夏休み初日(1)
2週間後、夏休み初日、僕は家の誰よりも早く起き、そして誰に見つかることもなく家を出た。朝の風は涼しく、昼は足もとから上がる熱気も今はまったくない。
少し早いかなと思いながらボケじいの家に向かった。
僕が着くとこの前の3人がすでに話が始まるのを待っていた。
唯一の女の子が僕に気づき、
「あっ、お兄ちゃん!お話聞きに来たの?」
「そうだよ」と答えるとこの前連れて帰られた男の子が
「お兄ちゃんのお母さんはここに来ていいって言ってるの?」
「本当はダメって言われてるけど僕は気にしてないから」
「いいなお兄ちゃんは大きいからそんなことができるんだよね。僕なんかこっそり逃げてきてるんだよ。」
「僕もこっそり出てきたんだよ。でもバレないように何かするのって楽しくなかった?」
「ちょっとだけね」その子はいたずらっぽく笑い、そして4人で笑った。
そこに「楽しそうじゃな」と優しい声が聞こえた。
「ボケじいおはよう」3人が声をそろえて挨拶し、続いて僕も「おはようございます。」と言った「おはよう」とボケじいが返して、そして
「海君はどんな話を聞きたいのかな?」と聞かれ、僕は一通り宿題の説明をした。
「このあたりのことならお父さんの方が詳しいのではないかな?」とボケじいが言ったがそんなことができるわけないので
「父には後で聞きますが少しでも多く話があった方がいいので」と適当なことを言った。
ボケじいはウソに気づいたのか、気づいていないのか一瞬さびしそうな顔をして、すぐ元の顔に戻り
「いつぐらいの話がいいかの?」と聞かれたので
「僕は適当に話の中から必要なこと拾いますからこの子達の為に話していただければいいです。」
「そうかの・・・」と優しい顔になり、子供達に
「この辺の昔話でもいいかな」と聞き、
子供達は「いいよー」と明るく答えた。
「それでは、40年くらい前の1人の少年の話をしようかの。その少年は何年か前までこの近くにあった孤児院にいた子なのじゃ。
3歳くらいの時に駅に置き去りにされて、それを駅員が孤児院に連れて来たのが最初じゃった。」
「孤児院って何」男の子が聞き、
「孤児院とは、親の事情で捨てられたり、事故で両親を失い、身寄りのない子達が一緒に暮らす所じゃよ」
「へぇー」
「続きをいいかな」
「うん」
「だが、その子は、孤児院の職員にすぐに嫌われてしまったのじゃ」
「えーなんで?」女の子が聞いた。
「それはその子が毎日朝から晩までどこかに消えてしまうからじゃよ。どれだけ注意しても毎日いなくなってしまって職員の人達は心配で心配でたまらなかったそうじゃ」
「どこに行ってたの?」もう1人の男の子が聞いた。
「それはの、1日中駅で両親を捜していたのじゃ。」
僕は気になり聞いた。
「なぜ駅に1日中いたことがわかったんですか。」
「ある日、最初にその子を連れてきた駅員が夜遅くにその子をおんぶして孤児院に連れて来たのじゃ。駅員は毎日来ていることを職員は知っていると思っていたが、実際はしらなかったのじゃ。そして駅員は職員に毎日親を探しに来ていることを話し、その日は疲れてベンチで寝てしまったので連れてきたことを話した。その次の日、職員はその子にもう駅に親を探しに行くなと強く言い聞かせたそうじゃ。」
「えーひどい」3人の子が声をそろえて言った。
そして女の子が
「なんでそんなこと言うの?お父さんとお母さん見つかる方がいいじゃん」と言った。
「そうだね。でも、その頃のこの辺は危なくてね、不良のたまり場みたいに思われていたこともあるし、最も重要な理由はその子が捨てられたことで受けた心の傷を自分で踏みにじるようなことをさせたくなかったからじゃ」
「なんで不良のたまり場って思われていたの?」
「実際にそういう子もいたし、孤児院の中にはお母さんが髪を染めてたからか生まれつき茶色の髪の子や、親の勝手で染められた子がいたから、そういう子達を見て不良と決めつける人たちがいたからじゃ。」僕はこの話を聞き幼い2人の顔が浮かんだ。
「お兄ちゃんどうしたの?」女の子が聞いてきた。
「えっ?別に何もないよ」
「怖い顔してたよ」男の子が言った。
「大丈夫だよ」笑顔で答えたがいつのまにかそういう顔をしていたんだと思い反省した。
「続きをよいかな?」優しくボケじいが聞き、
「はい、すみません。お願いします。」
「当時の大人はその辺の理解がなく見た目だけで子供を白い目で見たのじゃ」
「ひどーい」子供達が声をそろえた中で僕は
「今も変わらない」と考えた。
「まぁ、そういう考え方をする人は今もたくさんおるよ」ボケじいはどこか寂しげに言った。
「孤児院の人達はその子の身の危険を心配し、駅に行くのをやめさせようとしたがその子はあの手、この手で抜け出し、駅に行っては駅員さんがおんぶして連れ帰るその繰り返しじゃった。3年間その子は毎日駅に行っていたが7歳になると急に用事のない限り行かなくなったそうじゃ。」
「なんで?なんで?」
「理由は誰にもわからなかったが小学生になり学校が楽しくなったとか、もう諦めた等色々と言われたが職員さんたちはひとまず安心したそうじゃ。」
「ひとまずってことは・・」
僕が言いかけた時自転車のブレーキ音が響き、
「ゆみ、こんな所にいたの?遊ぶなら勉強してからにしなさいって言ってるでしょ!」
どうやら唯一の女の子のお母さんのようだが「こんな所」というのはボケじいに対してかなり失礼だなと思ってボケじいを見ると
「すみませんね。通りかかった所を呼びとめてしまったんじゃよ」優しく笑顔で話しかけた。ばつが悪くなったのか
「あっいえ、そんなつもりじゃなかったんですよ。とりあえず用事もありますので連れて帰りますね。」
笑顔を作っているが引きつっている。
「やだ。まだボケじいの話聞く!!」
ゆみちゃんが抵抗し、「ゆみ!!」お母さんが怒声をあげる。
「ゆみちゃん、今日は暑くなって来たし、わしも疲れたから続きは明日の涼しい時間にするよ。また明日おいで。」
「うん、わかった」
ゆみちゃんは笑顔になりお母さんと帰って行った。
「ごめんよ慎二君、祐太君、今日はここまでにしようか」
「しょうがないよね」
「そうだね」2人は暗い顔を一瞬し、すぐに笑顔になり
「また明日ねボケじいバイバイ」
大きく手を振り2人の男の子は走って行った。
ボケじいも小さく振っている。そして僕の方を向き
「この後の予定はあるかな?」
「えっ」
僕も家に帰るのが嫌だったので何をしようか考えていたので
「特にないです」と答えた。
「じゃあ、家にあがって行きなさい」
僕の胸はときめいた。子供の頃は一度も入ったことがないし、みんなで侵入する計画すらたてていたぐらいだったので
「はい、よろこんで」と言ってしまった。