1:魔道書と流れ星
新連載です。
どうぞよろしくお願いします。
この世界は退屈だった。
ある時代に魔導書とそれに関する手記が発見された。
その主な内容はこの世界の仕組みと未知の技術。
これを科学者たちが解き明かし、研究することで生まれた人類史上最高の技術、カオティックアーツにより暗黒物質をエネルギー化することに成功、エネルギー問題が解決された。
それだけに留まらず、未だ解明されていなかった現象が次々と解明されて行き、世界は急激に発展。
だけど先にあったものは、全てを解析し尽くし、やることのなくなったつまらない世界であった。それは、もう二度と発展することのない停滞した世界。
新しく生まれたとしても、それは絵画、音楽などの娯楽的なものしか生まれない。
日常に使用される道具や食料などの生産的なことも、全てカオティックアーツによって作られる為、人間にやることはない、怠惰で愚かな世界に成り果てた。
そんな世界に生まれた間藤楓には叶えたい夢があった。
それは、自分が発見した技術を用いた最先端のカオティックアーツを作ること。
発展しないはずの世界で、自分自身の力によって新たな時代を作り、おもしろおかしく過ごしたかった。
それだけ世界は退屈すぎた。
「今日の授業も終わり。さっさと帰ってカオティックアーツの研究でもするか」
日が傾き、空がきれいな茜色に染まった夕方の帰り道。
魔道技術学校を出た楓は、まっすぐ家に向かっていた。
学校で学ぶことといえば既存する技術だけであり、それ以外は何もない。
もう発展の見込みがない既に完成されたものだけを学ぶなど何が面白いものか。完成されたものを永遠と見続けるなどつまらないに決まっている。
既存する技術でも、新しく発見された技術を取り入れることにより、より良い技術に生まれ変わる。こうして生まれた技術は、人の役に立ち、助ける技術にもなる。だからこそ技術は面白い。
そんな考えを持つ楓の趣味はカオティックアーツの研究だった。
この世界で一番発展しており、この世界のほぼ全てに使用されている技術でもある。
既に完成されており、これ以上発展する見込みがないとされている技術を、自分の手で更なる高みへ昇華させたかった。そうすれば、自分自身が見つけたと言い張ることができる。ノーベル賞だって夢じゃないかも知れない。
だが、カオティックアーツという技術は様々な場面に活用されている。つまるところ、派生の技術が大量にあるのだ。自分の力で発展させるには、どれかの分野に絞らなければ難しいだろう。
しかし、楓には分野など些細なことであり、どうでも良かった。
元となる技術、どの分野にも適した動作が可能な技術を作り出し、誰かのために使いたい。既存のカオティックアーツに並ぶ、いやそれ以上のカオティックアーツを自分自身で作り出し、それを世界に広めたい……
そんな夢をもつ楓はある結論に至っていた。それは、この世界でそんな夢が叶うはずがないということ。
既に全てを解析されている世界で、どんなに頑張ったとしても新しいものなんて生まれない。
だからこそ、楓はある希望を持っていた。
この世界の宇宙理論から宇宙は閉じた形状をしており、地球のような星たちは宇宙の内側に存在していることがわかっていた。窓のない家の中から外の様子がわからないように、宇宙の外側について全くわかっていたかったところ、魔道書の発見により解明することが出来た。
地球の外に火星、木星などがあるように、宇宙も多数存在しているのだ。まるで細胞のように規則正しく、球状の宇宙が並んでおり、星はその中に、人々はその星の中に存在する。
そして、別宇宙には地球と同じような世界が存在すると言われている。
魔道書も外宇宙の存在が記述したものであると証明されている。科学的に異世界が存在することが立証されているのだ。
そして、異世界には見知らぬ技術が存在するはず。
魔道書により解明できたのはこの世界の全てであって、他の世界ではないのだから。
だからこそ、楓は異世界に行きたいと思い描いていた。
この世界にない技術を取り入れることにより、新しい発展が生まれることを信じて。
「ふう、どうしたものかな。異世界の存在は証明されていても、行くことができる技術が存在しない。カオティックアーツでどうにもならないとなると……お、あれは!」
考え事をつぶやきながら歩いていた時に、ふと目に入ってきた古びた本屋。
この時代、本屋と言えば魔道書の写本が置いてあるところだが、分かりづらい場所に一世紀以上前を彷彿とさせる本屋があるのは今時珍しい。
このようなお店にはたまに凄いものが置いてある。この世界を発展させた技術が記された本物の魔道書。
おおよその魔道書はとある場所に管理されているが、全てあるわけではない。この世界に関して必要なものこそ揃えど、異世界に関する魔道書はあまり見つかっていないのだ。
だが、古びた昔ながらのお店には、たまに本物の魔道書が紛れていることがある。大方、魔道書だと分からずに購入して店に並べていたが、人があまり来ないため目に付かなかったというところだろう。
楓は物珍しさと好奇心からくる欲求を抑えきれず、お宝を探しに古びた本屋に行くことにした。
店内は少し埃っぽいが、本の整理は行き届いており、綺麗に並んでいた。分野ごとに並べられた本はわかりやすく名前順になっており、古びた本屋ながら整理が行き届いている素晴らしい本屋だと感心した。
楓は魔道・技術関連の本が置いてある棚に向かう。お目当てのモノが置いてあるかは分からないが、何かしら参考になるものはあるかもと期待して本を眺めることにした。
そして、ある本に目がいったところで、楓の動きが止まる。
【ディメンションメタ】
そう書いてある付箋の貼ってある一冊の本。
見たことのない文字で書かれているそれは、間違いなく魔道書だった。それも、様々な写本を読んだことがある楓も見たことがない魔道書に興味がでた。
手に取って本を読んでみると、そこに書かれていたのは、何かしらの技術に関する図が書かれていた。文字は読めないが、考えるに異世界に関する技術が書かれているように感じた。
お宝を発見した楓は、他に関連した本がないか探してみたが、一冊だけのようだ。
楓は【ディメンションメタ】を手に持って、会計を済ませに行った。
「すいません。この本をください」
「はいよ」
声をかけると、店の奥から一人のおばあさんがやってきた。
この古びた本屋はおばあさん一人で営業している店なんだろう。とても大変そうだけど、品揃えもよく、いいお店なのでいつまでも営業していて欲しいと楓は思っている。
楓は【ディメンションメタ】をおばあさんに私、購入しようとすると、おばあさんが驚愕したような顔をした。
「小僧、この本を買うのか?
こりゃあやめといたほうがええ。
置いておいたワシが言うのもなんじゃが、この本はとても危険な噂があってのう」
「へぇ、どんな噂があるんです?」
「これを手にした人は、上半身だけ消えて死んでいるとか、必ず体の一部がなくなった死体の横にあると言われている呪いの本というやつじゃ。
興味本位で手に入れてみたが、こわいのう……」
「……なるほど。でも、俺はその本がどうしても欲しいんです」
「……はぁ、しかたないのう」
この本はやっぱり本物だ。楓は直感的にそれを感じ取り、買うことを決意する。
体の一部が消えた死体。何かしらの失敗をして体の一部だけ転移してしまった結果によるものだとしたら、この本を解明すれば異世界に行けるということだ。
死のリスクがあるといえ、これが本物の魔道書で、夢の第一歩になることは間違いない。だからこそ買う価値があるはずだ。
必ず手に入れたい。そう思う楓だったが、案外あっさり許してくれたおばあさんに呆気を取られながらも、購入させてくれたおばあさんに感謝する。
「ほれ、死ぬような危険なことするなよ。
代金は6890円じゃ」
「えっと、これでお願いします」
楓は財布から、ピッタリ6890円を取り出しておばあさんに渡す。
「ほう、ぴったりか。ほれ、お目当ての本じゃ。持っていきや」
「ありがとうございます」
楓はおばあさんに笑顔で答え、その場を後にした。
いつもなら家に着くとカオティックアーツの研究に取り掛かるが、今日は新たな技術の可能性を秘めた本【ディメンションメタ】がある。
楓は家にある様々な魔道書の資料、解読に必要な文献を取り出し、【ディメンションメタ】を開いた。
完全記憶をもつ楓ですら、魔道書の解読は困難極まる。
魔道書とは、この世界に関することや、超技術が記された異世界の書の事。
当然ながら、この世界で生まれた文字で書かれているはずがない。それが原書となれば尚の事。
魔道書の資料と解読に必要な文献は、一応置いてあるに過ぎないが、頭の中で考えるより、読み直したほうが新たな発想が生まれる可能性がある。
解読を進めながら、詰まったら資料を確認して、再び解読を進める。
異世界に行く技術が書かれていることを信じて。
夢が叶う希望を持って。
あれから数日がたったが、未だに解読の糸口が見えなかった。
いや、簡単な箇所は解読できるが、専門的用語らしい単語となると、何を指しているのかわからない。
楓の世界にある単語と記述されている単語がうまく結びつかず、文章的に意味がわからないから困惑する。
図として記載されている箇所も憶測として、ある程度目星をつけているが、それが完全とはいかないため、なかなか先に進まない。
いくら完全記憶を持っていようとも、解読を始めてやる楓にとって、手探りでやらなければいけない作業。だからこそ、魔道書の解読に必要な文献を用意していたのだが、なかなか難しいものである。
手探りでもなんでも、自分の能力と先人たちが残した文献を元に、全力で解読に取り掛かる。
解読を進めた結果として、現状でもいくつかわかったことがある。
この本は、たしかに外宇宙理論に関連する魔道書であり、異世界に行くための技術が記されているということだ。
外宇宙理論を研究している学者の文献あった図と似たような図が魔道書に記されていたので、これは間違いないと楓は確信する。
技術的な箇所は、ある一定条件下でのみ使える技術であること、この魔道書そのものが異世界に行くために必要な媒体であることである。いや、もしかすると、この魔道書そのものが異世界に行くための道具であるとまで考察している。
こことは異なる世界の技術だと思われる記載が含まれていたが、それがなんなのかまでは解読できていない。
だが、この世界の技術が全てではない。異世界というものがあるなら、今いる世界では考えられない文化や技術があってもおかしくはない。
ただ、自分の記憶する魔道書にない、うまく一致しない単語が多数含まれているため、あまり解読できていない現状。
それでも、夢を叶える為に、一心不乱で解読を進めていく。わからなくても、躓いても、これが自分の夢に向かうための道だと思えば、容易い事だった。
太陽が完全に顔を隠し、楓が住む街に闇が訪れる。それでも、技術は素晴らしきかな。
街灯が点灯し、他の家々でも、窓越しから明かりが漏れる。
いくら太陽が隠れようとも、絶えない明かりが街を、国を照らしていた。
その明かりには虫たちが群がり、一部の場所ではきれいな音色を奏でる。
技術が進歩しても変わらない光景。
休憩のために、コーヒーを入れたマグカップを持ってベランダに出た楓は、技術的に進歩しても変わらない光景を見て、ホッと一息つく。
街が明るいせいか、星もあまり輝いていないように見えるが、それでも光を放つきれいな星たちに安らぎを感じてリラックスする。
綺麗な光景は人の心を幸せにしてくれるとはよく言ったものだ。
「それにしても、なかなかうまくいかないもんだな」
呟いたその言葉が今の現状。
張り詰めてやってもうまくいかないと感じでベランダに出てみれば、疲れを感じて力が抜けそうになる。
相当気を張って取り掛かっていたけど、やっぱり疲れが出始めているんだ。
そう思った楓は、少しだけ笑い、残ったコーヒーを飲み干す。
さて、そろそろ解読に戻ろうと思った楓は、机に齧り付いて凝り固まった体をグッと伸ばした。
偶然にも、体を伸ばして見上げた空に星が綺麗に流れた。
空を照らす星たちが、光の尾を引いてきらりと流れる光景はとても美しい。
あまり迷信じみたことを信じない楓だが、たまにはいいだろうと思い、星に願掛けすることにする。
あの本を解読して異世界に行けますように。
そして、最新で最高のカオティックアーツが作れますように。
楓は星を見上げ手を伸ばしながらそう願った。
その行動はたまたまだ。だが偶然、いや奇跡というものがあるのなら、このことをいうのだろう。
突然【ディメンションメタ】が輝き出す。
原理は不明。
科学的観点からみたら、絶対に起こりえない現象だが、たしかに光を放っていた。
楓の行動は【ディメンションメタ】に記述されていた条件に偶然一致していたのだ。
つまり、異世界に行くためのトリガーを引き当てた。
誰も、星に願いをかけることトリガーだとは思わないだろう。
だからこそ【ディメンションメタ】を手にして、死んでいったものは失敗していったのだ。
偶然にしてもトリガーを引き当てた楓の心は、期待と不安で埋め尽くされる。
失敗したら死のリスクがある魔道書。
このあとどうなるか、誰も知らない
それでも、夢が叶う期待を胸に、光り輝いた本を手に取ると、楓自身も光りだした。
そして、世界が光に覆われる。まるで大きな光の道というべきか、トンネルというべき場所。
この道を行った先に何があるのだろうと見つめていたが、気が付けば、光の道の奥に向かって歩き出していた。
次第に近づいてくる、もっと大きな光、その先に好奇心が疼く。
もっと先に、もっと前に、進めるだけ進んでやる。
そう思い、楓は走り出す。ただひたすらに、この先に何があるなどの不安はなく、夢が叶う希望を持って。
光の道を走りきり、抜けた先は夜の静けさが漂う深い森の中。
草木が生い茂っており、この場所に生えている植物特有のものなのか、独特の匂いが感じられる。
周りを照らすのは、楓も見たことがない、空いっぱいに輝く星たち。
少し前にいた場所だったら、考えられないその光景に心が躍る。
楓は、念願の異世界にやってきたのだ。
読んでくださりありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




