走馬灯(1)
子ども達が出ていったのを確認してから、目を開け
「要次君、ありがとう。わしは最後まで幸せだったと言えるじゃろうな。」
「そのいかにも年寄りって感じの話し方はもう必要ないのではないですか?」
「そうかもしれんが、癖というものは死ぬまで治らんものじゃからね。」
「それじゃあ、これからもまだ・・・・、当分治らないですよね?」
要次君の声が辛そうに聞こえる。後ろを向いて顔は見せてくれないから、表情はわからないがきっと泣いているのだろう。
「そうじゃな。そうありたいと思うよ。さて、そろそろ仕事に戻らなければいけないんじゃないかね?」
「そうですね、それではまた明日。」
「君が来るのを待っとるよ。」
そう言って、目を閉じる。要次君が出ていき際に
「おやすみなさい。」
と言ったのが聞こえた。少し息苦しかったのが少しづつなくなり、安らかな気持ちで夢の中に落ちていく感覚を覚える。
「じゃあね、お兄ちゃんまた明日。」
「ダメだってば。古谷さんもお忙しいんだからね。」
「また明日ね」
「古谷さん!」
「バイバイ、また明日」
幼いころの要次君が言い、出会った頃の明里がわしに気を遣う、わしはその様子を見て笑いながら、次の日の約束をする。
わしは要次君の『また明日』という言葉が大好きだった。
「鈴木さん、あの少年が朝からずっとあそこに座ってるんですけど・・・・」
「はぁ?どの子だよ。」
指をさすと、鈴木さんは血相を変えて、「馬鹿かお前は!」と言って走っていった。
そんなこと言われても駅に電車を見に来る子もさほど珍しくはないから仕方ないじゃないかと思いながら鈴木さんの様子を見ていると、走って戻って来た鈴木さんが
「あの子、お父さん達にここで待ってろって言われてずっといたみたいだな。」
「どういうことですか?」
「何て言うかな~、たぶん捨てられたのかも・・・・、とりあえず、迷子の子どもがいるって警察に連絡してくれ。」
「わかりました。」
「ボウヤ、ここで何してるの?」
昨日の少年が昨日と同じベンチで座っているので、気になって話しかけてみると、涙をいっぱいに溜めた目で、見ながら
「パパとママを探してるの。」
見つかるはずがないだろと心の中で思い、ただその場を離れるために「見つかるといいね」というと、少年は満面の笑みで「うん」と言った。その笑顔を見た時、自分は少年に対して本当に言ってはいけない言葉を言ったのではないかと後悔した。
「何だ、なんであの子があそこにいるんだよ?」
鈴木さんが言い、電話に手を伸ばす、何も考えずに電話にのびた鈴木さんの手を握っていたので、
「何だよ、古谷?」
「あ、あの、少しだけ、あと少しだけでいいです。もう少し彼を見逃してあげてくれませんか。」
「馬鹿なこと言うなよ。何かあったらどうするんだよ。お前責任とれるのかよ。」
「僕が責任をとれば、見逃してくれるんですか?」
「いや、そういう意味じゃないけど・・・・・、ああ、もういいよ。お前が責任もって施設まで連れてけよ。」
鈴木さんはそう言うと自分の持ち場に戻っていった。その後ろ姿に向かって「ありがとうございます」というと、鈴木さんは振り返って、
「そのくらいの熱意をもって仕事して欲しいね、俺は」
驚いて、鈴木さんの顔を見ると今まで見たこともないような優しい笑顔だった。
「すみません。」
どう答えるべきかわからず、とりあえず謝ったが、鈴木さんは吹き出して笑い、
「謝るところじゃないよ。」と言って、その場を離れていった。
当然のことながら施設の人達は少年がいなくなったことでかなり心配していたので、こっぴどく怒られた。
僕は頭を下げ続けて、「すみません」を連呼することしかできなかった。そうか鈴木さんの言っていた責任を取るということはこういうことなのか、と思いながら、人に迷惑をかけてしまったことを深く反省しながら謝罪を続けた。
施設の人達が「わかってもらえたらな結構です。」と言って、戻ろうとされたので、もう一度「本当に申し訳ありませんでした。」と言って頭を下げると、
「あの子のことでみんな心配してましたから、怒るのも当然だと思いますけど、私はあなたがあの子のしていることを見守っていてくれたのだから、絶対に悪いことだとは言いきれません。もし、あの子がまた同じことをしたら、施設に連絡だけは入れてくださいね。」
いきなり言われて顔を上げると、自分と同じ年くらいの女性が優しく微笑んでいる。その笑顔に見とれてしまい何も言えずにいると女性が
「私の顔に何かついてますか?」
よく見ると頬のあたりにご飯つぶが付いている。ただ、自分が見とれたのはそこじゃなかったので、
「いえ、何も。」と答えると、女性は少し怒った顔になって、
「ついてるでしょ。ご飯つぶ」と言って怒られた。
ああ、この人は僕を励ますためにわざと付けてきたのかと思うと自然と笑ってしまい、
「すみません。ついてましたね、言ってはいけないのかと思ってました。」
「ホントですか?怒られた子にやると爆笑を狙えるネタなんですけどね。」
その笑顔ににまた見とれてしまう。女性はすでにご飯つぶを取っていたので、見つめられたことに対して
「えっ、まだ何かついてますか?」
「あ、違うんです。そ、それじゃあ、帰りますね。すみませんでした。」
そう言ってあたふたとしながら施設を出た。明らか不審な態度をとってしまったことを後悔しながら、あの人きれいな人だったなぁと思った。
そして少年は次の日も、その次の日も駅にやってきて、夜遅くまで駅で両親を探していた。
僕は毎日、疲れて寝てしまった少年をおんぶして、施設に送り、そのたびにあの女性と会えることが楽しみになっていた。
そんなある日、要次君が施設に送っていった玄関先で
「お兄ちゃん、明里先生のこと好きだよね?」
本人を目の前に言われたため、焦ってしまい
「な、何言ってるんだよ。」
明里さんも少し顔を赤らめていて、
「要次君、急に何言ってるの。」
「明里先生もお兄ちゃんのこと好きだよね?」
明里さんは顔が真っ赤になり、下を向く。
あれ、これってもしかして、そんな都合のいいことばかりが脳裏をよぎる。
「あの、古谷さん。よろしければ今度のおやすみに一緒に、水族館とか動物園とか行きませんか?」
自分の予想が確実だと思い、「はい喜んで。」と答える。
意味の分かっていない要次君は「僕も一緒?」と聞き、あわてた明里さんが僕の方をチラッと見る。
「要次君、また今度一緒に行こう。今度の休みは僕と明里先生だけで行ってくるよ。」
「え~、ずるい。」
「ごめんね要次君。また今度ね。あとこのことは施設の人には内緒にしてね。お願い」
明里さんが頼み込み、要次君も「次は絶対連れていってね」と言った。
要次君が養子に行き、二年が経った頃、水族館に行き、動物園に行き、そして夕食を食べ終えた後、
ポケットに入れた箱を手探りで探し、ぎゅっと握りしめ、お手洗いから帰って来た明里に、
箱を差し出し、
「僕と結婚してください。」
緊張のあまり大きな声が出すぎたため、周りにいた人たちの視線が僕達に集中する。しまったと思いながら、唇をかむと、箱を持っていた手が急に軽くなり、顔を上げると笑顔で泣いている明里の顔が目に入り、
「はい、喜んで。」
明里が答えると、周りにいた人たちから歓声が沸き、見ず知らずの人達からのお祝いの言葉がその場にあふれた。僕は周りの人たちに頭を下げ、明里はひたすら笑っている。
フッと我に返り、ああ夢を見ていたのだろうか、いや、体は動きそうにない。もしかして、これが走馬灯というやつなのだろうか。
人生を思い返す瞬間が、まさか要次君と出会ったところからというのも不思議な気分だと思った。
でも、そうか、わしの人生は要次君と出会ったところから、本当の意味で始まったのかもしれない。
わしの人生は・・・・、要次君で始まり、明里と連れ添い、そして要次君に看取られて終わるのだろう。
そして、また夢の中に落ちていく気分で意識が薄れる。




