夏休み四日目
「9歳の彼は、両親を見つけることもできず、施設に戻ったときには、もうあきらめたような目で、施設の人に両親なんかいなくても、幸せになれるよね。といったそうじゃ。」
ぼけじいは、昔話の続きを話している。力の近況を聞いた次の日の朝、ぼけじいの家に行くといつもの3人がぼけじいが来るのを待っていた。
僕が着くかつかないかの内にぼけじいが現れて、
「昨日は、急な用事で伝えられなくて、悪かったね。」
「ぼけじい、おはよう。」3人の子供達があいさつし、
「市長さんが教えてくれたからよかったよ。」
とゆみちゃんが言った。そこで、僕は昨日抱いた疑問について、ぼけじいに聞いた。
「なぜ父が、ぼけじいが用事でいないことを知っていたんですか?」
「わしが出かける時に、たまたま会ってね。少し早く家を出てまだ時間があると言っていたので伝言を頼んだんじゃよ。」
「そうですか・・・。」
伝言を頼めるほど父とぼけじいに信頼関係があるのかと思った。しかし、
「ぼけじい、話の続きお願い。また、男の子は施設の人に怒られたんだよね?」
祐太君が聞き、今に至っている。
「彼が両親を見つけるために一生懸命に計画を建てて、行動したことに関しては、施設の人も理解していたし、両親を見つけられるなら応援したい気持ちもあったが、
その半面で危険なことがあることも理解してるし、実際に両親と会った時に危険な面が前面に出た時に彼が今まで以上に傷つくかもしれないと思うと彼の言ったように、両親がいなくても幸せになれるのかという質問に対して、『そうだね』と答えるしかなかったようじゃ。」
「危険な面って何?」慎二君が聞く、
「そうじゃな、例えば、『会いたくなかった』と言われたり、同居することになっても、暴力を振るわれるようなこともあるかもしれないといったようなことだね。」
昨日の話では、力はそのような目にあったんだなと僕が思っていると、
「お兄ちゃん?」3人が僕を見つめている。
「何?どうかしたの?」僕が聞くと、
「泣きそうだったよ。」祐太君が教えてくれた。
「大丈夫?」ゆみちゃんが心配そうに聞いてくれる。
「大丈夫だよ、ごめんね。」
「続きをいいかな?」ぼけじいが優しく聞く、
「すみません、お願いします。」僕が答える。もしかしたら、ぼけじいは、僕の話からそらそうとしてくれたのかもしれない。
「彼は、10歳になった頃、違う町の少し裕福な家庭に養子に行くことになるまで、二度と両親を探そうとしなかったじゃ。」
「諦めちゃったのかな?」祐太君がいい、
「なんか計画を建ててるうちに、養子が決まっただけかもしれないよ。」慎二君がいい、
「そうだよ、大人になってから探そうと思ったのかも」
ゆみちゃんも諦めていて欲しくないと言わんばかりに言う。
「本当はどうだったのかは、わしにもわからんが、その子は養子に行くまで一度も両親のことをいわなくなり、今まで消極的だった里親との生活を積極的に行くようになったり、一生懸命勉強して、成績もよくなったり、生活態度が良くなったりと、それまでのそのことは別人のようになったそうじゃ。」
「両親のことが吹っ切れて変わろうと思ったんですかね?」僕が聞くが、ぼけじいは難しそうな顔をして、
「両親のことを忘れるために違うことを一生懸命取り組んでいたという風にも見えたが、少なくとも前に進むために何かを一生懸命することは子供でも大人になっても重要なことじゃよ。」
ぼけじいの話は昔から人生経験からくる教訓を織り交ぜた話もあったが、今の話にはここがとはいえないが、何か違和感があった。
「もう、だいぶ暑い時間になってきたから、今日はみんなが今頑張っていることを教えてもらって今日は終わりにしようかな。」
ボケじいにしては珍しい終わり方だなと思っていると、
「じゃあ、年長の海君から行くかな」ボケじいがいい、
「僕は~、受験勉強ですかね」
本当はそこまで頑張っているものはないが、年長者として何もないとは言えないし、僕の答えによってみんなが「何もない」となるとボケじいが聞いた意味がなくなるので高3の学生が言うであろうことを言っておいた。
「高校生になると大変じゃからな」とボケじいが言う。しかし、社交辞令的な返答であることに気付いているのか、
「他にも楽しいことがきっとあるから、今しかできないことを夏休み探してみるのもいいかもしれんぞ。じゃあ、ゆみちゃんはどうかな?」
「え~と、ピアノの発表会があるからピアノの練習かな。」
「そうかい、いつなんだい?」ボケじいが聞き、
「9月の最初の土曜日だよ。ボケじいも聞きに来てね。」
「そうじゃな、行けたらぜひ聞きに行こう。祐太君はどうじゃね?」
「僕は、野球かな。まだ試合とか出たことないけど、みんな上級生の中で僕にもチャンスはあるかなと思ってるんだよね。」
「そうかい、スポーツは頑張れば結果が出るのが速い子もいればそうじゃない子もいるが、努力を続けなければ結果は出ないからね。どんなに苦しくても努力を続けるんだよ。慎二君はどうかな?」ボケじいが聞くと慎二君は
「僕は何もないかな。ゆみちゃんや祐太みたいに何かやってるわけでもないし、お兄ちゃんみたいに勉強をする気にはならないし、僕は何にもないよ。」と言って下を向いた。
「慎二君、今頑張っていることをわしは聞いたけど、それは、誰かに褒められるためにすることや将来的に役に立つからやることではなく、今一番楽しいことは何かということなんじゃよ。海君やゆみちゃん、祐太君の様にこれを頑張っているといえることは素晴らしいことじゃと思うが、だからと言って、慎二君の様に何もないと思えることも悪いことでじゃないよ。」
「なんで、僕には何もないってことだよ。それだけでみんなより遅れてるんじゃないの?」
ボケじいは優しく笑って、
「自分のためにやりたいことを見つけるのに遅いなんてことはないんだよ。海君は、今年の冬には大学受験が迫っているから勉強するし、ゆみちゃんのピアノも祐太君の野球もいろんな理由でやってみたいと思うことに2人が偶然出会えただけで、もしかしたら、慎二君の立場が海君だったかもしれないし、ゆみちゃんや祐太君かもしれない。今はたまたま慎二君だっただけじゃよ。
それに、「何もない」という答えは、違う言い方をすれば「これから見つける」ということじゃとわしは思うし、適当にうそをつくこともできたのに慎二君は正直に言ったのだから、慎二君も他のみんなと同様に素晴らしいことじゃよ。ダメなのは何もないことに気付かず、何にも頑張ろうとしないことじゃからね。」
ボケじいがいい、慎二君が「うん」とうなづいて、ぼけじいが再度聞く。
「慎二君の今一番楽しいことは何かな?」
慎二君は満面の笑みで、
「ゆみちゃんや祐太と遊ぶこと。」と答えた。
「それでいいんじゃよ。頑張れるのはそのことが好きだからだと思うし、楽しいことから夢や目標は見つかるものなのだから、ゆっくり見つければいいんじゃよ、海君もゆみちゃんも祐太君もな。」
僕が、「はい」、三人が「うん」と言ったところで、ボケじいは今日一番優しい笑顔で、
「じゃあ、今日はここまでにしようか。続きはまた明日じゃな。気をつけて帰るんじゃよ。」
と言って手を振った。3人が「バイバイ」と言いながら手を振って帰って行った。
僕もボケじいに挨拶して図書館に向かった。