夏休み二日目
朝起きて、誰もいないはずのリビングに入ると父が椅子に座り新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。母もいるのかと周りを見ても姿はない。
「お母さんならまだ寝てるぞ」新聞越しに父の声が聞こえ、びっくりした。
「そう」とだけ答えたが、なぜ僕が入って来たのがわかったのか、母を探したことがわかったのか一切わからなかった。
「図書館で勉強しているらしいな」
「別にいいだろう」
「図書館に行かなくても勉強はできるだろう」
「図書館の方が資料が多いから家よりいいと思うけど。」
そう言ってリビングを出ようとした時
「海、父さんに聞きたいことはないか」
振り向くとさっきまで新聞越しに話していたのに新聞をたたみ、まっすぐに僕を見ていた。
「別に・・・なにもないよ」と言ってリビングを出た。
後ろで父が小さく「そうか」と言った気がした。
今日の父は何かおかしいと思いながらボケじいの家に向かった
ボケじいの家の前にはすでに3人の子供がボケじいが来るのを待っていた。
「おはよう」と言って子供達に近づく。
「おはよう」3人の子供達が笑顔で迎えてくれた。
そのすぐ後に「みんな、おはよう」とボケじいの声が聞こえ、
「ボケじいおはよう」と3人が言い、
「おはようございます」と僕が言う。
「昨日の続きでよかったかな?」
「うん」3人の声がそろう。
「駅に行かなくなったことで職員の人はその子が諦めたと考え安心していたが彼が9歳になった時事件は起きたのじゃ」
「事件?」
ゆみちゃんが不思議そうに言った。
「そうじゃ、今と同じ夏休みに入った頃、急に彼がいなくなったそうじゃ」
「事故にあったとか犯罪に巻き込まれたとかですか?」
僕が聞いた。
「いや、彼は自分で施設を抜け出したんじゃ」
「駅に行ったの?」祐太君が聞き、
慎二君が「でも、行かなくなったんじゃなかったけ?」
「そうじゃな、でも彼は駅に行き、電車に乗って2つ先の町まで行ってしまったのじゃ。」
「なんで?なんで?」子供達が声をそろえた。
「後でわかったことじゃが、7歳の時に親の知り合いに駅で会い、2つ先の町の人だったことから両親もそこに住んでいるかもしれないと考え、行こうとしたがお金がなかったし、職員の人に知られたら絶対に止められると思い秘かにお金を貯め、計画を建て行動に移したそうじゃ」
「すごーい」ゆみちゃんが声を上げた。
「両親見つかったんですか?」
「いや、彼はお金を貯めることとどうやって気づかれずに施設を抜け出すかの計画は完璧だったが、両親を探す方法までは考えていなかったので見つからずじまいじゃよ」
「なんだ間抜けじゃん」慎二君が笑った。
「そうじゃな。でも、昔はインターネットや今ほど便利な携帯電話もなかったし、9歳の子供ではできることが限られていた事など仕方のない状況でもあったことを忘れてはいけないよ。」
ボケじいは優しく諭すように言ったが今と昔の違いを考えると今視点でしか物事を考えていなかった自分が少し恥ずかしく感じた。
「じゃあ、男の子はその街に行ってどうしたの?」祐太君が聞き、
「知らない街だし、何の当てもなく歩き回ることもできず、やはり駅で一日中両親を探すことしかできなかったそうじゃ。夜になり1日中駅にいる子供がいることに気づいた人が警察に連絡し、彼は施設に送り届けられたそうじゃ。」
「施設の人に怒られたんだよね?」ゆみちゃんがかわいそうにという感じで言った。
「当然怒られることになるが最初に職員の人がしたことは怒鳴ることより先に強く抱きしめたそうじゃ。」
「なんで?うちのお母さんなら怒って頭叩いたりするよ。」
慎二君が言った。
「子供のしつけの仕方は家庭によって違うし、愛情の伝え方も違うから慎二君のお母さんのやり方も正しいと思うが職員の人達の場合は心配した分、怒る気持ちよりも無事でよかったという気持ちの方が強かったから最初は抱きしめたのだろうし、もしみんなが彼と同じことをすればお母さんたちは同じことをするかもしれないよ。」
「最初はってことは彼はその後怒られたってことですよね?」
僕が聞くと
ボケじいはニコッと笑い
「3時間正座でびっしりと怒られたそうじゃよ」
「まぁ仕方ないよね」子供達3人が同調する。
話を聞くうちに少しずつ気温が高くなり、セミの鳴き声も増えてきたなと感じたところで
「そろそろ暑くなってきたし今日はここまでにしようかな」
とボケじいが言った。
「ええ~まだいいよ」と3人が言うが
「ごめんよ。わしが疲れたからね、続きは明日にしてくれるかな?」
「しょうがないよね」3人は顔を見合せ納得したようで、
「じゃあまた明日ね。バイバイ」と言って走って行った。
「気をつけて帰るんじゃよ」と言いながらボケじいが手を振っているのを見ていると
「海君、まだ昨日の続きの写真が見つからんし、今日はこのあと用事があるから今日は帰ってくれるかな?」
「あっはい」
「悪いね、また見つけられたら教えるよ」
「いえ、まだ夏休みも始まったばかりですからゆっくりで大丈夫です。」
「そうじゃな・・・」
「それじゃあ失礼します。」挨拶をして歩きながら、
今日も家に上げてもらえると思い込んでいた自分の浅はかさが恨めしく思うのと最後のボケじいの態度が少しおかしかったような気もして振り返るとボケじいはすでに家の中に入ってしまっていた。
行くあてもなく、僕は仕方なく図書館に向かい高校3年生らしく受験勉強をすることにした。