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第6話 森の収獲

 深淵の森の中にも陽の光が差し込んでいる。

 高く大きなジャクの木が立ち並ぶ、その木の根元は、木陰の涼しさと柔らかな陽の光が、とても過ごしやすい空間を形作っている。


 エスエスがジャクの木の果実を採りに樹上に上がって20分位の時間が経った。

 下から見ていると上の方で忙しく働いて、ジャクの果実を集めているようだ。


「エスエス、頑張ってるね」


「アタシたち、楽過ぎて悪いわね」


 最初は心配そうに樹上を見上げていたラナリアとシルコだったが、上を見続けているのは疲れてきて、今はゴロンと横になっている。

 女性陣は完全にお休みモードである。

 それでも、周囲への警戒は怠っていないのは当然である。

 そうでなければ、この異世界では生き残れないのだ。


 ジャクの木の枝は、上の方では、隣のジャクの木と重なっているところもあるらしく、エスエスは複数の木を渡り歩いて果物を集めている。

 ジャクの木の果実は、下の方の枝にはこれでもか、というほど沢山なっているが、上の方の甘い果実は数が少ないようだ。


 それでもエスエスは、大きな袋を果実で一杯にして木から降りてきた。

 エスエスの小さな体よりも、背負っている袋の方が大きい。

 その袋に溢れんばかりにジャクの果実が詰まっている。


「いっぱい採れましたよ。上にはまだまだありますけどね」


 軽く木の上を指差しながら、エスエスはちょっと得意そうだ。


「あなたばかり働かせてゴメンね、エスエス。街まで運ぶのも大変だから、これくらいで良いんじゃないかしら」


 ラナリアは嬉しそうに言う。

 頭の中では、この実を売った時の儲けの計算が目まぐるしく行われている。


「ジャクの木としては、上の方に甘い果実を実らせて鳥に食べさせたいのね。鳥に食べられた果実の種は、鳥の糞と一緒に新しい芽を出すから。下の方の分かりやすい実は渋くして、乱獲されないようになってるのね。やるわね、ジャクの木」


 シルコはジャクの木の進化について考えているようだ。

 誰も興味を示さないのは残念である。

 でも、シルコにとってはそれでもいいのだ。

 思考を巡らすのが好きなのである。

 猫のくせに……


「さあ、ちょっと味見してみませんか?」


 エスエスに言われて、ハッと我に帰った2人は、生のジャクの実を渡される。


 生のジャクの実は、日本のサクランボくらいの大きさだ。

 見た目は小さな柿のようにオレンジ色だか、ヘタが無く、皮は薄く瑞々しい。

 このまま食べても、凄く美味しそうに見えるが


「確かに甘いけど、ちょっと渋みも残ってるわね。この前食べた干した実の方が美味しいみたい」


 と、ラナリア。

 味は思ったほどではないようだ。


「そうなんですよ。この実は陽にあてるとすぐに乾くんです。少し干すと、渋みが消えて断然甘みが増すんですよ。ちょっと乾かしてから、また食べてみましょう」


 エスエスは答える。


 中々の成果に満足した3人は嬉しそうだ。

 しっかり働いたエスエスだが、まだまだ元気そう。

 エスエスが樹上にいる間、しっかり休んでいた女性陣は当然元気だ。


 3人はすぐに薬草の群生地に戻ることにした。

 薬草を摘みながら、ジャクの実を干してみるつもりだ。

 森の中では時間は効率的に使わなくてはいけない。

 それがリスクを減らすことになるのだ。


 長く森に滞在すれば、それは敵に襲われる機会を増やしていることになる。

 森で暮らす一族のエスエスには当てはまらないが、街の人間はそう考えるのが普通である。


 戻る途中で弱い魔物を発見したりしたが、この3人は当然戦わない。

 隠れて避けてしまう。


 戦闘好きの冒険者から見たら、完全にヘタレの行動だが、別に構わない。

 彼らにとって戦うメリットが全くないのだ。

 生きるのに強さが必要な時はあるが、強くなる為に生きているのではない。


 さて、薬草が生えている秘密の場所に戻ってきた。

 大きな布を敷いて、ジャクの実を陽に干してみる。


 その間に薬草摘みだ。

 シルコとエスエスは協力して、質の良い薬草を見つけていく。

 そして質の高い部分の葉を選んで摘んでいく。


 最初は、2人の指示通りに動いていたラナリアだったが、だんだんコツが分かってきた。

 そのため効率が良くなり、ドンドン薬草が集まっていく。


 しばらくすると、もう運ぶのにギリギリの大量の薬草が集まった。

 もう、薬草はいいだろう。


 お楽しみの干し果実の試食の時間だ。

 朝食にはもう遅い時間で、みんなお腹を空かしている。


「楽しみぃぃぃ」


 特にラナリアは、凄まじく楽しみにしていた。

 ボサボサの赤い髪が燃えるように赤い……ように見える。


 シルコとエスエスだってお腹はペコペコだ。


 それほど時間が経ってはいないのに、ジャクの実は半分くらいの大きさに縮んでいる。

 表面にシワが寄って、ピーマンのような形になった。

 オレンジ色も濃くなっている。


「そうそう、あの時エスエスに貰ったのはこれだったわよね」


 ラナリアは、干したジャクの実を一つ摘み上げると、しげしげと眺めながら言った。


「そうですよ。これくらいに干したのが丁度食べ頃なんです」


 エスエスが答える。


「さ、食べましょう」


 エスエスはにこやかに手を広げるが、ラナリアとシルコはもう食べている。

 完全にフライングである。


「ははは……」


 ちょっと笑ってから、エスエスも食べ始める。


「やっぱり甘くて美味しいわ」


 ラナリアは上機嫌だ。


 シルコも嬉しそうに言う。


「果物は干すと甘みが増す、っていうけど、このジャクの実は特別美味しくなるわね」


 ラナリアほどではないが、シルコも甘いものは大好きなのだ。

 猫なのに。


 ちなみに、猫は雑食なので何でも食べる。

 日本の猫が魚を食べるのは、日本が島国で魚がよく採れたからだ。

 インドの猫はカレーを食べるし、イタリアの猫はパスタを食べるそうだ。


 実は、シルコは魚も大好きである。

 でも、これは猫だからでは無く、単なる好みの問題なのだ。


「こんなに早く干し果実になるなんて、すぐに干からびちゃうんじゃないの」


 心配するシルコにエスエスは答える。


「日光に直接当てなければ大丈夫です。袋にでも入れておけば、数日はそのままですよ」


「へぇぇ、優れものなのねぇ」


 シルコとエスエスの会話を聞きながら、ラナリアは頭の中で計算していた。

 いつ、どこで、いくらで売ろうか。

 この甘さは必ず売れる。

 大人気になるかもしれない。

 その後の秘密保持も大事になりそうだ。


「ウフフッ、楽しみねぇ」


 ジャクの実の甘さだけでなく、頭の中の儲け話にニヤニヤが止まらないラナリア。


 その笑いを噛み殺している姿は、見た目が余りにも恐ろしかった。


「ククク……クク……」


 お姫様の毒殺を計画している魔女のようだ。

 シルコもエスエスもドン引きしていたのだが、幸いなことにラナリアはその事に気が付かないのだった。


 楽しい朝食は、ジャクの実だけでなく、持ってきた干し肉や干し野菜、パンなども食べて終了した。

 質素ではあるが充実した食事だった。


 すべての用事が済んだので、後は帰るだけだ。


 今日は大漁である。

 3人の表情も明るい。

 時間にも余裕がある。


「さ、帰ろうか」


 今回の帰り道は順調だった。

 危険な気配の魔物や、怪しい人影などは避けて進む。


 心地よい疲労感と共に、チルシュの街に帰ってきた。


「着いたぁ」


 背伸びをするシルコ。

 茶と白の体毛が逆立っている。


「今日の仕事は上手くいったねぇ」


 尻尾をブンブン振ってご機嫌である。


「このままバギーさんの所に行って、薬草を売ってしまおうよ。持って帰っても邪魔になるしさ」


 というラナリアの意見に


「さんせー」


 とシルコ。


「バギーさんのお店の場所は分かっているんですか?ボクはお礼もまだなので行きたいです」


 エスエスには、早くも命の恩人が沢山いるのだ。


「大丈夫よー。ちゃんと聞いてあるから」


 といいながら、ラナリアは街中を進んでいく。


 チルシュの中央を通る大通り。

 人の数も多い。


 午後の日差しが傾いている。

 皆、足早に歩いている。


 日暮れと共に1日が終わるこの世界では、夕食の準備や1日の仕事の仕上げなど、忙しい時間帯だろう。

 ラナリア達も先を急ぐ。


 大通りの突き当たりは貴族街だ。

 大きな屋敷が立ち並んでいる。

 貧民街の住人のラナリア達が立ち入ると、色々面倒なことになる地域である。


 もちろん彼女達は、貴族などに用はない。

 面倒ごとも御免である。


 その貴族街に差しかかる手前を脇道に入ってすぐの所にバギーの店があった。


「あった、あった。『バギー商店』だって。そのまんまだね」


「病院や貴族と取引があるって言ってたから、こんな場所にあるのね」


 シルコとラナリアは盛り上がっているが、バギー商店の扉は閉まっている。


「御免ください」


 声をかけてみるが、人の気配がない。

 扉をガチャガチャしてみると……扉が開いた。


「お邪魔します……」


 そおっと中に入り様子を伺う。


 店の中の様子は、どう控えめに言っても荒らされていた。

 強盗でも入ったか、何かのトラブルか。


 商品は散乱し、書類なども散らばっている。

 人の気配は無いが、店の奥で誰か殺されているかもしれない。


 ラナリアとシルコは、サッと目配せをすると、シルコが奥の様子を見に行く。

 そして、僅かの時間で戻って来ると報告する。


「奥には誰もいないわ。怪我人も死人もいない。ここは逃げの一手よ」


「そうね。ずらかるわよ」


 ラナリアが頷く。


 でもエスエスは


「え、警備隊とかに知らせなくて良いんですか」


 と反対しているが、ラナリアは


「いいのよ!面倒事になるわ。アタシ達の言うことなんか信用するわけないじゃない。さ、ここを出るわよ」


 と言って出口に向かう。


 それに合わせて、シルコは扉の脇に体を寄せて外の気配を探る。

 誰もいないようだ。

 人の視線も感じない。


「大丈夫、今よ」


 シルコの言葉に合わせて、3人は外に出る。


 何食わぬ顔で大通りに出て、人混みに紛れた。


「バギーさんのお店が、裏通りあって助かりましたね」


 と、エスエスが言う。ラナリアは


「そうね。でもバギーさんのことは心配ね。ただの空き巣なら良いんだけど」


 と言いながら、辺りを見回して警戒している。


「今日は念のため、いつもの道の反対側から町に入ろう」


 と言ってシルコは足を速めた。


 3人は、いつもは使わない通りから貧民街に入り、あちこちウロウロしながら警戒して、誰にも追われていない事を慎重に確認してから家に帰った。


 ホッとする3人。

 荷物を降ろし、それぞれが椅子に座って一息つく。


「ちょっと驚いたわね」


 ラナリアが口を開く。

 顔には疲れがにじみ出ている。

 荷物を背負って街まで帰り着き、そのまま休む間も無くここまで歩き詰めだった。


 売り物にするつもりだったジャクの実を、ちょっと失礼してテーブルの上に出す。

 一つ摘んで口に入れた。

 果実の甘さがラナリアを少しだけ癒してくれる。


 シルコとエスエスもジャクの実を摘む。

 この2人も当然疲れている。


「今、動くのは良くないと思う。明日、ちょっと私が様子を見てくるわ」


 とシルコが告げる。


「そうね。バギーさんの事は心配だけど、行商に出ているだけかもしれないし、考えてもしかたないわね。とにかく、こっちが犯人にでもされたらたまったもんじゃないわ」


 今のラナリアの発言の後半は、エスエスに向かって言っている。


「エスエスも、警備隊とかに余計なことは言わないでね。彼奴ら貧民街の奴なんて全員犯罪者だと思ってるんだから」


「分かりました。街での生活は、ボクの村とは違うんですね」


 この異世界では、冤罪なんて通常運転である。

 力のあるもの、権力があるものの都合が優先される。

 権力の後ろ盾も無く、戦闘力もおぼつかない3人にとって、何らかの事件に巻き込まれるのは危険なのだ。


 森の小人族エスエスの育った村のように、小さなコミュニティであれば、上に立つものの資質によって良心的な社会が形成されることもあるだろう。

 しかし、その社会の規模が大きくなるほど権力を手にした者は腐敗する。

 弱者の犠牲の上に社会が成り立ってしまう。


 これは、現代文明を謳歌しているように見える地球も、この異世界も、基本的には同じなのだ。


 孤児として、奴隷として、この世界を生きてきたラナリアとシルコには、生き残るための条件としてその事実が染み付いている。

 どこか考えの甘いところのあるエスエスに対して保護欲が刺激されるのは、そういう理由もあるのかも知れない。


 さて、物騒な事件に巻き込まれてはいない、と判断した3人は、貧民街をウロウロした時に買っておいた食材で夕食を済ませて寝ることにした。


 今日もいろいろあって疲れている。

 薬草は、バギー商店が駄目なら他で売ればいい。

 ジャクの果実も売らなくちゃいけない。


 明日に備えて就寝する3人。


 まさかこの後、大事件が起きるとは思いもしなかった。

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