68:嫉妬の悪魔は自由人
強烈な殺気を放つレヴィアは、表情が一変したようにニコリと笑って、クレハがいる後ろを振り向いた。
「ねぇクレハ」
「な、何かしら、レヴィアちゃん」
放った殺気が強烈すぎて、また怯え出すクレハに、場違いなにこやかな声が響く。
レヴィアは、ヴァネッサを指差してこう言った。
「あれって、クレハのお友達?」
首をかしげるレヴィアは可愛らしいのだが、目が全く笑っていない。本当にブチギレている様子のレヴィアの質問に、クレハは首を縦に振った。
「そっか……、じゃああれはいらないね」
突然、レヴィアの姿が消える。クレハはきょろきょろと探すと、【アロケン】の前にいた。
「お前さ、召喚者の侵食を制御できない下級悪魔がこんなところにいていいと思っているの?」
【アロケン】は、突然現れたレヴィアに驚いて、炎弾を放つ。少し黒い炎。ヴァネッサからうめき声が聞こえたので、クレハが駆け寄ると、苦しそうに蹲っていた。
でも、それはすぐに解消される。
レヴィアが腕を振るうと、【アロケン】が消滅したのだ。
「な、あたいの【アロケン】が……」
ヴァネッサは開いた口が塞がらず、呆然としていた。
そこにレヴィアが再びやって来る。
「あれ、あんま召喚しない方がいいよ。召喚者を侵食して取り入れようとするから。それすら制御できない悪魔は害虫以下の存在だしね」
「お、お前だって、クレハを……」
「私がそんなことするわけないじゃん。なんたって嫉妬の悪魔だし。侵食しないようにするのはお手のものよ。それより……」
レヴィアがヴァネッサの胸元に手を掲げる。
淡い光が漂って、ヴァネッサから黒いなにかが昇天していった。
苦しそうだったヴァネッサがすっきりとした表情に変わる。
「これはサービスよ。クレハのお友達だからね。クレハが泣いちゃったら面白くないもの。私は楽しく過ごしたいの。じゃあ、あとはあれを片付けましょうかね」
レヴィアが振り返り、アブホースを睨みつける。
膨大な魔力が小さなからだから溢れかえっていたが、突然何も感じなくなった。
いや、それは少し違う。空間を覆い尽くすような魔力の流れをブラス意外の全員が感じ取った。
魔力の流れが見えなくなるほど膨れ上がったためか、ウトピア全体から悲鳴が聞こえてくる。
それを無視してニヤリと笑う少女、レヴィアは手を空にかげて、高らかに宣言した。
「ザ・ルーレットタイム! これから君にはゲームをしてもらおう」
そう言うと、レヴィアの後ろに巨大なルーレットが現れる。魔力でできているため、実態は無いが、赤く血痕のようなマークがついている箇所がたくさんあり、近くにいるヴァネッサとクレハは震え上がる。
いいや、ヴァネッサはすでに泣いていた。ポロポロと流す涙、「プリシラ……」と声を漏らすヴァネッサの姿は実にかわいそうなものだ。
クレハの方がまだマシだと思うだろうが、目を開けたまま気絶していた。すでに意識がないのだ。これ以上酷いことにはならない。
ちなみに、クレハが気絶した原因は、レヴィアがただ怖いからであった。実にかわいそうなクレハとヴァネッサ。
そんな二人に気がつかないレヴィアは楽しげに、ルーレットを回した。
これが危険だと察知した、アブホースは風の刃を無数に放つ。しかし、レヴィアに届くことはない。見えないなにかにぶつかって全て消えてしまった。
「さーて、最初は何が出るかな!」
くるくると回るルーレット。回る速度が次第にゆっくりとしていき、止まる。
そこに書かれていたのは『芸術は爆発、世にも珍しい内側からの爆発をご堪能あれ』と書かれていた。
ルーレットが輝き出す。そして、アブホースが爆ぜた。
ビチャビチャと飛び散らかる赤いスライム状の物を、ニタニタと笑いながら、再びルーレットを回す。
アブホースはゆっくりと集まって再生を試みるが、レヴィアの爆発により負傷したのか、動きがゆったりとしたものになっている。
俊敏だったアブホースは、ゆっくりと集まって姿を変えようとするが、その前にルーレットが止まった。
『水に溺れてみよう。ザ・溺死で水圧ぶっ潰れ劇場』
未だ変身することができないアブホースを大量の水が包み込む。そして、アブホース徐々に小さく、押しつぶされていった。
「あれ、あいつって息してないの。これじゃあ溺死にならないじゃない。ただ潰れるだけにしてもスライムみたいだし、面白くないわね。こりゃハズレだ」
レヴィアはガクッと項垂れる。肩を落とし、つまらないと言い続けるが、次の瞬間、アブホースに変化があった。
アブホースは進化と適応の化け物。みるみる姿を変えていき、一匹の龍の姿に変貌した。
その姿は、海の王者。リヴァイアサンの姿にほかならない。
リヴァイアサンの姿になったアブホースは、押しつぶそうとしている水を、自身の魔力によって弾き飛ばし、レヴィアに向かって攻撃を繰り出した。
だが、それでもまだ足りない。
それどころか、その姿がレヴィアの更なる怒りを買った。
「ねぇ、その姿って私を真似しているのよね。ムカつくんですけど。ぶち殺したいんですけど。私と同じって、なに。変態なの。頭湧いているの。しかも私よりかわいいのが、よりムカつく!」
アブホースの姿は厳つい龍のような姿なので、どこが可愛いのかわからない。だが、レヴィアには、なにか納得できないモノがあったようだ。
「唸れ、私の魔力。本当の姿を見せてやろう」
魔力がレヴィアを包み込む、少女だった姿が光だし、次第に姿を変えていった。アブホースよりも大きく、睨みつけるだけで人が死にそうな風格を持つ一体の龍。本物のリヴァイアサンがそこにいた。
レヴィアタンはもう一つの名を持っている。それが、海龍王、海の覇者で知られる、本物のリヴァイアサンだ。
「悪魔序列第三位、サタンとベルゼちゃんに続く大悪魔レヴィアちゃんの本当の力。見せてやんよ偽物くん」
レヴィアが魔力を貯めて、ブレスを吐いた。
高圧力の水のようなブレスは、アブホースを切断する。
傷口から溢れ出る赤いスライム状のものは次第に灰色と変色していき、地面に落ちると砕け散った。
再生にも限度がある。その限界を超えた一撃は、アブホースの細胞すら死滅させた。
再生することもかなわないと知ったアブホースは主人のウィウィがいる研究所に逃げようとする。
しかし、それをレヴィアが許さない。レヴィアはしっぽでアブホースを掴むと空高く投げた。
アブホースは、やばいとばかりに、小さなスライム状の体の一部を研究所に投げ飛ばす。
幸い、そのことはレヴィアにはバレなかった。
そして、ギロリと睨みつけているレヴィアに視線を向けると、まるで死を覚悟したかのように、目を瞑った。
「これで終わりだよ~」
レヴィアが吐いた先ほどよりも強力なブレスは、アブホースの全てを包み込み、空に広がる雲を割った。
ブレスが止むと、パラパラと灰色の粉が降りしきる。
アブホースは消滅したのだ。
そこでハッと目を覚ますクレハ。目の前にいる龍を見て、少しりびりそうになったが、レヴィアの姿に変わると、ホッと安心する。
「終わったよ、クレハ。これで邪魔者はいなくなった。イチャイチャできるよ。もっと遊ぼうよ。お話しよう。恋バナしよう。私としては、ベッドの上でもいいんだぜ」
キラリと歯を見せてかっこいいポーズを取るレヴィア。その話を訊いて少し呆れるも、「助けてくれてありがとう」とお礼をいったクレハ。レヴィアは子供らしい無邪気な顔をして「うん」と返事をした。
抱きついて、頬ずりをするレヴィア抱き上げると、アクアとフレア、ブラスのもとに駆け寄った。ヴァネッサは未だに怯えているが、ゆっくりと後を追う。
「レヴィアタンといったな。お前は帰らんのか」
未だに帰る気配がしないレヴィアタンに、アクアが質問する。
レヴィアは口元に人差し指をつけて、空を見ながら「うーん」と言ったあと、にこやかにこう言った。
「うん、帰らないよ。ここにいるほうが楽しそうだし」
楓の知らないところで、新しい仲間が加わった。しかも、最悪最強な悪魔。
この先が不安になるクレハたちは「はあ」とため息をついた後、全員でウィウィの研究所に乗り込んだ。
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