両親
母の運転は父の言う通り、ドキドキハラハラのものだった。途中からゆみちゃん達はジェットコースターみたいと楽しそうにはしゃいでいたが、チラッと見えた母の顔はかなり落ち込んでいた。助手席に座った父が、励ますように「この前よりはうまくなっているよ。」というが逆効果だったようだ。
そんなことがありながらも、大きな病院に到着し、車から降りる。
もうすぐボケじいに会えるという嬉しさで全員の胸が高鳴っていたが、それと同時に胸からこみあげてくる気持ちの悪さが何とも言えない気持ちを作っていた。
「古谷さん。」
名前を呼ばれて、目を開けると要次君が笑っている。
「うまくいったようじゃな。」
要次君は驚いた顔で
「どうしてわかるんですか?」
「さっき、石田さんが来ていてね。君の辞表を失くしてしまったと言ってたよ。」
「そうですか、また書いてお渡ししないといけませんね。」
「ハハ、彼は何回書き直しても失くしてしまうよ。」
「そうかもしれませんね。」
「君の顔を見れば、うまくいったことぐらいわかるよ。今日はどうしたんじゃ?」
「今日は、お客さんを連れてきました。」
「家族以外面会謝絶じゃろ?」
「医院長には許可をもらいましたよ。大家族ですねと言われましたけど。」
「そんなに大勢なのかね?」
「ええ、そうですね。美紀がかなり頑張っても無理があるほどです。」
「そうか。じゃあ、少し君と話してからでもいいかな?」
「大丈夫だと思いますが?」
「君に昔・・・、聞かれたことがあったが答えられなかった質問の答えじゃ。」
「何ですか?」
「『僕は要る子なんですか?』という質問じゃ。捨てられたのに名前に『必要』の『要』の字が入ってることでいじめられて、わしに聞いたじゃろう?」
「そんなこともありましたね。」
「君はわしにとって、明里にとって必要な子じゃった。子どものいないわしら夫婦にとって、君は実の息子の様じゃった。
今では君は、この市の誰からも必要とされる市長になった。それに美紀さんや海君にとって必要なお父さんになった。
君は本当の両親からいらないから捨てられたと思ってるかもしれんが、彼等にも君を残していかなければいけない理由があった。」
「何ですか?」
「本当は・・・・・、墓場まで・・・、ゴホッ、ゴホッ、持っていくつもりだったが、君の両親は実は事故で亡くなられていたのじゃ。君が不憫になってね。探してみたんじゃが、借金が重なりすぎて、首が回らなくなって、心中されたじゃ。幼い君まで巻き込みたくなかったのかもしれんが、それで君だけが駅に取り残されたんじゃ。彼らは自分達が死ぬときに君を必要としなかったんじゃ。
逆に言うなら、君には生きて欲しかったということじゃな。」
「そうですか。」
要次君はどんな顔をしているのだろう、そう思って見てみると、穏やかに笑っている。ああ、そうか。
「知っていたのかね?」
「大学生の時に、少し調べてみたんです。その時は何で一緒にとも思いましたが、それでも、今を生きていられるのも、巻き込んでくれなかった両親のおかげだと思うようにしました。今でもあの人たちのことを憎んでいます。でも、それは捨てられたことじゃなく、何で死ぬ必要があったのか、別の方法はなかったのかと考えなかったことに対してです。」
「そうか、わしの取り越し苦労じゃったな。」
「ええ。あの子たちも待ちわびてるでしょうから、そろそろ代わりますね。」
「あの子たち?」
要次君が扉を開け、「いいぞ」と言う。何人かの足音が聞こえ、目に入って来たのは、海君・力君・慎君・太一君に、ゆみちゃん・祐太君・慎二君。
「要次君、彼等にはここのことは・・・・・」
「考えが変わりました。あなたが最後を受入れたように、この子達にも、あなたの最後を受け入れてもらうことにしたんです。もちろんゆみちゃん達のご両親には許可を頂きました。」
「それでも・・・・」
「あなたの最後も笑顔であって欲しいと思ってしまったんですよ。あなたを実の父親のように思ってた私のわがままですけど。」
要次君の涙を見たのは何年ぶりだろう、強がりな彼が泣かなくなったのはいつだろう、わしがこんなに涙もろくなったのはいつからだろう。涙をこらえているとゆみちゃん達が歩み寄り、一枚の画用紙を差し出してきた。
「ボケじい、今まで面白いお話を聞かせてくれてありがとうございました。」
三人が声をあわせて言う。その目には涙が溜まっている。そうか、要次君は全てを話しているのか、画用紙を受け取り、見てみるとゆみちゃん達のありがとうの言葉とわしの顔、皆の顔が書かれている。海君達の寄せ書きもある。とりあえず
「ありがとう。わしのためにこんなにいいものを作ってくれるなんて。本当にありがとう。」
海君達の寄せ書きをしっかりとみる、忘れもしないあの日の出来事。
「海君達もありがとう。」
「そんなことより、ボケじい、なんか話を聞かせてくれよ。そういう約束だっただろ?」
「力、そんなこと・・・」
慎君がわしの状態を心配してくれたのか、制止してくれる。太一君が
「それでも・・・・・」
「そうだね。僕たちはずっと、ずっとボケじいの言った『また明日』を待ってたんだから。いいかなボケじい。」
海君の笑顔が、皆が笑顔でわしの話を待っている。そうじゃ、約束を果たさなければな。
「要次君、少しベッドを起こしてくれるかな?」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫じゃよ。この前も言ったじゃろ?果たさないといけない約束があると。」
要次君は少し迷ってから、ベッドのボタンを操作し、ベッドの角度を変えて、座った状態にしてくれた。
ああ、これがこの子達に聞かせる最後の話じゃな。
「これは、ある男の話じゃ。」




