別れ
古谷さんに「おやすみなさい」と言って、部屋を出て廊下を少し出たところで「ピー」と言う大きな音がして、古谷さんの病室に戻ると、意識レベルの低下を示す警告が鳴り響いていて、心電図の波も少しずつ小さくなり間隔が空いていく。
すぐさま駆け寄ると、古谷さんの口が動き
「迎えに来てくれたのか、明里?」と呟く。
危ない状況を悟り、古谷さんの手を握ろうとするとまた古谷さんが
「今行くよ、明里」
とかすれた声で言う。手を握り必死に名前を呼ぶ。何度も何度も名前を呼ぶが、古谷さんの状況を示す機械は全て、状況の悪化だけを伝えている。
心電図の波は一つ、また一つとなくなり、ただの線の部分が増えていく。
「古谷さん、まだ、まだ死なないでください。まだ恩返しができてないんです。
まだ、見せられてないものもたくさんあるんです。まだ、まだ・・・・・・・・」
泣き崩れた時に、看護師さんと医師が到着するが、処置を行う前に、古谷さんが
「よ、要次君・・・・・・・・、ま、また、あ・・・し・・た・・・・・・・」
古谷さんのかすれた声を合図にしたかのように心電図から波は消え、部屋中に「ピー」と言う音だけが鳴り響く。医師が懸命に心臓マッサージを行っているが、戻る気配はない。
ああ、そうか。もう無理なのか。そう思って立ち上がり、医師の肩に手を置き、
「先生、もう・・・・・、結構です。ありがとうございました。」
医師は私の手を振りほどこうとして私を見た。医師は、何か言おうとしたが何も言わずに、その場から離れた。
「すみません、ありがとうございます。」
私は自分の頬に流れ続ける涙と鼻水が出ていることも感じていた。もう50に近い年齢の男が涙を流して、鼻水まで垂れるような状況での延命措置の拒否に対して、医師は何も言えなかったのだろう。
私は医師たちに頭を下げて、古谷さんのベッドのわきに座り、手を再度握り、今度はもう2度と目覚めることのない眠りに対して、「おやすみなさい。お疲れ様でした。」と言う。
古谷さんが先ほど子ども達から貰った画用紙が、枕元に置いてある。
私はそれを手に取り、ゆみちゃんや祐太君、慎二君のありがとうの言葉と絵を見る。古谷さんに、子どもたち全員の顔の絵。そして、これは何だろう?小さな男の子と3人の刀を持った男たちの絵。そうか、これは古谷さんが好きだったあの昔話の絵なのだろう。
そして、力君の寄せ書き『ボケじいは、ボケてねぇ ‼ 』
慎君の 『記憶力なら僕らよりありました。すみませんでした。』
太一君の 『今まで言えなかったけど、ボケじいの話はどれもワクワクする話ばかりでした。』
何のことかと考えると、確か古谷さんを最初に『ボケじい』と呼んだのは海達だったと教えてもらったことがある。その時のことなのだろう。
そして最後に海の寄せ書きに
『ボケじいの目の前の特等席に座らなくなってすみませんでした。』
と書いてある。そして最後に大きく、
『また明日、絶対に行きます』
と書いてある。あの子たちなりの感謝の言葉。
『また明日』という言葉が私は大好きだった。
『今日は駄目でも明日は違う結果になるよ。ほら、また明日おいで。』
古谷さんが幼き日の私に言った言葉。それから毎日、古谷さんは『また明日』と言ってくれるようになった。明里先生は何か誤解をしていたようだが、私と古谷さんの間の『また明日』は『明日はきっと違う新しい一日になるよ』と言う意味だった。
古谷さんが最後に呟いた「また明日」もきっと同じ意味だったのだろう。
古谷さんのいない明日。
でも、美紀がいて、海がいて、石田先生や田中のように一生懸命に私を支えてくれる人がいる明日。
眠るように安らかな顔の古谷さんに向かって、感謝の意味と別れの意味を込めて
「さようなら、古谷さん。また明日。」
きっと後ろで立っている、医師と看護師は意味が分からないという顔をしているだろう。
それでもよかった、海達の書いた寄せ書きの本当の意味が古谷さんと海達だけにわかるように、今の私の言葉もきっと、古谷さんと私だけがわかる言葉なのだから。




