走馬灯(3)
月日は流れ、要次君は市長になり、私の政策を引き継いでくれた。複雑な思いのなかで見守ることしかできない歯がゆさと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな中、明里の体調はどんどんと悪化し、病院で検査したところ、余命宣告までされてしまった。
宣告された本人よりも私が落ち込み、失意の底にいる時に明里に
「何かしたいことはないか?私にできることなら何でもするよ。」
明里は笑顔で、
「無理しなくていいですよ。」
と言った。それでも食い下がる私に、明里は
「それじゃあ、子どもの笑い声が聞きたいですね。」
「要次君のところの海君に遊びに来てもらおうか?」
「要次君も大変な時期なんですから、迷惑かけたくないですね。やっぱり無理ですね。忘れてください。」
「いや、何とかしてみせる。」
あれこれ考えたが見ず知らずの老人にいきなり、家に来てくれないかと頼まれてついてくる子はいない。最悪の場合、犯罪者扱いされてしまうだろう。
どうすれば、どうすればと考えるなかで、家の中にはいれず、家の前に集めることはできないかと思い至る。
そうだ、明里が持っている子ども向けの本を朗読するのはどうだろう。たくさん集まらなくてもいい。一人でも二人でも子どもの笑い声が聞かせてあげられればいい。
そう思って、翌日から玄関先で誰もいない道に向かって本を読み始めた。道行く人々に白い目で見られ、中には「大丈夫ですか」と心配してくれた人もいた。私は「大丈夫です。」と答えることしかしなかった。その日は一人も集めることができなかった。
そんな私に明里が
「あなたに恥ずかしい思いをさせたくありませんし、私の言ったことを気にされているなら、もう忘れてください。」
どうやら私のことを心配してくれているようだ。自分の身体が大変な時でも他人の心配をすることができる、そんな彼女のためだからできることだと思い直し、
「大丈夫だよ。私はなんとも思ってない。明日こそは一人でも二人でも集めてみせるから。
そうだ、二階の玄関が見える部屋にベッドを移そう。そうすれば笑い声だけじゃなく、笑顔も見れるよ。」
私は、ただ強がっていただけだった。それから毎日、朝から夕方まで絵本を読んだり、子ども向けのお話を読んだりした。
絵本を見なくても、お話の書籍を見なくてもその話ができるくらいに、そんな日々が続いた。
明里は毎日のように「もういいですよ」と言ったが私はやめなかった。色々と工夫を凝らすことにして、しゃべり方を『これぞ年寄りの話し方』というものにしてみたり、お話にアレンジを加え、子ども達がわからない言葉が出たときのために色々と勉強もした。 それでも人は集まらなかった。
もうダメだ今日誰も来なかったら諦めて違う方法を探そうそう思って、朝から一人で話していた。日が暮れだし、次はどんなことをしたら・・・と考えながら、話をしていると、急に目の前に金色の髪の男の子が現れ、
「なぁ、ボケじい。何、一人で話てんの?」
「ボケ・・・・」
急に現れた男の子にボケ扱いされたことがショックで言葉につまると違う子達が駆け寄ってきて、
「ダメだよ、力。ボケじいなんて読んだら失礼だよ。」
黒髪の物静かそうな男の子に注意され、金髪の子は
「いや、でも、海が最初にボケじいって言ったじゃないか。」
海?その名前を聞いて駆け寄ってきて男の子をよく見ると、幼い頃の要次君にそっくりな男の子がいる。その子が、
「力が、ボケてるんじゃないかって言ったからでしょ。」
もう一人の小さくて茶黒髪の子が
「おじいさんは、何で毎日一人でおしゃべりしてるの?」
「それは、その・・・・、昔話を話すのが好きでの。誰かに教えてあげたかったからじゃよ。」
明里のことを話すこともできず、適当に言うと金髪の子が
「じいちゃん、バカなんじゃないの。」
「だから、力、失礼だよ。」
黒髪の子が怒ると、金髪の子は
「それなら、俺達でも誰でもいいから呼び止めたら良かったんだよ。一人で話してるから余計怖くなって誰も近づかなかったんだからさ。」
金髪の子の言うことは正しかった。確かに一人でぶつぶつ話してる老人など不気味でしかない。だからと言って呼び止めることもできたのだろうかと思っていると海君が
「じゃあ、おじいさんの昔話をを今から聞こうよ。」
わしには色んな意味でこの子は天使のように見えた。
「そうだね。おじいさんのお話聞かせてください。」
黒髪の子がいい、茶黒髪の小さな子が
「どんなお話だろうね、ワクワクするね。」
子どもが集まってくれた。しかも、要次君のところの海君にも会えた。窓の方を見ると明里も笑顔で見つめている。
「それじゃあ、お話をする前に・・・」
わしはひとつの決断をしてから
「わしのことはボケジイと呼んでくれるかな?」
黒髪の物静かそうな男の子にが
「いいんですか?」
「なんだ、気に入ったのか俺のつけたあだ名?」
「最初に呼んだの海だけどね。」
「うるさいな、太一。俺が本人に最初に話しかけたんだから、俺でいいだろ?海?」
「僕はどっちでもいいよ。
じゃあ、ボケじい、お話を聞かせてください。」
わしは小さく頷き、
「これはこの町の大昔から伝わる昔話で、三人の強いお侍さんと一人の少年のお話じゃ。」
わしがそう言って、物語を話始めると四人は楽しそうに、時に大きな声で笑い、わしに色々と聞いてくれた。そんな四人の楽しそうな姿を見たからか周りに少しずつ子どもが近寄って来て、その中の四人より少し大きな子が、金髪の子に向けて
「おい、力、何してんだよ?」
「ボケじいの話聞いてるんだよ。面白いお話聞けるから、とも君も一緒に聞こうよ。」
「何だよ、そんなに面白いなら、俺らにも早く教えろよ。」
そう言って男の子は金髪の子の横に座る。その子と遊んでいた子も集まってきて座り、その様子を見て他の子も座りだした。
わしがその様子を見てあたふたしていると、海君が
「皆も聞きたいみたいですけどいいですか?」
わしは目頭が熱くなるのを感じながら
「もちろんじゃよ。」
と言った。いつの間にか子ども達が集まり、玄関の前には子どもで人垣ができていた。
わしは昔話を続け、そして、全部話終えると、拍手が起こり、
金髪の子が
「ボケじい、他には?面白い話ないの?」
お話ならいくつでも用意していたが、すでに日が暮れ出し、夕日が沈もうとしていたので
「まだお話はたくさんあるけど、もう暗くなるからの。また明日もここで、お話をするからよかったら来てくれるかの?」
「え~、まだいいよ。」
金髪の子が言うと黒髪の子が
「ダメだよ、力。早く帰らないと晩御飯の時間に間に合わないでしょ。昨日も先生に怒られたんだから今日は早く施設に帰ろうって約束したでしょ。」
「僕も先生に怒られるのは嫌かな。」
茶黒髪の小さな子が言い、海君が
「じゃあ、明日もここに来よ。そしたらボケじいの話が聞けるんだよね?」
「そうじゃよ。」
わしが答えると力君という金髪の子が
「よし、そうと決まれば帰るぞ、慎・太一。海も一緒に晩飯食うか?」
「お母さんが用意してるから今日はやめとくよ。」
「そっか。じゃあ、ボケじい、明日も来るよ、バイバイ。」
そう言うと力君と黒髪の子・慎君、茶黒髪の小さな子・太一君達は手を振りながら帰って行った。海君も
「じゃあね、ボケじい。また明日」
手を振る姿は幼い頃の要次そのものだった。
周囲にいる子に向かって
「違う話を聞きたい子はまた明日来ておくれ。
いや、また明日おいで。気をつけて帰るんじゃよ」
子ども達が帰ったのを確認すると、家に入り、二階の明里の部屋に入る。そして
「明里、どうじゃ?子ども達が集まってくれたぞ。」
明里は笑顔で
「見てましたよ。でも気になったことがひとつありましたけどね。」
「何じゃ?何かわしは変なことをしたかな?」
「その話し方もですけど、あなたはボケてなんていませんよ。」
明里の笑顔は余命宣告されてから見る中で一番明るく輝いて見えた。
その日から明里は少しずつ元気を取り戻し、家の前には子ども達が増えていき、そして明里は・・・・・・、余命宣告された期間を大幅に超えて、そして笑顔であの世へと旅立っていった。
子ども達の笑顔と笑い声が、明里の命を延ばしてくれた。
それはきっと科学が発展しても、新しい機械が生まれても引き起こすことのできない生命の奇跡だったのじゃろう。
そして、奇跡を起こしてくれたのは海君を始め、力君と慎君と太一君だったのだ。あの日彼らが現れたから起きた奇跡は明里を失うという悲しみで打ちひしがれたわしの人生を、失うことばかりを怖れていたわしの人生を変えてくれた。
そして、今、幸せだったと思える人生が終わろうとしているのだろう。
白い光の中に、人影が現れる。わしはその影に向かって、
「迎えに来てくれたのか、明里?」
明里は暖かい微笑みを浮かべ手を差し出す。
わしはその手を取ろうと手を出し、呟いた
「今行くよ、明里。」
明里の手を握った瞬間、暖かさを感じ、要次君がわしを呼ぶ声が聞こえた気がして
「要次君、また明日」と言った。




