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クジラと校庭。

作者: 安孫子太郎

校庭のプールにカラスの羽が浮いている。

無数の羽を眺めながら私は呆然と立ち尽くす。


ぐるぐる、ぐるぐると渦を巻きながら底の方へと進んでいく。

藻がはっているのか、水質は緑色である。


しかし、汚いという感覚は無い。

限りなく透明に近く、また雲の隙間より差し込む日光がキラキラと照らす。


私は、手に持っていた1冊の小説を開いた。


閉じていたページより、カラスの羽がひとつハラハラとプールに落ちていく。


ああ、私が羽をまいていたのか。

その羽根もぐるぐる、ぐるぐると渦を巻きながら飲み込まれていく。


私は小説が嫌いだ。

とくに純文学の恋愛ものとかになると苦い顔になる。


著者が好き勝手に自分の世界を構築し、現実では叶わないような恋愛模様を描いていく。

それがどうも気持ちが悪くて読めなくなる。文字を追う目がしばしばするし、もはや体調不良に近い。


この感覚は昔から抱えていたのだが、暇だったので小説をよく読んでいた。

今は滅多に読まない。今日はたまたま持っていただけだ。


突如、空が大きな闇に包まれた。


空を見上げると、巨大なマッコウクジラが校庭を覆い尽くしていた。


恐ろしい。私は思わずブルリと身震いをし身体が縮こまってしまった。

日頃平常心を保ち生きているのだが、これだけはダメなのだ。

クジラが怖い。とにかくクジラだけはダメである。


全長30メートル以上はあるのではないだろうか。

深海3000メートルまで潜り込みダイオウイカを貪る恐ろしい生物。


ゆっくりと巨体を揺らしながら進んでいく奴は校舎に向かっている。


ああ、あの行き先には私の教室があるではないか。

ドスンと校舎に衝突した後に、ニタリと笑うかの如く大きく口を開いた。


その口の中へとクラスメートたちが次々に飲み込まれていく。

悲鳴を上げているのだろうか。激しく抵抗しているようには見えない。

まるで人形のようにされるがままである。


その時、グルンとクジラの瞳が私のほうへと向けられた。

口の端は更に釣り上がり、三日月のごとく歪んでいる。


嫌な顔だ。

私は目を伏せた。


それでも尚、クジラからの視線が強く私に降り注がれる感覚はある。

まだ、奴はこちらを見ているのだろう。


緑色のプールではカラスの最後の羽がくるくると廻っていた。

そして、すーっと沈みこんで羽は全て消えた。


カラスの羽のようにクラスメートたちは全員、あのマッコウクジラに飲み込まれてしまったのだ。

ヤツの胃の中をぐるぐる、ぐるぐると廻り続けているのだろうか。


私がクジラに怯えるキッカケとなったのは、「ピノキオ」だ。

ピノキオとは有名なアニメーション映画である。

クジラの王様モンストロにおじいさんは飲み込まれてしまう。


そこが私のクジラへの恐怖の原点なのだろう。


奴は何でも構わずに飲み込んでしまう、海水と共に。


ああ、では私の嫌いなこの小説も飲んでもらえばいいのではないだろうか。

胃袋に収めてもらえばもう二度と読むことは出来なくなる。とても好都合だ。


嫌なものは何もかも食べてもらえばいいのだ。

思い返してみればクラスメートも嫌なものだったのかもしれない。


ヤツの目に怯えながらも、その存在に頼って生きていく不都合な真実が私の胸に強くのしかかった。





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