嘘
翌朝、目を覚まし、昨日のことを思い返す。父の言葉通り何も聞かず、夕食を一緒に食べた。理由はわからないが夕食のメニューが豪華で母は終始笑っていた。
服を着替え、一階に降りると父が新聞も読まずにリビングに座っていた。
「おはよう。」
父に挨拶をされることなど、ここ何年もなかったことなので、驚いて、
「おはようございます。」
と言ってしまった。父は少し笑って、
「何か食べるか?」
聞かれたので母を探すが見当たらない。仕方なく近くにあったパンを手に取り、
「これで大丈夫です。」
「そうか・・・」
何か他にも言いたそうだったが、父は言うのをやめて、僕がパンを食べるのを見ていた。
食べ終わったところで、父が
「それじゃあ行くか」
父が立ち上がり、玄関に向かったのでそれを追いかける。
家を出て、無言のままボケじいの家ノ前に到着した。
僕らが到着すると、力・慎・太一、そしてゆみちゃん達はお父さんと一緒に来ていた。父がそのお父さん達に近寄り、挨拶をしている。ゆみちゃん達のお父さんは父に頭を下げて帰っていった。
父が真剣な顔で、僕達に向かって
「悪いけど少し集まってくれるかな。」
僕達は父を囲むように集まる。まるでボケじいの話を聞くようなかたちになったことは、何か運命的なものだったのかもしれない。そんなことを思っていると、父が
「今からボケじいのところに、皆を連れていこうと思うんだけど、少しだけ私の話を聞いて欲しい。」
慎二君が、
「ボケじいはどこにいるの?」
よく見ると慎二君はボケじいへの寄せ書きを持っているがその手が震えていた。
父は優しく微笑み、
「大丈夫だよ。そのプレゼントを届けることはできるからね。」
「本当?」
「ああ、本当だよ。それじゃあ、話を始めるね。」
僕達は黙って、父の話を聞くことにした。
「まず初めに、親が子どもに色々教えるというのは、皆が思っているよりもとても大変なことでね。どう言えば、子どもにも理解してもらえるのかというのは大人になってもわからないことなんだ。じゃあ、どうやってみんなに、勉強を教えたり、スポーツを教えているのかというと、自分の親にしてもらったように教えるしかないんだよ。学校の先生も塾の先生も勉強をしたり、先輩の人に教えてもらったりして、子どもにどうやって教えるかを考えながら一生懸命してるけど、それでも、人が違えば理解の速度も成長の速度も違うから同じように教えても効果が出ないことがある。
子供にものを教えるということはとても難しくて、いくら科学が発達しようと、技術が発達したとしても、きっと子どもへの教育という問題は、これから先もずっと解決しない問題なんだと思う。
そんな中で、親が最も子どもに伝えるのが難しいのは『人の死』についてだと私は思うんだ。
例えば、おじいちゃんが、おばあちゃんが亡くなられたとして、それを子供にどう伝えればいいということを誰かに教えてもらうことはないし、だからと言ってそれを教える教科書もない。
誰かが死ぬということはとても悲しいことだけど、その中でも自分の両親や兄弟が亡くなるというのは、いつもの日常からその人が急にいなくなることで、言葉では言い表せないほど悲しく、寂しいものなんだ。」
ゆみちゃん達は気づいていないようだが、高校三年生の年齢の僕らには段々とこの話の意味が分かってきたような気がする。
「ボケじいと私はある事実を知って、皆に嘘をつくことにしたんだ。この嘘はこの町の大人皆に一緒になってついてもらった嘘で・・・・・」
父は言葉に詰まる。ボケじいと父がついた嘘をなぜ町の大人全体で一緒になってつく必要があるのかわからない。それはいったいどんな嘘なのかを一生懸命考えたがいっこうに浮かばなかった。
「その嘘は、『ボケじいのところには行ってはいけない』というものだった。子ども達の中で、ボケじいの話を聞くことがどれほど楽しいことで、皆が『また明日おいで』と言われることをどれほど楽しみにしていたのかも、大人たちはみんな知っていたし、ゆみちゃん達のように、親の言うことを聞かない子もいたけど言い続けているうちに、子どもは一人、また一人と減りそして、子どもでできていた人垣も消えていった。」
「じゃあ、お父さんもお母さんも市長さんに頼まれてあんなにひどいことを言ってたの?」
ゆみちゃんが怒りながら言う。
「そうだね。私がこの町の人にお願いしてそうしてもらったんだ。」
「市長さんひどいよ。ボケじい寂しそうだったよ。」
祐太君も怒っている。
「そうだね、今にして思えば、私たちは間違っていたのかもしれないね」
「何でそんなこと・・」
慎二君が言いかけたところで、慎が
「さっきの親が子どもに『人の死』を教えるのが難しいということが関係あるんですね?」
「どういうこと?」
三人が声をあわせて聞く。慎はその事実を自分でも認めたくないようで黙り込む。
「ボケじいがもうすぐ・・・・・・・・・・、死ぬってことだよ。」
力が言葉に詰まりながら言う。力の言葉に驚き、僕たちの顔を順番に見る。慎も太一も下を向き、力が涙をこらえていいる。僕はゆみちゃん達をまっすぐに見ている。助けを求めるかのように、そうじゃないと否定して欲しいかのように、ゆみちゃんが父に
「本当なの?」
「そうだよ。ボケじいは末期がんで、その病気が見つかった時にはもうどうしようもなくて・・・・・・、」
父の頬に我慢していたであろう涙が流れ、止まることがなかった。この事実が父にとってどれほど辛いものなのか、その涙を見るだけでわかった気がした。
「病気がわかった時、ボケじいと私は子ども達にその事実を隠すことにした。そして、大人の人に嘘をついてもらうことにしたんだ。」
父は涙ながらに言い、祐太君が
「何でその時に皆に内緒にしたの?」
父はどう答えればいいかわからずに黙っていたので、僕が
「みんなの泣く顔が見たくなかったんじゃないかな。僕達がボケじいと仲良くすればするほど、ボケじいが死んじゃった時に悲しみが増すから、そうなる前にこれ以上、ボケじいと僕達が仲良くなる前に・・・・」
「海の言う通りだ。ボケじいは子ども達の笑顔を見るのが大好きだったけど、自分のために泣かせることを嫌がってね。子ども達のお父さんやお母さんにお願いして、少しづつ子どもが集まらないようにしてもらってたんだ。
でも、それは間違いだったのかなと今は思っているよ。
ボケじいは今もきっと同じ思いかもしれないが、私は彼の周りに子どもが集まっているのを見るのが好きだったし、彼のことも悲しませたくないと思ってたけど、もし何も知らされずにボケじいが死んでしまっていたら、きっと君たちは悲しむし、一人で死んでしまうボケじいも可哀想だなと思う。
それなら、いつか来る別れを少しでも楽しい時間にしてあげる方がいいと思って、今日皆に集まってもらったんだ。
ボケじいは今、呼吸器をつけていて話すことも難しい状態にあるかもしれない。そんなボケじいを見たくないと思うなら無理やり連れていこうとは思ってないから、今から家に送っていくよ。どうする?」
ゆみちゃん達は顔を伏せて考えてから、勢いよく「行く」と言った。
父は優しく微笑み、「そうか」と言った。
「病院まではどうやって行くんですか?」
慎が聞き、父はにこりと笑って、「車だよ」と答え、指をさす。
父の指さした方向から、大きな車が近づいてきて、運転席に母の姿を見て、僕が
「母さん、運転免許持ってたんだ。」
「もう何年も運転してなかったから、しっかりとシートベルトを締めて何かに捕まっといた方がいいぞ。」
父はどこか楽し気に言い、僕たちはゴクリと息をのみ運転席の母を見る。
両手でがっしりとハンドルを握り、前のめりで運転するさまは誰が見ても不安しか感じないほどの必死さを表していた。




