そんな装備で大丈夫か
本日の投稿。
心地よい風が頬を撫で、辺り一面を覆う草木が囁くように揺れていた。耳を澄ませば、普段聞きなれた喧騒はそこにはなく、どこか遠くで鳴く鳥の声が聞こえる。生い茂る木々の間からは暖かな光が差し、春特有の陽気に誘われ、抗いがたい眠気が俺を支配していた。
「って、そうじゃなくて!」
このまま寝むってしまおうか。などと仮想世界にも拘わらず、現実から逃避しようとする脳みそに活を入れ、仰向けに横たわる全身に起き上れと命令を発する。
ゆっくりと起き上ると、そこにはもう、とんでも発言を繰り替えす老人も、昼間から酒を飲み大声で笑い、歌う冒険者たちのいた酒場も存在していなかった。
「……どこだよ、ここ。」
上半身のみを起こし、その場に座り込んだ俺は、首から上だけを左右に向け、辺りを見回し先ほどまでのやり取りを思い出してみた。
「あーそうか。開拓地ってやつに飛ばされたんだな。」
そう。ここはおそらく開拓地、このゲームで俺に課された任務を行う場所なのであろう。これ見よがしに作られた焚き木の跡は、この場で誰かが野営でもしていたのだろうか。なんにせよ、この未開の地にはどこか不自然な文明の跡である。俺は焚き木跡まで歩み寄り、どかっと胡坐をかいた。
ふと視線を右上にやると、そこにはメッセージの着信を示すアイコンが表示されていた。そういえばイツキはどうなったのだろうか。あいつもまた、開拓者に任命されてどこか知らない場所へ飛ばされていったのだろうか。
この場所にはいない友人の事を思案しつつ、俺に届いたメッセージを開封するためシステムを開き、アイコンをタッチする。そこに記された内容を一読、この状況に順応出来ていない命令器官、脳みそをフル回転させ、どうにかその内容を理解しようとしてみた。冷静になればどうと言う事はない。それはシステムのメッセージ。チュートリアルをクリアしたという報告と、その報酬が送られてきていただけだった。メッセージに添付された報酬週受け取りボタンをタッチし、中身を確認してみよう。
「装備、道具とリルが少し。これは旅立ちの身支度ってやつか?」
送られてきていた内容は、≪初心者開拓団の武器セット≫と≪レザープレート≫、≪レザーブーツ≫、それとこの世界の通貨12000リルだった。ちなみに初心者開拓団の武器セットは様々な武器、例えば代表的な武器である片手持ちの剣、槍、手斧に盾、これは防具じゃないのかと思える程ただの手袋、≪レザーグラブ≫等など。所謂お試しセットである。耐久地が設定されておらず、壊れることはない代わりに強化先がなく、いずれは他の武器に変更することを前提に作られた最弱武器と言える。
武器はともかく防具は選択肢もない。まずは装備することにする。武器や防具は装備しなければ意味がないのはどんなゲームでも同じだ。ささっと防具を身に着け、取りあえずで無難な武器、≪粗悪なショートソード≫と≪ウッドシールド≫を装備することにした。うん。なんか駆け出しの冒険者って感じだな。
次に、装備類と共に送られてきていた道具を確認する。冒険において武器や防具より、ある意味重要なのは道具だ。特定の道具が不足していたが故に死亡するなんて、現実世界の冒険者でもよくある話らしいからな。冒険なんかしたことないけど。
俺は胡坐をかいた足の間に送られてきた道具の袋を具現化し、ごそごそと中身を引っ張り出す。ふむふむ。キャンプ用品っぽいものが多いな。出てきたアイテムは戦闘に役立つ、というよりは、鍋、少量の干し肉(何の肉なのかは不明。謎の干し肉と記載されていた。)、ロープ、やや大ぶりなナイフ、火打石、カンテラ、何に遣うのかは不明な白紙の羊皮紙等、一部を除いて、キャンプで使いそうなものばかり。この手のゲームなら、薬草だのポーションだのと言った支給品があるんだろうが、そんなものは含まれていないかった。
「なんつーか、サバイバルみたいだな…この場合開拓者ってより遭難者の方が正解なんじゃないか?」
与えられた道具を一通り確認し、今自分が置かれている状況を把握するとどう考えても遭難者であると思えた。何も知らされずいきなり未開の地へ送り込まれ、現在位置すら不明。これを遭難と言わずなんと言う、というかチュートリアルって言う割に雑すぎるだろう…。ほぼノーヒントじゃないか。
改めて考えてみれば、何も情報がないのだ。この遭難者、ではなく開拓者という職は、公式サイトにすら乗っていない。当然ながら攻略サイトや掲示板の類にもその存在は確認されていなかった。この状況に対してため息を漏らさざるを得ない。しかし、サバイバル初日の危機は、首を垂れる俺の直ぐ傍まで迫っていた。そしてそれに気付く時、俺はすでに詰んでいた。




