三学期初日。
ぼやける視界を力一杯目をこすって晴らすと、そこには一面白銀の大地が広がっていた。
不思議と寒さは感じないが、体は動かない。
突然の金切り声に僕、佐藤海斗はハッと目を覚ました。
またこの夢だ。
重くのしかかる冬のかけ布団を押しのけふらふらと階段を降りる。
「海斗遅いよ!新学期早々遅刻なんてしたら先生に会わせる顔がないわ!」
たいして顔を合わせるわけでもないんだからいいじゃないか、と口を滑らせそうになったのを咳払いでごまかす。そんなことを言っていたら、新学期早々雷に打たれて病院送りになってもおかしくはない。
「悪かったよ」
一言でいいのだ。実際悪いのは僕なのだから。というか無駄に言葉を続ければ、どこで癇癪玉を踏むか分かったものではない。テーブルに置いてあった一口サイズのあんドーナツを一個口に放り込む。
「またうがいもせずに、風邪ひいても知らないからね!」
キンキンと高い声は朝の耳に良くない、いい加減鼓膜か何かに異常が出る頃ではないかなんてくだらないことを考えながらまた一言「悪かったよ」といって洗面台に向かう。
今年の最低気温を更新した最悪の寒空の下で、通学中僕はずっと夢のことについて考えていた。
関東から出たことがない僕は白銀の世界など見たことがあるはずがないのだ。
誰か運命の人か何かの記憶が流れ込んできたんではないかとか幸せな妄想を膨らませていたのだが遅刻指導担当の森川の怒号でそんな妄想は儚く消えてしまった。
「よー!新学期早々遅刻なんていい身分だなっ」
いつものニヤニヤ顔で長谷川幸人が肩をポンと叩いてきた。
「いい身分なもんか、朝から母さんとモリゾーのせいで耳鼻科通いにさせられかけたよ」
「そいつはごくろーさん。しっかし先生遅えよな、もうとっくにホームルーム始まってる時間だぜ?」
確かにそうだ、ホームルーム開始のチャイムからもう5分はとっくに過ぎている。けど、新学期は会議だのなんだのが色々ありそうなものだし、特に気にしてはいなかった。
「先生課題がおわんなくて徹夜でもしてて寝坊してんじゃね?」
いつのまにか登校してきていた村上直哉が話に入ってきた。「そりゃお前のことだろ」と一応ツッコミを入れておくと直哉は「バレたか」と嬉しそうに笑っていた。
「てかお前は終わってんのかよ」
幸人に痛いところを突かれる。
「もちろん一問もやってない」
正直に答えると、話に参加してなかった奴らもみんなゲラゲラ笑ってくれたからまあ良しとしよう。
「おーい、みんな席についてー」
朝には聞き慣れない綺麗でどこか可愛らしい声とともに入ってきたのは副担任で学校のアイドルの辺見莉奈先生だった。
「あれ、りっちゃん、秋山先生は?」
「秋山先生は冬休み中に入院されておやすみ。ていうか長谷川くんりっちゃんて呼ばないでって何回言ったらわかるの、辺見先生って呼びなさい辺見先生って」
「えー、だってアイドルを苗字で呼ぶ奴なんてあんまいないじゃないすかーそういうことっすよ」
幸人の言うことにも一理あるとか一瞬思ったが、りっちゃんの本職は先生なのだ、というか本職も何もアイドル係とかそんなのをやってるわけではなく生徒が勝手にアイドルにしてるだけなのだから幸人の言ってることはおかしいという結論で僕の脳内会議は締めくくられた。
「馬鹿なこと言ってないですぐ体育館に行く準備して!もう時間ないんだから」
「えー、遅れたの先生じゃん」
「村上くんも早く準備して、先生は君と違って寝坊したわけじゃないんだから、まったく」
でくの坊と言われても文句は言えない長いだけの校長の話を夢うつつで聞き流し、教室に戻ってくるとすぐ、修学旅行の話し合いが始まった。
うちの学校は二年の冬に修学旅行に行く珍しい学校なのである。北海道新幹線が開通してから、二年の冬に北海道に行くのが伝統になったらしい。
修学旅行の大まかな内容はこうだ。まず初日は北海道に到着後、昼食をとってすぐにホテルに移動。その後、ホテルに隣接されたスケートリンクでスケートをし、広場で雪遊び。二日目は学年全体でスキー。三日目は班行動。四日目は午前中クラス行動をし、午後に帰宅という流れだ。
まずクラス行動のコース決めが行われ、その結果僕たちのクラスは大通り公園とテレビ塔という一番オーソドックスなコースに決定した。
「じゃあ次は班決めと班行動の行き先決めね、立ち歩いていいから男女三人ずつ六人一組の班になって決まったら固まって座ってね」
りっちゃんの声を合図にみんながわらわらと動き出した。
「海斗、組もうぜ!あと直哉も!」
「おっけー」
「もち、俺もおっけー」
案の定この3人で組むことになったのだがやはり話に一番の問題、修学旅行の良し悪しを最も左右する女子3人の枠を誰で埋めるかという話題が挙がった。
「まあ幸人いるから夏美は決まりでしょ」
「お、気がきくなっ!」
まず一枠目は幸人の彼女である江藤夏美で決まりそうだ。
「あとはーやっぱ千佳は外せなくね?」
「ああ、それはある」
これは僕も同意だクラス一の美少女、足立千佳を逃す手はない。ということで二枠目も決定した。
ここまでは二人の承諾もすぐに貰えてスピーディだったのだが、残す一枠がなかなか決まらなかった。
するとほかの班がどんどん決まっていき、結局最後の一枠は、美人だがどこか人を寄せ付けない印象のせいで、クラスで孤立気味な斎藤瑞稀に決定した。
「よろしく」
僕が声をかけると瑞稀は「ん。」と一言どころか一文字だけ返してきた。
「俺あいつ苦手なんだけど、どうにかなんねーかな」
「お前はどうせ夏美とイチャイチャしてんだから関係ねーよ」
僕はどこかミステリアスな彼女が少し気になっていたから、彼女を班にいれる方針でひそひそ声で文句を言ってきた幸人に返答をすると幸人も「それもそうだな!」と少し嬉しそうに彼女の加入を容認してくれた。
そして僕らが席につくとすぐに班の行き先決めに話が移った。
「夏美どこ行きたい?」
「んー私は小樽がいいかな静かでロマンチック、みたいなイメージあるし」
デートの行き先決めなら他所でやってくれと言おうかとも思ったが人の幸せに水を差すようで悪いとも思ったのでやめた。
「私も小樽がいい!瑞稀ちゃんは?」
「どこでも構わない。」
「直哉君は?」
「俺も千佳の行きたいとこで構わないよ」
直哉めカッコつけやがって、これはもう小樽で決まりだなと思った僕は、そんなしみったれたところに行きたくないという気持ちを押し留めて「俺も小樽でおっけー」と言っておいた。
比較的早く行く場所が決まった僕らは、行き先と大まかな予定を書いた用紙を提出してから、雑談をして時間を潰していた。自分たちのことを話したくてしょうがないのだろう、幸人と夏美が「皆好きな人とかいないの?」と好きな人の話題を出してきた。
「俺はいるよ、修学旅行で告ろうと思ってんだ」
「へえー、頑張れよ直哉!海斗はいねえのかよ」
こういう話題はめんどくさいから存在感を消していたが六人しかいない班で逃れられるはずもない。
「今はいないかな、気になるってぐらいのひとならいるけど」
無難な回答をしたつもりだったが「気になる人って誰?」と四人から総攻撃を受けた。必死に耐えているとほかの班の話し合いが終わったようでりっちゃんが「はい話し合い終わりー静かにー」と終戦の狼煙を上げた。
「もう修学旅行も一ヶ月ないとこまで迫ってるんだからそろそろ用意も始めてねー」
「それはちょっと気が早すぎるんじゃない?」
「長谷川君いい加減怒るよ?」
見慣れた漫才を眺めながら僕は次に待っているであろう課題回収のための言い訳を締め切り前の作家並みに必死で考えていた。
そして僕と、同じく全て未提出だった瑞稀には、課題を終えるまで進路指導室での七時まで放課後居残りの刑が言い渡された。
「じゃーなー、海斗!」
「じゃ、お疲れー」
「お前ら、覚えてろよ」
「いや、俺らなんも悪くねえし!な、直哉!」
「そうそう俺らはなんもしてない。」
まあそれはそうなのだがニヤニヤ顔と挨拶に無性に腹がたつ。今までの統計をとれば二人が課題を期限通りに提出したのなんて両手の指ぐらいのものである。だから今回も二人は提出期限に間に合わないと思って、どこかで安心してやってこなかったのだ。
「今回に限って裏切りやがって」
「裏切ったってなんだよ、俺らはもう大学受験に目覚めたんだよ!」
「そうそう、じゃ、そういうことだから」
そういえば二人は大学受験をするのだった。うちの学校では毎年大学受験をする奴が半分、高卒で働くのが半分といった割合になっている。僕はまだどちらにするか決めかねているが、二人は二年になってすぐ大学受験をすると決めていたのだった。そこまで計算に入れるべきだったか、と後悔しながら重い足を引きずって進路指導室に向かった。
進路指導室に着くと、既に瑞稀がいた。
「お疲れー、マジ最悪だよな居残りとか」
「別に。」
心のどこかで、二人きりになって話してみたら実は意外と話す奴でそこからうふふな展開に、なんてことになるとか期待をしていたのだが、そんな淡い期待は音を立てて崩れ落ちた。
そこからの僕はかなり必死だった。もちろん課題にも必死だったのだが、それ以上に僕は瑞稀が食いつく話題をどうにか見つけられないか、ということに必死だった。
だが好きなスポーツ、食べ物、その他どんな話題にも返ってくる答えは「ん。」「そう。」「別に。」「特に。」の四つぐらいだった。
そんなことをしてるうちにいつのまにか七時になり、僕と瑞稀は学校を出た。
「じゃあ」
「ん。じゃあ。」
校門の前で挨拶を交わして別々の方向に歩き出す。
そこで瑞稀が僕のいったことよりも長い言葉で返答してきたのは初めてだということに気がついた。
僕の中で、今日瑞稀が1番食いついた話題は「帰りの挨拶」に決定しそうだ。




