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第112話 闇の獣人奴隷

更新の頻度が上がらず申し訳ありません。

 今、大声をあげていた司令官の首が転がり落ちる。

 そして、馬上に残された胴体がゆっくりと傾いて、馬からずり落ちて行く。


「し、司令官殿?!」


 突然の出来事に、側にいた副司令官も目の前の出来事に対応し切れていない。

 そして、その副司令官も右の首筋から袈裟斬りに心臓を斬り裂かれ、声も無く倒れる

 。


 ステルス発動中のワタルの仕業である。


 ワタルは戦闘開始当初から敵の司令官を狙ってステルス行動中だったが、味方の攻撃を食らわない様に戦場を避けて遠回りをしていた為に、司令官を仕留めるのがこのタイミングになってしまったのだ。

 完全に気配を遮断するだけで無く、その行動すら認識させないワタルのステルス能力は、こうした暗殺には無敵の力を発揮する。

 しかし、その反面、味方にも認識されない為に、混乱した戦場ではフレンドリーファイアを受け放題、という欠点もあるのだった。


 このワタルの慎重な行動は、首尾良く敵の司令官を仕留めたものの、結果として、闇の獣人奴隷解放、という命令を防ぐには一歩遅かった。

 司令官が死んだとしても、その直前に発せられた命令はキャンセルされなかったのである。


 司令官が倒された事に気が付かない4人の獣人奴隷の担当官らしき兵士が、特殊な鍵の様なアイテムを太い鎖に繋がれている奴隷達の足輪に差し込んで行く。


 カチリ


 と音がして足輪が外れた途端に……


「グオオオォォッ」


 獣人達は叫び声をあげ、闇の魔力が膨れ上がる。

 禍々しい魔力が、それぞれの獣人の体から放たれ、上空へ向かって噴き出している。


 そして、獣人達の目に意志の光が灯った。

 しかしそれは、知性を感じさせない殺意に満ちた光である。

 怒りや苦しみ、怨みや悲しみ、と言ったマイナスの感情を力に変えて行動する狂戦士の眼光であった。


 元々身体能力の高い獣人だが、闇落ちした事により理性を失って、更にその身体能力は跳ね上がっている。

 そして、事前の奴隷紋による命令により、暴力と殺戮を行う事に精神が特化されているのだ。

 自分の体が傷つく事を恐れない、リミッターの外れた殺戮マシーンと化している。


 意志そのものを封印する機能のあった足輪を外された今、たとえこの奴隷達の主人が戦闘中止を命令しても、彼らの暴力は止まらないだろう。

 命令に逆らった時に与えられる、奴隷紋が発する強烈な苦痛よりも、闇の魔力による暴力の衝動の方が強いからである。

 彼らは苦しみながら殺戮を続けるだけだろう。


 これを止める為には、彼らの体力が底をつくか、より大きな力で命を断つより他は無い。


 この様な生体兵器とでもいうべき者を作り上げたキャベチ侯爵は、とてもでは無いがまともな神経では無い。

 まして、軍に随伴させるなどという行為は、自分の軍隊を危険に晒す事にもなりかねないのだ。


 闇落ちしているキャベチ侯爵の真意は常識では測れないが、権力者が闇落ちするという事は、敵味方問わず危険な事なのである。


「グアァァァァン」


 闇の獣人奴隷達はが叫び声を上げる。

 地の底から響く様な声色である。


 その時、


 ガキィィン


 顔を斜め上に向けて叫んでいる闇の獣人奴隷の1人の首元から金属を叩きつけた様な音がした。


 ステルス活動中のワタルである。

 この闇の獣人奴隷を危険と見て、いち早く処分しようとしたのである。

 しかし、ワタルの斬撃は獣人奴隷の首に傷を付ける事も出来なかった。


「駄目か……これ、ドルハンの時よりも硬いんじゃないか?」


 ワタルが悔しそうに呟く。


 ステルス発動中のワタルの行動は、誰にも認識されない為に、ワタルが反撃をされる事は無いのだが、攻撃が通らないのでは役には立たない。


 そして、闇の獣人奴隷達は、ワタルの攻撃を気にする事も無く走り始める。

 血走った目に、口からは涎を垂らしている。

 彼らが走った後には、闇の魔力の残滓が空中に漂う。


 彼らのターゲットは、戦場の中心付近にいるコモドである。

 本能的に一番強い者に向かっている様である。


 コモドの周りには、遠巻きにしたキャベチ兵が様子を伺っていたが、闇の奴隷達は味方の兵がいるのも気にせずにコモドの方へ向かって行く。

 先頭を行く犬の獣人奴隷が、コモドの方へ槍を向けているキャベチ兵に後ろから腕を振るった。


「えっ?」


 そのキャベチ兵は、何が起きたかも分からずに吹き飛んで行く。

 身体が有り得ない方向に捻れながら宙を舞っている。


 熊の獣人奴隷は、後ろから味方の兵士を踏み潰した。


 敵味方の区別が付かないのか、もしくは味方を殺す事に抑止力が働かないのか、何の躊躇いも無く獣人奴隷達は邪魔になる味方の兵士を殺してしまう。

 正に凶戦士である。


「思慮分別の無い者達に同情の余地は無い。穢らわしき闇の者共よ。我の槍で葬ってくれよう」


 強大な力を見せ付ける闇の獣人奴隷達が迫って来ていても、コモドは臆する事も無く槍を構えている。


 ウガァァッ


 先頭を走って来た犬の獣人奴隷が、叫び声と共にコモドに飛びかかる。

 力任せに剣を振るおうと飛び上がった為に、その姿は空中で隙だらけである。


 それでも、そのスピードと迫力は尋常では無い。

 並みの使い手ならば、その迫力に負けて身体を硬直させてしまっただろうが、コモドには動揺する素振りすら無い。


 フンッ


 コモドの持つ【古竜の槍】は、正確に空中の獣人奴隷の心臓に突き出される。

 闇の魔力の効果により、通常の攻撃を受け付けないどころか、魔剣による斬撃すら跳ね返す程に強化された体を持つ獣人奴隷だが、コモドが手にしているのは、 貫けぬ物は無い、と言われている伝説の【古竜の槍】である。


 ガキィン


 金属同士が激突した様な、凄まじい音がした。

【古竜の槍】と一体化したコモドの魔力と、獣人奴隷の身体に染み渡った闇の魔力がまともにぶつかった音である。


 槍の穂先は、獣人奴隷の体表で一瞬拮抗したかに見えたが、その黒ずんだ体表に更に濃い黒色のヒビが入り、槍の穂先が獣人奴隷の身体に沈んで行く。


 そして、槍が獣人奴隷の心臓を貫いた瞬間、獣人奴隷の身体から闇の魔力が四散した。

 黒ずんだ体は、元の犬の獣人の毛色である灰色の体毛へと変化した。

 それと共に獣人奴隷の狂気も霧散したのである。


「……感謝……する……」


 犬の獣人奴隷は、そう言うと事切れたのであった。


「うむ、成仏せよ」


 コモドはそう応えると、槍を引き抜いたのである。


 この世を去る間際に正気に戻った犬の獣人奴隷は、コモドに感謝の意を表していた。

 闇の魔力に乗っ取られていた精神が解放された事への感謝なのか、奴隷として戦わされていた事からの解放への感謝なのか、或いはその両方か……


 このやり取りを見て、他の獣人奴隷達の足が止まった。

 闇の魔力に精神を侵されていても、強者に対する本能が働いたのであろう。

 滅茶苦茶に飛び込むのでは無く、それぞれが武器をしっかりと構えて、コモドに相対したのである。


 一撃の下に犬の獣人奴隷を葬り去ったコモドだが、実際の戦闘の内容は、それ程余裕のあるものではなかった。

【古竜の槍】の貫く力と、コモドの持つ魔力、槍使いとしての高い技術が融合した結果である。

 コモドの力を持ってしても、必ずしも成功すると言うほど簡単な技では無かったのである。


 それに、犬の獣人奴隷は、スピードこそ凄まじかったものの殺意に飲み込まれたまま無防備に急所を晒して飛び込んで来ていた。

 だからコモドにとっても御し易い戦闘だった。


 しかし、今、獣人奴隷達は戦闘態勢を整えている。

 しかも、3人でゆっくりとコモドを囲う様に隙を伺っているのだ。

 この態勢ではいくら竜人のコモドであっても苦戦は必至である。


 それでもコモドは落ち着いて言葉を発する。


「かかって来られよ」


 武人たるコモドにとって、戦局の有利不利は問題では無いのだろう。

 主人を守る事のみが重要なのである。


 少しの間の睨み合いの後、正に戦闘が始まろうかという瞬間に、獣人奴隷達の後ろから声がかかった。


「ちょっと待て!ラナリア、ドレインだ!」


 ステルスを解除して、走り寄っているワタルであった。


 その声に、後方のキャベチ兵に魔法攻撃をしていたラナリアが気付く。


「あ、そうね。何してんのかしら、アタシ……」


 すぐに状況を理解したラナリアが、慌ててコモドに相対している獣人奴隷達に【吸精の杖】を向ける。


 闇落ちの冒険者ドルハンと戦った時に使った戦法と同じである。

 闇の獣人奴隷達のまとう闇の魔力を吸い取って、その力を弱体化させる作戦である。


 ラナリアの魔法が獣人奴隷達の闇の魔法を吸収し始めるが、その時はもうコモドは戦闘に入っていた。


 ガキィン、キンン


 コモドと武器を合わせて派手な音を立てているのは猿の獣人奴隷である。

 素早い身のこなしでコモドの槍を避けながら、間に合わない攻撃には剣を使って槍をいなしている。


 それでも、強力で素早いコモドの槍に対しては避け切れない攻撃が多いのだが、多少の攻撃を食らっても闇の魔力による硬い体に守られて、決定的なダメージは負わずにいる。


「闇落ち、奴隷落ちなどしなければ、高名な武人であっただろうに……」


 コモドも相手の力量を相当なものだだ認めている様だ。

 闇落ちしているとは言え、その剣筋には見るべきものが残っているのだろう。


 しかし、その戦いの隙を突く様に熊の獣人奴隷と牛の獣人奴隷の攻撃が加えられる。

 強力な斧の一撃とハンマーの一撃である。


 コモドはこれらの攻撃は受ける事をせずに、軽いステップで回避する。


 コモドに避けられた斧の攻撃が地面に当たり、大地に深いひび割れを生じさせる。

 ハンマーが地面を叩くと、そこに直径数メートルのクレーターの様な窪みが出来上がる。


 地面を叩いたハンマーを持つ熊の獣人奴隷の腕から、ミチミチという筋肉の切れる音がする。

 狂ってしまった感覚は、獣人の筋力のリミッターを外してしまい、自分の身体が壊れるほどの力を引き出してしまっているのだ。


 コモドだから冷静に対処しているが、常人であれば見ただけで身が竦んでしまいそうな恐ろしい攻撃である。


 しかし、ここでラナリアのドレインの魔法が効果を現わし始めた。

 闇の獣人奴隷達のまとっている闇の魔力が、獣人達を離れてラナリアの方へ流れて行く。

 それに伴って獣人達の黒ずんだ身体から黒色が抜けて行く。


 以前のドルハンとの戦いでは、ドルハン1人分の闇の魔力を杖が吸収し切れずに、ラナリアの身体まで闇の魔力が浸透してしまう事があった。

 あの時と比べると、ラナリアの持つ【吸精の杖】はかなりのパワーアップを果たしていて、魔力を貯めておける容量もかなり増えている。


 しかし、それでも闇の獣人奴隷3人分の魔力を吸い尽くすには容量不足であった。


 それでもかなりの闇の魔力が獣人達から抜かれている。

 獣人達の体の色が、随分と元の色に戻っている。


 これは、闇の魔力による理不尽な程の防御力が弱まった事を意味している。


 すると、これまで体表で弾いていたコモドの槍の攻撃が、猿の獣人奴隷を傷付ける様になった。

 猿の獣人奴隷は防御に徹しているので、コモドの槍が急所を捉える事は無いのだが、避けきれない攻撃が徐々に獣人の体力を奪って行く。

 そして、遂に動きの鈍くなった猿の獣人奴隷の心臓をコモドの槍が貫いた。


 猿の獣人奴隷は、ゴフッっと黒ずんだ血を吐き出した。

 そして、コモドと目を合わせると穏やかな顔付きになり、軽く頷いて見せた。


「うむ、良い戦いであった。もう楽になられよ」


 コモドの言葉に、猿の獣人奴隷は静かに目を閉じた。


【古竜の槍】を引き抜くと、コモドは残りの2人の獣人奴隷達に向き直る。


「参られよ」


 熊の獣人奴隷と牛の奴隷獣人は、無言のままコモドに武器を振るう。


 この2人の獣人奴隷達は破壊力は凄まじいが、前の2人に比べると明らかに戦闘技術が劣っている。

 闇の魔力の力がラナリアによって抜き出された今となっては、その力がコモドに及ばないのは明らかである。

 しかし、それでも闘いを止めると言う選択肢は残されていない様だ。


 コモドもそれが分かっているのだろう。

 容赦の無い槍の刺突が獣人奴隷達の息の根を止める。

 下手な同情は武人の誇りを汚すことになる。


「奴隷となり闇に落ちても、今際の際は武人であったぞ……」


 コモドの言葉は、獣人奴隷達にとって得難い手向けの言葉だったに違いない。


 さて、コモドが獣人奴隷達と戦っている間、チームハナビの他のメンバーは、その他大勢のキャベチ軍の兵士達を蹴散らしていた。


 司令官を失ったキャベチ軍はまとまりを失くし、大多数の者は討ち取られ、また、深淵の森の中に逃げ込んで行った者も多かった。

 しかし、敗残兵として逃げた者も、強力な魔物がひしめく深淵の森を抜けて街に辿り着いた者がいるのかどうかは疑問である。



「おぉい、私達は味方だ!攻撃するなよ」


 キャベチ軍が進軍して来た方向から声がする。

 まだかなりの距離があるが、風の魔法に声を乗せているのだろう、まだ騒ついている戦場にいる者達にも良く聞こえる声である。

 既にキャベチ軍は壊滅し、戦闘は行われていないが、森の小人族の村の周りは、まだ忙しく行き交う人々で慌ただしい状態である。


「あ、イリアだ。おぉい!こっちですよぉ!」


 エスエスが嬉しそうに返事をして手を振っている。


「彼女達も無事だったみたいだな」


 ワタルの言う様に、近づいて来るイリアと、その後ろの数人の冒険者達の足取りはしっかりとしている。

 それぞれが実力のある冒険者なのだろう。


 キャベチ軍の後方を撹乱する作戦は上手く行った様である。

 彼女達の働きも、この戦闘を早く終わらせて、小人族の村に被害を出さない為に十分な役割を果たしていた。


「いやはや、凄まじいものだな。あれ程の大軍を寄せ付けないとは……」


 戦場となった場所を見回しながらイリアは感嘆の声を上げている。


「お互いに無事で何よりです」


 そうエスエスが応える。


 ワタル達とイリアのパーティーは、ガッチリと握手を交わすのであった。




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