表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/117

第4話 寄生する魔物

 深淵の森を出るまでに約1時間、そこから街まで街道を約2時間の道のりだ。

 上質の薬草を背負い、仲良くなった3人で、お喋りしながら楽しく歩く。

 夕方暗くなる前には街に着く予定……の筈だった。


 ところが、今3人がいるのは街道の脇。

 森から街道に出てすぐのところである。

 陽は沈みかけている。

 もうすぐ夜が訪れる。


 道中で強い魔物や盗賊に襲われた訳ではない。

 エスエスの体調が悪くなったのだ。


 体に力が入らず、まともに歩けなくなってしまった。

 足の腫れは酷くなり、紫に変色している場所も上の方に広がってきている。

 どう見ても普通の状態では無い。

 採ったばかりの薬草をすり潰して、腫れた足に塗りつけたり、ラナリアが回復魔法をかけてみたり、色々努力してみたがエスエスが快方へ向かうことは無かった。


「 ボクを置いて、街に向かって下さい」


 エスエスは何度もラナリアとシルコに懇願した。

 森の中なら野宿にも慣れている。

 これまでも森で暮らしてきたのだ。

 体調が悪くても一晩くらいなら身を隠す事くらい難しくない。


「こんなになってるアンタを置いて行けるわけないでしょ!」


 ラナリアが怒る。


 同じようなやり取りを繰り返すうちに、エスエスの体は言うことを聞かなくなっていった。

 意識が朦朧としてきて、口もきけなくなってきた。


「このままでは……貴女達まで……キケンな……」


 とうとうエスエスは意識を失ってしまった。


「エスエスは、だいぶ前から我慢してたのかもしれないわ」


 シルコが心配そうに呟く。

 そしてエスエスをおぶって歩き出した。


 エスエスの体が小さくて軽いのは、不幸中の幸いだったかも知れない。

 それでもずっとエスエスを背負っているのは、中々に重労働だ。

 シルコは肩で息をしている。


 獣人に見えるシルコだが体力はあまりない。

 胸に刻まれた外国の奴隷紋の影響で獣人の姿をしているだけ……らしい。


 かと言って、痩せ細っているラナリアは、シルコ以上に体力が無い。

 それでも、みんなの分の薬草を背負っているだけ頑張っている。

 そして頻繁にエスエスに回復魔法をかけていることが負担になっている。

 疲れと焦燥の色が刻まれた表情は決して明るくは無い。


 それでも、エスエスを見捨てるという選択肢は無かった。

 ラナリアとシルコにとって初めて、仲間にしたい、と思った人なのだ。

 2人はエスエスが意識を失ってからも、彼を置いていくことを冗談でも口にすることはなかった。


「頑張ろう。とにかく早く森を抜けなくちゃ」


 この異世界のランドでは、夜は危険である。

 特に街や村の外で夜を迎えると、危険度は跳ね上がるのだ。

 夜に活動する凶暴な魔物もいる。

 そんな魔物をものともせずに暗躍する野盗の類もいる。

 それが分かっているからこその焦りだった。


「あぁ、陽が沈みそう……」


 やっとの思いで森を抜け街道に出たときには、もう日が沈む時間だった。

 夕暮れの陽の光が、ラナリアの赤い髪と、シルコの茶と白の体毛を照らしている。

 もうすぐ夜になる。


 疲れ果てた女性が2人と、気絶している怪我人の男性。

 街はまだ遠い。

 状況は最悪だった。


 街道の脇で呆然としながら、沈む夕陽を眺めるラナリアとシルコ。

 それでもここで動かずにいれば、状況は悪くなるばかり。

 重い足取りで街の方へ歩き始める。


 エスエスの持っていた干し果実などの食べ物も、ラナリアとシルコが持って来た非常食も全部食べてしまっていた。


「……」


 もう、既にラナリアとシルコの間にも会話は無くなっていた。

 少しでも安全な場所に近づいて行くしかない。

 黙々と歩く。

 死んだように寝ているエスエスの事も心配だ。


「早く、早く」


 気持ちは焦るが、疲労のために思うように足が前に出ない。


 遂に夜が来てしまった。

 まだ街までは随分距離がある。


 思わず顔を見合わせるラナリアとシルコ。


 何としてでも街に帰るしか無い。

 野宿をするという選択肢は無かった。

 それはある程度の実力のある冒険者のすることだ。

 交代で見張りを立てて仮眠する。

 魔物や盗賊が襲って来ても撃退する力が無ければどうにもならない。


 ラナリアは魔法が使えるので、戦闘力が無い訳ではない。

 でも、今の弱った体力で無理に火魔法でもぶっ放せば、ラナリアの命すら危ない状況だ。


 やはり歩こう、と決意を新たにした時、後方から物音が聞こえた。

 まだかなり遠くだがこちらに近づいて来る。


 どうやら馬車のようだ。


 警戒するラナリアとシルコ。


 この状況で馬車が通りかかって助かったのだろう、と思うのは日本人だけである。

 この場合、 馬車に乗っている人が助けてくれるとは限らない。

 むしろ襲われて酷い目に会う可能性を警戒するべきなのだ。


「油断しないでね」


 ラナリアはシルコに声をかける。


「いざとなったら火魔法を使うわよ」


 ラナリアは、悪人に蹂躙されるくらいなら自滅覚悟で相手を燃やしてやろう、と決意している。


 シルコは、こんな時のラナリアの赤い髪は炎のようだ、と思った。

 普段は、艶のないボサボサの髪なのに不思議だった。


 そして、シルコはエスエスを背中から降ろして街道の傍の草むらに寝かせる。

 更に、自分はラナリアの前に立ち、油断なく身構える。

 腰の短剣に手がかかっている。

 ラナリアもローブの中で杖を構えている。


 これは、2人の戦闘隊形だ。

 決して強くはない2人だが、せめてその力を最大限活かすためのフォーメーションである。

 敵が襲ってきたときには、シルコが足止めをして、ラナリアが魔法で仕留めるのだ。

 魔法には詠唱の時間が必要なので、どうしても前で時間を稼ぐ人が必要になる。


 シルコは、こういう前衛に向いているわけではないが、他にいないのだから仕方ないのだ。


 2人は街道の脇に退いて、戦闘態勢のまま、その場で馬車をやり過ごそうとする。


 馬車が近づき、目の前を通り過ぎる。


 馬車は2台。

 2頭立ての大きな馬車だ。

 使い込まれているが、結構高級な馬車だろう。

 大きな客室を引いている。

 馬車にあまり装飾がされていないところを見ると、貴族では無く商人のものかも知れない。

 冒険者風の屈強そうな男が御者をしている。

 ボディガードを兼ねているのか。


 その馬車の後ろには、幌馬車が続く。

 商品を積んでいるのかも知れない。


 夜になり、急いでいるのだろう。

 かなりのスピードでラナリア達の目の前を通り過ぎる。


 御者の男は、チラッとラナリア達に視線を飛ばしたが、すぐに前を向く。

 馬車の客室の窓からは、ジッとこちらを見ている男がいる。


 緊張するラナリアとシルコ。

 しかし、馬車はそのまま通り過ぎて行った。

 ホッと息をつく2人。


 と、その時、馬車が少し離れた所で停車した。


 ラナリアとシルコに再び緊張が走る。


 馬車から2人の男が降りて来た。


 冒険者風の男と、その後ろに小太りの中年の男。

 冒険者風の男は、背の高い筋肉質の人間族だ。

 もし戦闘になったら、確実に勝てないだろう。


「やあ、お困りの様子にお見受けします。手助けは必要ですか?」


 後ろの中年の男が声をかけてきた。


 こちらは強そうには見えない。

 上等な服を着て、身なりの良い人間族だ。


 やはり、商人とその護衛に見える。

 とりあえず、すぐに襲ってくる訳では無いようだ。

 冒険者風の男も油断の無い視線を寄こしてはいるが、攻撃して来る様子は無い。


 更に、小太りの男が口を開く。


「見たところ、後ろで寝ているお子さんは大分具合が悪いようだ。宜しければ馬車に乗って行きませんか?」


 本当なら有難い申し出だが、ラナリア達は警戒する。


「警戒なさるのも当然ですが、私には他意は無いですよ。この暗い中、街まで歩くのは危険です。馬車ならすぐですから。あ、私は商人のバギーと申します。後ろの幌の中で宜しければどうぞ」


 これを聞いたラナリアは大丈夫そうだと判断する。

 何より本当に困っているのだ。

 渡りに船である。


 しかし、シルコは小声でラナリアに告げる。


「このバギーって商人は怪しい感じがする。やめた方がいいと思う」


 ラナリアも小声で答える。


「それでも乗せてもらおう。このまま歩くのは無理だよ」


「いや、でも……」


「アタシ達から何を盗ろうっていうのさ。ま、いざとなったら火魔法をぶっ放して積荷ごと燃やしてやるさ」


 ラナリアは景気の良いことを言っているが、魔法を使うのは命懸けになる。

 それに、シルコは自分の胸に刻まれている奴隷紋が、僅かに反応しているように感じているのだ。

 シルコにも目の前の商人たちに悪意がないのは感じていた。

 でも、胸の奴隷紋の反応が気になる。

 ハッキリとは分からないが、嫌な予感がするのだ。


 商人のバギーが言う。


「そこで寝ているお子さんが心配だ。いや、私にもそれくらいの孫がいましてね。放ってはいられないんですよ。さ、さ、どうぞ、どうぞ」


「ご親切にありがとうございます。宜しくお願いします」


 ラナリアが決めてしまった。


 シルコは止めたかったが、エスエスのことがある。

 エスエスの傷は一刻を争うかも知れない。

 仕方なく従うことにする。


 エスエスを抱き上げるシルコ。


 それを見ていたバギーが言う。


「そのお子さんの傷は酷そうだ。早く手当てをした方がいい」


 後ろの幌馬車に乗り込むエスエスを抱いたシルコ、ラナリアに続き、バギーも乗り込んできた。

 荷物は積んであるが、大きな幌馬車なのでスペースには余裕がある。


 馬車が出発する。


「ん!お子さんかと思いましたが、この方は小人族ですね。これは珍しい。いや、それにしても酷い傷だ。おや、まてよ、この傷は……」


 バギーはラナリアに、エスエスが倒れた状況と傷を負った原因を聞く。

 バギーは少し考えると、改めて口を開く。


「この傷と症状から考えると、これは寄生虫の仕業だと思います。寄生虫と言っても小型の魔物の幼生ですね。放っておくとこのまま身体が蝕まれ死んでしまいます。以前に同じ症状の人を見たことがありますから間違い無いと思います」


「そ……そんな……」


 ラナリアとシルコは絶句する。

 あまりのことに思考がまとまらない。


「そこでですね……」


 バギーは積んである荷物をゴソゴソと漁り始め、一つの小瓶を取り出した。

 赤黒い液体が入っている。


「実は私は、街で薬を扱っている商人です。お医者さんや貴族の皆様に薬を卸しています。あなたが持っている薬草もかなり品質の良いものですね」


 バギーはラナリアが運んでいた薬草に目を向ける。


「でも残念ながら彼の症状は、薬草や通常の治癒魔法では治りません。この薬は、魔物に寄生された時に使う専用の治療薬です。ある植物に特殊な治癒魔法をかけて抽出して作られるものです。彼を治すには、この薬を使うしかありません。街の病院でも同じことを言われると思いますよ。でも私は、この場で薬を使うべきだと思います。彼の症状は一刻を争うと思いますから」


「でも、その薬は高いんじゃ……」


「はい、高いです。安くても金貨5枚はします。街の病院でもそれ以上かかると思います」


「金貨5枚……」


 ラナリアは途方に暮れる。


 異世界のランドにも通貨がある。

 紙幣を作る技術は無く、すべて硬貨だ。


 銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨になる。

 銅貨は日本円で約10円の価値がある。

 だから、銀貨は約1000円、金貨は約10万円の価値になる。


 でも異世界と日本では、物価も物の価値も違う。

 金貨5枚で50万円といっても、それだけあればラナリア達は2人で2年以上暮らしていける。

 それに、金貨など触ったことも無い。


 バギーは、そんなラナリアの様子に軽く頷くと話を続ける。


「本当は金貨5枚のところですが、今回は金貨1枚とそのお持ちの薬草で手を打ちましょう。無料で差し上げたい気持ちもありますが、私も商人です。人情だけで大損する訳には参りません。その代わりと言ってはなんですが、この場でこの薬を試してみて、効果が無ければお代はいりません。如何でしょうか?」


 悪い話では無い。

 バギーの言う話が本当のことなのかは分からない。

 でも街の医者に診せたところで、効果もなく料金をボッタくられるのも日常茶飯事だ。


 何より、このバギーという商人からは悪意が感じられないのだ。


 しかし、シルコは一抹の不安を隠しきれない。

 胸の奴隷紋が疼くのだ。


「この人は、唯の薬売りでは無い……」


 シルコは確信していた。

 背中の毛もゾワゾワする。

 でも、バギーが悪人だとは言い切れない。

 それに、エスエスのことが気掛かりで、しっかり判断し切れない。


 反対しないシルコを見て、ラナリアはバギーに告げる。


「お願いします。でも、今はお金が払えません。図々しいのは承知の上でお願いしますが、借金をさせて貰えないでしょうか?」


「分かっています。金貨は大金です。借用書をお出ししますから、分割で払って頂ければ結構ですよ。なあに、こんな質の良い薬草を採取出来る方達なら大丈夫でしょう」


 バギーはそう言うと、寝ているエスエスの足を観察する。

 腫れ上がりただれている。

 その腫れは、既に左足の付け根の方まで広がっている。


 そして、ふくらはぎにちょっと大きめの傷を見つけた。


「ここのようですね」


 バギーは呟くと、エスエスをうつ伏せにして、そのふくらはぎの傷に赤黒い液体の薬を垂らしていく。

 薬は傷口に吸い込まれるように吸収されていく。


 息を呑むラナリアとシルコ。


 薬は全部吸い込まれてしまった。

 それから1、2分。

 エスエスが呻き声を上げたと思ったら、激しく苦しみ出した。


「うおおおおぉぉぉぉっ」


 叫び声を上げる。

 身体が硬直しているのか、暴れることはしなかった。

 でも、腫れた左足は激しく痙攣している。


「ちょっとどうなってるのよ!大丈夫なの!」


 ラナリアが慌てて抗議する。


「大丈夫です。見ていて下さい」


 バギーは落ち着いている。


 シルコは、自分も硬直してしまって声も出ない。

 今にも自分が倒れそうだ。


 すると、エスエスのふくらはぎの傷口から、何やら白い紐状の生物が出てきた。

 直径は5ミリ位で、蛇かミミズのような生き物だ。

 エスエスのふくらはぎから20センチくらい出てきて、鎌首を持ち上げているような格好をしている。

 その先端の部分がパカッと開くと


「キーッ」


 威嚇するような耳障りな鳴き声を上げた。

 そして、ズルリとエスエスの体外に這い出した。

 全長が30センチ位の白いヌルヌルした紐状の生き物である。


「バチン」


 バギーが板切れでその生き物を叩き潰し、そのまま無表情で、板切れごとその生き物を馬車の外に投げ捨てた。


「はぁ、これで良いでしょう。もう大丈夫だと思いますよ」


 エスエスを見ると、グッタリとしてはいるものの、顔色がみるみる良くなって、静かな寝息を立てている。


「ラプラ……」


 シルコが呟く。

 以前に読んだ本に書いてあったのを思い出したのだ。


 それを聞いたバギーが、驚いた顔をしてシルコを見る。


「よくご存知でしたね。ずっと南の方にいる魔物なんで、この辺りの人は皆、知らないはずなんですけどね」


 さすが情報通のシルコである。

 でも今回は、全く役に立っていないのが残念である。


 バギーは説明を続ける。


「この魔物はラプラと呼ばれる寄生生物の幼生です。他の生物に傷口から侵入して、その生物の体の中で育ちます。成長すると寄生した生物を食い破って出てくるという、とんでもない魔物です。エスエスさんでしたっけ、この方も危ないところでした。もう少し遅ければラプラの幼生が内臓に達するところでした。そうなってしまうと、たとえラプラを取り出しても助からない可能性が高かったと思います」ー


「ありがとうございます。本当に助かりました。お金は必ずお返しします」


「はは、いいんですよ。では借用書を作ってしまいましょう。もし宜しければ、今後も薬草を私の所に卸して頂けると助かります。これだけ質の良いものなら高値で買い取らせて頂きます」


 そして馬車は無事に街に着いた。


 大変な1日だった、とラナリアは思った。

 とにかく帰って眠りたい。


 シルコは自分の心配が杞憂に終わったことを素直に喜んでいた。

 朦朧としているエスエスを背負って家へと急ぐ。


 ラナリアとシルコの家に着いた3人は死んだように眠りにつくのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ