走馬灯(2)
「こんにちは。」
要次君の声がして、明里が玄関まで迎えに行く。するとあわてた声で明里が
「あなた、あなた早く来て。」
何事かと思って玄関に走っていくと、スーツ姿の要次君とその後ろにきれいな女の子が立っていた。
「僕・・・・・、彼女と結婚することになりました。」
緊張した面持ちの彼女さんは前に出て、
「は、はじめまして、お父様、えーと美紀といいます。不束者ではありますがよろしくお願いします。」
そう言って、頭を下げた。私と明里は要次君が結婚するということに驚きすぎて何も言えずにいたため、美紀さんの勘違いに気付くのが遅れた。
「美紀、違うよ。この人はお父さんじゃないよ。」
「え、えっ、でも、最初に紹介されたからお父さんなのかと・・・・」
「そうなのか?ダメだよ、要次君。最初は高村さんに紹介しなきゃ。」
私が焦って言うと、要次君は笑いながら
「それでも、古谷さんと明里先生に一番に紹介したかったんです。」
明里は喜びのあまり泣き崩れている。私は明里の肩を抱きながら
「気持ちは嬉しいんだけどなー・・・・」
「大丈夫ですよ。この後しっかりと父と母にも紹介しますから。」
「でも、」
「僕にとっての親は高村家の父と母と、古谷さんと明里先生ですから。両親にしっかり紹介しただけですよ。」
要次君は笑っている。その言葉は子どもに恵まれなかった私達にとって、最高の言葉だった。
「ダメだ。絶対に許さないからな」
私の怒声が響き、それでも物おじせずに直立で立つ要次君は、
「古谷さんに反対されても僕はやります。絶対に市議会議員になり、そしてあなたのしてきたことが間違いではないと証明します。」
「でもな、要次君。古谷さんはもう市長じゃなくなったし、これ以上、辛い思いをしなくていいと思うんだ。問題を蒸し返せば、古谷さんに迷惑がかかるんだよ。」
「石田先生、そんなことは今は関係ありません。国の官僚を辞めて、こんな田舎町の市議会議員になるなんて、美紀さんにとっては不安しかないだろう。もっと家族のことを考えなさい。」
「美紀にも納得してもらってます。一緒になって頑張ってくれると言ってます。」
「そんなの・・・・・」
「今日はただ報告に来ただけです。相談に来たんじゃなくもう決めたことですから。」
要次君は言うなり出ていった。石田さんが
「あの子は一度言いだしたら聞きませんからね。彼のやりたいようにやらせてあげましょう。もし無理をするようなら私がどんな手段を使ってでも辞めさせますから。」
「そうならないといいですね。」
玄関のドアが開いた音が聞こえ、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえる。
明里と一緒に身構えて、その人物が現れるのを警戒していると、息を切らせながら汗まみれの要次君だった。明里が
「どうしたの要次君、そんなに慌てて?」
要次君は息を整えるためなのか大きく深呼吸をしてから、
「子どもが・・・・・・」
「どこかで事故でもあったのかい?」
私が聞くと、要次君は首を横に大きく振り、
「美紀が子どもを妊娠しました。」
「本当に?よかったわね。」
明里が言うと、整いきらない息のまま「ありがとうございます。」と言った。
「その報告のためにわざわざ走って来たのか?」
私が聞くと、要次君はまたしても首を横に振る。
「名前を・・・・、古谷さんに決めてほしくて。そのお願いに来ました。」
「いやいや、そういうのは高村さんの役割であって、私がやることじゃない気がするんだが。」
「いえ、僕は古谷さんにお願いしたいんです。美紀も両親も納得してくれてます。お願いします。」
要次君は頭を下げた。明里が目に涙を浮かべて「あなた・・・」と言う。
「わかった。それで、男の子か?女の子か?」
「えっ、えーと・・・・・」
「どうしたの?」
明里が聞くと、要次君は顔を真っ赤にして、
「すみません、まだわかりません。」
「今、美紀さんは何か月なの?」
明里が薄々感づいているのか聞いた。
「まだ、その~3か月で妊娠が判明したばかりです。」
「全く気が早すぎるよ。あと7か月その調子じゃもたないんじゃないか?」
私が笑いながら言うと要次君は恥ずかしそうに「すみません。」と言う。
「でも、そうじゃな。要次君の子どもなら・・・・」
「今考えるんですか?」
明里に言われて、自分も気が急いていたことに気付いて、恥ずかしくなった。
「今じゃなくてもいいですけど、その~できるだけ早くお願いしたいです。」
「何で、そんなに慌てるの?ゆっくりでもいいじゃない。」
明里が言うと、要次君は今まで以上に真っ赤になり、
「名前を呼ぶ練習をしたいので。」
と言った。私と明里は大声で笑ってしまい、要次君が
「そんなに笑わなくていいじゃないですか。僕もどうやって子供と接したらいいのかなとか悩んでるんですよ。まずは呼び方とか、抱っこの仕方とか、あとは・・・・、色々考えてるんですよ。」
必死に言う要次君の言いたいこともわかった私たちは
「要次君は要次君のままでいいの。無理にお父さんになるんじゃなくて、子どもと一緒に成長しながらお父さんになればいいのよ。」
明里が優しく諭すように言う。私も
「要次君は優しいからね。今から、子どものことが心配で仕方ないのかもしれないが、大きな心で見守ることも必要なんじゃ・・・・・・・」
言いかけたところで、ひらめいたため、話すのをやめると、要次君が
「どうしたんですか?」
「名前をね思いついたんだよ。」
「どんな名前ですか?」
要次君が身を乗り出して聞いてくる。
「男の子なら『カイ』、女の子なら『ウミ』というのはどうだろう?漢字で言うなら海原の『海』と書いてね。」
「どういう由来ですか?」
明里が楽しそうに聞く。私は胸を張って
「要次君のように深い優しさを持った子になるように、そして、どこまでも広い海のような心の広い子になるようにだ。どうかな?」
「ありがとうございます。」
要次君はものすごい勢いで頭を下げた。
もともと体の弱い明里が寝込むようになった、そんなある日。家のチャイムが鳴り、私が出ると要次君と美紀さんが笑顔で立っている。美紀さんの腕の中には小さな赤ん坊が寝ている。
「そうか生まれたんだったな。」
「ええ、男の子だったので『カイ』です。」
「そうか、そうか。上がってくれ。明里が少し体調が悪くて寝ててね。見せてあげてくれ。」
「明里さんは大丈夫ですか?」
美紀さんが心配そうに聞いてくれる。
「ああ、大丈夫だよ。明里、要次君と美紀さんが赤ちゃんを連れてきてくれたぞ。」
明里は今まで見たこともないような速さで起き上がると、
「いらっしゃい。」
「明里さん大丈夫ですか?」
要次君も明里の早い動きに驚きながら聞く。明里は笑顔で
「それはどっちの意味で?」
と聞く。要次君が答えに困ったので、美紀さんが明里の横に座り
「海です。抱いてあげてくれますか?」
「いいの?」
明里がとても嬉しそうに言い、美紀さんが満面の笑みで「お願いします。」という。
明里は美紀さんから海君を受け取り、満面の笑みになる。最近、元気のなかった明里の笑顔を見るだけで、幸せな気分になり、目に涙が浮かぶ。私達にも子供がいたらそんなことも考えてしまう。
「あなたも抱かせてもらえば?」
明里に言われて、近づいて、海君を抱かせてもらう。思っていたよりも重い。これが子どもの重み、命の重みなのかと思うと感動した。
その次の日から明里は、昨日までが嘘のように元気になり、要次君の家に遊びに行くようになるほど元気になった。
海君は生まれたばかりの頃から、わしのことを幸せにしてくれていた。




