野生の熊はやはり熊
本日の投稿。
とりあえず一通り、少なくとも自分の職について、現在地については幾らかの情報を得たので、次は当面の計画について検討する段階に入ったと言えよう。俺とアンジーは互いに開拓者なる職業に就き、やる事は示された通りこの地の開拓を進めること。
しかしながら、俺は普通の学生であり、サバイバルの経験などあるはずもなく、開拓なんてのはネットや、テレビの中で得た知識しかない。まずは何から手をつけるべきか、それすらわからないのだ。
「アンジーは、開拓とかサバイバルとかの知識って…ある訳ないよな…。」
何の考えもなしに、質問を投げかけようとしたが、途中に自身の質問があまりにも分かりきった質問である事に気付いた。そんな専門的な知識を、現代日本に生きる人間が持っている訳がないのだ。少なくとも、学生や一般的な社会人であれば、せいぜいキャンプ程度である。むしろしっかりとしたキャンプの知識ですら、備えている人は少ないと言えよう。
ガックリと頭を垂れ、次なる作戦を検討する。確実なのは、一旦ログアウトし、ネットでそれ関連の情報を集める事だろうか。
「流石に開拓はあれだが、サバイバル系の知識ならそこそこはあるぞ。と言うか、一般の人に比べればかなりあると言えるな。」
「だよなぁ…。普通に生きてたらそんな知識持ってても仕方ないしなー。…えっ?」
聞き間違えだろうか。この熊はサバイバルの知識がある、そう言ったように聞こえた気がする。いや、熊だしな、野生の知識を持っていても不思議ではない。いや違う、この人は熊だけど熊じゃない。いや、そうではなく熊なんだが…いったい何の話だったか。
それから俺は数分間、たっぷりと思考を停止させ、本日何度目かの混乱世界に旅立だっていった。
驚きと混乱の世界へ一人旅に赴いていた俺は、その旅路のきっかけを作り出した(俺が勝手に混乱しただけだが)熊に呼び戻され、現実に舞い戻った。仮想世界なのに現実逃避とは何とも矛盾している。
「なぜそんなにも混乱するのかはわからんが、知識…というかサバイバル演習の経験ならある。と言うのも俺は元々短期間だが、自衛官をやっていたことがあるんだ。まあ、今はしがない会社員だがな。」
なるほど、元自衛官様でしたか。そりゃ一般人が持っていそうもない知識を有していても不思議ではない。それにしてもこれはずいぶんと有利な展開じゃないか?現実世界とはまた勝手が違うとはいえ、元プロが開拓を進めるのだ、というか開拓だけではなく、戦闘面でも有利な状況なのではなかろうか。
「まさかの元自衛官ですか、頼りにしてますよ教官殿。」
「…俺の訓練は厳しいぞ?」
「あっ、すいません勘弁してください。」
「ガハハハ、冗談だ。」
自衛隊式の指導なんてまっぴら御免である。なにせ、こちとらまだまだ世間知らずな学生なのだ。社会の荒波に揉まれるのはあと数年はお断りしておこう。などと甘いことを考えていたが、突然、自分の口元へ手をやり、静かにしろとアピールするアンジー。その表情は冗談を言っていた先ほどまでのそれとは打って変わり真剣そのものであった。そのただならぬ雰囲気に俺は無言で従う。
ガサ、ガサ、ガサとアンジーが現れた時よりもはるかに小さく、しかし確実にこちらへ向かって草をかき分け進んでくる何者かの音が聞こえる。また新たに誰かが来たのだろうか?
だが、それにしても音が小さい。対するアンジーも、何の物音なのかを判別するため耳を凝らしながら音のする方へと意識を集中させている。
「これは…獣か。数は、一か二か…まっすぐこちら進んでくる。いつでも戦闘に入れるようにしておけ。」
どうやらアンジーは何者かの人数まで物音で判別できるようだ。これは自衛官として培った経験か、それとも野生の感なのか、まあ今はそんなことを議論している場合ではない。どうやら相手は人ではない様だ。このような森の中で姿を隠し向かってくる者、ことこの世界においてはそんなものは友好的ではないことくらい俺でも分かった。おそらく相手は…。
「モンスター…だろうな。足音からして相手はさほど大きくないな。現実世界なら野犬の類か、それとも猪と言ったところか。」
独り言のように向かってくる相手を考察し、スッと腰に引っ掛けた手斧を手に取り、やや中腰のまま音の主を迎え撃つアンジー、そしてそれに習い、先ほどまで存在すら忘れていた背中の片手剣を引き抜き、その場に置いていた小振りな盾をぎこちなく構える。
俺の前に陣取るアンジーに比べ、手練れの者がみればさぞ腰の引けた構えであろうが、それは仕方がない。なにせ実際に剣を握ったこともなければ、この世界での戦闘もこれが初めて経験なのだ。この仮想世界では実装されていないであろうが、背中に冷たい汗をかくような感覚に、その右手の中に握った剣をさらに強く握りこむ。もう間もなく相手はこの場所へと姿を表すだろう。
奥の方からガサガサと聞こえた音は次第に大きさを増し、ゆっくりと草をかき分け現れたそれらはアンジーの言う通り、小型であった。いや、小型とは言え現実世界で言えば中型から大型に分類されるほどの体長ではあった。ピンと両耳を立て、こちらを伺うその眼は強烈に血走っており、小さく開かれた口には嚙まれれば大怪我もやむなしの鋭い牙が覗いている。そしてその口からは大量の唾液を滴らせ、こちらの骨まで食らい尽くさんとする者、それはあばらの浮いた四足歩行の獣、まさに狂犬と表現できる様の野犬であった。
「やはり野犬か…。幸いにも相手は二体、一体ずつ相手すればさして脅威とはならんだろう。いけるか?」
アンジーはこちらに視線を向ける事無く確認を取る。これが現実世界であればまた違うのであろうが、ここは仮想世界、ゲームの中なのだ。そしてこのゲームは本来こういった敵を倒し、自身を鍛え冒険をするものだ。ここでやらなければこのゲームをプレイする意味がない。
「ああ、やれる…いや、これはそういうゲームだからな。やらなきゃ始まらないよ。」
「よし、その意気だ。さあ、来るぞ!!」




