60:大騒動 女の戦い 後編
さて、残虐で最悪な悪魔の儀式とも言える料理を行っていたクレハとヴァネッサを強制退場したことによって平和が訪れたウトピアドームでは、ブラスと審問官チームによる白熱した料理対決が行われていた。
「さぁ、審問官チーム。とても美味しそうな匂いが立ち込めてきたのじゃ。これは?」
「おそらく、このオルスマウンテンで取れる山の恵みを使ったスープを作っているのでしょう。とても優しい匂いがしますね」
ノリノリで実況するアクアともう誰だかわからない話し方をするフレアを誰もとめられない。
そもそも、止めようとする人がいないのだからしょうがない。会場も盛り上がっているから、別にいいだろうと楓も思っている。
だが、会場で一部、異彩を放っているあの場所を誰も触れようとはしなかった。
早く何とかしてほしいものだと楓は思う。
「ねぇ、お兄さん。まだキーキー泣いているんだけど。かわいそうだよ。早く何とかしてあげないと」
「ああ、そうだな。アクア、早くあれを何とかしてくれよ。お前に拘束されて動けないんだからさ」
そんな楓の声を無視するアクア。
「フレアさ~ん。お願いだからあれを……」
「ぷい」
声に出してそっぽを向くフレアに見捨てられてしまった楓は諦めるしかない。
未だ紫色の液体を飛び散らせながら、暴れる十本足の生物は相当生命力があるそうで、未だに煮込まれながらも生きていた。
せめて火ぐらい止めてやれと言いたいのだが、あれは炎は紅蓮の魔女ヴァネッサによる魔法のため、そこらの魔女ではどうにもできないらしい。
だからこそ、アクアのような魔女にこそ止めてどうにかして欲しいのだが、アクアはどうにも触れたくないようで、あの鍋に視線を向けようとしない。
異様な鳴き声が聞こえる会場で続けられる料理対決とは、なんと不思議な光景だろう。そう思わないと精神的に辛い楓は、何とかしてティオを言い宥める。
ティオも辛かろうけど、動けないのでどうしようもない上に、誰も何もしてくれない理不尽なこの状況にため息を吐くしかない。
未だ終わらない料理対決だが、ため息を吐いた瞬間に動きがあった。どうやら片方のチームの料理が完成したらしい。
「さぁ、これが俺の作った料理だ!」
最初に作ったのはブラス。料理は等身大楓盛り合わせ。
どうやったらあんなものが出来るのか分からないが、様々な食材を盛り合わせて、楓を作り上げたブラスは誇らしげに胸を張っている。
等身大楓盛り合わせの精密度は寸分違わないものであり、どっからどう見ても楓にしか見えない。ある意味で凄い才能だと楓は感心したと同時に寒気がした。
どうして、寸分違わない等身大の盛り合わせが出来るのか、とても気になるところ。
「ふはははは、これぐらい俺には簡単なことよ。楓のありとあらゆることを知っている俺にしかできない、楓に向ける愛を表現したこの料理。どうだ、素晴らしいだろう。この勝負、俺が勝ったぁぁぁぁぁぁぁ」
その自信は一体どこから来るのだろうか。
たしかに、凄いと誰もが思うほどだろう。肩幅、身長、全てを再現したブラスの料理は、料理というよりも芸術品のようだった。
楓ファンからしたら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
だが、今は料理対決。彫刻のようなモノで勝てるほど、この勝負は甘くない。
どんなに見た目が素晴らしかろうと、料理の勝敗を決めるのは味なのだ。ただ盛り合わせただけであれば、相当考えられた材料を組み合わせていなければ勝てない。調和の取れていない料理は生ゴミと変わらない。
限りなく不安しかないブラスの料理と呼べるかわからない彫刻をベタ褒めするアクア。
何がそんなに素晴らしいのだろうかと楓は頭を傾げた。
「いや、本当に素晴らしいのじゃ。できたら、関節人形で男二人、ごにょごにょで作って欲しいのじゃ。おそらくフレアも欲しいと言うと思うので、二人分。頼めんかのう?」
「ん、ああ、別にかまわないぞ。俺に任せておけ。見た目から機能までこだわったものを作ってやろう」
「本当か!」
楓は不吉な言葉を耳にした気がするが、気にしないでおくことにした。
どうも、気にしたたら碌でもない目に遭う可能性があると、今までのブラス暴走に関する経験から予測することが出来たからだ。
「アクア!」
「フレア!」
「「やった(のう)!」」
アクアとフレアは熱く握手を交わす。頬を赤く染めながら、少しばかし息が荒くなっているのは気のせいだと自分自身に思い込ませる楓だが、見て、聞いて、頭に入り込んだ光景が忘れられず、一人悶えた。
「お兄さん。頑張って!」
「ティオ、お前ってやつは。どこぞの変態どもよりもよっぽどいいやつだよ。ありがとな」
ティオに慰めてもらい、楓が落ち着きを戻した頃、審問官たちの料理が完成した。
それは森のキノコを使った料理たち。
一品目は、森のキノコを使ったスープ。美味しそうな野菜たちとクリーミーなミルクの香りがお腹に刺激を与える。お腹が空いている楓とティオは無意識のうちに手を伸ばそうとしてしまうほどだ。
そして二品目は、キノコと旬の野菜を使った炊き込みご飯。ふっくらとしたご飯に合わさった旬の食材。彩る野菜やキノコたちの旨みが染みわたり、美味しそうな香りが会場全体に漂った。
会場にいた魔女たちも、目を輝かせながら口元を押さえている。おそらく、無意識の内に垂れてしまいそうなヨダレを必死に隠そうとしているに違いない。
カノンがヨダレをドバドバと垂らしながら、料理を見つめるのがその証拠だ。
そして、メイン料理は魚の包み焼き。キノコをはじめとした野菜たちと一緒に包み焼きされた魚。その上に醤油らしきものを垂らし、まさにメインというべき料理に仕上がっていた。
先程まで、変態に悶えていた感情が嘘のように消えた楓は、料理に目が離せなかった。それはティオも同じであり、くぅ、と小さくお腹を鳴らした。
少し顔を赤くし、恥ずかしそうにしながらも、「とっても美味しそう。早く食べたいな」とティオが言う。
誰もが審問官の魔女の勝ちだと思った。ただ盛っただけの料理のような彫刻と、誰もが目を輝かせ、見つめてしまう料理、どっからどう見ても、勝敗は決まっていた。
「ふははは。やるな、魔女たち。だが、俺の勝ちだぁぁぁぁぁ」
ブラスは高笑いしながら、楓盛り合わせに火を付けた。燃え上がる炎の楓像から香ばしい匂いが漂う。
「俺がただ盛っただけだと思うなよ。料理で一番大切なのは味。それを疎かにする俺じゃない。
この盛り合わせは、焼いた時に美味しくなるようにしっかりとした下味をつけている。
お客様の目の前で火をつける料理もあるだろう。そういったものを考えて作った料理なのだ」
ブラスのちょっとしたサプライズに拍手が起こるが、楓の顔は複雑そうだ。
それも無理はない。自分の姿をしたものが焼かれているのだ。これで複雑な思いをするなという方が無理な話。
でも、ブラスが作った料理から漂う香りは、審問官の作った料理に負けず劣らずの香りを漂わせており、とても美味しそうだった。
「さぁ、料理がそろったのう。では、審査員に試食してもらうとしようか」
そう言い、アクアが拘束を外す。逃げることもできるが、目の前の料理の魅力に抗えない楓とティオは、フラフラと足を運ぶ。
だが、料理まであと少しというところで異変が起こる。
突然、吹き荒れる暴風と落雷が、会場の料理を吹き飛ばした。クレハ&ヴァネッサの料理を除いて……
「……ア~ク~ア~? いつまで~遊ん~でるの~」
どこぞの作品に出てきそうな、空飛ぶ絨毯に腰を下ろし、会場を見下す魔女が現れたのだ。
「ウィ、ウィウィ! いつからそこにおったのじゃ!」
「今~さっ~き~?
なん~か~アク~アが~いな~く~て~仕事~が~溜まっ~てる~……くぅ」
話している途中で突然寝始めた、魔女のウィウィ。それをチャンスと思ったのか、アクアが逃亡しようとする。
「ん~ん~逃げ~ちゃ~ダメ~」
目を覚ましたウィウィが放ったのは落雷の魔法。それをアクアがクレハにやったように、水の魔法で防いだ。
純粋な水は絶縁体のため、電気を通さない。それでも尚、落雷の魔法を放ち続けるウィウィ。ティオは不思議に思っているが、楓はウィウィの狙いを理解していた。
絶縁体は電気を通さない。といっても、これは絶対ではない。絶縁体とは電気と通しにくいバカ高い抵抗値を持っているために、電気を流さない。そこには、耐えられるだけの電圧値、耐電圧というものが存在する。それを越えるだけの電圧をかけた場合、絶縁破壊され、電気は流れる。それに、水は電気によって分解される。クレハは一回の攻撃で諦めてしまったが、ウィウィのようにバカ高い電圧値の落雷魔法を出し続ける事により、水が酸素と水素に分解される。そう、電気分解である。
アクアは魔法によって水を生成し続けるが、ウィウィの魔法により、アクアの周りには酸素と水素が充満する。
ポケットからマッチらしきものを取り出したウィウィは、シュッと火をつけて、アクアに向けて捨てた。
水素と酸素が充満する中に火を入れるということは、当然だが爆発する。
「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
爆発に巻き込まれたアクアは、ウィウィによって捉えられた。
「ちょ、離すのじゃ。今いいところだから、話して欲しいのじゃ」
「む~? ダ~メ~かな~?」
アクアは抵抗するが、完全に捉えられてしまったためか逃げ出せない。
悲しそうな叫びが会場に響き渡った。
さて、ここで問題が起こる。残った料理は、未だ悲鳴が聞こえるクレハとヴァネッサの料理のみ。
ブラスの楓盛り合わせも、審問官の旬のキノコ御膳も全て吹き飛ばされた。
だが、退場されたとはいえ、料理が一つ残っていることもまた事実。これを食べて、評価しないと大会が終了しない。
会場の魔女たちが楓に向けて熱い視線を向ける。
冷や汗をかく楓は、ゆっくりとクレハとヴァネッサの料理の前に向かった。
期待の眼差しに心折れた楓は、ゆっくりと紫色のスープをスプーンですくい、震えた手で口に運んだ。
「……あれ、これうまいぞ?」
「え、本当なの、お兄さん」
「ああ、意外とイケるぞこれ!」
楓の言葉を信じ、ティオも食べてみた。そして、目を輝かせながら絶賛した。
その光景を見た他の魔女たちが駆け寄ってきて、クレハとヴァネッサの料理を食べ、絶賛する。
この旨さは誰も予測できなかった。
この料理を食べたもの全員が、クレハとヴァネッサを評価して、優勝という形で大会の幕を下ろした。
大会が終わり、クレハとヴァネッサの料理を完食した後、おかしなものを入れまくったゲテモノでも、こういうことがあるんだな~としみじみ思う楓とティオだった。
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