倒れた。私はそれを起こして美咲ちゃんを追った。友ちゃんと実花ちゃんも。
美咲「ごめん。でもほっといて。お願い。今はダメ。ほっといて。ごめん。」
友ちゃんと実花ちゃんと私は無言で自転車を押して歩いた。いろんなことが頭の中を巡った。
32 歌
次の日、美咲ちゃんは学校に来なかった。その次の日も、その次の日も。電話しても出なかった。
私たちは美咲ちゃんのアパートに行ってみた。1階だとは知っていたが、何号室か知らなかったからノックできなかった。しばらく待ってみることにした。3人で壁に寄りかかって待った。壁は冷たく硬かった。
友恵「どうしようか。」
実花「かたっぱしからノックしてみる?」
友恵「う~ん」
薫「歌、うたおう」
実花「そうだ。歌おう。」
友恵「うん」
♪ 君の瞳は一万ボルト 地上に降りた最後の天使
♫ 燃えろいい女 燃えろ夏子 眩しすぎるお前との出会い~
♬ 笑ってもっとベイビー 無邪気に オンマイマイン ・・・エリー マイ ラブ ソースウィー
後で実花ちゃんが「美咲ちゃんに捧げるメドレー」と名付けた。
実花「絶対聞こえてるよね。」
友恵「私たちが来たことわかってるよね。」
薫「美咲ちゃ~ん、友ちゃんちにいるからね。おいで~」
実花「待ってるよ~。」
友恵「うちにいるからね。来るんだよ~。」
薫「来てね~。待ってるから~。」
美咲ちゃ~ん。絶対に聞こえてる。絶対に来たがってる。涙がこぼれた。
33 別れ
バカ山下「口裂け女が来てるぞ~」
みんなで三角山に行った日から10日くらい経っていた。給食を食べていたらバカ山下が駆け込んできて、私は思わず立ち上がった。
友恵「薫ちゃん、行くよ」
次の瞬間に友ちゃんと実花ちゃんが来て、私はどこに行くのかわからなかったが言われるまま二人の後を追った。上履きのまま校庭に出て走った。誰かがタクシーに乗り込むところだった。
友恵「待って~、美咲ちゃん。」
美咲ちゃんが奥に見えた。
薫実花友恵「美咲ちゃ~ん」
美咲ちゃんはタクシーから出ようとしたが、その女の人が美咲ちゃんの体を押しとどめた。美咲ちゃんは泣きながら思いっきり笑おうとしていた。『大丈夫。幸せ。』と美咲ちゃんの手が動くのが見えた。タクシーは私たちが追いつくのを待ってはくれず、発車した。
薫実花友恵「美咲ちゃ~ん」
必死に走ってタクシーを追いかけた。どうして止まってくれないのか理解できなかった。怒りのような感情がこみ上げてきた。
薫「美咲ちゃ~ん」『大丈夫。幸せ。』
私たち3人は残され、しゃがみこんで泣いた。涙が止まらなかった。
34 美咲ちゃんの手紙
その日、家に帰ると一通の手紙がテーブルの上にあった。
薫の母「タクシーがうちの前に止まって、誰かと思ったら美咲ちゃんが出てきたのが見えたの。だから急いで玄関に置いてたあなたたちの人形をつかんで表に出たら美咲ちゃんが郵便受けに何か入れたところだったの。そして「薫ちゃんのおばさん、いろいろありがとう」って言ってすぐにタクシーに乗り込んで行っちゃった。あっという間に。でも、人形渡せてよかった。」
薫ちゃんへ
薫ちゃんの家に届けることにしました。友ちゃんにも、実花ちゃんにもそれぞれに一通ずつ書きたかったけど、お店まで持って行く勇気ないから。
3人で一緒に読んでください。
薫ちゃん、友ちゃん、実花ちゃんへ
みんなに会えて本当に良かった。毎日がこんなに楽しかったこと今までになかったです。みんなとのこの半年は私の宝物。
うちのアパートまで来てくれてありがと。歌、ちゃんと聞こえてたよ。一緒に歌ってたよ。友ちゃんちに行きたかった。本当に行きたかった。でももうみんなに会えないと思った。
お姉ちゃんみたいな友ちゃん。いつも元気で可愛い実花ちゃん。ちょっと私みたいに転校にうんざりしてる薫ちゃん。私たち、友ちゃんと実花ちゃんに拾ってもらえてラッキーだったね。薫ちゃんはまた転校するかもしれないけど、それまで私の分も二人と一緒にいてね。たくさんたくさん私の分もみんなでいい思い出作ってね。
いつか、また会えるかな。勇気が湧いたら会いに帰ってくるから。友ちゃんと実花ちゃんのお店は灯台みたいだよ。いつも電気付けて待っててくれるでしょ。帰るところはここだよって。元気でねみんな。本当にありがとう。
美咲より
「美咲ちゃ~ん」
何度も何度も読み返えした。タクシーの中の必死に笑おうとしながら『大丈夫。幸せ。』と手を動かす美咲ちゃんの姿がいつまでも消えなかった。3人であんなに泣いた後に、どうしてまた今こんなに涙が出るのが不思議だった。涙って枯れることがないのだろうかと思った。
35 今
あれから37年が過ぎた。美咲ちゃんが手紙で書いていたように、私はあれからも何度も転校した。転校した先々でそれなりに居場所を見つけて生きてはいたが、どこに行ってもあんなに楽しい毎日はあれ以来なかった。でも、美咲ちゃんの言葉通り、友ちゃんと実花ちゃんのお店は灯台で、私がどこに引っ越して行ってもいつも同じ場所で待っていてくれた。母は毎年夏祭りにあの海辺の街に連れて行ってくれた。高校生になると、私は電車に乗って一人で帰って行った。浴衣を着て。友ちゃんと実花ちゃんはいつも笑顔で両腕を大きく開いて迎えてくれた。そうして3人で結界に入り、友ちゃんちの金魚の養子を増やし、物干し台で線香花火をした。
友ちゃんは地元の短大を出た後、町の市役所に就職した。そしてお店で修行していた板前さんと結婚して今ではお店を継いでいる。あの頃の友ちゃんのお母さんそっくりになっている。
実花ちゃんは自分の夢を叶えて今では東京のラジオ局でアナウンサーをしている。あの持ち前の明るい声で新曲を紹介し、視聴者からのハガキを読み、おかしなことを言って緊張しているゲストさんをリラックスさせている。私にとってもラジオから流れる実花ちゃんの声は精神安定剤となっている。最近では、毎日のように私と友ちゃんにLINEで連絡をくれる。
私は東京の大学を出て普通にOLになって普通に恋をして普通に結婚した。平凡だけどとても幸せだ。もう引っ越しを繰り返すこともない。居場所を探すこともない。
今では私たち3人にはそれぞれあの頃の私たちのような娘がいて、毎年娘たちにも浴衣を着せて花火を見に行く。娘たちも一緒のお泊り会。
美咲ちゃんにも娘がいたんだ。
美咲ちゃん。灯台の明かり、付けてくれてるよ。私たちが迷わないように。いつでも帰れるようにって。私たち、待ってるから。
「back then, 昔、あの頃」 終




