第114話 死んだ街の商人
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馬上の騎士2人を葬り去り、その後、表通りに貧民街の住人達が多数現れたにも関わらず、街の様子は静かなままである。
全く人目が無かった訳では無い。
この騒動を遠目に見ていた住人もいたのだが、特に騒ぐ様子も無く立ち去っている。
本来なら、領主直属の騎士が街中で殺されれば大事件である。
衛兵がすっ飛んで来るのは勿論、野次馬で大騒動になっているはずである。
何事も無かったかの様なこの状態は、明らかに異常であった。
「静か過ぎるな。街が死んでいる、というのはこう言う事なのかな」
ワタルの呟きに、ラナリアが頷いている。
そこに、ルレインが戻って来た。
「冒険者ギルドは、殆んど機能していなかったわ。ギルドマスターも不在で、事務担当の人が数人いるだけよ。情報も殆んど入って来ていないわ」
ルレインは、報告しながら少し暗い表情を見せている。
冒険者ギルドは、元々彼女が働いていた組織だし、その機能や組織力を信頼もしていただろう。
それが、他の領とは言え、機能を失っている事に少なからずショックを受けている様だ。
「かなりの数の冒険者がキャベチ軍に徴兵されたらしいわ。それと同じ位の数の冒険者は、国外に脱出したらしいけど……冒険者がいなくなったら、ギルドは成り立たないわよね」
寂しそうに話すルレインは可哀相だが、これでは情報が足りない。
具体的なキャベチ軍の動向が知りたい所だ。
「バギー商店に行ってみようか。やっているか分からないけど……」
「え?ああ、そうね。私も奴隷紋の報告をしたいわ」
突然のワタルの意見にシルコが同意する。
バギーは、ワタル達がチルシュの街を脱出する時に力を貸してくれた商人だ。
こんな時に商売を続けているとは思えないが、この街に他に有力な知り合いもいない。
急ぎバギー商店に向かう一行。
当時の事情を知らないルレインやイリア、従者コンビには、移動しながらラナリアが説明している。
バギー商店の近くまで来ると、店に忙しく出入りしている人の姿が見える。
どうやら店は稼働している様だ。
ホッとしたワタルが店に近付くと、丁度中からバギーが出て来た。
店の前には大型の馬車が停まっていて、バギーは忙しそうに店員らしき人達に指示を出している。
「こんにちは。バギーさん」
「はい。こんにちは、えーと……貴方は……」
ワタルが声をかけたが、バギーはすぐには分からない様である。
チルシュを脱出した時に顔を合わせているものの、当時ワタルはほとんど話をしておらず、バギーから見ると荷物持ちの男の子の様に見えていた。
とても覚えているはずは無いのであった。
「我が主人を忘れているとは、この商人はどういう了見か……」
「こ、これは、仕方無いのよっ」
コモドが小声で呟きながら、槍に手をかけているのをシルコが慌てて諌めている。
「お久しぶりです。バギーさん。エスエスです」
雰囲気を察したエスエスが声をかける。
「おや、貴方は森の小人族の……よくぞご無事で。あ、貴方は旅に出ていたのでしたね。今、小人族の村は大変なんですよ」
「ええ、村はもう大丈夫です」
「え?大丈夫って……公爵様の軍隊が向かっているのですよ。それはもう、凄い数の兵士達で……」
バギーは訳が分からない様である。
「こんにちは。ラナリアです」
「シルコです。お陰様で奴隷紋が外れたんですよ」
混乱するバギーにラナリアとシルコが追い打ちをかける。
「え?貴女がラナリアさん?え?え?シルコさんですか?」
「あたし達、元の姿を取り戻したんですよ。バギーさんのお陰です」
この後、パニクっているバギーに、ルレインとシルコが自分達の顛末を説明して、ついでにキャベチ軍がほぼ全滅した事を告げたワタル達。
チームハナビが殆ど単独でキャベチ軍を滅ぼした事は伏せておいた。
簡単には信じて貰えなかっただろうし、バギーがこの地で現在、どういう立場にいるのかも分からなかったからである。
「とにかく中にお入り下さい。ちょっとバタバタしていますが……実は、我々はキャベチ領を脱出するつもりなのです。その前にお会い出来て良かった」
店の奥にメンバーを案内するバギー。
応接室の様な所に案内された一行だが、大分荷物が整理されていて装飾品などは見当たらない。
それでも大型のソファがあり、それぞれが空いている席に腰を下ろす。
コモドは入り口付近に立ったままだ。
護衛としての意識が強いのだろう。
ヒマルはワタルにくっ付く様に座っている。
同じ従者の立場でも、感覚はそれぞれ違う様である。
彼らの行動に対しては、メンバーは誰も突っ込まない。
好きな様にさせている、と言うか、放ったらかしである。
「いやぁ、皆さん見違えました。これでは、声をかけて頂かなければ分かりませんでしたよ。それに、素晴らしいメンバーの方も増えた様で何よりです」
「分かるのかしら」
「私は戦闘は専門外ですが、商人として沢山の冒険者の方と接していますからね。これでも、見る目は確かなんですよ。実は、今でも膝が震えている程なんです、ははは」
気配を抑えているワタル達の実力の一端を感じ取れるバギーは、商人としても一流なのだろう。
逆に、そうでなければこのキャベチ領で、今だに店を開けていられる訳も無かった。
「この街はもうおしまいです。これだけ無茶な徴兵をしたら、街が保ちません。それに、もうキャベチ領そのものが駄目になるのも時間の問題でしょう。私の商店は、これまで軍に薬草を卸していた関係で、これまで何とかやっていましたが、他の殆どの商店は潰されてしまいました……」
と、バギーがここまで話した所で、部屋の外で大声が聞こえ、部屋のドアが勢い良く開けられた。
「ラナリア、ラナリアの姉御が来てるって!?」
部屋に飛び込んで来たのは、背中に大剣を背負った背の高い男である。
服の上からでも、鍛えられた身体をしているのが見て取れる。
顔付きは強面だが、その表情は、眉が八の字になり、今にも泣きそうになっている。
スミフであった。
彼の後ろからは、ドバジが顔を出した。
彼らは、ワタル達が最初にキャベチ領を脱出しようとした時に、ノク領との領境の近くまで一緒に旅をした者達である。
協力して盗賊を退治した思い出もある。
その時、スミフはあまり役に立たずにやられてしまったので、当時しきりに恐縮していたのであった。
その盗賊から手に入れた【盗賊の剣】と【盗賊の弓】は、ワタル達の戦闘力の強化に、劇的な効果をもたらしたのであった。
その時に、盗賊の頭領が持っていた大剣を、大き過ぎて使い難い、という理由でスミフに譲ったのがラナリアであった。
「あれ、ラナリアの姉御は何処に?」
部屋に飛び込んで来たスミフは呆然としている。
「こちらがラナリアさんですよ。若く美しくなられて見違えましたがね」
「久しぶりね」
バギーの紹介に、ラナリアが胸を張る。
「あなたの姉になった覚えは無いけどね」
「え?貴女がラナリアさんですか?いや、これはホントに驚いたな」
スミフは物凄く驚いた様子だったが、気を取直した様に姿勢を正して、ラナリアに頭を下げた。
「貴女がこの【盗賊の大剣】を与えてくれたお陰で、俺はBランク冒険者になれたんです。感謝しても感謝しきれません。俺は、正式にバギーさんに護衛として雇われて、姉御の帰りを待っていました」
【盗賊の剣】や【盗賊の弓】もそうだったが、この盗賊シリーズの武器には、持ち主の攻撃を適正化する働きがある。
自然に誤差を修正して、最適の攻撃を誘導してくれるのだ。
この武器の性能で、以前の持ち主の盗賊団は無敵の強さを誇っていたのだ。
ワタルのステルスの前には通用しなかったのだが……
ワタル達と別れた後、スミフは【盗賊の大剣】を使う事により、グンと腕を上げていたのだろう。
スミフが、ラナリアに恩義を感じていたのも納得出来る話である。
しかし、あの時、ラナリアは【盗賊の大剣】の特殊効果を知らなかったので、気軽にスミフに譲ったのだった。
「別にそんなに恩に着なくても良いわよ。腕が上がったのは貴方の努力でしょう」
「いや、こんな凄い性能の武器を、何の躊躇もなく俺なんかに譲ってしまう、その度量の広さに惚れた、と言うか……いや、惚れたと言うのは、人間としての事で……」
スミフの声は段々小さくなって、最後の方は呟いている位の声になってしまっていた。
「でも、こんなに綺麗な人なら本当に惚れても……いや、これから惚れるのか……もう俺もBランクだからな、釣り合いが取れない事も無いだろうし……」
何だか1人でブツブツと言っている。
そんなスミフの後ろから、ドバジが進み出て口を開く。
「皆さん、せっかく帰って来たのに気の毒ですが、早くこの街、いや、このキャベチ領から出た方が良いですよ。戦えそうな冒険者が見つかると、すぐに軍に連れ去られてしまいますから」
本当に心配な様子でドバジは続ける。
「街の中を見回っている衛兵に見つかったら大変です。今も軍を編成する為に、人狩りのような事をしています。問答無用で軍に捕らえられてしまうでしょう」
「あぁ、それならもう会いましたよ。返り討ちにしましたけど」
「ええっ?」
ワタルの返事にドバジは驚いた声をあげた。
「大丈夫だったんですか?かなり強い騎士が回っているという話ですが……」
「そうだったか?」
ドバジの疑問に、ワタルはコモドに目を向ける。
「あの様な者が騎士などとは片腹痛し」
コモドが吐き捨てるように言う。
「取るに足らん、塵芥じゃ」
ヒマルもワタルの横で同意している。
足が床に届かないので、脚をブラブラさせている。
今の話の流れで、この竜人と少女が騎士を処分した事を理解したバギー商店の面々だったが、同時に、この2人の持つ力の凄まじさを感じてしまった。
きっと凄い力を持っているのだろう、と感じてはいたものの、実際にその声を聞くと、それが実感へと変わったのだ。
バギーは、自分の脚の震えが治らないだけでなく、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
ここでワタルが本題に入る。
「俺達は、キャベチを討とうと思います」
これまでの話で、バギー商店がキャベチに対して良く思っていない立場だと認識したワタルは、自分達の目的を明かす。
「それで、キャベチとその軍の詳しい状況を教えて欲しいのです」
バギーは、目をまん丸に見開いてワタルを見る。
そして、その周りのメンバーに目をやると、皆、冗談では無く真剣な眼差しを向けている。
「いくらお強いと言っても、これだけの人数で軍を相手にするのですか?」
「ああ、大丈夫。戦闘力だけで言ったら、このヒマルだけでも国軍に匹敵する強さですよ。むしろ、無理矢理連れて行かれた人を助ける方が難しいんです」
ヒマルの頭を撫でながら、ワタルが答えた。
彼女は気持ち良さそうにしている。
本当は、ヒマルが本気を出したら、国軍が出て来ても全く歯が立たないだろうが……
このワタルの言葉を聞いて、バギーは、膝の震えが止まっている事に気が付いた。
今、目の前にいる恐ろしいまでの戦力は、自分達を救う為にやって来たのだ、と理解したからである。
そして、エスエスが口を開く。
「ボクの村を襲った軍隊をやっつけたのは、このメンバーです。イリアのお仲間の冒険者は村に残ってくれていますが、イリアは一緒に来てくれています。戦力としては十分なはずです。キャベチは再び軍隊を編成して、森の小人族の村に向かうつもりだと思います。ボク達はそれを防いで、仲間や街の人達を助け出したいんです」
エスエスの真っ直ぐな視線を受け止めたバギーは、少し視線を落として、しばらく考えた後に返事を返した。
「分かりました。私の知っている限りの情報をお伝えします。それに、出来る限りの協力もさせて頂きます。幸いにも明日の朝、軍に薬の納入の仕事があります。それを利用なさっても良いでしょう。今日は皆さん、こちらにお泊まり下さい。この街の宿屋も、ほとんど機能していませんから」
これは、ワタル達にとって渡りに船な申し出である。
首尾良く敵陣に侵入出来れば、真正面からぶつかるよりも、ずっと簡単にキャベチを討てるかも知れない。
ワタル達は、バギー達と作戦を練り、その日の夜はバギー商店に泊まる事になった。
住み込みの従業員の数が、戦争のせいで随分と減ったらしく、ワタル達の泊まる部屋は沢山余っていたのだ。
次の朝には、いよいよ作戦開始である。