第100話 魔物釣り場
ブックマークありがとうございます。
記念すべき第100話は、こんな感じになってしまいました。
ワラボの街の冒険者ギルドの中は、ピークの朝の時間を過ぎているにも関わらず、かなりの人が動き回っていた。
見知らぬ顔のルレイン達がホールに入って行っても、急に注目を集める事も無かった。
さすがに竜人のコモドが続いて姿を現した時は、一部の冒険者からヒソヒソ声が聞こえたが……
「中々活気のある冒険者ギルドね」
ルレインが専門家らしくコメントを述べている。
冒険者ギルドは国際的な組織なので、そのシステムや構造は、何処のギルドでも基本的に同じである。
受付のカウンターが並び、クエストが張り出された掲示板があり、ホールの脇にはイートインの休憩場所がある。
慣れ親しんだロザリィの冒険者ギルドとあまり変わらない雰囲気に、少し懐かしい感覚を覚えるルレイン。
しかし、今は職員では無く、一冒険者としての立場である。
ワタル達と一緒に依頼書の貼られている掲示板を眺めている。
時間が遅い為かあまり割りの良いクエストは残っていない様だ。
「腕試しなら討伐クエストが良いのかな。この街の近くが良いけどな」
「そうね。護衛依頼とか、あまり遠くに遠征する依頼は無理よね」
ワタルとラナリアが掲示板を見ながら話している。
すると、後ろから声を掛けて来る者がいる。
「兄ちゃん達、他所から来た冒険者かい?その話だと、この街の名物クエストを受けてみたらどうだい?」
声を掛けて来た男は、中年の人族の冒険者の様だ。
敵意や悪意を発していないので、ワタルは話を聞く事にした。
「名物って?」
「おっ、興味があるかい?これだよ」
その男は、掲示板に貼られていた紙の一枚をピッと剥がして見せる。
ザルザスサーペントの討伐
討伐報酬 一体につき銀貨10枚
素材は別途買取
特殊事例につき、詳しくは受付まで
「とりあえず話だけでも聞いて来な。ワラボに来た腕自慢は一度は挑戦するもんさ」
この男は何かの営業なのだろうか。
しきりに勧めてくるのを不思議に思いつつも、ワタルは受付に向かう。
「これなんだけど……」
ワタルは、ギルドの受付嬢に依頼書を見せる。
受付嬢は、ああ、と頷いて、慣れた調子で説明を始めた。
「ワラボは初めての方ですね。このザルザスサーペントは、ザルザス河に住む体長3メートル程の蛇型のBランクの魔物です。Bランクと言っても、水中にいる時の話で、陸に上がればCランクに満たない魔物です。それで、討伐方法ですが、水中で狩って頂いても構わないのですが、かなりの危険を伴いますので、多くの方は釣りをしています」
「釣り……ですか」
「はい。沿岸から弱い魔物をロープに結んで、河の中に投げ入れます。食い付いたザルザスサーペントをロープで陸上に引っ張り上げてから仕留める方法です。変わった方法の狩りなので、最近ではこの街の名物の様になっています。一度、体験されても良いかと思いますよ」
「なるほど、面白そうですね」
「人族はおかしな事を考えるのう」
「良いじゃない。やってみようよ」
ヒマルもシルコもやる気になっている。
釣りと言うにはあまりに豪快なやり方である。
駆け出しの冒険者には辛いクエストだろうが、チームハナビにとってはレジャー感覚である。
ルレインが手続きをしてくれている。
「Aランクの方には今更ですが、ワラボでは、ザルザスサーペントを狩る事が一人前の証明なんですよ」
受付嬢がルレインに説明している。
「さあ、行くわよ」
と、ルレインが気合を入れた所で、先程の男が声をかけて来た。
「お、やる事にした様だな。案内するからついて来なよ。俺は、釣り場の顔役のレムってもんだ。宜しくな」
レムと名乗るこの男は、やはり関係者だった様だ。
ワタルが受付嬢の方を振り向くと、彼女は頷いて、どうぞ、と言う様に手でジェスチャーしている。
ギルドと提携している男なら心配なさそうである。
レムについて行くと、冒険者ギルドのすぐ裏側からザルザス河の河川敷に降りられる様になっていた。
慣れた様子で、河川敷を河の方に進んで行くレム。
すると川岸に簡単な作りの小屋の様な物があった。
小屋の脇にはベンチやテーブルが並べられていて、食べ物の屋台まで出ている。
その近くには柵で囲われたスペースがあり、その中には兎型の魔物らしき生き物がうじゃうじゃと入っている。
「ここが釣り場だ。どうだ、ちょっとしたもんだろう?」
まるで海の家だな……
と、考えるワタル。
冒険と言うよりもレジャー施設になっている。
「釣り上げ用のロープが銀貨1枚。餌のザルザスラビットも銀貨1枚だ」
「金を取るのかよ……」
思わず呟くワタル。
「そりゃそうだろう。慈善事業じゃねぇんだ。でもな、ギルド公認の釣り場だから良心的なんだぜ。蛇が釣られてんのか、客が釣られてんのか分からねぇようなボッタクリの釣り場も多いんだ」
レムはペラペラと喋っている。
何やら上手いこと言っているが、きっと決まり文句なのだろう。
「5メートル級の大物を釣り上げりゃ、素材代金で金貨1枚にはなる。儲けは十分だ。記念に釣り上げるも良し、一攫千金を狙って粘るも良しだ。あ、それから岸に揚げたザルザスサーペントに手こずる様なら、冒険者の貸出しもするぜ。これも銀貨1枚だ」
これの何処がクエストなんだ?
と、言いたくなる様な観光地振りである。
ヒマルとエスエスは、既に椅子に座って仲良く屋台の串焼きを食べている。
ザルザスサーペントの肉だそうだ。
完全な商売ベースになっているが、ザルザスサーペントは繁殖力が旺盛なので、定期的に討伐しないと街に被害が出る事もあるそうだ。
商売なだけでなく、ちゃんと街の役にも立っているらしい。
完全に毒気を抜かれたメンバー達だったが、このまま帰るのも癪なので、サーペント釣りをやってみる事にした。
ルレインやシルコは意外とヤル気になっている。
銀貨2枚を支払って、ロープとザルザスラビットを購入する。
「毎度ぉ」
レムは、手慣れた様子でザルザスラビットをロープに括り付けている。
ロープは金属が編み込んである様で、かなり丈夫そうだ。
簡単にザルザスサーペントに食い千切られたりはしないのだろう。
ロープに縛られたラビットが悲しそうな声をあげているのが可哀想だが仕方ない。
ラナリアがラビットをジッと見ている。
唯の毛の無い兎に見えるが、油断すると手首くらいは簡単に食い千切られるそうだ。
それに、繁殖力がネズミ並みに凄まじく、この近辺ではゴブリンと同じ様な扱いらしい。
やはり魔物は魔物である。
河の岸では、何人かの冒険者が釣りをしていた。
「今日は釣れない」
「また、餌だけもってかれた」
などとボヤいている。
初心者のワタル達には、レムが付いて来て世話を焼いてくれる。
「先ずは、なるべく遠くに兎を投げ入れるんだ。蛇の奴が食い付いても、慌てるんじゃ無いぞ。少し待ってから揚げるのがコツだからな。奴が餌を呑み込んだら、後は力比べだ」
レムは意外と親切である。
店主自ら呼び込みをしていただけの事はある。
「先ずは私からね。行くわよ。ニャー!」
珍しく猫っぽい掛け声と共に、シルコが兎の付いたロープを河の中に投げ入れた。
「うまいぞ、嬢ちゃん。初めてにしては中々のもんだ」
すかさずレムが褒めている。
明らかにお世辞なのだろうが、シルコは嬉しそうである。
少しすると
「あ!ねぇ、ちょっと!引いてるみたいよ」
と、シルコが騒ぎ出した。
「お、一発目から当たりとは、嬢ちゃんツイてるね。……よし、今だ!引き揚げろぃ」
レムが大声を出す。
シルコは半獣人になってからパワーアップしているので、見かけよりもずっと力が強くなっている。
それでも、ザルザスサーペントは重い様だ。
「お、重いわ。逆に引き込まれそう。ワタル!手伝って!」
「御指名とあらば……」
ワタルは嬉々としてシルコの背後に回り、シルコの胸をギューと掴んだ。
「キャー!」
「ほら、ロープを放したら駄目だって」
胸を庇いそうになるシルコにワタルが指摘する。
ワタルの両手はシルコのオッパイを揉んだままである。
「久しぶりに出たわね。ワタルのスケベオヤジが……」
ラナリアは呆れ顔である。
「バカじゃないの。後で覚えてなさいよ」
真っ赤な顔をしたシルコは、ワタルにオッパイを揉ませたまま、必死にロープを引いている。
どうやら自分の胸よりも、大物を釣り上げる事を優先した様だ。
しかし、ワタルが戦力外なので徐々に河の方へ引き込まれて行く。
いや、むしろワタルはマイナス戦力だろう。
「トカちゃん……お願い……」
苦しいのか恥ずかしいのか分からないシルコは、コモドに助けを求める。
「御意」
コモドは、ロープを片手で持ち上げると、グンと簡単に引っ張った。
スルスルとロープを手繰り寄せるコモド。
シルコとワタルも一緒にコモドに引っ張られている。
「こりゃ、逃げられたかな」
あまりに簡単にロープを引くコモドの様子に、レムはザルザスサーペントが逃げたと思った様だ。
しかし
ザパァァァッ
突然、巨大なザルザスサーペントが岸に姿を現した。
3メートルや5メートルでは無いだろう。
パッとみた感じでも、それより遥かに大きそうである。
コモドの引っ張るロープに引き摺られて、ザルザスサーペントは岸に打ち上げられている。
5メートル程は見えているが、残りの体はまだ水の中である。
「ひゃぁぁ、なんだこりゃぁ」
レムが腰を抜かしている。
キシャァァァ
ザルザスサーペントが奇声をあげて暴れ出そうとしている。
このまま暴れさせては、釣り場の施設自体が危険である。
巨大ザルザスサーペントは鎌首をもたげて、誰に噛みつこうか狙っている様だ。
大きく開けた口の脇から、釣り用のロープが垂れている。
と、その時
ザシュッ
直径1メートル以上はあろうかというザルザスサーペントの首が、綺麗に切断された。
ズシン、と音を立てて、鎌首を持ち上げていたサーペントの身体が地面に落ちる。
エスエスである。
一瞬の隙に飛びかかったエスエスが、素早く首を一刀両断したのだった。
「若、見事!」
間髪入れずにコモドがエスエスを褒めている。
コモドにはエスエスの動きが分かっていたのかも知れない。
コモドは頭の無くなったサーペントの体をズルズルと河から引っ張り出している。
結局、このザルザスサーペントは10メートル以上あった様だ。
「あんな小人族が……凄い技を……」
腰を抜かしたレムは言葉にならない。
それもその筈である。
エスエスが使ったのは剣ではなく弓だったからだ。
魔力をまとわせた弓でザルザスサーペントの太い首を斬り飛ばしたのだ。
そんなエスエスにコモドが声を掛ける。
「若、武器に魔力をまとわせる極意を掴みましたな」
「何だか出来そうな気がして……出来ちゃいました」
「まだ、魔力の使い方の効率が悪い様に見受けられまする。より一層の修行を」
コモドは厳しい事を言っているが、このランドにおいて、弓で硬い皮膚の魔物を斬り裂ける者が他にいるのだろうか。
完全にエスエスも規格外の道を歩み始めている。
何はともあれ、巨大ザルザスサーペントの脅威はアッサリと去ってしまった。
「アンタはいつまで揉んでんのよ!」
しつこくシルコに抱き付いていたワタルがぶっ飛ばされている。
主人を慕うコモドでさえも、この件は放置の構えだ。
コモドも空気を読んでいるのである。
「さあ、次は私の番よ。餌をつけて頂戴」
腰を抜かしたままのレムにルレインが告げる。
え?まだやるのか……
という言葉を呑み込んで
「銀貨1枚……」
ロープにザルザスラビットを括り付けるレムは、生粋の商売人である。
他の釣り客は、逃げてしまって誰もいなくなっている。
(それにしても、こんな大物はもっとずっと下流の方にしかいない筈なんだがな)
ルレインに餌付きのロープを渡しながら、レムは疑問に思っていた。
因みに、ロープは使い回せるルールの様だ。
「私も大物を釣るわよぉ」
ルレインも気合いを入れて、ロープを河に投げ入れる。
そして、間も無く見事にザルザスサーペントを釣り上げてしまった。
5メートルオーバーの大物だが、シルコの釣り上げた巨大サーペントのインパクトが強過ぎて不満そうである。
これ位の大きさの獲物なら、1人で引き揚げられる様だ。
ルレインは簡単にサーペントの頭を切り離し
「次!」
と、レムに銀貨を渡している。
(5メートルは十分大物なんだけどなぁ……一体どうなってるんだ?)
この後、釣り手を交代しながら、次々とザルザスサーペントを釣り上げて行くワタル達。
既に、連絡を受けたギルド職員が駆け付けて、釣り上げたサーペントの解体作業が始まっている始末である。
「ラナリア、何かしたろう?」
楽しそうに釣りをしている仲間達を眺めながら、休憩中のラナリアにワタルが声を掛けている。
「やはり、主人も気付いたかのう」
釣りには参加せずに、ザルザスサーペントの肉を食べ続けていたヒマルも同意している。
「ちょっとね……闇の魔力を流したのよ。余ってたから。まさかこんなに影響があるとはね」
ラナリアは、餌のザルザスラビットに闇の魔力を注入していた様だ。
闇の魔力によって活性化した餌は、さぞかし美味しそうだったに違い無い。
こんな真似が出来る魔法使いは滅多にいないので、誰も気が付かないのであった。
「えへへ……やり過ぎちゃったかな」
チョロっと舌を出すラナリアの可愛らしさに、思わずワタルは見惚れてしまうのであった。