「現在(いま)」
翌朝、僕は学校に行く時よりも早く起きることができた。リビングに行くと太った男が新聞を読みながら僕を見ることなく
「休みの日は早く起きれるのか。まったくあきれたものだな。」と言った。
僕はパンを一つ取り、リビングを出た。
初夏のさわやかな風が吹いていて、道が少し濡れている。その濡れた道に太陽光があたりきらきらと光って見えた。
ボケじいの家の前に着くと昔の記憶が蘇ったが、昔は今とは違い子供で人垣が作られていたが、今では子供が3人いるだけだ。そんなことを考えていると
「お兄ちゃんもボケじいのお話聞きに来たの?」
小さな女の子が話しかけてきた。
「うん、そうだよ。一緒に聞いてもいいかな?」
しゃがみこみ女の子の目線の高さに合わせて聞くと小さな子どもたちは声を併せ「いいよ」と言った。1人の男の子が「ボケじい遅いね」と言い、違う男の子が
「さっき散歩に行ったきり帰ってきてないよ」と言った。
女の子が心配そうに
「大丈夫かな、どこかで倒れてないかな」
と言ったので僕が
「ボケじいは昔から散歩が長いから大丈夫だよ」
と言うと女の子はまだ心配そうだが「じゃあいいかな」と言って笑顔になった。
そこに自転車が通り「慎二何やってるの!」という声が聞こえ男の子の一人がビクッと振り返り、
「ちょっと友達と話してただけだよ。」と答えたが
「嘘つくんじゃないよ。またボケじいの話聞きに来たんでしょ!だめだって言ってるでしょう。」と大声で言い放ち、次に僕の方に向き、
「あなたもいい年してこんな所でなにしてるの?」と言ってきたので、
イラッとしたが冷静に
「僕はたまたま通りかかっただけです。」
と言うと
「そう、とにかく慎二帰るよ。」
と無理やり手を握り連れて行こうとした時、男の子は振り返り、
「また明日ね」と言って帰っていた。
僕は不思議そうな顔で僕を見ている子供たちに
「君達もお母さんにここに来てはいけないって言われてるの?」と聞いた。
子供達は暗い顔になり少し下を向いて小さく「うん」と頷いた。
「どうして」と聞きかけたその時、
「おや、今日も来てたのかい?」
と深く優しいがどこか威厳を感じる声がして、子ども達は一瞬で笑顔になり、
「うん、この前の続きを聞きに来たの」と答えた。
「そうかい、おや今日は懐かしい子がおるな」
「おはようございます」と挨拶し、ふっと思ったことを聞いてみる。
「僕が誰だかわかるんですか」ボケじいは「あたりまえだよ」と言わんばかりの笑顔になり
「市長さんとこの海君だろう」
「はい、そうです。」
この言われ方はあまり好きではない。
子ども達が「えっ、そうなの?私、市長さんのこと知ってるよ」
悪い噂でも聞いているのだろうと思ったが
「この前、おかしもらったよ」
「僕も貰った。」
「えっ?」あいつがそんなことするわけがないと言いかけた時に
「海‼」と呼ばれ、振り返ると母が立っていた。
母はボケじいに挨拶し、
「用事がありますので海を連れて行きますね」
と言ったが用事がないことを知っていたので僕は
「大丈夫です。僕は関係ないので、この子たちと一緒に話聞きたいと思います。」
と言うと母は半分怒鳴り声になり「早く来なさい」と叫んだ。
周りにいた子達がビクッと怯えた感じになったので仕方なく帰ろうとした時
「海君、何か聞きたいことがあったならもうすぐ夏休みだから夏休みになったらおいで」
母は少し表情をゆがめたが僕は振り返り
「じゃあ、そうします」と答えて母と2人で歩き出した。
2人とも黙って歩いていたが突然母が
「何の話を聞きに行ったの?」と聞いてきた。
しかし宿題の話をするのも嫌だったし、邪魔された事に対しての怒りもあったため
「関係ないだろう」と言った。
しかし母は問い詰めても無駄なことを悟ったのか追及せず
「とりあえずあそこには行ってはダメだからね」
と言ったのでイラッとし
「なんで?公民館に行くよりも有意義な話が聞けると思うけど。」
そう言って母の顔を見ると怒りで赤くなっていた顔が真っ青になり
「な・・なんでそんなこと・・」
僕は何も言わずに歩いた。
公民館では父の悪政に対してリコールの話し合いがされている。
母がそこに参加し自分だけでも近所との関係の改善をしようとしているのを知っていた為、この言葉が母の口をふさぐ1番効果のある言葉だった。
これで僕の夏休みは自由も同然だ。
ボケじいの言う通り夏休みに入ったらいつでも行ける。あと数日の我慢を決め、まるで小学生のように夏休みが早く来ないかなと思った。