59:大騒動 女の戦い 前編
アクアが男の子争奪大会なるものを開催すると宣言した後、大会の会場となるウトピアドームに案内された。
ウトピアとは魔女の国の国名らしく、その中でも最大の建物がウトピアドームだと言う。
ただ、楽しくスポーツをするために建設されたらしいこのドームだが、ウトピアの国民だけで使用するには会場が大きい上に、そもそもとしてドームを活用するほどスポーツをする人がいない。
魔女の国最大の無駄建築物と言われるウトピアドームが始めて賑わう事態となっていた。
普段はダイエット目的で施設を活用する魔女しかいないこのドームも、かつてないこの状況は喜ばしいことだろう。
そんな楽しく賑わっている会場の一角に、暗い表情をしながら、呆然と状況を見つめている人たちがいた。
言わずとも、楓とティオである。
楓とティオは審査員としてアクアに拘束され、逃げ出すことのできないこの状況にゲンナリとしており、早く終わって欲しいと願うばかり。
まぁ、魔女たちが歓迎してくれることと、気がついたら大きな大会になっていたが、これも魔女との交流のためだと思えばまだ問題なかった。
だが、楓が一番頭を悩ませている存在がいる。
それはもちろん……ブラスだ。
どこから調達したのわからないピンク色のシャツ。その背中には『楓love』と大きく書かれており、楓の心を抉ってくる。
それだけならまだ優しい。
ブラスはそれだけに留まらず、フリフリの白いエプロンに楓が戦っている姿が描かれていたものを着用している。エプロンには吹き出しも書いており、そこには『ブラス、お前を愛している』との文字が記述されていた。
最悪だ……と楓は思う。
ティオもブラスの姿を、まるでゴミか何かを見るような視線を向けていた。
こんな子供にまであんな目をさせるブラスを一刻も早く縛り上げて説教したい楓だが、アクアに拘束されて動けないのでどうしようもない。
「のほほほほ、愛されておるな楓は。ブラスの愛。同性愛とはいいものよ。そうは思わんか、解説のフレアよ」
「まったくもってその通りだ。アクア、あんたとは気が合いそうだ!」
ガッシっと熱い握手を交わすアクアとフレア。
この光景を見た楓は涙が出そうになるほど悲しくなる。
ライトワークのリーダーで、頼れるお姉さん的存在だったフレアが腐っていたなど夢にも思わなかっただろう。
実はフレアがブラス×楓のカップリングで妄想をしまくっているという事実を知ったなら、楓はフレアから距離を置いて逃げようとするだろう。
だが、まだそれを知らない楓は『これ以上フレアさんを変な方向に行かないようにしなければ……俺が危ない』など考えながら二人を眺める。男の子争奪大会の競技『男の子争奪にはもちろんこれ! 男は胃袋から捕まえるもの。おいしい料理対決』なるものに再び視線を向けた。
この料理対決はチームごとに参戦する形式になっており、審問官チーム、ヴァネッサ&クレハチーム、楓大好きブラスにより行われていた。
というより、勝ち残ったのがこの三つのチームだ。
第一回戦は材料の調達。激しい爆音などがウトピアのいたるところから聞こえ、激戦が行われたことが容易に予想できる。
そしてボロボロになりながら帰ってきたのがこの三つのチームというわけだ。
ウトピアドームの医務室には大怪我して運ばれてしまった選手が大量にいることだろう。
ここまでしてやるものなのかと思う楓だが、選手一同のやる気が凄まじかったために何もできない。
最近ため息が絶えない苦労人の楓をティオが慰めるように頭を撫でる。
「お兄さん、元気出して?」
「ああ、ありがとな、ティオ」
「お兄さんが元気になってくれたら、僕は嬉しいよ」
「そっか。この悪魔の儀式が終わったら買い物でも行くか?」
「うん、一緒に見てまわろうね」
ティオに慰めてもらった楓は、少しだけ元気になった気がした。
頭を抱えたくなる状況でも、ティオという心の救い的存在がいるだけで安らぎを感じるというものだ。
しばらくティオと話をして楽しんでいたら、アクアとフレアの怪しげな実況&解説が聞こえてきた。
「さぁ、料理も順調に進んでいるようじゃな。
まだ完成しておらんが、現状の状況は……なんじゃこれは!」
「うん、あれは酷い。クレハ&ヴァネッサのチームは混ぜるな危険だったか。
鍋の中が紫色になっており、叫び声のような音が微かに聞こえる。
私ですら何を入れたらあんな状況になるのか検討もつきませんよ」
「なるほど、解説のフレアでもわからない、怪しげなものを作っているクレハ&ヴァネッサチーム。
ダメじゃな。クズじゃな。女として終わっておるな。楓を殺す気かぁぁぁぁ」
そんなアクアの叫びがまるで聞こえていないクレハとヴァネッサは、足が十本ほど生えている、虫のようで虫じゃない奇妙な生物を躊躇なく鍋に放り込んだ。
そして楽しげな様子で鍋をかき回す。
ヴァネッサの火の魔法により火力をあげて、クレハの回復魔法で生きたまま入れた怪しげな生物を治癒する。
「キーキー」と鳴く謎の生物の声が鍋から聞こえ、暴れるために鍋から紫色の液体が飛び散る。
そんな生物を見ながら「「美味しくなーれ、美味しくなーれ」」と言っている二人はいったい何がしたいのやら。
ある意味拷問じみたことをやっている二人を会場の誰もが理解できなかった。
その凄まじい光景は他の二つのチームがドン引きするほどである。
何か耐えられなくなったようで、アクアがクレハとヴァネッサの元に向かった。
「キサマらは一体何をやっておるのじゃ。これは料理対決と言っておろう。
誰が拷問をやれと言ったのじゃぁぁぁ」
「え、何を言っているんだアクア?」
「そうよね。私たちは楓のために料理をしているだけだけど?」
「これのどこが料理じゃ。食べれるかもわからない生物を鍋の中に放り込んで死なないように回復させながら煮込む、これのどこが料理じゃ。さぁ、言い訳を聞かせてもらおう」
「え、でも……煮物とかに出汁を取る工程は重要でしょ?」
「出汁って生きたまま煮詰めるのが美味しい取り方じゃないの?」
二人の言葉にアクアは固まってしまう。
たしかに、料理で出汁を取るのは旨みを引き立てるための重要な工程である。
ベースとなる旨み成分をしっかり考えて取られた出汁はそれだけでも十分美味しく、あとから味付けすることも少なくて済み、体を温めて飲むとホッとするほどである。
出汁の取り方によって味が大きく変わってしまうが、しっかりと考えられて取られた出汁を使った料理は一級品であることもアクアには分かっている。
でも、いったい誰が考えようか。生きたまま出汁を取ろうとする者がいるなど。
そんなこと、どんなに料理が下手くそでも思いつかないようなこと。そもそも生きたまま出汁を取るなど、魔女でなければ不可能。
そんな考えに至ることが、まずありえない。
だからこそ、アクアは思った。こいつらは一緒に料理をさせると国が滅ぶと。
「クレハ&ヴァネッサチーム。退場……」
「な、あたいたちは変なことしてないぞ」
「そうよ。私たちは楓のために美味しい料理を作っているだけよ!」
激しく抗議する二人を冷めた目で見るアクアは、部下らしき魔女に二人を追い出すように命じる。
ヴァネッサとクレハは抵抗して料理を続けようとするが、アクアはそれを許さない。
アクアの魔法によって拘束された二人は、部下らしき魔女に引きずられて会場を後にした。その光景は、この大会に平和が訪れた瞬間だったのかもしれない。
「なぁ、ティオ。ライトワークでは、料理は当番制だったよな」
「そうだけど、僕がいつも見ていたから」
「あ、なるほどね」
ダメな思考を持つ者は料理を教えてもダメらしい。
料理が下手な人はどんなに料理を教えても、その思考が作った料理をダメな方向に導くとはよく言ったものだ。
追い出される二人を見守っていた楓は、まぁ頑張れ二人共と心の中で応援するのであった。
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