猛獣注意
本日2本目の投稿。
俺の座るすぐ前には、誰かが残したであろう(そういう場所なのかもしれないが。)焚き木の跡があり、少し開けた場所だ。
しかし、その周囲は俺の胸元程に育った草や低木が生い茂り、その見通しは決して良いとは言えない。奥には森林地帯が広がっており、ここが冒険の世界なのであれば当然獰猛な生物、モンスターと呼ばれる類の者が闊歩する危険なフィールドなのである。冒険の知識はおろか、サバイバルの知識も経験もないひよっこ開拓者の俺は、この状況においてあまりにも無防備であった。
奥の草木がガサガサと音を立て、何者かが近づいてくる。緩み切った警戒心はなんのシグナルも発する事もなく、この期に及んでも音のする方向を呆けた顔で見つめているだけで、動こうともしない。
いや、正確に言えば恐怖心で動けなかったと言える。腰を上げ、戦闘態勢に入ることも、その背中に吊るした剣に手を伸ばすこともできなかったのである。
なぜなら、草木をかき分けて現れたのは、巨大な身体に灰色の毛を蓄え、低いうなり声を上げ、こちらを伺うつぶらな瞳。
そこに現れたのは、熊だった。
「う、うっそだろおいっ!いきなり熊かよ!!最初のモンスターなんて、スライムとか野犬みたいなのとかじゃないのか!?」
予期せぬ来訪者に腰を抜かした俺は、驚愕の表情を浮かべながら無様にも後ずさる。
こんな初めて間もない状況で、いきなり熊と遭遇するシチュエーションを誰が想像できるだろうか。少なくとも俺にはできなかった。
ここがゲームの中だという事を忘れ、ただパニックに陥っていた。その背中に吊るされた武器の存在など、最早頭の片隅にすら残っていない。そもそも忘れていなかったとしても、到底敵うとも思えないが。
「ぐううううおおおおおおっ!!」
相対する生物を威嚇するためか、それとも襲撃の開始を告げる雄叫びか、草木を抜かき分け現れた熊は悠然と立ち上がり、両の前足を広げながら天に向かって咆哮を放つ。近くの木からこちらの様子を伺っていたであろう鳥たちは、その声を聞き一斉に飛び去る。
その姿に恐怖し、未だに身動き一つ取れない。最早ジ・エンド、俺はここで死ぬ。
「くそっ!!!」
硬く目を瞑り、ゲームの世界とはいえ感じるであろう衝撃に備え、本能的に丸く蹲りその時を待っていた。ほんの数秒、その数秒が恐ろしく長い時間のように感じ、ただただ歯を食いしばる。
「いやあ、やっと他の人に出会えた。こんな訳のわからん状況は勘弁だな。ガハハハハッ!!」
俺の身を襲う激しい衝撃はまだ訪れない。余りの恐怖に幻聴すら聞こえる。この状況において、なぜか冷静に、幻聴まで聞こえるとか妙な所までリアルなゲームだな、などと思ってしまう。
「おい君、いつまで丸まっているんだ?というか、何をやっているんだ?」
俺を襲う幻聴は、俺に話しかけているようであった。いや、これは幻聴?それとも本当に聞こえるのか?未だに訪れない衝撃と、先ほどから聞こえる幻聴にひとつの疑問を感じ、薄っすらとだけ、そのきつく閉じた目を開いてみる。
余りにもきつく瞑っていたせいか、ぼんやりとした視界には、相変わらずの巨躯で立つ熊が映り込む。それも先ほどよりも随分と間近、目の前だ。
ひっ!っと、思わず小さく悲鳴を上げ目を見開くと、間違いなくそれは熊。
熊なのだが、なんだろう、どこか違和感を感じる。熊が後ろ足で立ち上がるのは何もおかしい事ではない。しかし、なぜかその熊の立ち上がり方は、人のようなのだ。やや前傾姿勢ではなく、直立不動とでもいえばいいだろうか、普段から二足歩行で生活をしているような、二本の脚で歩くことに慣れているような、そんな立ち方である。
そして、もう一つの違和感、それはこの熊が衣服を纏っている点であった。いや服はおろか、俺と同じ皮でできた≪レザープレート≫まで装備しているではないか。そして腰には、その巨躯にはいささか小振りに感じる手斧がぶら下がっている。そう、まるで人間のように。




