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第110話 寝返り御免

ブックマークありがとうございます。

 森の小人族の村の結界は、エスエスが手をかざすと簡単に穴が空いた。

 とは言っても、丁度、小人族が通れるくらいの大きさの穴である。

 ワタルはしゃがんで通り抜けなければならない。


 結界を張ったままで、村人が自由に出入り出来るシステムは便利である。

 ワタルに同じ様な結界を作れ、と言われれば出来無い事は無いだろう。

 しかし、その都度結界の調整をせずに、自動で穴を開けたり閉じたりする機能を構築するのは相当に大変なはずである。

 森の小人族の結界技術の高さが伺われた。



 森に出たワタルとエスエスは、急いで大きな気配の方へ向かう。

 その大きな気配もどんどん近付いているので、すぐに遭遇しそうである。


 敵意の感じられ無い大きな気配。

 だから、不信感はあるものの恐怖感は無い。

 魔物の気配とは違う、人族のそれの様に思われた。


 お互いの位置が相当に近付いて来た。

 真っ暗な森の中なので、目視で確認する事は出来無いが、声をかければ届く距離に入っている。


「ちょっとすいません……」


 訪問先の玄関で声をかける様な調子でワタルが話しかける。

 真夜中の深淵の森の奥地でかける声にしては、あまりにも場違いである。


 相手の気配も、一瞬驚いた様子で動きを止めた。

 周りの木々の動き方から察するに、それほど大柄な者では無い様だ。


「あのう、この先の村に何か御用ですか?」


 今度はエスエスが話しかける。

 全く緊張感の無い物言いある。


 相手の敵意や殺意を敏感に感じ取る2人が、相手の悪意を感じていないからこそ出来る態度である。

 夜の森の中だろうと、戦争中だろうと、安全なものは安全なのだから仕方ないのだ。


 相手の気配は、少しの間躊躇う様にその場に佇んでいたが、やがて緊張を解いた様子でワタル達の方へ歩み寄って来た。


「やあ、私は敵では無い。安心してくれ」


 言葉使いは男っぽいが、声質は女性のものである。

 そして、スラリとした体つきの女性が木の陰から姿を現した。


「君たちは、小人族の村の者たちか?」


 その女性は、ワタル達に話しかけながら近付いて来る。

 そして、その姿がハッキリと見えた途端にエスエスが声をあげた。


「あ、貴女は……やっぱりそうでしたか」


「ん?君は確か……」


「エスエスです。以前、貴女に助けられました」


 嬉しそうな声を出すエスエス。

 この女性は、以前に深淵の森で山賊に襲われたエスエスを助けていた女冒険者であった。


「ああ、あの時の……そうか、あの時は名乗りもしなかったな。私はイリアという冒険者だ。よろしくな、エスエス。それから……」


 イリアはワタルの方へ目を向けた。


「君は、気配通りの冒険者ではなさそうだな。ミグミグの村の関係者か?」


「あ、彼は同じパーティーで冒険者をしているワタルです。ボクの村のピンチに協力してくれているんです」


 エスエスが代わりに答えている。


「そうか……ここで君達に会えて良かった。実はな……私は今、キャベチ軍に潜り込んでいる。明日、村に攻撃が始まる直後に寝返って騒ぎを起こす予定だ。私に同調する者もいるから、キャベチ軍はかなり混乱するだろう。この事をミグミグに伝えて欲しいのだ」


「分かりました。こちらからの攻撃がイリア達に当たらない様に気を付けます」


「ん……そうだな……でも、小人族の村にキャベチ軍に対抗出来るような戦力がいるのか?」


 ワタル達の規格外のパーティーの力を知らないイリアが疑問に思うのも無理はない。


「はい、ボク達がいますから。昨日、ドリアードを救出したのもワタルだったんですよ」


「おお、アレか!あの凄まじい魔獣も仲間なのか。そうか……それなら私達の力は必要無かったかも知れないな。まあ、それでも作戦は予定通り行おう。村への被害は少ない方が良いからな」


「はい。ありがとうございます」


「それでは私は軍に戻ることにしよう。あまり時間がかかると怪しまれるからな。色々と話したい事もあるが、この一件が片付いてからにしよう」


 そう言うと、イリアは森の中を戻って行った。

 その背中を見送りながらワタルが口を開く。


「あれがエスエスの言っていた女冒険者なんだな。イリアか……強くて美人だ。エスエスの話以上だな」


「へへへ……」


 何故かエスエスが照れている。

 憧れていた女冒険者に再会出来て、本当に嬉しそうである。


「彼女は、長老のミグミグに恩があるような事を言っていたので、村を助けてくれる為に動いてくれていたんですね。感激しました」


「そうだな。彼女ほどの強者が撹乱してくれたら、キャベチ軍はタダでは済まないだろうね。戦いは随分楽になるだろうけど、彼女達にこっちの攻撃を当てないようにしないとな。特にラナリアやヒマルには気を付けて貰おう」


 ワタルとエスエスも、そんな話をしながら村に戻って行く。

 明日は、いよいよキャベチ軍との本格的な戦闘になりそうである。

 夜が明けるまで、少しでも体を休めようと急いで村に戻る2人であった。



 さて、深淵の森の夜が明けた。

 普段の朝ならば、小人族の村の周りの森の中では鳥の鳴き声が聞こえたり、魔物の叫び声が響いていたりするものなのだが、この日の朝の森は静かであった。

 水を打ったように静か、と言うわけではないが静まりかえっている。


 それに反して、村の中は慌ただしく小人族が動き回っていた。

 弓の腕に覚えのある者や、攻撃魔法が使える者は村の防衛の準備をしている。

 戦えない者は、土魔法で作った防御壁に囲まれた建物に避難していて姿は見えない。

 最悪の場合、ここが最終防衛ラインになるのだろう。


 まあ、ワタル達はキャベチの兵隊を1人たりとも村に入れるつもりは無いのであるが……


 一方、キャベチ軍は、小人族の村の近くにまで迫っていた。

 森を焼きながら進路を確保しているので、キャベチ軍のいる場所からは常に煙が立ち上っている。

 森の恵みを生活の糧にしている者から見れば、森を焼くなど信じられないほどの愚行である。


 しかし、街での便利な生活しか経験していない貴族が指揮している軍隊においては、森に火をかけることの愚かさに気付く者がいたとしても、それを止められる者はいなかった。

 危険な森の奥地で、逃げ出す事もままならずに、次々と魔物に襲われて兵士の数を減らしながらの行軍である。

 自分達が生き延びる事が最優先で、自然破壊の事など考える余裕も無かったのである。


 元々、この行軍自体に相当な無理があるのだ。

 闇落ちしている領主が、自分の欲望を満たす為だけに命令した行軍である。

 キャベチ公爵にとって、味方の兵士の命であっても、森の小人族を手に入れる為の消耗品に過ぎないのである。


 それでも、兵士達は上からの命令に従うしか無い。

 特に、兵士をまとめる騎士達は、主人の命令は絶対である、という教育を叩き込まれており、それが騎士としての美徳とされている。

 貴族からの命令に逆らうなど考えもしないのだ。


 それだけに、国のトップの人間性が異常を来たした場合に、その被害は計り知れないものとなる。


 国を憂う者がクーデターを起こし、トップが入れ替わったとしてもその被害は尋常では無いが、そのままの状態が続けば国が滅ぶ事になってしまう。

 正に、今のキャベチ領はそういう状態にあると言えよう。


 それでも、キャベチ軍は命令に従い、少しづつ小人族の村との距離を縮めている。


 やがて、キャベチ軍の先頭が村の結界に到達した。


 森の小人族の村の結界は、村を囲む様に円形に張られている。

 結界の縁から実際の村の建物までは50メートル位で、もう目と鼻の先である。

 この結界内部には森の木が茂っておらず、村の様子を十分に見通す事が出来る。


 火の付いた松明を持った先頭の兵が、この結界に阻まれて進めなくなり大声をあげる。


「司令官殿、結界が張られています!」


「何だと?亜人風情が生意気な真似を……」


 司令官と呼ばれた騎士が、後方の軍勢から馬に乗って出て来た。


 そして結界の手前で村に向かって声を張り上げた。


「小人族よ、よく聞け!大人しく我が軍に投降すれば命は助けよう。さもなくば、この数千の軍勢が村を蹂躙する!我が領主であるキャベチ公爵は、小人族の絶滅を望まれてはいない。素直にその身を公爵様に差し出すのだ!これは、お前達亜人にとって、非常に名誉な事である!」


 ヒュッ


 その時、一本の矢が声を張り上げている司令官の頬を掠めて飛んで来た。


「ツッ!」


 気持ち良く演説をぶっていた司令官は、思わず話を中断する。


 矢を放ったのはエスエスである。


「あんまり腹が立ったので手元が狂いました……」


 どうやら司令官の額を狙ったらしいエスエスが呟く。

 エスエスがいきなり相手を殺しに行くなど、よっぽどの事である。

 近くにいたワタル達も少し引いている。


「何ですか、あの言い草は。さすがに頭に来ますよ」


「うん、そうだな。その通りだけど、ちょっと落ち着こうか……」


 ワタルがエスエスをなだめている。

 珍しい光景にメンバーも驚いているが、エスエスの言う事ももっともである。


「キャベチが酷いのは分かっていたけど、その騎士も酷いもんだわね。あれで正しいと思っているんだから救えないわ」


 ラナリアも半ば呆れ顔である。


「この村の結界はエスエスの矢は通すのね。優秀だわ」


「えぇ、そうなんですよ。村人の攻撃は通る様になっています。その代わり、結界自体はあまり強く無いので長くは保ちませんよ」


 シルコの疑問にエスエスが答えている。

 褒められてエスエスの不機嫌も幾らか治って来た様だ。

 エスエスが冷静さを取り戻したのを見届けたワタルが告げる。


「それじゃあ、敵の攻撃が始まったらこっちも行くぞ。村人には怪我1つさせないからな」


「御意」


「分かったのじゃ」


 従者達も準備万端である。



 一方、キャベチ軍の司令官はその時怒りに震えていた。

 エスエスの矢によって付けられた頬の傷から血が流れている。


「何だ、今のは!こちらが紳士的に話をしている時に矢を射かけて来るとは、所詮は蛮族だな。もう許せん!」


 司令官は徐ろに手を挙げて、兵士達の方へ向き直る。


「この忌々しい村を破壊しろ!小人族はなるべく捕らえるが、逆らう者は殺して構わん。先ずはこの結界を破壊するぞ。かかれぇぇ!」


「おおぉぉ」


 兵士達の間から鬨の声が上がる。

 兵士達は無理な行軍で疲れ果てているが、小人族の村を奪い取れば、十分な休憩と食料が手に入ると思い気合を入れている。

 戦闘力が低い事が知られている森の小人族を侵略する事は簡単だ、という計算も働いているのだ。


 と、その時、キャベチ軍の部隊の後方から女性の力強い声が上がった。


「寝返り御免!」


 イリアである。

 風の魔法に乗せたその声は、キャベチ軍の隅々にまで響き渡る。


 ドガァァァン


 そして、部隊のあちこちで爆発が起こった。

 イリアの高等魔法である。


 高等魔法は、一般の魔法使いでは及びもつかない程の威力を誇る。

 ラナリアの高等魔法も、元々はイリアの魔法を見たエスエスの情報を基に、ワタルとラナリアで再現したものだった。


 そのイリアの魔法は、ラナリアのそれに勝るとも劣らない殲滅力であった。

 しかも、イリアは優れた剣士でもある。

 魔法を放ちながら、周りの兵士を斬り倒している。


 イリアと行動を共にしている数人の冒険者も、周りの兵士に斬りかかっている。


 キャベチ軍の後方は大混乱に陥っていた。



「お、始まったな」


「やっぱりイリアは凄まじいですね」


 その様子を感知したワタルとエスエスが話をしている。


「結界が破られたら、こっちも戦闘を開始します」


 エスエスがメンバーに告げる。



 キャベチ軍は、縦に伸びてしまった陣形が幸いしたのか、イリアによる後方の混乱が前方の部隊にまでは波及していない。

 兵士達による攻撃が結界に叩き付けられていた。


 通常の物理防御の結界には、剣などの斬撃よりも、ハンマーなどの叩き付ける武器の方が有効である。

 そこで、斧やハルバードなどの武器を持った兵士が、次々と結界に攻撃を仕掛けている。


「貴様ら、気合を入れろ!この様な蛮族の結界などに時間を取られるな!」


 馬上で騎士達が、兵士達に檄を飛ばしている。


 そして数十人による一斉攻撃により、やがて村の結界にヒビが入り始めた。


「そりゃぁ!もう少しだ!」


 パリィィン


 とうとう、限界に達した結界はガラスの割れる様な音を残して崩れ去ったのであった。





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