第11話 旅の始まり
エドキのアジトへの襲撃を終えて、ワタルはラナリア達の待つ廃屋へ戻ってきた。
「ワタル、怪我はない?」
シルコが心配そうに声をかける。
「何故か全く大丈夫だ」
ワタルは答えながらも、心配しながら待っていてくれる仲間がいることに嬉しさを感じる。
そういえば、ずっとなかったよなぁ、こういう感じ。
部活もやってなかったし、友達もいなかったからな。
などと感慨にふけっていると
「何、ニヤニヤしてんのよ。早くここを離れるよ」
と、ラナリアの責が飛ぶ。
貧民街の危険地帯に長居は無用である。
気配を抑えつつ家に戻った。
「それにしても、ワタルがあんなに下手くそだとは思わなかったわ。セリフを考えた甲斐がないわよ」
家に戻ったとたんシルコが文句を言う。
「棒読みのくせに、厨二臭いのよね」
厨二とか異世界にもあるのかよ。
と、ワタルは思うのだか、その通りなので反論できない。
「でも上手くいったんだから許してくれよ」
ワタルは何故か下手に出てしまう。
「ワタル、本当にありがとう」
エスエスは目に涙を浮かべて感謝している。
それだけでもワタルは報われた気がした。
本当は、ラナリアもシルコも感謝してくれているのは分かっている。
今回の一件で、偶然も味方してくれたとはいえ、ワタルは仕事をやり遂げた。
このことで、ワタルの中で何かが変わった気がした。
多少歪であっても、成功体験は人を大きく成長させることがある。
ワタルは、この異世界で積極的に色々挑戦してみる気になっていた。
「ワタル、ご苦労様。上手くいって良かったわ」
ラナリアが発言する。
「でも、一つだけ問題があるわ。最後にワタルは、貴族も始末する、って言ったでしょ。あれは不味かったわね」
ラナリアは続ける。
「エドキから貴族に伝わるかどうかは分からないけど、もし耳に入ったら大変よ。トルーレ伯爵に喧嘩を売ったことになるわ」
「そうか、何となく勢いで言っただけだったが、そういうことになるのか……」
「まあ、どっちにしてもエスエスを狙ってくるのなら、敵対せざるを得ないけどね」
ここでシルコも話に加わる。
「でも、今すぐ奴らを相手にするのは危険過ぎるわ。トルーレの後ろには領主のキャベチがいるのよ」
「そうね。やっぱりこの土地を去るしかないわね」
ワタルは少し驚く。
「すまない。俺が調子に乗って余計なことを言ったばっかりに……」
しかし、ラナリアは明るく応える。
「どっちにしても、貴族なんかに目を付けられた時点で、こうなることは分かってたのよ。ただ、ちょっとそれが早くなっただけよ。あまり気にしないで」
「とにかくキャベチ領は出ないとね。急いで出発しましょうよ。とりあえず、隣のノク領に向かいましょう。あそこなら深淵の森も近いしね」
シルコも同意している。
森が近い方がエスエスにとって安心だろう、という配慮からの行き先決定だ。
ノク領は、キャベチ領の東に隣接していて、北側にある深淵の森に接している。
そして、どうにもならない程追い詰められてしまったらエスエスを森に帰すしかない、という可能性を考えてのことでもあった。
もちろんエスエスには、その考えは教えていない。
エスエスはかけがえのない仲間で、森に帰したい訳では決して無い。
しかし、貴族を相手にするということは、それ位の覚悟がいる、ということだった。
命がけなのだ。
ラナリアとシルコは、貴族の恐ろしさ、冷酷さ、その力を身に染みて分かっている。
だが、森の小人族であるエスエスは、その辺りのことについてはちょっと疎いのだ。
平和な日本にいたワタルに至っては全く話が分からない、と言ってもいいだろう。
国家権力を相手に本気で喧嘩する、みたいなものなのだ。
現実的には、とりあえず逃げるしかない。
敵となる貴族の治めている土地に住んでいるわけにはいかない。
目指すはノク領だ。
ラナリア達は、その日のうちに出発したのだった。
「久しぶりの長旅ね」
シルコはちょっと嬉しそうだ。
周りの景色を機嫌よく眺めている。
既にチルシュを出て、隣のザランの街に向かっている。
実は、彼等は徒歩ではなく馬車に乗っている。
最初は路銀もあまりないし、徒歩で向かう予定だった。
森の近くの街道を使い、エスエスの結界を利用して、森で休みながら旅をする計画だった。
エスエスは森の一族のスキルとして、森の中に結界を張れる。
結界内は、周りの世界とは切り離されていて、安全に眠れるのだ。
あまり強い魔物だと破られてしまうこともあるらしいが、街道に近い森ならば、そんな大物が来ることもない。
以前に、エスエスが魔物に寄生された時は、エスエスが地中に結界を張っていなかったために魔物の侵入を許してしまったのだ。
森の中限定ではあるが、本来なら、とても優れたスキルなのである。
さて、一行が乗っている馬車はバギー商店のものである。
ザランに向かう馬車に便乗させてもらっているのだ。
ザランまでの日程は大幅に短くなり、護衛の冒険者の人も一緒だ。
本当に有難い話だった。
何故、こんな優遇を受けているのかと言えば、それはバギーの好意によるものだ。
ラナリア達はチルシュを旅立つ前に、売り損なっていた薬草を売ろうとしていた。
旅の路銀が心許ないのが理由である。
それならば、バギー商店をもう一度見に行こう、ということになった。
心配しながら行ってみると、バギー商店は無事に開店していて、バギーも店で働いていた。
声をかけると、バギーが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「みなさん、ご無事でしたか。心配していたのですよ」
「バギーさんも無事で良かったわ」
バギーは、一行を店の奥の部屋に通すと話し始める。
「あの後、私のところにトルーレ伯爵の使いと申す者が来たのです。私に有無を言わさず、金貨1枚を投げてよこすと、あなた方との借金の証文を持って行ってしまいました。私としては、こんな無法を認めたくはなかったのですが、相手が伯爵では争うことも出来ませんでした。本当に申し訳ないと思っています」
「なるほど、それは仕方ないと思いますよ。貴族の無法は、今に始まったことではないですから」
と、ラナリアが応える。
前にバギー商店を訪れた時は、店内が荒らされていた。
バギーが、相手の無法に抵抗したことは明らかだった。
それでもどうにもならなかったことを責めるわけにはいかない。
だが、シルコは少し怪訝な様子でバギーに尋ねる。
「どうしてトルーレ伯爵は、我々の借金のことを知ったのでしょう」
バギーは、ハッとした顔をしたが、その後すぐに頭を深く下げる。
「申し訳ありません。それについては全面的に私のミスです。情報は私が漏らしました」
「顔を上げて下さい。私たちは、あなたがエスエスを助けてくれたことを大変恩義に感じています。責めるつもりはありません。ただ、今後のために、詳しい事情をお聞かせください」
バギーは頷いて話し出す。
「私は、お付き合いのある貴族の方に、ついあなた方との出来事を話してしまったのです。私としては、寄生した魔物に対する薬の話をしたつもりだったのですが、迂闊でした。その貴族の方からキャベチ公爵に話が伝わった可能性があります。キャベチ公爵は、小人族の男性を買い集めているという噂がある方ですから」
話を聞いていたエスエスは身震いする。
小人族にとってはおぞましい話だ。
「エスエスさんを狙ったキャベチ公爵の命を受けて、腹心のトルーレ伯爵が動いているんだと思います」
話を聞いて、シルコが応える。
「なるほど、分かりました。そのことについては仕方なかったと思います。バギーさんが話さなくても、いずれ何処からかキャベチ公爵に伝わってしまうでしょうから」
「そう言って頂けると助かります」
バギーは再び頭を下げた。
しかし、シルコは質問を続ける。
「もう一つ教えて下さい。そのお付き合いのある貴族の方とは、どういう関係のご商売での知り合いですか?クスリの関係者にしてはエスエスの話が伝わるのが早過ぎると思うのですが」
バギーは顔を上げ、少し困ったように言う。
「ご質問の意味が分かりかねますが……」
「では、これを見てください」
シルコは、胸のボタンを外すと襟元を広げて、奴隷紋をバギーに見せる。
バギーは驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻る。
「なるほど、そういうことですか。失礼だがシルコさんは獣人とは思えないほど洞察力が鋭いようだ。そうです。シルコさんの推察通り、私は奴隷商人です。元ですが。今は本当に薬の商人で奴隷は扱っていません。でも、先ほど話に出た貴族の方は、確かに奴隷商人時代のお客さんでした。だから、エスエスさんのことにも敏感だったかも知れません」
「いえ、バギーさんの過去を詮索するつもりではありませんでした。ただ、どうしても気になってしまったのです。何も無いなら良いんです。すいませんでした」
シルコも頭を下げてバギーに謝る。
「こちらこそ、誤解のあるままでは気持ちの良いお付き合いができませんからね。良かったですよ。それよりも、その奴隷紋、機能していないようですね」
「分かるのですか?」
「はい、元プロですから。でもその紋章はトルキンザ王国のものですね。この国のものなら私でも扱えるのですが、あそこの国の奴隷紋は特殊なんですよ。専用のスキルを持っていないと外せないと思います。もしお望みなら、トルキンザにいる昔の仲間に紹介状を書きますよ。彼ならその奴隷紋を解除できるかも知れません」
「本当ですか?是非お願いします!ありがとうございます!」
シルコのテンションが急激に上がる。
「私、本当はこの奴隷紋はもう外せないんじゃないかと思っていて、半ば諦めていたっていうか、諦めきれないっていうか……」
今度は泣き出した。
シルコが情緒不安定である。
「ありがとうございます。今回の件が落ち着いたら必ずお礼に伺います」
ラナリアがシルコの代わりにお礼を述べた。
この間、実際のターゲットとなっているエスエスは、完全に蚊帳の外である。
さらわれるにせよ、守られるのせよ、エスエスが当人なのだが、本人はうすらボンヤリした表情でお茶をすすっている。
ワタルに至っては、また更に蚊帳の外の外である。
バギーに紹介すらされていない彼の前には、お茶も出されていない。
隠密スキルを発動していなくても、元々影が薄いのである。
一行の荷物持ちくらいに思われているのだろうか?
それでも、シルコの涙にもらい泣きしているのは痛々しい。
そんなこんなで、今、一行は馬車に揺られているのだ。
奴隷紋をなんとかできるかも知れない、という希望が生まれただけでシルコは幸せを感じていた。
何となくゴキゲンであった。
この馬車は、バギーの好意で乗せてもらえることとなった。
料金は、持ち込んだ薬草だ。
それで、ザランまでの食費も込みである。
破格の条件であった。
ザランまでは約3日の予定である。
順調に馬車は進んでいる。
今の所、特にやる事もなく馬車に揺られているだけだ。
そんな中、ワタルは魔法に興味を示す。
地球には無いのだから当然だ。
「なあ、ラナリア、魔法ってどうやるんだ?俺にもできるのかな」
「簡単な生活魔法ならワタルにもできるはずよ。体の中の魔力をイメージした力に変えて外に放出するのよ」
「なるほど、イメージか」
「そうよ。そのイメージをつくるのが詠唱の力よ。呪文を唱えながらイメージを強く持つようにするの」
「ちょっとやってみたいんだけど、教えてくれない?何からやればいいのかな」
「いいわよ。最初は火魔法か風魔法がいいんじゃないかしら。火魔法は体内のエネルギーを火に変化させるイメージ、風魔法は空気を動かすイメージよ」
「じゃ、最初は火魔法で」
「火魔法は体力を消耗するから辛いのよ。ちょっとだけやって見せるから真似してみて」
ラナリアは詠唱を始める。
「我の名に於いて世の理に命ず。我が内なる力、炎となりて顕現せよ」
ポッ
ラナリアの人差し指の先に、ライターの火くらいの大きさの炎が灯った。
「おおぉ!すごい。俺もやってみよう」
ワタルも詠唱をしてみる。
「えー、我の名において……えーと、世の中の、えー、何だっけ?」
「ちょっとアンタ、馬鹿にしてるの?ちゃんとやりなさいよ」
「分かってるよ!えー、我が力よ……炎となれぃ、せよ!」
何も起こらない。
「駄目に決まってるでしょ。こんなんで出来ちゃったら、逆にビックリよ。そういえばワタルはセリフ棒読み男だったわね。詠唱も酷いわ」
「初めてやったんだから仕方ないだろ。でもさ、要するにイメージなんだろ。強力にイメージ出来れば、詠唱なんて関係無いんじゃないの」
「理屈はそうかも知れないけど、そう簡単に出来ないから皆苦労してるんでしょ」
この時ワタルには、閃くものがあった。
「ちょっと試してみるよ」
ワタルはイメージする。
自分の手が着火用のライターになった。
ガスは満タン。
人差し指の先に着火用の火が着く。
「カチッ」
ワタルが口に出すと
ポッ
ワタルの指先に火が灯った。
「マジで!?」
ワタルとラナリアが同時に声を上げる。
「できちゃったよ。やっぱりイメージなんだな、うん」
納得しているワタルを見て、ラナリアが言う。
「アンタめちゃくちゃだわ。こんなの見たことないわ。カチッ、て何なの。あれが詠唱なの。ふ、ふざけるんじゃないわよ!」
ビックリしたり、感心したり、激怒したり、ラナリアは忙しい。
でも、これはまだ序の口。
ラナリアが本当に驚くのはこれからなのだ。